夢恋路 ~明治編~16
【おリョウ】
本当の意味で小五郎が私の前からいなくなって、悲しみも何も感じなくて、そんな私に不安を感じるのか忠太郎はより私に貼り付いている。
家の事は使いの子と正二郎がやってくれているから、私はしばしぼーっとしていて、喪失感と物思いにふけっていた。
全部が終わったんだなーって・・・
案外、あっという間だったなーって・・・
忠太郎の歳はちょうど長州で出会ったときの小五郎ぐらいで、でも性格は全く違う。
私は、忠太郎を抱きしめて縁側に座っていた。
この喪失感は何かで埋まるものじゃないのはわかっている、時間が、解決してくれるのかな・・・
「御免くださいまし。」
遠くから女の子の声がした。
戸が開く音がして、やがて正二郎が女の子を連れてきた。
「母さん、お客様です。」
かわいらしい女の子がそこにはいて、全く見覚えがなかった。
きれいな着物を着た、家柄の良さそうなその幼い娘さんは手に白い大ぶりな菊をもっていて。
・・・もしかして・・・
「好子と申します。」
やっぱり・・・
好子さんは私の前に膝を付いて深く頭を下げた。
「立派になりましたね。」
よかった・・・ちゃんと立派に育ってる。
子供たち二人はわかっていなくて、私たちをじっと見ていた。
私は、頭を上げない好子さんの前に歩んで座って、肩に手をかけた。
「顔を上げて?」
微かに震える体で、好子さんは顔を上げてじっと私を見つめた。きっと、負い目を感じているのね・・・
「ごめんなさいね、好子さん。木戸はもうここにはいないの。木戸の亡骸は国のものになってしまって、連れて行かれてしまったの。もうお墓の中なのよ。」
私を見つめる好子の瞳は何かすがる様だった。
「会わせてあげられなくてごめんなさいね。」
「いいえ!」
好子はそう叫ぶと再び頭を下げた。
おっと、びっくり・・・。
「私は、本来であればお屋敷の敷居を跨ぐことすら許されない身分です。」
数えにしても10には満たない子が、立派に頭を下げている。
忠太郎よりずっと大人っぽい・・・さすが女の子ね。
「そんなことはないわ、あなたは木戸の娘なのよ?会う権利があるわ。」
この言葉に正二郎が反応した。
思い出したかな・・・
「でも、あの、奥さま・・・私は、」
「あら、あなたには罪はないでしょ?悪いのは節操のない木戸の方だわ。」
笑う私に顔を赤くする正二郎。
「それに、一番悪いのは子を授かれなかった私、あなたは何も悪くないのよ?」
そう、すべて歴史通りとは言え、私が悪いのよ。
好子が気に病むようなことは何もない。
「正二郎、少し外してもらえる?」
正二郎は素直にうなずいた。
「忠太郎はいらっしゃい。」
呼ばれた忠太郎は嬉しそうに私に抱きつく。
正二郎が出た後、私は好子の前に忠太郎を座らせた。
「この子はあなたの弟よ?」
驚いた顔をする好子、忠太郎はご機嫌にニコニコしている。
「忠太郎と言うの、この子も木戸の子よ。驚いた?」
「はい・・・あのっ、奥さまは、それをご存じで・・・?」
「えぇ、もちろん。一目見てすぐわかったわ。よく似てるんですもの。」
「ご存じの上で、養子として・・・?」
「木戸は私の妹から預かったってしか言わなかったけどね、なんとなく言ってくれたのは亡くなる前、本当の母親に関してはわからないわ。連れてこられたときは3つほどだったから、たぶん私の事を母親だと思っているはずよ?」
私は忠太郎の顔を覗き込む。
「忠太郎、母さんの事好き?」
「はい!一番好きです!」
「母さんも好きよ。」
私は忠太郎を抱き締めてみせた。
「上の子は木戸の妹の息子なの、旦那さんは亡くなっていてね、私に子供ができないから引き受けたのよ。」
「そうなんですか・・・」
「木戸が自分の子を欲しがる気持ちはとてもよくわかるのよ、あなたももう少し大人になったらわかるわ。私だってあの人との子供が欲しかったもの。でも、ここにいるこの子たちも私にとっては木戸との大切な子よ、実子だろうが養子だろうが何も変わりはないわ。今となっては、この子を残してくれたことに感謝してるの。」
そう、今でこそ、そう思うの・・・
でも私だって人間だから、心を濁した事もあった。
でもそれは子供たちにじゃなくって・・・小五郎に・・・
「もちろん、あなたを残してくれたことにも、感謝してるわ。」
「奥様が、私を手放そうとした母に手放すべきじゃないと諭してくださったのだとうかがいました。養育費をきちんと支払うように言ってくださったのも・・・今、私がこの様にして生きていられるのは奥さまのお陰です。」
「あたりまえじゃない!あなたは木戸の娘、ならば私にとっても娘なのよ?あなたの生活費はこれからもちゃんと約束通り支払うから安心して、お母さんにもそう伝えてちょうだい。」
例え私が産んだ子じゃなくっても、小五郎の子なのだから・・・不幸になって欲しいなんて、思う訳がないでしょ?
「ねえ好子さん、お願いがあるんだけど聞いてもらえるかしら?」
「何でもおっしゃってください!私にできることなら!」
前のめりに必死な顔で言う好子に、私は笑う。
まだまだ子供なのに、しっかりとした教育を受けている、しっかりしたいい子。
「抱きしめさせてくれる?」
「えっ・・・」
「お願い。」
「はい・・・」
忠太郎を横に下ろして座ったまま困惑している好子を抱きしめて、この子が、小五郎の娘・・・こんなに立派な娘に育ってくれた。それが、うれしい。
気がついたら涙が溢れていた。
「・・・生まれてくれてありがとう・・・」
自然とそう、呟いていた。
本当に、ありがとう、小五郎・・・
好子は菊の花を形だけの仏前に手向けて帰って行った。
私はまた来てねと声をかけ、好子はまた来ますと答えてくれた。
例えこれが社交辞令であっても私は嬉しかった。
こんなに小さな子を一人でお使いに出すわけがない、きっとすぐ近くにお里さんがいるんだろう・・・さすがに、入っては来れないから、この子を使いに出したんだろう。
ありがとう、お里さん。
それからまた何日か、静かに喪に服していた矢先、嫌な足音をまた聞く派目になる。
この足音を聞くたび心が凍る気がする・・・
「松子殿、話があって参った。」
・・・また、大久保利通か。
「なんどす?まだ四十九日にもなりませんのに。」
荒立たしい男達、私やっぱりこの男達好きじゃないわ。
あら、今日は伊藤君も一緒なのね・・・
伊藤君は大久保さんの後の方で立っていて、私に顔向けできないとでも思っているのか、気まずそうに顔をそむけている。
伊藤君も、立派な政治家になっちゃったわね。
初代内閣総理大臣、伊藤博文・・・・・あの写真が撮られるのはずっと先の話ね。
「先日木戸公に正二位の位が追贈された。」
「それは、ありがとうございます。」
私は丁寧に頭を下げたけれど・・・だから、何?
「つきましては松子殿、あなたには剃髪をしてもらいたい。」
まぁ、これも、知っていることだけどね・・・
「母様、ていはつって何ですか?」
「髪を剃って、仏に身を捧げることよ・・・」
「母様の髪、なくなっちゃうの?」
「そうみたいね。」
なんて勝手な・・・
「我々はこの明治の世の英雄である木戸孝允と言う男の名を汚されては困る、ここは妻である松子殿が剃髪したとあった方が国民受けは良いだろう。松子殿、木戸公のためにも剃髪していただきたい。」
なんて勝手な男たち・・・
伊藤君は、こっちを見ない。
「・・・わかりました、お受けします。」
でも、ただ黙って剃られるなんて性に合わない。
私はそう言うと鼈甲のクシを外し、結っていた髪をほいてみせた。そして、髪を横に束ね・・・
ザッ!
懐刀で切り落としてやった。
その様子を見ていた伊藤君は目を丸くし身を固くし、忠太郎は驚き怯え、泣き出してしまった。
大久保利通は表情一つ変えない。
私は束になった髪を大久保利通の前に叩きつけるように差し出す。
これが私のけじめよ!
「うちはあんた達が嫌いや!あんた達が世間様からどう思われ様がどんな目で見られ様が、うちには関係ない事!」
はっきりと言い切ってやった。
小五郎!見ているなら出てこい!
止めに来ないのなら暴れてやる!!
「あんた達の様な政治家と言う男が嫌いや、木戸もその政治家、うちは好きやおまへん!せやけど、あの男に新しい世を創って欲しいと願ったのはうちや。うちの愛した桂小五郎を木戸孝允にして、政治の世界に送ったのもうち、責任はあります。ならば、うちの髪ぐらいであの男の名誉が守られるのならば、なんぼでも差し出しましょ!」
伊藤君はとうとう、最後まで私と目を会わせなかった。
「では松子君、あなたが名を置く寺はこちらで手配する。生活費等は国より月々支払われるから安心しなさい。剃髪はこの度一回で結構だが今後は結いあげる事の無いように。くれぐれも木戸君の名を汚さぬよう、仏に身をおき生涯をもって墓を守っていただきたい。」
「承知いたしました・・・」
大久保達は褒賞金と言ってお金を置いていった。
お金なんて・・・
「あぁ、それと、木戸君の雅号だが、松菊となった・・・・・その白い小菊、実に美しいな。」
私の松に、天皇家の家紋である菊・・・
思いやりとでも、言いたいのなら・・・そんなものいらない。
去り際、伊藤君は固く目を閉じて、私に最敬礼の姿勢で深々と頭を下げて行った。
もう私達の周りにいた子供たちは大人になって、私なんかの手の届かない人間になってしまった。
それでいいの・・・
そんな男達が次の世を作るのだから。
男たちが去ったあと、忠太郎が私に抱きついてきた。怖かったのね、ごめんね。
歳よりも幼い忠太郎、私の所に来たあの時からまるで変わらない・・・私は忠太郎を抱き寄せて背をなでてなだめる。
忠太郎は泣きながら私の短くなった髪を必死に触った。
「母様、かわいそう・・・」
子供を、こんなに悲しませてしまっている。
私が、笑わなければ・・・
「あら、何で泣いてるの?ちっともかわいそうなんかじゃないわ、忠太郎は驚いたのね?ごめんね脅かしちゃって。」
泣きついている忠太郎が一区切りつくまで、私はなだめ続けた。
「忠太郎、お兄ちゃん呼んできて?」
「嫌だ。」
嫌だって・・・。
正二郎に何かさせるって思ってるのかな?
まぁ、正しいんだけどさ・・・
「どうしちゃったの?正二郎を呼ぶだけでしょ?怖いことは何もないわ・・・さぁ・・・」
抱きついている体を立たせて背を押せば、泣きながら歩いて行く忠太郎。幼子のこの後ろ姿は堪えるなぁ・・・
ややあって、泣いている忠太郎に驚いた正二郎が慌ててやってきた。
そして、私を見たとたんに声をあげそうな姿を見て、私は人差し指を立てて言葉を発しないように促した。
賢い正二郎はそれを見て言葉を飲み込む。
えらいえらい。
「正二郎、忠太郎が髪を剃るのを怖がって泣いちゃったのよ、武士の子なのに臆病で困っちゃうわよね、あなた、してくれるでしょ?」
「出家、なさるのですか・・・?」
「えぇ、そうみたいね。」
私のため息混じりの言葉に正二郎は何かを悟ったようだ。
「じゃ、お願いね。」
「やだぁやだぁ・・・母様の髪ぃ・・・」
「あら、髪なんて生えてくるじゃない。ねぇ。」
「え、えぇ・・・」
正二郎が剃刀を持ってきて、私は縁側に座って。
「本当に、いいのですか?」
「えぇ、そうしなければならないみたいだからね。政治家の妻って面倒ね。」
忠太郎は私にしがみついたまま、私を見上げて会話の意味を探っている。
「寺に身を置くつもりはないから安心してね。そのくらいは貫き通すわ。私はあなた達を置いてどこにも行ったりしない。ねっ、忠太郎?」
私は忠太郎に笑って見せる。
「さぁ、お願い。」
「わかりました・・・」
髪がはらはらと落ちていくのを忠太郎は不思議そうに眺めていた。
とても長い年月をかけてやっとここまで延びた髪・・・明日戻ってたら笑うわね。
ぐすっ・・・
背後から、鼻をすする音が聞こえて、胸が痛んだ。
正二郎はきっとショックで泣いているんだ。
私は正二郎の足に手を添えた。すると正二郎は私の背に抱きついて、声を殺して泣いた。
ごめんね正二郎、残酷な事、させてるよね・・・
「兄様は泣いているの?」
忠太郎は私を見上げて首をかしげる。
私は忠太郎の頭を撫でながら、片手で肩に置かれている正二郎の手を握った。
正二郎が泣きながらもきれいに剃ってくれて見事に軽くなった頭。
人生で初ですよ、頭を丸めるなんて・・・
鏡で自分の姿を見て、噴き出すように大笑いしてしまった。
「誰これ!すごーい!ねぇねぇ、案外と似合ってるんじゃない!?」
笑う私に二人もやっと笑った。
「正二郎すごい!上手ね!」
「えぇ、そりゃね。」
「忠太郎見て、お兄ちゃん上手ね。」
「はい!」
笑う私の横に正二郎は座った。
「母さんのその強さと優しさは僕の誇りです。心から尊敬しています。」
正二郎は私を見てにこやかに笑ってくれた。
「ありがとう、誇りに思ってくれるなんて、どんな言葉よりもうれしいわ。」
私は正二郎の顔を抱きしめた。
この後私は翠香院と名をもらい、形式として尼になった。
大久保利通たちの話し合いにより、出どころの分からない忠太郎に家督を継がせる事は出来ないと甥っ子であることが確実な正二郎が東京へ連れて行かれ、木戸孝允の位を世襲し、国政の仕事についた。
正二郎をより強く推したのは伊藤君だそうで、語学も堪能であり常に小五郎の近くにいる姿も見ているから尚の事正二郎が良いと思ったのでしょう。
本当、バカな男達、実子なのは忠太郎だと言うのにね。
私は忠太郎と二人で、たまにやって来る使用人と、京で静かに暮らした。
歳を増せば増すほどに忠太郎はますます自由な性格になっていく・・・たまにふらっと出ていってはどこで何をしているか知らず、でも必ずただいまと帰ってきた。
この子を見ていると小五郎はきっとこうなりたかったんだろうなって、よく思う。
本当は晋作や宗次郎や平助みたいに何にも縛られることなく自由に、やりたいことをやって、大好きな人たちとただ毎日を過ごして・・・私や子供たちと毎日笑って生きていたかったんだろうなって・・・
あの子は本当は誰よりも優しくて臆病な子だから・・・
私はいつまでここにいるんだろう。
幾松と言うこの女は、一体いつまでこんな喪失感を抱えて生き続けるのだろう。
私の本当の場所は、どこなのだろう・・・
私にも両親がいたはずだ、弟も甥っ子もいた。友達は?職場はどうなってる?
・・・私は、どうなってるの?
自分の実年齢もわからず、今の年齢もわからない、自分が誰を生きているのかもわからない。
ただ言えるのは、髪の伸びは普通の人と変わらなくって、何となく、もう現世の自分と今の自分は別物になってしまっている気がした。
忠太郎もいつか私の元を離れる。
私はこの時代に一人になるのか・・・
あと何十年も、この時代を生きるのか・・・
「いろいろあったわねぇ・・・・・」
そう呟いて、笑ってるのに涙が出るのは、なぜだろう。
早く小五郎に、会いたい・・・
【忠太郎】
正二郎兄さんが病死して、形式的にだけど正二郎兄さんの兄の彦太郎さんが養子に入った。名を木戸孝正と変えて。
母さんはとても疲れてしまったようで、少しやつれてしまった気がする。
それでも正二郎兄さんの誇りだった母さんは美しく、僕にとっても憧れの女性だ。
僕は母さんの年齢を知らない。
孝正兄さんが言うことが本当なら、やがて還暦だと言うが、そんなわけあるはずがない。どう見ても三十路を越えたぐらいだ、これで還暦ならもののけだ。昔、父さんが生きていたとき、幾度か母さんの事を姉さんと呼んでいたのを聞いたけど、父さんより年上なのだろうか。
「母さん。」
「あら、忠太郎、今日は達磨探しに出掛けないの?」
「うん、今日は出ないかな、今のところね。」
今のところねって言うのが、なんとなく僕らしい。
母さんもそんな言葉を聞いて笑っている。
「忠太郎は、ひいきにしている女性はいないの?」
ひいき?
うーん。
「仲良くさせてもらっている方はいますよ?お茶屋のハナさんや、饅頭屋のおコウさんとか。」
「やだ、みんな年上じゃない。」
「まぁ、そうですね。」
だいぶ年上だね。
「好きな女性はいないの?」
好きな人ねぇ・・・
「それは、まだまだですね。」
きっとそれは、無理だと思います。
「あら、残念ね。」
ねぇ、母さん。
知ってますか?
全部、母さんのせいなんですよ?
母さんより美しい人なんてきっとこの世にはいません。
母さんより利発な人も、優しい人も、強い人も、暖かい人も、この世にはきっといません。
僕にとっては母さんがすべてで、母さんさえいれば、何もいらないんです。
僕は思わず、母さんを後ろから抱き締めた。
「ねぇ、母さん。」
「なぁに?」
「僕が、母さんを守ります。」
母さんは僕の手をそっと握ってくれた。
「これからは、僕が母さんを守ります。だから母さんは何もしなくっていい。もう、がんばらなくっていい。正二郎兄さんはいなくなっちゃったけど、正孝さんがいる。だから母さんは何も心配しなくていいよ?」
「ありがとう。」
僕はずっとずっと、初めて出会ったあの日からずっと、母さんが・・・大好きなんだ・・・
1886年4月10日、朝、
目が覚めてみたら、母さんが起きている気配がなかった・・・
具合でも悪いのかと思って、部屋をのぞいてみたら・・・
・・・母さんは、死んでいた・・・
部屋はとっても冷たくって、耳が痛いほど静かで・・・僕は母さんの横に座って、頬に触れてみた。
柔らかかった肌は冷たくなって、でも、まだどこか温もりがあって、僕はずっと触れていた。
そのまま日が昇るまで、ずっとそこに座っていて頬をなでていて・・・文を書かなきゃって、思った。
なんとなく、この間の母さんは元気がなくって、もしかしたらって、ちょっと思ってた。
「ちょっとまっててね、今孝正兄さんに文を書いてくるから。」
僕はそう言い残して、部屋を出た。
できるだけ簡潔に書いて、一通は東京の正孝兄さんに、もう一通は長州のハルおばさんに。
ハルおばさんは母さんととっても仲が良かったからね・・・
文を書いているときにふと、母さんの様子が気になって、僕はいったんペンを置いて母さんの部屋に足を向けた。
「母さん、入るよ。」
いつもの癖で、声をかけてから戸を開けてみて・・・その光景に、僕は立ち尽くしていた。
そこに、母さんはいなかった。
布団には乱れもなく、母さんの姿だけがきれいに消えていた。
母さんは、確かに死んでいた。
さっきまでその体は、そこにあった。
なのに、母さんの体は、消えてしまっている・・・・
しばらく立ち尽くして、何もない布団をただ眺めて・・・納得した。
あぁ、そうか、母さんはきっと、この世の者じゃなかったんだって・・・
母さんはきっと、どこか違う世界の、そう、きっと地上に降りてきてしまった女神か何かで、この世での全部を終えてしまったんだ。
母さん、お疲れさまでした。
ゆっくりお休みください・・・・・
【ハル】
忠太郎君から文が来て、お姉ちゃんが亡くなった事を知った。
文には、葬儀等はすでに済ませて埋葬したから来なくていいとあるけれど、きっと、もう、お姉ちゃんの姿はこの世界にはないんだろうって悟った。
お姉ちゃんはどこに行ったのかな・・・
木戸松子として本当に死んでしまったのか、別の世に行ってしまったのか・・・
お兄ちゃんに会いに行ったのかしら・・・
いいなぁ、お兄ちゃん・・・私も、お姉ちゃんに会いたいな・・・
現代
「結局、流華はあれから一度も目覚めなかったわね。」
「2年か、頑張ったじゃないか。」
「でも、なんでかしらね、すごくにこやかで優しい顔をしていたわね、ずっと・・・」
「母さん、姉ちゃん携帯なんだけど・・・この写真の人、誰だかわかる?」
「和服を着た男の人?さぁ、あなた、見覚えある?」
「いや、年下の青年っぽいけど、流華の彼氏か?」
「圭太、あなた知らないの?」
「俺ほとんど姉ちゃんと連絡とってなかったから、知らない。亜紀、お前何か聞いてる?」
「いいえ、私もお義姉さんの事は何も・・・」
「彼氏だとしたら知らせてあげたいわねぇ。」
「ねぇ、でもこの人、髪も結ってあるから、どっかのテーマパークの人じゃないかしら。かつらでしょ、これ。」
「誰だろう・・・」
「俺、なんかこの青年見た事ある気がすんだよなぁ。」
「親父、知ってんの?」
「いや、どっかで見た事があるような気がするんだけど・・・どこでだったかなぁ・・・?」
「あなたがどこかで見た事があるってことはもしかしたら同級生の誰かかもしれないわねぇ。」
「お義姉さん、とってもいい顔してるわね。」
「きっとこの男の人、彼氏だったんだろうね。」
「いらして下さったお友達に聞いてみましょうか、仲が良かった人ならきっと聞いた事があるはずだから。」
「このクシって、お義姉さんのバッグに入っていたやつよね?」
「あっ、本当だ!この人からのもらい物だったのかな?」
「じゃぁちゃんと持たせてあげないといけないわね。」
「あぁ!思い出した!木戸孝充に似ているんだ!」
「木戸孝允!?まさかぁ、歴史上の人物だろ!?」
「じゃぁ、役者さんとかそんな方かもしれないわね。」
「そうかもなぁ。そう言えば流華は幾松に似ているかもなぁ。」
「幾松って誰だよ!?親父歴史おたくすぎんじゃねーの!?」
「誰だかわかったらいいわねぇ、その人にもぜひ、お会いしてもらいたいわね・・・」
「そうだな、これだけ幸せそうなんだから・・・」
END




