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答えが違います 1

 ネイサンは、豪奢な自室で物思いにふけっていた。

 今夜は、サロンにも出かけていない。

 昨日の夜のことを思い出している。

 

(セラフィーナ・アルサリアか)

 

 背もたれから、脚の部分にまで細工の(ほどこ)された高級なカウチに、腰かけていた。

 細工自体は意味不明だ。

 けれど、名の知れた細工師の彫刻であることを、ネイサンは重視している。

 私室に招いた女性に、いつだって、それを語って聞かせられるのだから。

 

 ネイサンは、セラフィーナも、ここに呼び込もうと考えていた。

 キャサリンからセラフィーナを「その気」にさせるように言われている。

 女性を「その気」にさせたら、することはひとつ。

 ネイサンは、自己顕示欲も強いが、即物的でもあった。

 

(写真で見た印象とは違っていた。あれほど魅力的な女性だとは思わなかったな)

 

 夜会での会話、仕草、振る舞い。

 どれをとっても、中級貴族の野暮な女性とは感じられない。

 むしろ、洗練されていて、気を惹かれる。

 お高くとまっているだけの令嬢とは違い、時折、ひどく無防備に見えた。

 駆け引きのひとつではあるのだろうが、面白いと感じる。

 

 簡単に落とせそうで落とせない。

 従順そうでいて、どこか反抗的。

 

 セラフィーナに対し、ネイサンは、狩猟に似た高揚を覚えていた。

 彼女は、まるで美しい鹿のようだ。

 棒立ちでこちらを見ていても直前に警戒心を働かせ、あっという間に姿を消す。

 後を追い、確実に仕留めるのは難しい。

 さりとて、困難が伴うことで、手にした成果への満足感は大きくなる。

 

 テーブルで会話をしたのち、1曲だけダンスをした。

 ワルツに合わせて踊る2人の姿に、周囲の視線が集まっていたのを、ネイサンは知っている。

 とても気分が良かった。

 

 もとよりセラフィーナの艶やかな赤毛は、目立つのだ。

 貴族には金髪を好む者も多い。

 が、彼女の赤毛は、なんともいえない色香を含んでいる。

 派手過ぎず、嫌味がなく、なのに、人目を引く、という。

 多くの男性客が、セラフィーナに声をかけたがっていたのは間違いない。

 

(彼らには悪いが、セラフィーナは、私の正妻候補なのでね)

 

 ネイサンは、含み笑いをもらした。

 優越感に、頭の先まで浸かっている。

 羨望と嫉妬のまなざしは、ネイサンにとって心地良いものなのだ。

 

(おそらく……彼女は、まだ誰ともベッドをともにしていない……)

 

 セラフィーナと実際に会ったのは、昨日が初めてだった。

 噂に聞いたこともない。

 ネイサンは、たいていの夜会には出席している。

 格下の貴族の夜会では、ネイサンが行くというだけで有り難がられるのだから、欠席理由がなかった。

 そのため、たいていの貴族令嬢とは顔見知り。

 

 すなわち、セラフィーナの言葉通り「特別な夜会」でもない限り、彼女は夜会を蹴り続けてきたのだ。

 だとすれば、男性と親密な関係になる機会もなかっただろう。

 令嬢は、概して噂好きで、耳が早い。

 それでも、セラフィーナの話は聞いたことがなかった。

 

(純潔というのも悪くはないさ。今までは面倒だと思ってきたが)

 

 正妻にするのなら、男性経験のない女性のほうが相応しいかもしれない。

 そんなふうに思い始めている。

 遊ぶだけなら、手慣れた女性のほうが、面倒がなくてよかった。

 とはいえ、婚姻後も奔放に振る舞われては困る。

 セラフィーナなら、きっと貞淑な妻となるはずだ。

 

 すべてを自らが教える、というのも、ネイサンの自己顕示欲を刺激する。

 誰も歩いていない真っ白な雪の上に、自分が初めて踏み跡をつけるのだから。

 

 今朝、ネイサンは、執事にセラフィーナのことを、再度、調べさせていた。

 もちろん正妻候補とする前に、ひと通りは、報告がなされている。

 さして詳しくもない、上っ面だけの報告だ。

 新たな報告書には、詳しい情報が付け加えられていた。

 それにより、考えを改めるべきかで、ネイサンは物思いにふけっている。

 

 父の意向で決められた「正妻選び」を馬鹿にしていたが、結論に飛びつかなくて良かったのかもしれない。

 少なくとも、キャサリン・ラウズワースが「最も」相応しいかどうかには疑問をいだきはじめている。

 もっと注意深く吟味する必要があった。

 

 キャサリンは派手な美人で、爵位も申し分ない。

 公爵夫人として、問題なく屋敷を取り仕切ることは想像せずともわかる。

 しかし、だ。

 

(キャサリンは、なんでも自分で決めたがるだろうな)

 

 思って、顔をしかめた。

 キャサリンに好き放題されるのは、気に食わない。

 彼女の性格からすると、主としての面目を潰されかねないと感じる。

 ネイサンは、キャサリンの気性を、よく知っていた。

 ネイサンを尊重するより、己の主張を通そうとするに違いない。

 

 キャサリンに、しばしば苛々させられるのは、そのせいだ。

 彼女の思うように操られていると、わかっていた。

 それは、キャサリンとの婚姻を、ネイサンも望んでいたからだけれども。

 

(セラフィーナは、自分の立場をわきまえていた。私に指図することはなかったし、控え目なところがいい)

 

 婚姻しても、セラフィーナならば、あれこれ言うことはないだろう。

 ネイサンを尊重し、引き立ててくれるに違いない。

 頼りにされるのも気分が良さそうだ。

 その上、外見的な魅力もある。

 

 ネイサンは、報告書の内容を、頭の中で整理してみた。

 そもそもキャサリンとの婚姻を望んでいたのは、ウィリュアートン公爵家に並ぶ派閥となるためだ。

 ラウズワース公爵家は、下位貴族も多く、それなりに力を持っている。

 だとしても、セラフィーナも悪くはない、との結論に達する。

 

 ネイサンにすれば、どちらに転んでもいいのだ。

 セラフィーナを口説き落とし「その気」にさせる。

 これはキャサリンの頼みでもあるのだし。

 

 仮に、セラフィーナに思ったような「利」がなければ、当初の予定通りにすればいい。

 セラフィーナに恥をかかせ、キャサリンと婚姻をする。

 どうこう言っても、セラフィーナは伯爵家の令嬢に過ぎない。

 公爵家相手に文句の言える立場ではないのだ。

 

「しかし……キャサリンは、これを知らないのだろうな」

 

 セラフィーナとの婚姻は、キャサリンと婚姻するのと同程度の価値がある。

 セラフィーナの家自体に、ではないけれども。

 

 父の見栄っ張りと、アルサリア伯爵の体裁主義により、セラフィーナを正妻候補として引っ張り出すことができた。

 その偶然に、ネイサンは感謝する。

 

「いずれにせよ、私に損はないということだ」


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