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夢恋路 ~動乱編~17

【おリョウ】

坂本龍馬暗殺と言う大事件から数日、油小路で斬り合いが起きたと噂が走った。

御陵衛士が斬られたと、言っていた。

御陵衛士って、平助がいる隊じゃなかった・・・!?

小五郎の計らいで長州藩士の若者が身分を隠して常に二人ほど私に付いていてくれている、私は咄嗟にその男たちの所に走った。

「油小路で斬り合いがあったとうかがいました、本当どすか!?」

「えぇ、私達も先ほど聞きました、新撰組の様です。」

新撰組が平助を斬ったって言うの!?

脱退したから!?

なんてことを・・・

「お頼申します、どうか見て来てはもらえまへんやろか!?」

この私の言葉に男二人は絶句した。

「今は危険すぎます!」

なんつぅ腰抜け!

「うちの知り合いかもしれへんのどす!お願いします!」

「いや、今は危ない!陽が明けるまで待たれた方が良い!」

平助が斬られたかもしれないと言うのに黙って朝陽を拝めと!

冗談じゃない!

「もういい!」

私はそう言うと吉田屋を飛び出した!

「松様!お待ちください!」

待つかいっ!!!

「木戸様にご連絡を!」

えぇえぇチクったらいい!

私だってこんな腰抜け付けるなってチクってやる!

今日この日までいろいろとあったせいか、結構脚力が付いた様で、追いつかれるぎりぎりの所で私は油小路にたどり着いた。

静かすぎる月夜、角を曲がって見た光景は・・・数人の男たちが切り捨てられている光景だった。

中心には(むしろ)が掛けられた人がいて、その人を囲むように倒れている男たち。

蓆に一番近い所に、平助が仰向けで倒れていた。

「平助!」

私は平助に駆け寄って思わず抱き上げた。

「平助!平助!?」

咄嗟に平助の頬を叩いてみるが、平助はピクリとも動かなかった・・・

顔から溢れ出ていた血はもうすでに固まりかけている。

そんな・・・

私の嫌いな刀・・・

刀で切られた大事な人をまた抱え上げるなんて・・・

「松様、ここにいては危険です!早く戻りましょう!」

「でも平助が!」

私の手を引く青年に私は咄嗟に声を上げる。

「旦那様に使いを出してます、やがてお座敷にいらっしゃると思います!ですから、ここは一度旦那様のご意見をお伺いください!」

でも!

でも!!

「ここでもし新撰組に見つかれば我々二人では松様をお守りする事は出来ません!どうかお戻りください!」

・・・この二人まで、殺すわけにはいかない。

平助、ごめんね、もう少しだけ待っていてね・・・

必ず迎えに来るから。

私は平助の額に口付けをして、後ろ髪を引かれながらその場を後にした。

「姉さん!」

吉田屋に着くと小五郎が座敷から飛び出してきた。

そして平助の血で汚した着物姿の私を見るなり卒倒しそうになっていた。

「怪我はない!?」

「えぇ・・・でも、平助が・・・」

目の前がぼやけて、思わず腰が抜けて崩れ落ちそうになった私を小五郎が支えてくれた。

私はそのまま座敷へと入れられて、落ち着くまで小五郎は私を抱えてくれていて、私は江戸川屋の日々を思い返して止まらない涙をどうしていいのかわからず・・・一体どれだけ泣いていただろう。

落ち着いた頃に小五郎が女将さんに頼み着物を用意してくれた。

私は血で汚れた着物を着換えて、再びその場に座る。

晋作の死は、遠い地での出来事で、実感がなかった。

今もどこかにいるんじゃないかって、どっかで思っている。

でも、平助は・・・死んでいた。

お雪の様に血を流して死んでいた。

目で見て、冷たくなった体に触れてしまうと言う現実は急には処理できない。

小五郎が心配そうに再び私の体を抱えてくれた。

「ごめんなさい、着物、汚しちゃったわね・・・」

平助の血が小五郎の着物にも付いてしまっている。

「気にしないで・・・」

小五郎はそう言って、私を撫でてくれた。

「僕が京に立ち寄っている間でよかった・・・」

小五郎は数日前に坂本龍馬の一件で京に帰って来たばかり、最近はほとんどいないから、いてくれて良かった。

「平助は・・・どうなるの・・・?」

平助は、ちゃんと弔ってもらえるの・・・?

私は小五郎を見上げる、小五郎は渋い顔をしていた。

「たぶん、すぐには動かせないと思う。きっと他の隊士達への見せしめに置かれているはずだから。」

そんな・・・

置き去りなんて・・・

「かわいそうだけど、二日ほど様子を見よう。それで何もなければ埋葬の手配をする。」

二日も・・・

二日もあのままだなんて・・・

「御陵衛士と言う事はあの中には伊東さんもいるはずだ、平助の事はきちんと弔ってあげるから、辛いだろうけど辛抱してほしい。」

「わかった・・・」

小五郎は私を再び強く抱えた。

「平助の事は、僕も残念だよ・・・僕達の二男になるはずだったのにね・・・」

長男が宗次郎で、二男が平助・・・そんな事、叶いっこないってわかっているのに捨てきれなかった夢。

生きてさえいればいつか叶うかもしれないなんて、心のどこかでずっと思っていて。

でも、叶わないんだって、さっき知った。

だって、宗次郎も・・・死んでしまうのだから。

「葬儀執行人の名前を僕の名で出すわけにはいかないから、姉さんの名前を借りてもいいかな?」

「えぇ、もちろんよ・・・おリョウで、お願い。」

「わかった。」

平助の遺体は一緒に斬られた伊東さん達と泉涌寺(せんにゅうじ)に埋葬された。

ここは歴代天皇の陵墓があり、死しても尚、志ここにありと、そんなところなのだろう。

待っていてね平助、今は行けないけど、必ず、会いに行くわ。

この事件以降、新撰組が崩壊している事は明白だった。

昔からいる隊士達を見かけなくなった気がする。

言われたら名前ぐらい聞いたことあるんだろうけど、永倉新八や原田佐之助とかって新撰組だったかな。

山南さんはもう亡くなっているのかな。

歴史通り宗次郎が、介錯したのかな・・・

あの子の心は壊れていないだろうか、薄いガラス一枚でできているような、飴細工のような心は、私たちと別れ、山南さんを介錯し、平助と別れて砕けてしまってはないだろうか。

もしくは、まったく砕けていないのかもしれない・・・どちらが、良いのだろう。

近頃は小五郎もちょろちょろと出歩けるようになってきた、相変わらず変装はしているけれどそれでも追われて走り回ることはなくなったぶん、会いやすくなった。

私が一人で住んでいる家で共に朝を迎えることもできるようになった。

時代が、変わってきた証拠だろう。

新撰組は、どこに行ったのだろう・・・私たちは顔を会わせれば必ず宗次郎の安否を口にしあった。

「宗次郎を見かけた?」

「いいえ、見かけてないわ・・・」

「そっか・・・」

いつもここで会話が途切れる。例え追う側と追われる側になったとしても、私たちにとって江戸での日々はかけがえのない日々で、今のこの状況事態が夢なんじゃないかとさえ思える。

「宗次郎はもういくつかしらね、きっと、立派になってるんでしょうね。」

「そうだね、もう立派な大人だよね。」

「平助も生きていたら、同じ歳だったのよね・・・会いたいな・・・」

「そうだね。僕も会いたいな・・・」

「あら、あなたは会おうと思えばすぐ会えるじゃない?」

「まぁね。」

あれからやがて10年になる。宗次郎はやがて24になり、結核を、発症する頃だ・・・あの子は今どうしているのだろう・・・最後に続くその数日であっても、誰かに愛されて、誰かと共に生きているんだろうか。

そんな、私のわずかな希望と願いは、やがてあっさり崩れ去った。

時の流れとは残酷なのだと、思い知った。

江戸川屋の女将から転送された手紙が届いたのは、まだまだ寒い年明けで・・・

最近は比較的堂々と小五郎とも会えていて・・・それもこれも、幕府が敗北し、新撰組が敗北したからで。

届いた文を見て、とうとうこの時が来たのかって思って天を仰いだ。

そして、私は、行かなければならないと・・・覚悟を決めた。

晋作も、平助も、坂本龍馬も、もういない世。

お願い、この子だけは、一人にしたくないの。

出来るだけ早くあの子の所へ行きたい。

私は文を懐に入れて、小五郎がやって来るのを待った。

遠き昔に約束をしたとは言え、小五郎はどう思うだろうか・・・

いくら普段から安否を気にかけていたとは言え、自分の命を狙っていた男の元に、自分の女が行くのだ・・・未だに新撰組と内通しているとも限らない、私が捕まる可能性も考えられる。

小五郎がどんなにできた男であっても、きっと不安に思うだろう・・・

ましてやもう宗次郎は立派な大人の男になっているはずで、看病とは言え、幼き日々を知る子とは言え、他の男と二人きりになる事を、快く思うだろうか・・・

その夜、小五郎はいつも通りふらっとやって来た。裾に着いた雪をせっせと払って寒そうに部屋に上がって来る。

世がだいぶ落ち着いたとはいえ、この男ものんきだよね。

まぁ、落ち着いた理由がこの文に、込められているんだけどさ。

「姉さんどうかした?」

「えっ?」

小五郎の言葉に、夕飯の用意をしていた手を一瞬止めてしまった。

「どうして?」

私の返事に小五郎は笑う。

「言いたい事はちゃんと言いなさい?松子さん。」

ここでそう来ますか。

「かないまへんなぁ、小五郎はんには・・・」

私は小五郎の前に向き直し、膝を付いて懐から文を取ると、ひれ伏すようにしてそっと差し出した。

「文・・・?」

そう言って、小五郎はその文に目を通して、そして、静かにその文を閉じた。

黙っている小五郎・・・そして、ややあって、目を閉じて深いため息をついた。

なんて、思っているだろう・・・

呆れているだろうか・・・

私は許しを請う側で・・・私からは何も言えない・・・

「向かうなら早い方が良いね。」

「えっ・・・」

私は顔を上げ、小五郎を見上げる。

小五郎はにっこりと笑った。

「できるだけ早く行ってあげた方が良いよ、この病は足が速いから・・・手遅れになる前に。」

「でも・・・」

でも、でも・・・・

私の胸の内なんてお見通しだよと言わんばかりの小五郎の笑顔。

「まぁね、いろいろあったけど・・・宗次郎は悪くないと、僕は今でも思ってるよ?だってあの子はああいう性格じゃないか。」

「・・・でも・・・」

「今となってはすっごく懐かしいよね、晋作と何も考えずに毎日笑っていてさ、姉さんは後の世で僕達の関係がこうなるってわかっていたのに、あの子達の面倒を見ていた。宗次郎と平助を養子に取りたいって思っていたはずなのに、僕と共に生きるがためにそれも叶わなかった。」

「それは・・・・」

そうだけれど・・・

「大丈夫、約束はちゃんと覚えている。むしろ、僕からもお願いしたい・・・宗次郎の所へ、行ってあげて?」

「ありがとう・・・」

この子なら、そう言ってくれると、思っていた。

でも、自信はなかった。

あれだけの壮絶な日々を送ったんだ・・・考えが変わっていたっておかしくない。

たとえ安否を気にかけていたとしても、実際その時を迎えれば考えなんて揺らいででもおかしくない。

でも、小五郎は、やっぱり変わってなかった。

「小五郎はんは大人どすなぁ。」

「えぇ、誰かさんに鍛えられたので。」

そう言って、私達は笑った。

「・・・みんないなくなっちゃうのね。あの時のみんな、誰も。」

「そうだね・・・僕一人が、残っちゃうんだね。」

「晋作が生きていたら、楽しい世になったはずなのにね・・・」

「そうだね、きっと、楽しかったね。」

こうなる事はわかっていたのに、やはり受け入れられなくて、あの時代に戻りたいとさえ思った。

でも、戻ったところで何も変わる事はなくて・・・末路を知ってしまっている分、より一層、辛いだけ。

その時は生きていたとしても、時は流れるのだから・・・今のこの時代の様に。

「明日にでも手配しよう、間に合えばいいけど・・・」

「えぇ、ありがとう・・・」

「ねぇ、姉さん・・・」

「なぁに?」

返事した私を見て一瞬考える小五郎・・・

ん?何?

「あーっと、この場合、松子さんって言わないといけないのかなぁ・・・?」

・・・なに、それ。どういうこと?

「どないしはりました?」

使い分けも大変なのよ?

「もうじき世が変わります。」

「はい。」

・・・・・・?

「年号も変わって、全く新しい時代が来るんです。」

「はい。」

「松子さんには、言い表せないほどの苦労を掛けたし、支えてもらいました。」

「・・・はい。」

まぁね・・・笑えるぐらい壮絶でしたね。

「これから、宗次郎の最後もお願いすることになって・・・、本当によく尽くしてくれたと、思ってます。」

「はい・・・?」

何?

何が言いたいのかしら、この子は。

「江戸に行って、宗次郎を見送って、帰って来て・・・落ち着いたら、正式に夫婦になろうって、思います。」

   ・・・・・・・・・・・

呆然としてしまった。

夫婦になる・・・

本当に、小五郎と、夫婦になるの?

本当に?

本当に・・・・・?

理解できないと言った方が正しいかもしれない。

この子からのプロポーズはこれで何度目かで、毎回思うんだけど、こんな時って、感動の涙を流すものなのだろうけれど、実際は呆然としてしまうらしい。

「こんなに長い事待たせてごめん、やっと、本当に一緒になれる。だから松子さん・・・・・必ず帰って来ると、約束して下さい。」

私は、身を正して頭を下げた。

「必ず帰って来ます。よろしゅうお頼の申します・・・」

「長かったね・・・・とっても・・・・・」

そう言うと、小五郎は上を向いて、涙を堪えている様で・・・私は身を起こして小五郎まで歩んで、抱え込むように抱きしめた。

「絶対に帰って来るわ、だから、待っててね・・・」

「うん・・・」

京に来るときに、幾松になるって決めた時に、必ず一緒になろうって約束した。

私が幾松になって、歴史的にも堂々と夫婦になろうって。

でも、動乱の世が長くって籍は入っていなくっても事実上の夫婦の様になっていたから、あえて形を気にはしなかったけれど・・・私達は本当に夫婦になるんだ。

私は本当に歴史の一部になってしまうんだ・・・

翌日には小五郎が江戸までの手配をしてくれて、私は江戸へと向かった。

女の一人旅、もう慣れ過ぎて楽しみにさえ思える。

小五郎のせいでちょっとやそっとじゃ危険なんて思わない。

それよりも何よりも、一刻も早く江戸に行きたくて・・・宿に身を置く事さえもどかしかった。

江戸に入って、文にあった住所へは人に聞いて何とか辿り着いて。

ここは・・・あまりに懐かしかった。

初めて宗次郎と出会って、始めて小五郎と歩いた所・・・白河藩邸をもう少し行ったところに、その建物はあった。

千駄ヶ谷って、あの千駄ヶ谷よね・・・?

中央線の。

木造の二階建ての民家、周囲は立派な垣根で覆われていて、中はわからない。

玄関には柴田と言う表札、私は戸を叩いた。

「はい、どちら様・・・」

年配の女の声がして、私はまず「おリョウ」と名乗り、みつから文を預かっている事を伝えた。

とても警戒しているのか、戸はゆっくりと開き、女がそっと顔をのぞかせる。私はその隙間からみつからの文を差し渡し、事情を説明した。

「失礼しました。どうぞ中へ。」

女は年配と言うよりはもう少し年上、おばあさんってところかな。

私は、玄関口で宗次郎について少し聞かされた。食がどんどん細くなって現状は厳しいのだと。

植木職人である息子さんは家を空ける事が多く、日中はおばあさんが一人で宗次郎を預かっているとのこと。

「宗次郎がご迷惑をおかけしております。」

私はおばあさんに頭を下げた。

中に通されて、静かな廊下を歩いて行くと、庭に向かい縁側に腰を掛け、覇気もなく弱り切った、宗次郎がそこにいた・・・・

いったい何年ぶりの再会だろう。

世間は少しずつ春めいてきているってのに、何でこの子はこんな顔をしているの・・・?

元気に走り回っていた可愛らしい宗次郎は、もうそこにはいなかった。

きついなぁ。

私は足元にそっと荷を置いて、宗次郎の方へとゆっくり歩いた。

すでに気配まで読めなくなってしまったのか、私の方を向かない宗次郎。そんな宗次郎の数歩手前に差し掛かって、私は足を止めた。

ううん、足が止まってしまったんだ。

丸めた背と、その横顔を見ていて、その命の儚さを感じていた。

「・・・宗次郎・・・?」

私の呼びかけに、宗次郎の半分閉じていた瞳がゆっくり開く。

そして、何かを疑う様な瞳で、幾度も瞬きを繰り返して私の方にゆっくり向いた。

胸が痛くなるような宗次郎の変わり果てた姿・・・

痩せて、血色も悪く、髪も伸びっぱなしで・・・でも、私は笑った。

「何て顔してるの?私、何か変かしら。」

それでも呆然と私を見ていて、未だに信じられないという様な顔をしている宗次郎。

「どうしたの?今日は飛び込んできてくれないの?」

笑う私に、宗次郎は表情を崩さずによたよたと立ち上がる。

そして、突然に涙腺が崩壊したかのような大粒の涙を流しながら、きっとめいっぱいの力で駆け寄って来てくれて、私は宗次郎を支える様に抱き留めた。

宗次郎は何も言わずに、ただ、私の着物を掴んで泣いていた。

かわいそうに・・・

こんなに若いのに、夢破れてたった一人で死を待つだけなんて、どんなに辛い事か。

「大丈夫よ、もう大丈夫。これからは私がずっと一緒にいるわ。」

痩せて小さくなって、あまり触り心地の良くない背を私はずっと撫でる。

   げほっ、げほっ、

宗次郎が深い咳を二回した。

「ほらぁ、そんなに泣いたら咳も出るし息が出来なくて辛いでしょ?さぁ、顔を上げてこっち向いて?」

出来るだけ優しく、宗次郎の泣き顔を上げた。

「本当になんて顔してるの?いい男が台無しじゃない。さぁ、笑って見せてくれる?」

宗次郎は相変わらず涙をボロボロとこぼしながら、笑った。

私は昔の様に、宗次郎の額や輪郭にかかる髪をそっと払って、涙を拭う。

もう20代半ばの宗次郎の顔は私の顔よりも高い所にあって、立派な青年だ。

出会って10年、この日が来ることはわかっていたのに、やはり、現実は厳しくて・・・

でも私は、笑う事にしたの。

「ちゃんとご飯食べてる?だめよ、おばあさん困らせたら。何か食べたいものない?作るわ。」



【宗次郎】

あぁ・・・僕はきっと、死んじゃったんだ。

でなきゃ、おリョウさんがここにいるわけがない。

きっとおリョウさんも死んじゃって、僕を迎えに来たんだ。

でなきゃ、僕の所に来るわけがない・・・

だって、僕は、小五郎さんの命を狙っていたんだもん・・・

きっとおリョウさんは僕を地獄に連れて行くんだ。

仕方ないよね、たくさんの人を斬ったもん。

でも、あれは悪い事じゃないんでしょ・・・?

悪い人を斬って、いい事をしたんだって、おリョウさんは僕の話、聞いてくれるかな・・・

おリョウさんは刀、嫌いだもんなぁ。

でも・・・

目の前に立っているおリョウさんは、まるで生きているみたいで、ちゃんと足があって、立っている。

幽霊って、足がないんじゃなかったっけ?

・・・まるで、生きてるみたいだ・・・

「何て顔してるの?私、何か変かしら。」

おリョウさんが、笑ってる。

声が聞こえる。

僕は身体を動かそうとしけど、体はついさっきまでと同じで、とっても動きにくくて・・・

どうして動きにくいんだろう?

死んでいるならもっと、ふわふわって動かせるんじゃないの?

・・・もしかして僕、生きてるの・・・?

「どうしたの?今日は飛び込んできてくれないの?」

どうしよう・・・僕、もしかして・・・生きてるみたいで・・・

おリョウさんは、本物みたいで・・・

重りが乗った様な身体を持ち上げて、足を動かすと体はぐらぐら揺れて、でも、おリョウさんがおいでって言ってくれていて・・・例え地獄に連れて行かれるとしても、おリョウさんの所に行きたい。

会いたくって会いたくって、京で幾度か見かけたけど、声をかける事は出来なくて・・・

すごく、寂しくて・・・

気が付いた時には涙がボロボロと溢れていて、僕は必死で、おリョウさんの元に駆け寄って、抱きついた。

おリョウさんの匂い、おリョウさんの着物、柔らかい体、全部おリョウさんだ・・・

ずっと、ずっと会いたかったんだよ・・・?

「大丈夫よ、もう大丈夫。これからは私がずっと一緒にいるわ。」

泣きすぎて苦しくなって、咳が出た。

血でおリョウさんの着物を汚さない様に僕は下を向いて、おリョウさんは僕の背をずっと擦ってくれていて、咳が治まった僕の顔を優しく上げた。

持ち上げられた僕の顔を見て、おリョウさんは笑っている・・・昔と変わらない笑顔で、笑ってと、笑ってくれる。

僕は涙が止まらないのに、おリョウさんに笑って見せた。

あの時みたいに、長州から帰って来た時みたいに僕の髪を払って、濡れている僕の頬を手で拭いてくれて、伸びきって束ねただけの髪を撫でてくれる。

そんな仕草はとっても子ども扱いだけど、とっても落ち着いて、とっても気持ちが良かった。

また、おリョウさんと一緒にいられる・・・

それだけで、僕はもう、十分だった・・・

「ちゃんとご飯食べてる?だめよ、おばあさん困らせたら。何か食べたいものない?作るわ。」

「うん・・・」

「うんじゃないわよ、何が食べたい?」

最近は全く動いてないせいか、めっきりお腹も減らなくなっていて・・・食欲はないんだ。

「じゃぁ、甘いものでも食べようか!」

甘いもの・・・?

そういえば、ずっと食べてない気がする。

「餅を詰まらせて死んじゃったら笑い話にもならないから、汁粉にでもしようか。ね!」

うん、あっさり言ってくれるよね。

・・・そうだね、笑い話にはなんないね。

これが、おリョウさんなんだ。

僕の大好きなおリョウさんなんだ。

「湯にでも入ってきたら?おばあさんに言ってあるからすぐ入れると思うわ。乾いたら髪を結ってあげる。」

こんな事、前にもあった気がするな・・・

なんだ、結局僕、成長できてないじゃんか。

平助君に大人になってって言われたけど、昔のまんまみたいだ。

そう思うと、笑えてきた。

「あら、やっと笑った。」

そう言って、おリョウさんは笑った。

「長湯しないでね、具合悪くなるから。」

「はい。わかりました。」

おリョウさんは僕の頭に手を置いて、軽く小突いて、少ない手荷物を持って部屋の方へと入って行った。

   ・・・・・ははは!

思わず声を上げて笑っちゃった、そんなの、いつ以来かな。

いろんなことがいっぺんに起こりすぎてもう何が何やらわからないや。

おリョウさんがここにいるのも、僕が泣いているのも、苦しいのも、嬉しいのも楽しいのも懐かしいのも全部なんだかよくわからなくって、笑っちゃった。

そうだよね、湯に入って来よう。

おリョウさんが来てくれたのにこんな姿じゃいけないよね。

長湯はいけないって言ってたから手早く湯浴びをしてこよう。

・・・でも、おリョウさん、何でここにいるんだろう・・・

小五郎さんは、どうしたんだろう・・・

まさか・・・・・・?

湯から上がって出て、壁伝いに歩いてきたらおリョウさんが居間でおばあさんと話している。

その光景は和やかで、在りし日の江戸川屋みたいだった。

とってもあったかい色をしていた。

「大丈夫?こっちにいらっしゃい。」

そう言っておリョウさんは手を延ばして僕を招いてくれる。

僕はおリョウさんの手に捕まって横に座って一息ついた。

「つらいかしら?」

「いいえ、気分はいいです。」

「そう、良かったわ。」

そう言って笑うおリョウさんは本当に良かったって思ってくれているみたいで、ちょっと嬉しかった。

髪が冷えたらいけないからと僕を部屋の一番奥の上座に置いて、横に火鉢を置いてくれた。

新撰組に入ってからはほとんど甘いものは食べてなくて、汁粉ってこんなにおいしかったかなって、ちょっと感動すらしちゃって、体の中から全部があったまる気がした。

「おリョウさんはお味の付け方が上手ですねぇ、これなら甘味屋が出来ますよ。」

「あらトキさん、嬉しい事言うわね。」

そう言っておリョウさんは僕に微笑んだ。

「すごく久しぶりに食べたけど、汁粉ってこんなにおいしかったんだね。忘れてた。」

「あらぁ、ずいぶんと不便な生活をしていたのねぇ。」

そう笑い飛ばすおリョウさんの言葉には皮肉がたっぷりで、僕まで笑えてくる。

「本当、そう思う。」

本当・・・そう思うよ・・・

おばあさんはお茶を入れてくれて、やがて用事があると出て行った。

きっと僕達に気を使っているんだと思う。

ごめんね、今まで僕を見てくれたのはおばあさんなのに。

でも僕は、おリョウさんと話がしたいんだ・・・

「聞きたい事がいろいろあるんじゃない?小五郎の居場所以外ならいくらでも答えてあげるわよ?」

ほらね、こうやって先手を打ってくるところもおリョウさんだ。

でも、という事は、小五郎さんは生きているんだね・・・

なんでんだろう・・・今不思議と、生きていて良かったって、思ってしまった・・・

あんなに、殺さないといけないって思っていたのに。

「もう僕に小五郎さんを追う素手はないよ。」

これは事実だから。

「残念ねぇ、結構楽しんでいたみたいだったけどね。」

「ひどい冗談だね。」

笑う僕におリョウさんがため息をつく。

「大変だったのは私もだったんだからね!」

うん、知ってるよ。

おリョウさんは芸妓さんに扮して京で小五郎さんをずっと守っていたんだよね。

「ごめんなさい。」

そう言って笑う僕に嘘ばっかりって言って、おリョウさんも笑った。

「ねぇ、おリョウさん、」

「なぁに?」

「どうして、ここにいるの・・・・?」

僕の問いかけにおリョウさんは顔色一つ変えずに、僕に文を渡した。

その文はお姉ちゃんの字で、僕の体の事やお姉ちゃんがここを離れる事、そしてここの住所が書いてあった。

「あなたは知らないでしょうけどね、10年前、私はみつさんに頼まれて、あなたの後見人を引き受けたの。」

・・・・・えっ。

そんな事、聞いてない・・・

「初めはね、私と小五郎の養子にしてほしいって頼まれたのよ。」

「そんな事聞いてないよ!!!?」

思わず声を上げた。

そんなこと聞いてない!

なんだろう、この憤りは・・・?

何か、変な感じがする・・・

僕は・・・

僕の父さん母さんになったかもしれなかった人を、大切な人を・・・殺そうとしてたの・・・?

「でも、お断りしたわ。」

断ったの・・・・?

すぐ、断ったの・・・?

「・・・理由は、なんで断ったの?」

おリョウさんが断った理由はなに?

僕の事、好きじゃなかったから・・・?

小五郎さんが、嫌がったから・・・?

「私も小五郎も本当はあなたを養子として迎えたかったのよ?でも、あなたはきっと私よりも近藤さんに付きたいと思っていると思った。だから断らせてもらったわ。近藤さんもあなたをとても大切にしている事はわかっていたし、何よりあなたの剣に対する才を見出したのは近藤さん。だから、私が貰い受けて潰す様な事はしたくなかったのよ。」

・・・確かに、もし、おリョウさんか近藤さんか選べって言われたら、僕は近藤さんを選んでいる。

だからこそ、僕は新撰組に身を置いているんだ。

「それに、私の事を貰い受けたいって言ってくれた青年を養子にするなんて、そんな勿体ない事したくないわ!」

・・・そうだったよ。

僕、おリョウさんを欲しいんだって、言ったよね。

何か妙に照れてきて、顔が赤くなっているのがわかって、思わずうつむいちゃった。

「だから、後見人にだったらなるって約束したの。あなたの身に、もし何かあって・・・みつさんが見る事が出来ないその時は私が引き受けるって。」

「でも、小五郎さんは・・・?」

「小五郎?」

僕は、小五郎さんを殺そうとしていた。

近藤さんや土方さんの為に、おリョウさんの為にって信じて、小五郎さんを追った。

見つけ次第、斬り殺すつもりで・・・本気だった。

なのにどうして、小五郎さんの恋仲であるおリョウさんが僕の前にいるの・・・?

「小五郎ねぇ、のん気なもんよねぇ。」

おリョウさんは火鉢で温めていた汁粉を再び僕のお椀に注いで渡した。

「文を受けたときにね、私はすぐにでも飛んで行きたかったけど、やっぱりねぇ、私一人では決められないじゃない?だから、小五郎にもこの文を見せたわ。そうしたらね、小五郎が急いで行ってやってほしいって、そう言ったのよ。と、言うわけで私は堂々とここに来れたわけ。」

「小五郎・・・さんが・・・?」

「えぇ、そうよ。」

そう言っておリョウさんは呆れたように笑う。

「いろいろあったね~って、笑ってたわ。あの子は昔からそういう子なのよ。」

負けた。

率直に、そう思った。

こんなに追い回して、本気で命を狙いに行ったのに、小五郎さんは一回も抜刀しなかっただけじゃなくって、誰も傷つけなかった・・・今も僕に対しても・・・

とんでもない剣の使い手だって、近藤さんから聞いた。

近藤さんが唯一恐怖を感じた剣の名手。

あの練兵館の塾頭で、その性格とは真逆な上段の構えをする剛剣士・・・

そんな人と命をかけて交える剣が一体どれほどのものか、毎日毎日そればかり考えていた。

でも、小五郎さんは逃げ続けた・・・

時にはおリョウさんの手を借りてでも逃げ続けて、結局は世を変えてしまったんだ・・・

おリョウさんはゆっくりと僕の後ろに回って、僕の伸びてしまった髪を手ぬぐいで拭きながら乾かし始めた。

「少し切ろうか、これから先、これじゃ重いでしょ?」

「うん・・・そうだね・・・」

これから先・・・そうだね。

これから先を考えれば、短い方が良いかもしれない・・・

優しく髪に触っているおリョウさんの手がなんだか気持ち良くて、いつの間にかウトウトとしていて・・・

僕はそのまま、寝てしまった・・・・・・

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