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夢恋路 ~青年編~9

【おリョウ】

みんなが外国人事件なんて忘れかけた、数日後。

私はいつも通り朝の表の履き掃除していた。

「Excuse me, Miss?」

「・・・・・・?」

背後からかけられた言葉に私は思わず反応してしまった。

そこにはアメリカ人はいない。

「・・・・・・・?」

私は再び掃き掃除を始めた。

「すみません、」

「・・・・・・・・・・・?」

再び声のする方を向くと、あれ、さっきもこの人いた様な・・・?

袴姿の小柄な男。

なんかちょっと、いや~な予感がするのは・・・なぜだろうか。

「あの、呼びました・・・?」

私は恐る恐る、その男に声をかけてみた。

男は一歩二歩と私に近づいてくる、なんだ、こいつ・・・

「失礼ですが、あなたは以前、ハリス公とお話になりましたか?」

・・・なんと!?

それは間違いなくNOと言うべきでしょ!

「いいえ。」

「ですが、イングリッシュを理解できますね?」

「・・・いいえ。」

「失礼ですが、少し来ていただきたい所があるのですが。」

こいつ!私の話を全然話を聞いてないじゃないか!!

「私には仕事がありますので、抜けるわけにはいきません。」

毅然とした態度で返すも、男はまた数歩寄ってきて懐に手を入れた。

こいつ!斬って来るか!?

少し身構えた私が見たものは、予想とはだいぶ違う物だった・・・

・・・銃!?

男はそれが表だって見えない様にそっと懐から私にちらつかせている。

「これが何か、ご存知ですね?」

ご存じも何も・・・

「お怪我をさせるつもりはございません、ぜひ、付いて来てほしいのですが・・・」

お怪我させるでしょ、それは・・・

観念せざるを得ないか・・・

   はぁ~・・・っ

「わかりました、では女将に外出許可を得てから、」

「その必要はございません、内密な事ですので今すぐ、いらしてください。」

うそだろぉ!?これじゃまるで拉致だよ!?

男は私の背後に立つ、私は黙って、箒を壁にそっと立てかけて両手を軽く上げた。

「手は下ろしていただいて結構ですよ、できるだけ自然な感じでそのまままっすぐ歩いて下さい。」

・・・ありえん。

私は黙って歩いた。

誰か、気が付いてくれないだろうか・・・小五郎、助けろよ!!!!

私はそのまま路地裏へ連れて行かれ、そこには籠が待たされていた。

「お手数かけます、こちらにお乗りください。」

随分丁寧な人さらいだ事、私は人生で初めて籠という物に乗せられた。

この微妙な揺れは・・・みんなは酔わないのだろうか?

少なくとも私はもう乗りたくない・・・

一体どれだけ乗ったか、数十分なのかもしれないけれどもう何時間も乗っている様な気がする。そろそろ足も延ばしたいんですが・・・

マジでどうしたらいいんだろう、私、こんなにおとなしく誘拐されていても良いんだろうか?

でも多分、行先は何となく心当たりがあり・・・それも二つ。

一つは会話がうまくできずに悪戦苦闘するだろう場所、もう一つは言い訳を聞いてもらえずに投獄されそうな場所。

どっちが、いいかなぁ・・・

「おおっとぉ!?」

籠が随分と斜めになり私は思わず天井からぶら下がっている紐を掴んで声を上げた。するとその声を聞いて男が声をかけてくる。

「階段です、もう少しですからご辛抱を。」

「・・・はい、」

この口調にやられてしまう。

まるで私を重大なゲストの様に扱っている。

しかし・・・ここは、どこ!?

   じゃり・・・

砂利を踏みしめる音がしばらく続いた後、私の乗っていた籠は下ろされる。そしてかかっていたカバーを外され目にしたのは・・・寺。

・・・えーっと・・・・

周囲には人はいない、いや、いるっちゃいるんだが、多分一般の拝観者じゃない。

これは、オチとしてはあっているのだろうか・・・?

陽は明らかに高くなっている、どれだけの時間が経っているのだろう・・・

「こちらに。」

そう言って男は私を誘導する。

寺でいったい誰が待っているんだろう?そもそも寺で手荒なことはしないだろうし・・・だって寺だよ?仏でしょ!?物騒なことする所じゃないでしょ!?

あぁぁぁ、でも、敵は本能寺にありってあの事件、場所は寺だったか。

私はそっと懐のクシをまだ伸びきってなくて束ねただけの髪に刺した。

ごく普通の寺、板張りの廊下を歩いて障子戸の前に立たされる。

「失礼します!お連れいたしました。」

男はそう言って戸を開ける、するとそこには見覚えのある、見慣れない男が二人・・・

寺に和室に、この人間はありえんだろう・・・

「こっちか・・・・・」

私は思わずがっくりとうな垂れてしまった。

 『ようこそ、こちらへどうぞ。』

でっかいおじさんが立ち上がり、英語で声をかけて来て私をにこやかに招いた。

和室にテーブルとイス、そして本棚・・・これはこの時代には滅多にいない組み合わせだ。

私は黙って部屋の中に入る、私を連れて来た男は障子を閉め去って行った。

 『わざわざ呼んですまない、私はダウンゼント・ハリス。こっちが通訳兼書記官でヘンリー・ヒュースケンだ。』

 『こんにちは。』

 『・・・・・・』

私は黙って二人を見つめた。

 『そう固くならないでいただきたい、私たちは少しあなたと話がしたいだけだ。私達の言葉はわかるのだろう?』

 『Mrハリス・Mrヒュースケン・・・・・これはどういう事ですか?』

 『『おぉぉ!!』』

外人男が二人、私の英語に感嘆の声を上げた。

さすが、オーバーリアクション・・・

 『君はなぜ英語が話せるんだ!?』

すかさずハリスが問いかけてくる、その前にこっちの質問が先でしょ!

 『その前に答えてください!これは一体どういう事ですか!?』

 『ハリス、どうやら彼女は怒っているみたいですよ?』

 『その様だなぁ・・・』

当たり前でしょ!拉致ですよ!誘拐です!!!そんな事が許されるかい!!!

 『銃を突きつけられて籠に入れられて!怒るのは当然でしょ!?』

私の言葉に二人は顔を見合わせる。

『ほら、ちゃんと伝わってない。』

 『全くだ。内密にと入ったが、そこまでしろとは言ってないんだがなぁ・・・』

 『だから最初に言ったじゃないですか。』

私はコントを見に来たわけではない。

 『日本人とは物騒だなぁ・・・』

私の知る限り、お前達の方が物騒だと言ってやりたいが、それはあくまで後世の話でこの時代がどうかなんて私は知らないから反撃はできない。

 『どうやら迷惑をかけた様だ、すまない。』

そう言ってハリスが頭を下げた。頭を下げるとは何たる日本的な。

 『もういいわ、それより、私を呼んだのはなぜ?』

私の言葉に二人は顔を見合わせる。

 『その、英語のせいだよ。』

で、しょうね。思わず天を仰いでしまった。

 『お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』

ヒュースケンの方が私に問いかけた。

 『おリョウ、』

 『おリョウ、あなたはなぜ英語が話せるのですか?』

言えるわけがないでしょ。私は黙った。

 『我々の知る日本人の英語はもはや何語かすら見当も付かない様な発音だったり言葉だったり、だが、あなたはほぼネイティブに近い美しい発音をしている、それはなぜですか?』

 『言えません。』

私はきっぱりと言った。

外人相手にはYESかNOだ、私は断固としてNOと言う。

 『どうして言えないんですか?』

 『どうしても言う事はできません。』

 『こりゃ困ったな。』

ヒュースケンとのやり取りを見ていたハリスが笑った。

 『では質問を変えよう。』

そう言ってハリスが数歩私に近づいてくる。

 『君はアメリカに行ったことはあるかい?』

あるにはあるが・・・現世でハワイに程度。

ハワイって確か50個目の州だったよね、この時代、ハワイってアメリカなのかな?

そもそも、今の日本で一般人がハワイなんて行けるわけねーだろ。

 『いいえ。』

 『では、イギリスは?』

 『いいえ。』

 『では、ご親族にアメリカ人かイギリス人はいるのかな?』 

その質問に私は思わず笑った。

 『私がハーフに見える?』

 『見えないなぁ、しかし君は日本人には珍しい顔立ちをしてる。』

 『で、しょうね・・・』

今の、って意味でね。

 『ならば、ありえなくはないだろう?』

 『そうね、でも私は日本人よ。』

 『以前、私と会った事は?』

 『この前一度、でしょ?』

 『確かに、だがその前の話だ。』

 『いいえ。』

 『そうか、私は以前、アメリカで君に会った事がある気がするんだがなぁ・・・』

 『アジアンだからそう見えるだけよ。』

私は笑う。

 『しかし、本当に英語が堪能なんですね。』

ヒュースケンの言葉に私はハッと我に返った。やってしまった・・・

ハリスとヒュースケンが笑っている。

「オジョウズ、デス」

「冗談じゃないわ・・・」

私は二人を睨んだ。

 『そんな顔をしないでもらいたい、別にあなたを脅しているわけでもない。ただ珍しいから聞いているのです。』

 『で、聞いてどうするの?』

私の問いに二人は示し合せるかのように顔を見合わせる。

 『私の通訳をしないかね?』

まず、無理。

歴史が代わりすぎちゃうからダメ。

 『あなたほど堪能だと今日みたいな間違いは起きないんですが・・・』

 『日本ではオランダ語は堪能な人間が多いが英語を話せる人間はほとんどいない、だからこそ私はヘンリーに英語からオランダ語へと翻訳してもらい、それを日本人に伝えている。それは時に大きな誤解を招いてしまうんだ。』

確かに、大きな勘違いが起きた様ねぇ・・・

 『私たちは先日、日米修好通商条約と言うものを日本側と締結した。我々はこの日本は世界に向けてもっと開けるべきだと思っている。そのためには言葉の壁は大きい。』

 『あなたが関わってくれれば日本ももっと有効に条約が結べる可能性があるとは思わないか?』

 『思わない。』

私がはっきりと断言すると、二人は目を丸くした。

私は実に興味がないと言わんばかりに言ってのける。

 『国がどうなろうがあなた達がどうなろうが私には関係のない事、私は今の暮らしに満足しているし、他国に行きたいとも思わない。』

 『それだけ語学が堪能なのに、ですか?』

ヒュースケンが驚いている。

 『そんな事は関係ないのよ、これはたまたまなんだから。』

 『たまたまで、そんなに堪能なわけはないでしょう?』

ヒュースケンが少しイライラした口調になる、この男、若いなぁ・・・

こんな事で何にも知らない日本人相手に交渉なんてできるのかしら。

 『じゃぁ、ランチにするかな、ヘンリー。』

ランチ!?

 『そうですね、続きはその後でも良いですね。』

・・・そうだった、こいつら、こういう突拍子もない人種だった。

 『じゃぁヘンリー、彼女の分も用意を頼んできてくれ。』

 『わかりました。』

私に関係ない所で、話は軽快に進んで行くが・・・?

ヒュースケンはさっきまでのイライラはどこへやら、部屋を出て行った。

私はぽつんと、部屋にいるけれど・・・ハリスはヒュースケンがいなくなった後、一層ニコニコして声をかけてきた。

 『もしかして君は、タイムトラベラーなのかい?』

この言葉に私の中の何かが崩壊した気がした・・・

 『・・・っ!!!トラベラーですって!?私は被害者だわ!!!!』

私が思いのほか大きな怒鳴り声で叫んだことにハリスはかなり驚いたようだ。

私は、ハリスを目いっぱい睨んでやった。

しかしハリスは私を見て、むしろ微笑み返してきた。

 『そうか、やはりか・・・私は30年ほど前に、確かに君に会っているんだよ。』

ハリスはそう言ってあの金色の懐中時計を見せた。

 『覚えはないかい?』

私は口を真横に結んだまま顔を左右に振る。

 『あの時の君はまだ10代で、まりで海軍の様な見慣れない格好で道にうずくまっていたところを僕の友人であるケインが声をかけた。しかし君は僕らの言葉が全く分からず、困ったケインは語学の勉強をしていた僕の元へ君を連れてきた。残念ながら僕にも君の言葉はわからず、君はその時、『RYUUKA』と自分の名を名乗った。僕たちは困り果てて、警察に君を連れて行くべきか悩んだんだ。その時君は僕のこの時計を見て『TOKEI』と言ったんだよ?』

思い出した、気がした。

全く何もわからない外国で、この「時計」だけは見た事があって、きっとそう言ったんだ。

 『僕たちは、一日君を預かって、翌日に警察に連れて行こうと決めたんだ。しかし君は、僕が勉強に使っていた図書館を歩き出して、本を見上げて立ち止まったかと思うと、僕たちの目の前で、突然消えた。あれは何だったのか・・・今でも不思議な光景だった。』

そんな事もあったのかもしれない。

 『でも、私は覚えていない。私にとって過去は全て不要な物だから。』

 『だろうな、君の本当の時間がどこにあるのかは知らないが、ああも簡単に時間を移動してしまってはそのすべてを記憶しておくことは難しい。忘れていくのも当然だ。』

 『過ぎた過去を覚えておいてどうなると言うの!?私は過ぎた時間には二度と戻る事はない、共に過ごした人たちはすでにこの世に存在しない!そんな人たちを想って何になると言うの!?ただ辛いだけじゃない!?』

私は声を荒げてしまう。

 『と、言う事は、この時代もまた君の時代ではないんだね。』

 『そうよ、違うわ・・・』

 『そのクシは、先日のフィアンセからかい?』

ハリスは私の髪にちょんと付いているクシを見て微笑む。

 『えぇ、そうよ・・・』

 『この時代に、一生いるつもりかい?』

 『言ったでしょ・・・私は被害者、いつどこになんて、私の意志じゃない。』

 『なるほど、確かに被害者だ・・・』

ハリスは考える。

 『英語が堪能なのは君の時代の教育のおかげなのか?』

 『正確には違うわ・・・でも、わかるでしょ?だからこそ、あなた達の仕事を手伝うわけにはいかないの。私が何かをすれば歴史が大きく変わってしまう。だから、できません・・・』

私はうつむいていた。

『ではあのフィアンセとも、いつ別れるかわからないんだな。』

 『・・・そうよ。』

そう答えて、どうしようもなく悲しくなってきて、私は思わずうつむいた。そして、小五郎に会いたいと思った。

ハリスはそんな私を優しくハグする。

 『なんてかわいそうな子だ・・・』

私は、涙があふれてくるのを止められずハリスの胸で泣いた。

こんな時代に私の事を本当の意味で理解してくれた人が、人生で初めて出来た。それがとてつもなく安堵できるもので、私は涙が止められなかった。

ハリスは私の頭を優しく撫でてくれる。

湧き上がってくる感情は複雑で、いろんなものが混じっていた。

いくらか泣いたその後に、障子が開く音がした。

 『ハリス、一体何が起こったんです・・・?』

ヒュースケンが驚いた声を上げる、私は咄嗟にハリスから身を放した。

ハリスは恰幅のいい外国人らしく陽気に笑った。

 『ヘンリー、彼女は無理だ、我々とは働けない。』

部屋の中にいい匂いが立ち込めている、これは明らかに肉の匂いだ。

さすがアメリカ人、日本にいても肉以外は食わないつもりだな?

 『どういう事ですか?』

そう言いながらヒュースケンはマイペースに食事の準備をしている。

 『彼女にはフィアンセがいる、だからだめだ。』

 『意味がわかりませんよ、別にあなたや僕のガールフレンド選びをしているわけじゃないんだ、フィアンセがいた所で関係ないでしょ?』

ヒュースケンはかなり理屈屋だ、自身が完璧に納得しなければイエスと言わないタイプだろう。

めんどくさい奴だ。

 『お吉の事を思え、フィアンセと無理やり引き離された女性がどんなに悲しい顔をするかお前も見てきただろう?ましてや幕府の役人に利用されている事も知らず・・・・・・』

ハリスの声色に怒りが混ざっている様に感じたのは気のせいだろうか。

『日本人は義理や人情と呼ばれる見えない繋がりを非常に大切にしている民族だ、いくら当人が割り切って仕事をしても、周囲はそうは思わないだろう。それが今の日本だ。』

 『そう、ですね・・・』

お吉という人は一体どうなってしまったんだろう・・・

私はここで、のんきにランチなどをしていても良いのだろうか?

しかもこいつら、昼から酒を飲んでいるし・・・

 『そのクシの細工は実に見事だ。』

そうヒュースケンが私のクシを見て言ったので、私はクシを外して見せた。

 『日本人の手先の器用さにはいつも驚かされる、それは何だ?』

 『これは『BEKKOU』と言って、亀の甲羅だったと・・・思うんですが。』

 『これはフィアンセからだそうだよ。』

 『ならば結婚されるのですね、』

・・・今、何て言ったこの兄ちゃん。

・・・・・・・・・結婚・・・・・・・・・・?

 『えーっと、すみません・・・』

私はとりあえず、もう一度確認しなければならない。

 『クシをもらうと、結婚・・・なんですか?』

 『えっ、日本ではプロポーズでクシを贈るんですよね、違いましたっけ?』

唖然とする私に、ハリスがゲラゲラと笑う。

 『そうか、知らないのか!』

何てことだ。

日本の文化を外国人に教わってしまった・・・

プロポーズですって!?

 『受け取っているのだから、結婚するんですよね?』

 『・・・・・・・・・え、えぇ。』

ハリスはまだ笑っている。

ヒュースケンは私とハリスを交互に見ながら意味がさっぱり分からないと言わんげだ。

 『幸せになれ、おリョウ。君にも当然その権利があるのだから。』

そう言ってハリスは私に優しく微笑んだ。

 『おリョウ、私は日本はとても素晴らしい国だと思っている。身分こそあるが殿様でさえ皆一応に質素倹約に勤め礼儀正しく自分の非を素直に認める事ができる。その謝罪方法は時折私の理解を超えてはいるが・・・』

難しい言葉が多くてよくわからないけど、それは多分、ハラキリの事ですな?

『勤勉でまじめで働き者で、屋敷も御覧の通り清潔で手入れが行き届いている。これは喜望峰以東最も優れた民族だと私は思う。』

ハリスは本当に日本が好きなんだと思った、その口調は嬉々としていて、尊敬さえ感じられる。

 『私は時折思うんだ、果たしてこの国を開国させることがこの国の為になるのだろうかと。開国させることでこの国独特のこの美しさを損なってしまうのではないかと。』

言っている事はわかる。

確かに現世はもう無茶苦茶で、日本らしさなど考えないとわからない世界だ。

でも、この人たちの行った事は間違いではない。彼らがいなければ今の日本な存在しないのだから。

 『気持ちはわかります。私もこの時代が好きですから。でも、あなた達は決して間違ってはいません。あなた達が思う通りに進むべきです、そうすることがこの日本を変え、やがては全ての人々の為となると私は思います。』

 『不思議な人ですね、まるでこの先の未来が全てわかっている様だ。』

 『さぁ、それはどうかしらね。』

私はわざとらしく笑って見せた。

・・・しかし、こいつらのランチは長い、これは終わり次第帰らないと帰宅が夜になるぞ。

しかも、誰にも何も言わずに拉致られて来たから、みんなが心配しているかもしれない・・・と言うか、むしろ心配されてなかったらどうしょう。

『ハリスさんヒュースケンさん、私そろそろ帰らないと、』

私の言葉にハリスが笑う。

『いやいや、まだいいじゃないか。』

・・・そうだった、こいつらはすこぶる呑気なんだ。それはいつの時代になっても変わらないんだ。

『そうです、そんなに焦ることもないでしょ。お茶の時間が終わってからでも、』

なんだと!?

『いや、それは・・・』

『私達は互いに互い以外の人間と話せないので、久しぶりに互い以外と会話できるのがとても新鮮なんです。』

『しかも、こんなにきれいな女性なんだ、話が楽しくないわけがない。』

ハリスとヒュースケンが笑っている、なんか、そうやって言われてしまうと・・・帰れないじゃないか。

でも確かにそうだ。この国には英語を話せる人間はそうそういない、母国や母国語を恋しく思うのは当たり前だ。

そんな中で、突然自分たちの言葉を理解し会話が成立する人間が現れれば、そりゃ、うれしいよね・・・

私も、小五郎がそうだから・・・

この時代にこの場所に、小五郎がいる事が・・・どれだけ心強く、恋しく思うか。

もう少ししたら、帰ろう・・・

そんな二人の会話は日本の事ばかり。

何がおいしいとか、どこの酒がいいとか、着物や文化、言葉について熱く語っている。私もそれが新鮮で一緒に今の時代の日本についてあーだこーだと話していた。

日本の事、大好きなんだね・・・



【女将】

「女将さん、おリョウさんってお使いですか?」

「えっ、私は頼んでないけど・・・どうして?」

おサチが不安そうに首をかしげている。

「おリョウちゃん、いないの?」

「はい、朝、表の掃除に出たのを見た者がいるだけで・・・どこにもいないんです。箒が玄関に置いてあるみたいではあるんですが・・・」

「桂様とご一緒かしら・・・」

例え桂様と一緒であってもおリョウちゃんが誰にも断りなしに出るなんて、今までなかった気がするんだけど・・・

「もう少し待ってみましょ、」

何かしら、不安がちょっと胸に残る。

どこに行ったのかしらおリョウちゃん・・・夕方、桂様が来る前までに帰って来るわよね、きっと。



【おリョウ】

 『・・・あの、本当に帰ります。』

私はいよいよもって言い切った。

やばい、陽が傾きかけている・・・ここに来るまでの時間を思うと私の足ではきっと倍以上かかる。

頼めばきっと籠を出してくれるんだろうけれどそんなに目立つことはしたくないし、何よりもあの籠・・・もう乗りたくない。

 『いやいや、今日は泊まって行ったらいい。』

・・・・・・・それはない。

 『いいえ、それは結構です。私は帰ります。』

 『もうそんな時間か?』

 『えぇ、私は誰にもここに来ることは言えてないので、みんなが心配しますから。』

って言うか、迷惑かかっている。

 『そうか、それは残念だなぁ。なぁヘンリー、』

 『えぇ、残念ですね。』

そろそろ、小五郎が帰って来る。

小五郎はきっと、私がいなくなったなんて聞いたらパニックになる。きっと私が現世に帰ったと本気で思う。

きっと、それを受け入れられなくて、必死に私を探すはず・・・

 『彼が、私を探すわ・・・』

私はきっと悲しい顔をしている、さっきまでと違って声に力がないもの・・・それに気が付いたのはハリスだった。

 『そうか、なら仕方がないな・・・待っている人がいるのなら、それは帰るべきだ。』

ハリスは私に笑ってくれた。

 『ならば籠を出そう、ヘンリー手配を。』

 『いいえ、籠は結構です。』

私はすぐに否定をした。

 『なぜです、歩いて帰るのは大変ですよ?』

そう、だと思う。

でも、できるならばもう私に関わらないでほしい。

 『籠は、私には乗り心地の良いものではないわ。・・・この辺りは来たことがあるから大丈夫です、近くに知り合いの店もあるし、歩いて帰りますから。』

 『じゃぁ、馬で送ろうか?』

余計に結構です!!ヒュースケンの言葉を私は全力で断った。

 『私が特別な扱いを受ければ世間がどう反応するかはわかっているでしょ?そうすれば彼にも迷惑がかかる、だから歩いて帰ります。』

 『・・・そうか、わかった。』

ハリスはそう言って頷いてくれた。

私は膝を付いて丁寧に頭を下げる。

 『おリョウ、幸せになりなさい。』

 『・・・・ありがとうございます。』

私は頭を下げたまま、答えた。

世話人の男に頼んで表からではなく裏から出してもらう事にした。

二人は私を裏口まで送ってくれる。

 『また、来てはもらえるのかな?』

 『いいえ、もう二度と、ないでしょうね。』

 『そうか、残念だ。』

ハリスは寂しそうに笑っている。

私は二人と抱き合った。

ハリスは力強く私を抱きしめてくれた。

正直に言えば名残惜しかった、また会いたかった。現世でも私の全ての時間の中でも、私を理解してくれた唯一の人間、そんな人間には今後二度と出会えないだろう。

でも、会う事が許されない事は十分にわかっている。

とても、寂しかった。

 『Mrハリス、Mrヒュースケン、あなた達に出会えて本当に良かった。どうか、お元気で。』

私は一礼をして、善福寺を後にした。



【ハリス】

 『不思議な女性でしたね。』

ヘンリーが去ってゆく彼女の姿を眺めながら言った。

本当に不思議な娘だ。

時間移動の被害者、すべてが真実であるならば彼女は本当に被害者だ。

時間移動など、おとぎ話でしかないと思っていたが、30年前の彼女は間違いなくおリョウだ。そしてあの時見た光景は紛れもない事実だ。ケインが生きていたのなら話して聞かせてやりたい、あの時の少女と再会したことを伝えたらケインはきっと羨ましがっただろう。しかも、美しく成長し、永遠に近いような若さを得ているのだから。

警察に連れて行くことを拒み続けたのはケインだ、だからこそ彼を納得させるために一日預かろうと結論付けたのだ。

あの日、自分たちの前から消えた『神の子』は、神の島の娘だった。

きっともう二度と会う事はないだろう。

会ってはいけない事は、私も彼女も心得ている。

 『幸せになってもらいたいものだ・・・』

心からそう願わざるを得なかった。

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