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夢恋路 ~動乱編~19

【おリョウ】

その日の宗次郎の吐血の仕方は、終わりを予感させるものだった。

きっと、肺の大きな血管が破れてしまったんだと思う・・・

息も絶え絶えで、脈もだいぶ弱くて、その目に光がなかった・・・

呼吸音が水っぽい嫌な音を立てている。

宗次郎の上半身を抱えて、体を起こし、私はそんな体を後ろから抱え込むように自分にもたれさせて、顔をゆっくり撫でていた。

うつろな瞳は今にも閉じそうで、きっと、閉じてしまったら、もう二度と開くことはないのだろう・・・

「・・・おリョウ、さん・・・」

「なぁに、どうかした?」

出来るだけ平静を装う、これが一番つらい。

「歌・・・歌ってよ・・・」

「いいわよ?何がいいかしら。」

「あれ、あの歌・・・・僕と、おリョウさんが泣いちゃった、歌・・・・」

今あの歌を歌えと・・・・

残酷な事を言ってくれるじゃないよ・・・

「・・・いいわよ・・・・」

   ~~~~~~

「残酷ね、こんな歌を歌わせるなんて。」

「うん・・・そうだね・・・でも、どうしても、この歌がいいんだ・・・・」

そう言って宗次郎は細めていた目をさらに細めて、微笑んだ。

「この人は・・・・笑ってるんだ・・・・笑って、大好きな人に、別れを告げてるんだ・・・・ずっとそばにいるよって・・・そうありたいって、ずっと、思ってた・・・・」

「もったいない、あなたの感受性や文才は誇れるものなのに。」

剣だけなんかじゃ、ないのに・・・

「・・・もう一回、歌って・・・」

「あら、今日はわがままね・・・」

「うん、これ聞いたら・・・・寝るから・・・・お願い。」

「・・・・・・・・えぇ・・・・・・わかったわ・・・・・・・・おやすみなさい・・・・・・」

片手で頭を抱えて、片手で宗次郎の手を、離れる事がない様にしっかりと握って体を抱きしめて、私は宗次郎の為だけに、ささやく様に歌った。

やがて耳が痛いほどに静かになって、どんどんと冷たくなっていく宗次郎の体を抱えながら、私は最後まで歌った。

なぜだろう・・・不思議と涙は出なかった。

心の真ん中がくりぬかれた様で、何もなくなってしまったようで、永遠の眠りについてしまった宗次郎を抱えている事しかできなくて。

ずっと苦しかったはずなのに、何て静かな寝顔なの・・・?

私は、そんな静かな寝顔を撫でる事しかできなくて・・・

だいぶ長い事、このままだった気がした。

どうしても、この子を手放したくなかった。

死んでしまった事なんて、受け入れられるわけがなかった。

・・・・私と小五郎の大切な大切な子・・・・

新撰組一番隊組長の宗次郎は、死しても尚堂々と表には出してはあげられなくて、夜に密葬と言う形を取った。

場所は白河藩のお墓を預かるお寺の中の沖田家の墓にとみつさんから言われていた。

とても大切にしていた刀も一緒に埋葬して、これで、本当の意味で新撰組の時代が終わったんだ。

宗次郎の髪を結っていた紐、くすんだ浅葱色をした細い紐。宗次郎にとってすべてであった新撰組の発足の象徴・・・私はその紐を少し切って懐に入れた。

遺品整理をしてみつさんに文を書いてすべてを送り、おばあさんに別れを告げて、私は京を目指した。



【桂小五郎】

姉さんが宗次郎の元へ行っている間、僕の周りでは新政府についてだいぶ話が進んでいた。

日本にいる異国人に対する法を作らなくっちゃとか、議会の意を伝えるための五箇条のご誓文だとか、勝さんと西郷さんの話し合いによって江戸城が開場されたり耶蘇(やそ)(きょう)の取り締まりに対する処遇だとか・・・そりゃまぁいろいろ起こったわけです。

それよりも何よりも、僕は忙しすぎてたまったもんじゃなくって、三人で受けた総裁局顧問って勤めも小松さんも後藤さんも結局どっか行っちゃって、僕が一人で全部やる羽目になって、やってらんないから辞めるって言ってみた。

もうねぇ、いくらなんでも二人とも僕に任せっきりなんですよ!

藩は帰って来い帰って来いってうるさいし。

そんな事を思っていたら岩倉さんがすっとんできた。

必ず誰かが走って来るんだよね、僕が辞めるって言い出すと・・・

「木戸君、何故辞めると申すのか!?」

何故って・・・知らないで言ってるわけじゃないでしょ!?

「こんな、いくらなんでも忙しいなんて言葉じゃ収まりません!僕一人でどこまでやれと言うんですか!?」

この際わがまま言って、通らなかったら国に帰ろうかな・・・

「今この状態で木戸君が抜けてはこの国の議会は立ち行かなくなるであろう、いかにしたら辞意を反してくれるか。」

大隈さんって、さすが公家だよね・・・

明らかに取り乱していても、口調がね・・・

なんだろう・・・

岩倉さんと話していると、戦意を喪失する・・・

「あの、ですね、一人ではどうすることもできないぐらいの仕事量なんですね・・・」

「ふむ。」

・・・ふむ・・・

ふむ、って言われちゃっても・・・

こんなに忙しかったら、僕は家にも帰れないし、姉さんが帰って来ても会う事も出来ないでしょ・・・?

わかりますかね、これが僕にとってどれだけ大事な事か・・・

「他にもやりたい事もやらなきゃなんない事もたくさんあるのに、この仕事量を何とかしてもらわないと、やっていけないんです・・・」

「ふむ。」

ふむ・・・

「しからば、どうする事が望みか?」

どうする事が望み・・・?

どうする、かね。

どうしたら僕の仕事量は減るかね?

誰か、手伝ってくれたら減るかね・・・?

誰だったら、減るかね・・・誰だったら・・・?

あっ、いい人がいた。

「大久保さんが顧問に着くと言うなら、辞意を取り下げてもいいです。」

大久保さんだったら早いや。

でもまた、大久保さんにめんどくさいって、怒られちゃうかな・・・

「心得た、しからばまず薩摩藩主島津殿に相談の後大久保君に確かにその意を伝えよう。」

とりあえず、大久保さんと僕が同じ役職に着けば薩摩側からも長州側からも薩長同盟が真であると見せる事もできる。この歳で仲良しって表現は変だけど、僕が大久保さんを信頼していると言う事が藩側に伝われば薩摩に対する反感も少しは押さえる事が出来る。

旧幕府側にもいい見せしめになるしね。

あの人達、絶対に薩長は仲たがいするって思ってるはずだから。

その後、大久保さんはだいぶ脅された形で僕の元へやって来て・・・

「辞めるなどと言う脅しに乗らなければならないのは癪だが、今君を失うわけにはいかないんでね。」

などと、僕は散々愚痴られて・・・

でも、大久保さんは最終的には引き受けてくれた。

はぁぁ、これでやっと家に帰れる・・・

大久保さんが手伝ってくれて、やっと少しずつ空いた時間の中で、僕は姉さんと籍を入れる事についてみんなに相談してた。今籍を入れて姉さんの身が安全であるかとか、どこで暮らせば動きがいいかとか。

でもみんなが必ず言うのは身分についてで、武士と芸妓は妾にはなれても籍は入れられないって・・・

どうしてそんな事が起こるのかな!?

身分ってそんなに大事!?

くじ引きで当たるかどうかみたいなもんじゃん。

そもそも論だけど姉さんに戸籍なんてないってば。

今はまだ幾松さんだから芸妓の身分で、じゃぁ武士の人の養子になってからだったら結婚してもいいの?

それって、おかしくない?

だって姉さんは何も変わんない訳じゃん。

変な世だ・・・こんな所もいちいち直して行かないといけないなんて、そんなこと全部やってたら僕の命なんて全然足りないよ。まったく、誰がこんな雑な世を創ったかなぁ・・・

いい迷惑だよ・・・

晋作が生きていてくれたら・・・晋作が生きていたらきっと一番最初に僕達の味方になってくれるのに・・・

きっと同じ事に悩んで、泣く泣くあきらめた人たちもたくさんいたんだろうなぁ・・・

心中した人たちも、いたんだろうなぁ・・・ならば早く、直さないと。



【おリョウ】

長い道のりだった・・・

行きとは大違いだよ・・・

京の家に着いて、私はそのまま鍵もせず畳の上に倒れ込んで寝てしまった。

とにかく疲れていて、整理しないといけない事が多すぎて、頭も気持ちも一度リセットしなければいけなかった。

着いた時は確か昼過ぎだったと思うけれど、次に気付いた時はもう真夜中で。

私は上掛けをかけられていて、部屋には火が焚かれていて、その横で小五郎が文に目を通しているのが見えた。

・・・・・・・

無言で起き上がって、ただいまって言いたいのに、言葉が出てこなかった。

私が起きた事で部屋の空気が動いて灯が揺れる、小五郎はそれに気が付いて私の方を見た。

「お帰り、お疲れ様でした。」

そう言って小五郎は笑っている。

「自由で素直でわがままで、ちょっと病弱な・・・長男だったね。」

その言葉に涙があふれてくる。

小五郎は文をたたみ、私をそっと抱きしめてくれて、私は、それこそ慟哭した。

今になって宗次郎を失ってしまった悲しみが止められなくって、あの静かな顔とか冷たくなっていく身体とか総てが走馬灯のように思い出されて、それは晋作や平助のことも重なって、どうしようもなかった・・・晋作に、平助に、宗次郎に会いたい。

今この場で生きている事さえ辛くって、後を追いたいとさえ・・・思った・・・

「姉さんには辛い想いばかり背負わせてきたね・・・ごめんね、本当にありがとう。」

私は小五郎の着物を掴んで泣くだけで、小五郎は私の背を優しく打ってくれた。

「姉さんがそうやって全部を抱えてくれるから、僕はこうやって何も気にすることもなく生き抜く事が出来る、邁進することができる。全部は姉さんのおかげだ。確かに時代を変えるのは僕かもしれない、でも、姉さんがいなければ変える事は出来ない。時代を動かしていたのは、本当は姉さんなんだ。」

小五郎はとっても優しくささやいてくれる。

「姉さんはもう何もしなくていい、後は僕が全部引き受けるから・・・・」

私はうなずく事すらできなかった。



【桂小五郎】

「ねぇ、松子さん。」

「・・・・・・」

泣き続けている姉さんに、僕はあえてそう言葉をかける。

「あのね、考えたんだけど、僕と一緒に長州に来てもらえないかな?」

この言葉に、姉さんは泣き顔を上げた。

「僕の実家にね、松子さんを紹介したいんだ・・・妹が、きっと喜ぶと思うんだ。」

姉さんは泣きすぎて不規則な呼吸をしていて、言葉は出ないけれど、僕をじっと見つめていた。

「嫁がせている長女にも、会いに行かないと・・・ね。」

白糸にも会いに行こう。

僕は姉さんを抱き直して、頬を寄せた。

「落ち着いたらゆっくり向かおう、今更先を急ぐことなんて何もないんだから。ちゃんと宗次郎を弔って、気持ちの整理を付けて、それから・・・ね。」

涙を止められず、幼子の様に僕にしがみ付いて、姉さんはそれこそ意識を失うまで泣いた。翌日はさすがに物思いにふけった様子だったけど、日が暮れるころにはいつも通りの笑顔を向けてくれて。

僕達は宗次郎の四十九日を京の地で静かに済ませた。手元には宗次郎につながるようなものまもう何もなくて、姉さんが持ち帰ってくれた宗次郎の浅葱色の髪結の紐に饅頭と菊の花を供えて、気持ちの区切りをつけて・・・初夏を迎えた頃に荷をまとめて、京を発った。

久しぶりに旅を楽しいと感じた。

道中が幸せだった。

白糸を連れて歩いたときと同じようにのんびりと長州に向かった。

小さくていい、萩で祝言を挙げよう。ハルとごく近い数人で。一晩中飲み明かして、翌日は一日姉さんといよう。色々話さなきゃならないこともある。正次郎の事も、姉さんの籍の事も。藩にも報告しないと。

「お帰りお姉ちゃん!」

「ただいまハルちゃん!」

あのさぁ、いつも思うんだけど、僕はどうでもいいわけ?

しかしハル、こう言っちゃなんたけど・・・歳取っちゃったな。

・・・僕もなのかなぁ。

これはそろそろ、姉さんの存在が疑われてしまうかもしれない・・・どうしよう。

「お姉ちゃん相変わらずキレイね!」

えぇっ、早速ですか!?

「やっぱり異国育ちだと違うのかしら!」

異国育ち!?

「さぁ、どうかしら。」

姉さんは何も気にする様子なく笑う。

そういう話になってたのですね・・・知らなかったです。

「もぅ!やっと祝言をあげるって聞いたわ!おめでとう!お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

「ありがとう。」

姉さんのこの幸せそうな笑顔だけで、僕は十分だった。

「で、ハル、その事で少し話があるんだけど、荷下ろしが全部済んだら時間いいかな?」

姉さんの身元の事、正次郎の事、全部、話そう。

姉さんと三人で。

「えぇ、もちろんよ。荷運びは彦太郎を使って?」

そう言って呼ばれた彦太郎を見て僕たちは驚いた。

「お久しぶりです、小五郎伯父さん、お市おばさん。」

しっかりとした青年になっていた。

「子供の成長って早いのね、」

姉さんはまるで自分の子の事の様に目を細めて、嬉しそうだ。

「顔がずいぶんと来原さんに似てきたね。」

目鼻がやっぱり似てるね、さすが親子だ。

「あら、性格も似てるわよ。落ち着かない所とか多趣味なところとかよく似てるわ。」

ハルが呆れたように笑う。

「正次郎も大きくなったわね。」

以前会った時はまだ幼子だった正次郎はだいぶしっかりしている。

「そうね・・・」

ハルがどこか寂しそうで、なんか、胸が痛む。

彦太郎が荷を持ってくれたおかげで姉さんに荷を持たせる事をしなくて済んだ。いつも通りに僕の部屋へと荷物を下ろし荷解きをして、それから僕達はハルの部屋へと入った。

僕達は膝を突き合わせて座った。



【おリョウ】

彦太郎と正次郎の姿を見て時の流れを感じた。

成長し大人へとなって行く子供達、それだけ月日が経過していると言う事だ。そんな中で私の存在はどう映っているんだろう・・・これじゃ物の怪か何かだよ。

ハルちゃんは、何かに気が付いているのかもしれない・・・

立派になった彦太郎、そして、一回り大きくなった正次郎。

「正次郎も大きくなったわね。」

「そうね・・・」

なんだろう・・・ハルちゃんの顔が一瞬、寂しそうに感じた。

彦ちゃんが荷を持ってくれて、正次郎も手伝ってくれたおかげで私は何も持たずに済んだ。活発そうな彦太郎に比べるとどちらかというと正次郎は優しい子、文学とかが好きそうな子。正次郎が時折私をじっと見上げるけれど、どうしたのだろう。まるで何かを探っている様なその瞳には、どんな意味があるのだろう・・・?

子供たちを表に出して、私たち大人三人は膝を付いて向かい合った。

小五郎とハルちゃんは文のやり取りをしていた様で大方の話し合いを済ませている様だ。

「ハル、姉さんの身元についてたけど、どう思う?」

「・・・私の身元?」

私の身元って、瀧中じゃないの?

「そうねぇ、私も岡部の名前を借りるのが得策だと思うわ。」

・・・はて、岡部さんって、誰かね?

私は全く話に付いて行けてないんだけど、これは止めて聞いた方が良いのか、流すべきか・・・?

「いくらお兄ちゃんが自由人でも武家の名前を受けている以上、芸妓と夫婦になるのは立場上よくないわ。」

あぁ、なるほど・・・様は、身分についてね。

「みんながそう言うんだけど・・・やっぱりハルもそう思うの?」

「えぇ、お姉ちゃんにとってもその方が良いと思うわ。お姉ちゃんが後々肩身の狭い思いをしなくていいから・・・」

そっか・・・そこまで考えてるんだこの二人は。

「形だけでも岡部の名前を借りて、養女にしてもらってから籍を入れた方が良いわ。養女に入ればお姉ちゃんは武家になるし、私はその方が良いと思うの。」

よくわからないけど、岡部さんって方の所に一度籍を入れてからじゃないと私と小五郎は結婚できないのね。

身分って大変ねぇ・・・こんな事も直して行かないといけないのか。

「あのね、姉さん、岡部さんってのは来原さんの甥っ子なんだよ。」

「あら、そうなの。」

ふ~ん、甥っ子くんの養子かぁ・・・・・って、おいっ!?

「ちょっとちょっと!甥っ子君っていくつ!?私養子に入れるの!?」

「あっ、富太郎君っていくつかしら?」

「えっ、来原さんの一回り位下じゃなかった?」

「あら、じゃぁまだ三十にはなってないわね。」

「私、今いくつって事になってるのよ・・・」

ハルちゃんと小五郎が私をじっと見る・・・

「姉さん、今いくつって事になってるの?」

「どの年齢の事言ってるのよ・・・」

「お姉ちゃんって、いくつなの?」

   う~ん・・・

「幾松としては、二十五ぐらいだけど・・・」

あくまで、幾松としては、で、流華としてだと42で、おリョウだと32で、でも実際はたぶん36ぐらいで・・・もうそろそろ何かにメモっておかなきゃわかんなくなりそうよ。

「んじゃ、平気じゃない?黙っていればそう見えなくもないわ!」

うそぉ・・・そんな感じで良いの?

「じゃぁ僕達は明日にでも挨拶に行って来よう、で、戸籍だけを藩に申請してそれから祝言だね。」

「そうね、そうしましょ!で、祝言はどういう風にやるつもりなの?」

「身内や近しい人だけで静かにやりたいんだけど・・・」

「そうよねぇ、結納もなきゃ輿入れもないんだし、飲み明かす感じで良いんじゃないの?」

まぁ、そうなるよね。

きちんとした形の式ってのがこの時代にもあるんでしょうけど、お互い両親がいるわけでもないし、ずっと一緒に暮らしていたわけだし、今更って感じだし・・・形式的なもので十分ね。

「お姉ちゃんに白無垢を着せてあげたいとは思うけど・・・お姉ちゃん細いから、着るの大変かも。」

そうなのよ・・・訪問着も余っちゃうのよねこれが。

この時代の日本人とは体型がちょっと違うのよね。

「本当は着せたいけど・・・岡部家にそこまではお願いできないよ。」

そうか、養女引き受けて数日で嫁を送り出す支度をしなきゃってなるととんでもなくお金がかかるわね。

それはいくらなんでも迷惑すぎる。

「いいわよそんなの、格好なんて。私はお酒が飲めれば・・・」

カクテルとか作っちゃ、まずいかな・・・

「お酒の手配だけでも大変そうね。」

ハルちゃんが笑う。

「そこはケチっちゃだめよ?」

笑う女二人に小五郎が苦笑した。

「正次郎はその後で、いいのよね?」

正次郎?

正次郎がどうかしたの・・・?

私は思わず小五郎を見上げてしまった。

「お姉ちゃんには言ってないの・・・?」

「あぁ、この場でその話もしようと思って・・・」

何、正次郎がどうかしたの・・・?

「あのね、姉さん、祝言を済ませたら僕達は正次郎を養子として貰い受ける事になるんだ。」

「・・・えっ!?」

私はハルちゃんを見る。

ハルちゃんは、何とも言えない顔をしていた・・・

「前に帰って来た時にね、お兄ちゃんと話をしたのよ。来原の家も和田の家も跡継ぎは既にいるから、血縁の事を考えると木戸の家には正次郎が一番いいわ。」

「それは・・・」

さっきのハルちゃんと正次郎のあの顔は、このためだったのか・・・

これを聞いて、私は、どうしたらいいんだろう・・・

私、ハルちゃんから、子供を奪う事になるの?

私に子が出来ないから・・・親と子を引き離すと言うの?

この時代では普通の事かもしれないけれど・・・それでも・・・

「お姉ちゃん、正次郎をもらって?あの子は父親を知らないから武家としての生業も何も知らない。お兄ちゃんとお姉ちゃんなら立派にしてくれる、そう信じるからこそお願いするの。」

「でも、正次郎はもう立派に物心が付いた年齢よ、私達よりもハルちゃんや彦太郎といた方が・・・」

「・・・あのね、お姉ちゃん、今の日本ではね、家柄ってのがとっても大切なの。お兄ちゃんが受け継いだ桂のお家の名も、絶やしてはいけないものの一つなの。そのためには子が必要で、男の子が必要なのよ。ただ養子を取ればいいわけでもない、血縁も大切になって来るの。それら全てを考えた時、最も適任なのは正次郎だわ。お姉ちゃんは正次郎をとってもかわいがってくれていたし、二人なら正次郎を立派にしてくれる、そう思うからこそ正次郎を預けるのよ?お願い、引き受けて・・・?」

そう言うと、ハルちゃんは、私達に頭を下げた・・・

どうしよう・・・そんなつもりは、なかった。

かわいい甥っ子たちとただ遊んでいる、そんなつもりでしかなかったのに、まさかこんな形で養子として引き取る事になるなんて。

私は小五郎を見上げて、小五郎は私の背に手をまわしてくれた。

「ハル、ありがとう。正次郎は立派にする、約束するよ。」

「ありがとう、お兄ちゃん。」

ハルちゃんが顔を上げて、笑った。

「さてと!忙しくなるわね!どうせ初夜は済ませてるんだから寝間の準備は必要ないでしょ!?」

「えぇっ!?」

勢いのいいハルちゃんに小五郎がいつも通りの反応。

やれ、言ってくれるねハルちゃん。

ハルちゃんとは時間を見つけて、二人で話をしよう・・・母親二人として。



【桂小五郎】

湯から上がって廊下を歩いていたら、部屋の前で姉さんが中庭に向かって腰を下ろしていた。

月を見上げて足を揺らして何か、口ずさんでいる。

相変わらず綺麗な声だ・・・

最後に姉さんの歌声を聴いてからいったいどのくらいの年月が経っただろう。また、この歌声が聞けるようになるんだ。それが可能な世になるんだね・・・

「横、いいかな。」

「あら、上がったの?」

姉さんは僕を見上げて笑って、僕は横に腰を下ろした。

「今日はきれいな月夜ね。」

「本当だね。」

見上げれば晴れた夜空、綺麗な星空に明るい月、異国にはあの星のようなキラキラと輝く石があるって聞いた。それを手や首や髪に飾って女達は喜ぶんだって。姉さんも、そう言うのが欲しいかな。

「今、何を歌ってたの?」

「宗次郎がね、好きだった歌よ。」

宗次郎・・・・・

「宗次郎はどんな歌が好きだったの?」

姉さんが歌った歌は、あまりに悲しい歌だった。

宗次郎は十四の時からこんなにも切ない歌が好きだったんだ・・・僕は思わず、姉さんを抱えた。

「宗次郎は、自分の行く末を知っていたのかもね・・・」

僕のつぶやきに、姉さんは僕に身を預ける。

「あの子達が生きていたら、私達の祝言に来てくれたかしら・・・」

「絶対に来るよね、晋作なんて来るなと言っても来ると思うよ?」

「そうでしょうね。」

姉さんがクスリと笑う。

「晋作だけじゃないよ、来原さんはもちろんだけど、坂本さんや中岡君も来ちゃうと思う。」

「あら、じゃぁ近藤さんは呼べないわね、大騒ぎになっちゃうわ。」

「宗次郎と平助もいるから、きっとこの家は壊れてしまうだろうね。」

「建て替え費用は全員で折半ね。」

この家が大騒ぎになって、収拾がつかなくなって、一昼夜灯が絶えることなく明るく、みんなでバカみたいに飲んで笑って・・・それがいともたやすく想像ついて、とてつもなく悲しかった。

奪われてしまった命は帰って来ない。

敵味方で別れてしまったけれど、僕達にとってはどの名前も大切な人達で、今でも会いたいと願わずにはいられない人達だ。こんな悲しい想いは、この先二度としたくない。

「きっと、来てくれるわよね、みんな・・・」

「お酒はたくさん用意しておこうね。」

「宗次郎は甘党だから、甘いものを置かないと来ないかしら。」

そうだ、祝言の日は満月の夜にしよう、みんながこの家を見つけやすい明るい夜に。

縁側に酒を置いてみんなを呼ぼう。宗次郎のためにまんじゅうも置いて、平助のために握り飯も置いてもらおう。お雪は、来てくれるかな・・・

「料理人は大変だね、一人じゃ足りないかな。」

「あら、料理は私がするわよ。」

「そうはいかないでしょ、姉さんは主役なんだから。」

「いいじゃない、近しい人達でやるんだし。それに、私たちの式に来てもらうんだから、もてなすのは当然でしょ。」

そうだけど・・・

「ただ黙ってじっとしてるなんて、私にはできないわ。それに、作法もわからないしね。」

そう言って姉さんは笑った。

「この時代にはまだないものも作っちゃおう!ケーキがあったらいいなぁ、シャンパンは無理でもカクテルぐらいは作れるよね。おおきい皿でブュッフェスタイルにしてもいいわ。余興が必要なら私が踊ればいい、楽しくしたいの。」

目を細めて楽しそうに話をし続ける姉さん、その言葉の内容はわからないけど、きっとそんな事がしたいんだろうなって事ぐらいはわかる・・・

「ねぇ、姉さん。」

「なぁに?」

「姉さんの時代の祝言って、どんな感じなの?」

「私の時代?」

そう、姉さんの時代の祝言、姉さんは本当は、どんな祝言がしたいんだろう・・・

「私の時代はね、ほとんどが洋式なの。」

「ようしき?」

「そう、異国式なの。ウエディングって言うんだけどね。みんな異国のお姫様みたいな格好をするのよ。真っ白いドレスって言う物を着て、たくさんの宝石をまとってね、とってもきれいよ?」

そうなんだ・・・やっぱり夜空の星みたいなのを身に付けたりするんだ。

見てみたいな、姉さんのどれす姿・・・

「姉さんもそんなうえでぃんぐがしたい?」

「私?いいえ、考えたことないわ。」

「どうして?」

「だって、嫁ぐなんて事が起こり得るなんて思ってなかったもの。」

そっか・・・そうだったね・・・

「私には、あなたと夫婦になれる、それだけで十分すぎるの。これ以上を求めたら、それこそ神様に反感買うわよ。」

だったらせめて、初夜の寝間だけでもきちんとしてあげよう。

驚くかな・・・ハルに、相談してみようかな・・・

翌日僕達は岡部さんの元へとあいさつに向かった。

事情は全て話してあったから顔見世のあいさつ程度で、富太郎君とは面識はあったから話はすんなりと通った。

「あなたが松さん?」

「この度はご迷惑おかけいたします。」

姉さんは流暢な京言葉を使って頭を下げた。

「いいえ、木戸さんにはとてもお世話になってます。このくらい迷惑なんて感じてもおりません。」

「おおきに。」

「ありがとう富太郎君、恩にきります。」

これで、姉さんの身元は落ち着いた。

「じゃぁ松さん、僕達は戸籍について藩の方へと報告もあるので、先に帰っていてもらえますか?」

「はい、よろしゅうお頼申します。」

姉さんは頭を下げて、来た道を帰って行った。

「美しい人ですね。」

富太郎君がそう言ってくれる。

「君の妹って事になるんだ、よろしくね。」

「それは形式だけですよね、だってすぐに奪われちゃうんですから。」

そう言って富太郎君は笑う。

「僕も木戸さんと松さんの武勇伝はいくつも耳にしてますからね、松さんがあんな華奢で美しい人だなんて思いもしませんでしたよ。」

武勇伝・・・

それはぜひ、姉さんには言わないでもらいたい・・・

「で、祝言はどうするのですか?」

「うん、次の満月の時にしようと思ってる。って言っても身内で酒をかわす程度の形式的なものにするつもりだよ。富太郎君もぜひ顔を出しに来て。ハルも喜ぶと思うから。」

「ぜひ伺います。」

僕たち長州藩では僕が産まれるずっと前からきちんとした戸籍管理がされている、だから僕達はその手続きに城へと出向かなければならない。戸籍管理がされていると言う事は姉さんの戸籍がちゃんと手に入ると言う事で、やっと姉さんはこの時代の、長州の人間としての籍を手にすることができるんだ。

僕と夫婦になれば元の桂の家にも籍が残る。

姉さんがこの時代に、ちゃんと存在していた証になるんだ。

そう思うとなんだかすごくうれしくって、早く、姉さんに報告してあげたいって思った。



【おリョウ】

今日の夜は満月らしい。

私とハルちゃんは朝から大騒ぎで、なんで料理人を呼ばないのってハルちゃんが叫んでいるけど、私はそれすらおかしくってずっと笑っていた。あまりに忙しくって何もかもが面白い。

掃除に女中さんや子供たちが走りまわって、買い物に小五郎までもが使われて、頼まれていたお酒がどんどんと家に届く。

「ねぇハルちゃん、これ、何人で飲むつもり?」

「あら、お姉ちゃんがいるんだから大丈夫でしょ?」

「まぁ、飲めと言われたら、何日かけてでも飲むわよ?」

「いいわね!やろうやろう!」

ハルちゃんがノリノリで腕を捲る。

「やめてください・・・」

その後ろを通った小五郎がため息交じりに言葉を置いて行き、それを聞いて私達はますます笑った。

今の時代珍しい大皿取り分け料理スタイルで料理を出す事に決めたから料理隊は途中から比較的楽ちんになって、私は空いた時間で白糸をブラッシングした。

「白糸も貫録出てきたわねぇ~。」

もう10歳ぐらいになるのかな?馬って20年ぐらいは生きたはずだから、やっと中年って所かしらね。

ハルちゃんは私との約束を守ってくれていて時間さえあれば白糸を自由にしてくれている、そのせいか一層落ち着いて良い馬になった。手入れもきちんとされているみたいで見た目も美しい。

「良かったわね、白糸。」

私は白糸の顔を抱えてやる、すると白糸は私の肩に顔を乗せてすり寄った。

思わずよろけて数歩下がると誰かが背を支えてくれて、見上げたら小五郎が笑って立っていた。

「相変わらず力が強いねぇ、白糸は。」

「余計強くなった感じね。」

夏毛のせいか体色はより濃く、たてがみや尾はより白く見える白糸。本当に美しい娘。

「白糸?今夜は騒がしくなりそうだから、眠れなかったらごめんなさいね。」

鼻筋を撫でながら言葉をかけると、白糸は目を細めて私たち二人を見つめた。

「明日の夕刻ぐらいにでも散歩に行けたらいいね。」

「あら、朝でも良いわよ?」

「朝だと僕が動けないでしょ・・・」

「じゃ、二人で行こうか、ねっ。」

「ちょっとぉ!新婚早々夫を置いて行かないでよ!?」



【ハル】

白昼堂々と抱き合っている今夜の主役二人を見て疑問に思う事が止まらなくって、私は思わず手を止めてしまった。

何でよりによってあんなに愛し合ってるお兄ちゃんとお姉ちゃんには子が出来ないんだろう。

あの調子なら十人ぐらいいてもおかしくなさそうだと言うのに・・・お姉ちゃんに子が出来ないと言う事を知っているお兄ちゃんは、自分は子が作れると言う事を知っている。

さては外子を作ったことがあるな?

一向に老ける気配のないお姉ちゃんはまるで異質で、お兄ちゃんも少なからず歳を取っていると言うのに、あまりにも様子がおかしい。異国で暮らしたらこうも時の流れが違うと言うの?

背丈は私とあまり変わらないのに腰の位置が違う、お姉ちゃんは足が長い感じがするわ。顔も小さいし目も大きくて丸い。胸と尻は小さいから確かに子を産むには不便そうな身体ではあるけれど・・・でもそれだけじゃない気がする。

お姉ちゃんは私達と何かもっと違う事がある気がする。

・・・お姉ちゃんは、人間なんだろうか・・・

こんなことを思う事自体どうかしている事はわかっているんだけど、どうしても、そう思ってしまう。細かく数えたらきりがないほどに私たちと違う事が多くって、自然とそう、思ってしまっている。

でも、確かな事は、お姉ちゃんはお兄ちゃんにとってかけがえのない人で、私にとってもそうで、お姉ちゃんもお兄ちゃんを必要としていて、誰もお姉ちゃんの事を疑ってないと言う事。

お姉ちゃんを、信じていると言う事。

だからこそ正次郎を、渡すんだから。

神様は弐物を与えてはくれなくって、あんなに完璧なお姉ちゃんでも子ができず、それはこの時代ではかなり大きな汚点で、でも、だからこそお兄ちゃんじゃなきゃいけないのかもしれない。

そう思うとこの二人は出会うべくして出会ったんだって思うの。

お姉ちゃんじゃなきゃ、お兄ちゃんを守りきることはできなかった。

武士のくせに一度も刀を抜く事も、刀を人に向ける事もなく戦の世を今まで逃げ隠れる様に生きるなんて、ありえた事じゃない。

お姉ちゃんとは一度、もう一度ちゃんと話をしないといけない。

母親同士として・・・

その結果、お姉ちゃんがもし人間じゃないって知ったら、私はどうするかしら。

物の怪であったとしても、正次郎を渡すのかしら・・・

まぁ、渡すわね。

だって、面白そうだから。

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