夢恋路 ~青年編~26
【宗次郎】
宿だけじゃわからなかったけど、小五郎って名前で僕は走り出していた。
帰って来てるんだ!
小五郎さん、教えに来てくれたんだ!
結構疲れているって思ったけど、案外走れるもんだね。
背後から平助君が付いて来てるけどちゃんと付いて来れるかな?
悪いけど、待ってはあげないからね。
だって、おリョウさんが帰って来てるんだから!!!
そこの角を曲がって、突き当りを道沿いに走れは江戸城が見えるから、そうしたら江戸川屋だ!!!
【土方歳三】
「土方さん、宗次郎と平助はどこに行ったんですか?」
「あぁ?女ん所だ。」
「女ぁ!?宗次郎に!?」
「あぁ、そうだよ。」
どうせ、おリョウが帰って来たんだろ、じゃなきゃあんな真面目な顔して走る訳がねぇ。
それよか平助は追いつくか・・・?
「宗次郎が女に興味があったとはねぇ~。」
まぁ、そう思うよな。
俺もそう思った。
でもまぁ、ちょっと訳が違う女だからなぁ・・・
「女って言っても、十五ぐらい上だぜ?」
「十五上!?それじゃ女じゃなくって母親じゃねーっすか!!!」
「あいつの性格見りゃ、わかんだろ?」
あいつのあのべったりとした性格だ、そのくらいの器の女じゃねーと相手になんねぇだろう。
「言っとくがな、この事で宗次郎をちゃかすんじゃねーぞ?もちろん手出しも禁止だ。何たって近藤さん公認だからな。」
「近藤さん公認・・・」
この言葉に一同が黙った。
「あぁそうだ、宗次郎にうかつな事言ってみろ?あいつに殺されるか、相手の女に殴られるかだ。」
・・・・・・
「言っとくがな、冗談じゃねーぜ?」
・・・・・・
ったくよぉ、あんな女のどこがいいんだか・・・
「・・・子供の心の拠り所だ、てめぇらも一端の大人なら、そんなもんをわざわざ潰すんじゃねーぞ?」
あいつはいつか大人になるのか?
一生ガキのままじゃねーの!?
「っとにぃ、また脱走癖が出ちまうじゃねーか・・・」
まっ、その方が平助は長生きできそうだけどな。
「今日の夜飯、あいつら二人の分は用意しなくていーからな!」
【宗次郎】
あとちょっと!!!
あの藍の暖簾だ!!!
外で誰か掃き掃除している・・・・あれは・・・・
「おリョウさんだ!!!!!」
いた!
本当だ!!
おリョウさんだ!!!
「おリョウさーーーーん!!!!」
僕の声におリョウさんはこっちを見て、驚いた顔をして、それから笑って、箒を壁にかけ置いた。
僕は勢いを殺す事が出来ずにそのままおリョウさんに飛びついた。
「おリョウさん!おリョウさん!おリョウさん!!!」
僕は、思いっきり泣いてしまった。
この一年、とっても寂しかった!
とっても心配した!
とっても会いたかった!
もうそんな思いがぐちゃぐちゃで整理がつかなくて、涙が止まらなかった。
おリョウさんは幼子の様に抱きついて泣いている僕を優しく撫でてくれる。
あったかくって優しくって、それが余計に、僕の涙をあふれさせた。
「・・・宗次、お前バカだろ・・・・」
しばらくすると背後から平助君の声がして、荒い息遣いが聞こえた。
「あら、宗次郎君の友達?」
僕は顔をあげて、おリョウさんを見上げて、めいっぱいに頷いた。
おリョウさんは優しく笑って、僕の涙を両手で拭って、前髪を掻き上げて笑う。
「汗びっしょりじゃない、さぁ中に入って湯に入りなさい。これじゃ冷えて風邪ひいちゃうわよ?」
僕は啜り泣きながらうなずいた。
「で、宗次郎君。後ろで伸びているこの子は何て名前かな?」
ふと後ろを見ると、平助君は道にひっくり返って伸びていた。
平助君、なんで伸びてるのかな・・・?
「藤堂、平助君だよ。」
「平助君、お疲れ様ね。」
そう言っておリョウさんは笑っているけど、なんで、笑ってるんだろう?
「さっ、平助君も宗次郎君と一緒に湯に入っちゃいなさい。立てる?平助君。」
「はい・・・、」
平助君がふらふらと立ち上がり、僕達は江戸川屋へ入った。
僕達が湯に入っている間に小五郎さんが来てくれて、浴衣を貸してくれた。
女将は僕たちが来た事に喜んでご飯まで用意してくれた。
同じ部屋でおリョウさんと小五郎さんも一緒で、僕達は四人でご飯を食べたんだけど。もう、平助君、そんなにガツガツ食べたら恥ずかしいじゃないか・・・まるで道場でご飯もらってないみたいだよ。
・・・おリョウさんが元気で本当に良かった。
お雪さんを斬った男の事は結局わからないけど・・・きっと奉行所が何とかしてくれる。
僕は、おリョウさんがいれば良いんだ。
【おリョウ】
抱きついて声を枯らして大泣きしている宗次郎君を見て、すごい罪悪感を覚えた。
私が長州で幸せだと思う様な時間を過ごしていた間、この子はどれだけ寂しい思いをしていたんだろう・・・
こんなに泣いて、こんなにも汗びっしょりで、きっと必死になって走って来たんだよね。
で、後ろで伸びているこの子は誰だろか・・・?
「で、宗次郎君。後ろで伸びているこの子は何て名前かな?」
藤堂平助・・・
この子も新撰組の隊士なのかしら。
ごめんね平助君、私、君の事は知らないなぁ・・・
とりあえず、この二人をお風呂に入れちゃわないとね。こんなに汗びっしょりじゃ冷えて風邪ひかせちゃう。
でも、着替えはどうしましょう・・・?
まぁ、最悪旅館の浴衣を着せちゃえばいいか。まだ子供だし、大丈夫よね。
しかしこの平助君とやら、きっと宗次郎の悪意のなさに振り回されてるんでしょうねぇ、ご苦労な事。
「さっ、平助君も宗次郎君と一緒に湯に入っちゃいなさい。立てる?平助君。」
「はい・・・、」
ふらふらと立つ平助君に手を伸ばしてあげたいけれど、こんなに宗次郎がべったりと張り付いていたらできないなぁ・・・ごめんね、もう少し自力で頑張って。
二人をお風呂に放り込んで、夕食の準備を板前さんにお願いして出てくると、ナイスタイミングで小五郎がやって来た。
「あら、二日酔いじゃないの?」
「だった、だね。」
苦笑している小五郎。
「宗次郎来た?」
「えぇ、でもどうしてそれを・・・?」
「知り合いに言伝を頼んだんだよ、きっと姉さんに会いたくてそわそわしているだろうから早く教えてやれって晋作に言われたんだ。」
「あら、ちょっと見ないうちに大人になったわね晋作君。」
いい事言うじゃない。
あ、そうだ。
小五郎に浴衣の事、聞いてみよう・・・
「ねぇ小五郎、今日はなんだか宗次郎君に引っ付いて平助君って子も来ているのよ。でね、稽古が終わってから必死で走って来たみたいで汗びっしょりだったから今お風呂に入れてるんだけど・・・着替えってどうしたらいいと思う?」
「じゃぁ、僕の浴衣でも貸そうか。でもちょっと大きいかなぁ・・・?」
そうねぇ、この男、でかいのよねぇ・・・で、あの子たちはちょっと小さめなのよねぇ・・・
「・・・まぁ、大丈夫じゃない?」
まぁ、何とかなるよ。
おはしょりとか作って女の子の浴衣みたいにしちゃってもいいかな・・・?
「じゃぁすぐに取って来るね。それまで風呂で遊んでろって言っといてよ。」
「ありがとう。」
そう言って小五郎は走って帰った。
私はその足で風呂場へ、お風呂場でぎゃーぎゃーと騒いでいるのは・・・平助君ね。
この子、晋作に似てるのかな・・・
「二人とも、小五郎が浴衣持ってきてくれるって言ってるから、もうちょっとお風呂で遊んでてね。」
「小五郎さん来てるの!?」
「えぇ、来ているわよ。一緒にみんなでご飯にしましょう。平助君もよ?」
「えっ、良いんですか!?」
「もちろん。でもさすがに裸で旅館内を歩かれるのはまずいからもう少しそこにいてね。」
中からきゃっきゃと笑い声が聞こえてくる。
さてと、後は小五郎にお願いしましょうか。
仕上がった二人は・・・やっぱり浴衣がでっかいなぁ。
思わず笑ったよ。
おはしょりつけて兵児帯って、かわいすぎるじゃない!!!
抱きしめちゃいたくなるわ・・・
そんな子供二人と私たちは夕食を共にした、よく食べる平助君を見ていると自然と笑みがこぼれる。
「あら、じゃぁ平助君も剣を習っているの?」
「はい。宗次と一緒に試衛館にいます。」
「宗次郎君が先生なの?」
「宗次の奴ひどいんだよ!?ここんとこいっつも俺の事追い回すんだ!!」
「えっ、僕そんな事してる?」
あぁぁ、この子達きっと噛み合わない・・・平助君がドン引きした顔をしてるよ。
私と小五郎は宗次郎の性格がよくわかるから想像ついて、笑いが止まらない。
「平助君はいつから試衛館にいるんだい?」
「えっと去年末かな。」
「えっ、平助君そんなにいるの?」
「・・・お前、本っ当に他人に興味ないよなぁ!」
しかし、平助君は本当によく食べる子だ事。
まぁ、あれだけへばっていたら燃料は空だったろうねぇ・・・
宗次郎が静かでマイペースなら、この子は元気で活発そのもの。二人ともかわいい顔して小柄な体で、姿はよく似てるけど全然違う。宗次郎は自分の興味がある事しか興味がなくて、平助は何にでも興味がある、まさにそんな感じだ。
よくもまぁ、仲良くやっている事・・・
小五郎と晋作とはちょっと違う感じの二人ね。
「ところで二人は今日、帯剣してないの?」
小五郎の言葉にふと二人を見た。
そー言えば稽古着で来てたっけ・・・
「知らないおじさんからの伝言を稽古が終わってから宗次に伝えたら、こいつそのまま走っちゃって、で、俺は土方さんに追っかけろって言われてそのまま来たから・・・」
「えっ、平助君、土方さんに言われて来たの?」
「そうだよ、へとへとだったのにお前追っかけるの大変だったんだぞ!?」
「もぉ、土方さん心配性なんだから。」
「たぶん、そう言う差し金じゃねーと思うけど・・・?」
この二人のこのズレは何だろう。
私、ずっと笑ってる。
「じゃぁ、帰りは試衛館まで送るよ。」
「えっ、大丈夫だよ!ねぇ、平助君。」
「うん、大丈夫だと思うけど・・・?」
小五郎の言葉にポカンとしている二人。
「いやいや、君たちみたいな未来ある若者に何かあったら試衛館の塾頭さんに怒られちゃうからね。送らせてもらえるかな?」
「あら、じゃぁ私も一緒するわ。いいかしら?」
「もちろんいいよ、何たって姉さんは強いからね。」
「あっ!聞いたよ!土方さんの事殴っちゃったんでしょ!?」
「もう!あれは土方さんが悪いの!!」
宗次郎が声を上げる。
「そうよ?口の聞き方には気を付けなさい?」
そう言う私に宗次郎と平助が笑った。
「でも、丸腰三人を小五郎さん一人で大丈夫ですか?」
平助君が首をかしげる。
「その時はほら、君たちには走ってもらおうかな。足に自信がありそうだしね。」
「そうですね。」
「もう無理です!」
笑う宗次郎に全力拒否の平助、私と小五郎は爆笑してしまった。
【平助】
宗次郎が感動的な再会をしていたけれど、俺にとってはそれどころじゃないよ・・・
生きてたどり着けたことが奇跡だ・・・
ひっくり返っていた俺の視界に入ったのは子供のように泣きじゃくっている宗次と、優しく笑っている女の人。
綺麗な人だなぁ・・・
風呂に入れられて、着替えをして、みんなでご飯を食べて。
いいのかなぁ、こんなにお世話になって・・・
宗次に関しては何とも思ってない様な顔してるけど。
しかも小五郎さんとおリョウさんが送ってくれるって言ってる。
そういや俺等、丸腰で来たんだっけ・・・
・・・で。
さっきから気になっているんだけど、俺、小五郎さんにどっかで会った事あるかな・・・
どっかで見た気がする・・・
ってか・・・
確かにおリョウさんって人、本当にきれいな人だな・・・
宗次が言ってることが本当ならもう三十路過ぎではあるはずだけど、全然そう見えない。
しかも宗次の奴、本当にべったりだ。
・・・でも、宗次のその気持ち、わかる気がする。
母親ってのとはまた違って、でも姉さんって感じじゃなくって、何て言うか、憧れの女の人って感じ。
あいつ、あんなに笑うんだ・・・
「宗次郎は剣が立つんだって?じゃぁ平助君もなのかな?」
夜道、俺の横を歩いていた小五郎さんが話しかけてきた。
「うん、宗次はすごいよ、真面目なところ見た事ないけど、多分試衛館で宗次と互角にやれるのは塾頭の近藤さんと土方さんぐらいじゃないかな・・・俺は、まぁ、そこそこだよ。」
そこそこって、自分で言うと何か情けないね。
へこんできちゃう。
いっつもやられっぱなしだもんな・・・
クスッ
ん、なんか今、小五郎さんが笑った気がした・・・?
「でも、宗次郎と手合せしてるんでしょ?」
「うん、まぁね。毎日・・・」
ぽん。
小五郎さんの大きな手が俺の頭の上に置かれた。
「じゃぁ、平助君も腕が立つんだね。」
・・・えっ?
俺は小五郎さんを見上げる。
小五郎さんは、笑っていた。
「わざわざ自分より格下を選んで練習するような奴はいないさ、それは腕が立つ者ほどにね。自分より上、もしくは同等となりうる素質を持っている者としか剣は交えない。だから、君は腕が立つ、と、僕は思うけどね。」
小五郎さんの言葉は、だいぶ自信が付くもので・・・すっごく嬉しかった。毎日宗次に追い回されている事が、自信になる気がした。小五郎さんも剣を学んでいるんだ、じゃなきゃそんな風に言ってくれたりしない。
もしかして、どっかの道場の師範とかなのかな。
小五郎さんの道場って、どんなところなんだろう・・・
「小五郎さんはどこの道場にいるんですか?」
俺のこの質問に小五郎さんはとっても気まずそうな顔をした。
そして散々渋る小五郎さんを追い詰めると・・・
「・・・う~んと、ねぇ・・・、僕は練兵館、だよ。」
練兵館かぁ。
・・・・練兵館?
・・・・れんぺいかん・・・・・・・!!!!
「!!!!?れんぺいかっ!?」
俺の叫びを小五郎さんが慌てて口を塞いで止めた。
「練兵館がどうかしたの?」
後ろから宗次が声をかけてくる。
「声が大きいなぁ平助君は。ご近所迷惑だよ?試衛館の近くに練兵館があったねって話をしてたとこなんだ、ね。」
「・・・はい、」
小五郎さんが僕を見て笑う。
おリョウさんは僕達を見て笑って、宗次と再び話しを始めた。
練兵館の、小五郎・・・・
練兵館の、桂小五郎・・・
その名前を知らない奴はこの江戸にはきっといない・・・
この人が、練兵館の桂小五郎!!!
すごい・・・すごいすごいすごい!なんだか背中がゾクゾクする。
でも、こんな優しそうな人だったなんて・・・上段の構えだって聞いていたから、もっと荒っぽい感じの人だろうって思ってた。土方さんみたいな感じの荒っぽい男だろうって。
俺はきっと、羨望の眼差しでじっと小五郎さんを見上げていたんだと思う。
そんな俺の視線に小五郎さんは照れたような笑いをした。
「そんなに見ないでよ、大したもんじゃないよ?秘密にしてね、特に、あの子には。」
あの子って、宗次の事?
「どうして・・・?」
「だって、もしバレちゃったらこうやって遊べなくなっちゃうでしょ?」
確かにだ・・・
今の宗次は剣とは全く無縁の場所で遊んでいる。
小五郎さんが練兵館の桂小五郎だって知ったらきっと、剣の話しかしなくなる。
でも、いくら宗次が情報に鈍いって言ったって、練兵館の桂小五郎を聞いたことがないわけがない。と、言う事は、そもそも小五郎さんが桂って苗字である事も、練兵館って事も知らないんだ。
「宗次郎にとって姉さんの場所は、剣から離れた場所であってほしいんだ。そう言う場所があの子にはないみたいだからね。」
俺もそう思う。
宗次が剣以外でこんなに楽しそうな顔をしているのを見た事がない・・・
俺は優しい笑顔の小五郎さんを見上げていた。
あれ、この笑顔・・・どっかで・・・あぁっ!もしかして!!!
「小五郎さん、もしかして今日・・・」
その言葉に小五郎さんは再び僕の口をそっと塞いで
「それも、秘密だね。」
小五郎さんは、とっても優しかった・・・
試衛館の玄関前、俺達はそこでおリョウさんと小五郎さんにお礼を言っていた。
すると背後から足音がして・・・灯が射した。
俺達が振り返ると・・・げっ。
近藤さん・・・・・・だ。
俺は思わず、小五郎さんを見上げた。
小五郎さんは、表情を変えず優しい顔のまま・・・
えっ、いいの!?
大丈夫なのこの対面!?
だって、練兵館の桂小五郎って言ったら・・・
近藤さんが恐怖から手も足も出せなかったって言う・・・
あの、伝説の・・・
「こんな夜分遅くにうちの門下である子供たちをわざわざ送り届けていただき、御足労おかけしました。」
あれ・・・?
近藤さんはとても丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、こんな時間までお引止めしてしまいまして大変失礼しました。」
そう言って今度は小五郎さんが頭を下げた。
「では、失礼いたします。」
近藤さんはそう言って、俺達を中に入る様に促した。
「おリョウさんまたね!小五郎さん浴衣返しに行きます!」
・・・いぃっ!?
こいつ本当に何も知らねーんだ!!
俺は思わず近藤さんを見上げてしまった。
近藤さんは、前を見たまま表情を変えず、俺の頭に手を置いて・・・
・・・近藤さんも小五郎さんも、わかっていて黙ってるんだ・・・
すげぇ・・・
大人って、かっこいいや・・・
「またね。」
おリョウさんが手を振った。
【おリョウ】
「あなたが大人で良かったわ。」
「えっと、どーゆーこと?」
夜道、私と小五郎は話しながら帰っていた。
「だって、近藤さんが出てくるのはわかっていたでしょ?」
「まぁね。」
帯剣していない子供たちが夜遊びに行っている、門下を預かる塾頭ならその帰りを心配しているに違いない。
近藤勇程の人間ならきっと帰りを待っている、それは私もわかっていた。
だから、私も一緒に行くと言ったし、小五郎もそれを許可した。
「姉さんも同じこと考えてた?」
「もちろん。」
私は笑う。
「もし、近藤さんが何かを言ってきたら私が出るつもりだったわ。あなたもそれを望んだ。違う?」
「さすが。正解。」
で、しょうね。
「姉さんには悪いと思ったけど、宗次郎と平助の事を考えたら二人の前でいざこざを起こしたくなかったんだ。まぁ、近藤さんが空気を読まずに言って来る可能性は低かったけど、姉さんがいなかったらわからなかったからね。それに、迎え出てくるのが土方さんだったら姉さんの方がいいかな~って。」
「また喧嘩させる気?」
「僕は見てなかったからね、姉さんの勇士。」
そう言って小五郎が洗う。
勇士ねぇ・・・そう表現してもいいのかしら。
「小五郎はずいぶん平助に好かれたみたいね。」
「まぁ、バレちゃったからね。」
「宗次郎、背が伸びてたね。」
「そうだね。」
一年という歳月はあの年代の子供たちにとってあっという間なのかもしれない。これからの十年も、きっとあっという間なのだろう・・・
「姉さんはとっくに知っているのかもしれないけれど・・・僕たち長州は少しずつ動き始めているんだ、僕が江戸勤めになったと言う事は動けと言う事、きっと去年みたいに毎日会って話したりはできないと思う・・・」
「えぇ、わかってるわ。」
そう、わかっている事。
そして、そうでなきゃいけない事。
「あなたは何も心配しなくていいわ、自分の思う通りに動けばいい。私はいつまでだって待つし、いつだってあなたの力になる。必要ならばどこにだって行く。あなたが無事に帰ってきてくれさえすればそれでいいわ。」
「必ず、帰ってくるよ。」
小五郎はそう言って私の手を取った。
「まぁね、男同士の付き合いというのもございますからぁ?あまりとやかくは言いませんが・・・お酒を飲む量を考える事、それと、娘様方とのお遊びは程々にしてちょうだいね。」
「ちょっとぉ!そんな事しないってばぁ!」
私の意地悪なエールに小五郎が慌てふためいている。
「娘さんたちの前で酔いつぶれちゃったら恥ずかしいわよぉ~?」
「姉さんってばぁ!!」
私達の関係はきっとこれから先も変わらない。
小五郎は、私に転がされて、私はそんな小五郎に転がされる。
私が転がされているなんて、思ってもないでしょ?
「宗次郎を送って夜道を歩くのはこれで二回目ね。」
あの時は手持ちの明かりもなくて、月明りだけで歩いたっけ。
「そうだね、あれが、初めてだったね。」
「初デートね。」
「でーと?」
「えぇ、日本語だと・・・逢い引き、かしら。」
「逢い引き!?」
小五郎絶叫。
「連れだって出かける事よ。」
もう、いい歳してうろたえないでよ。
笑いが止まらないじゃない。
「でも、そう考えると、宗次郎が取り持ってくれたのかもね。」
もしあの時、宗次郎がいなかったら、私たちはどうなっていただろう・・・
「あのね、姉さん。」
「なぁに?」
「僕は今まで、一度も刀で人を斬った事がないんだ。」
うん、確か以前もそんなこと言ってたよね・・・
「使いたいとも思わないし、使わないで済む方法ばかり考えてた。でも、あの時、姉さんに刀が付きつけられた時、姉さんが止めなければ僕は本当に切り殺していたと何度も何度も思うんだ。前にも約束したと思うけれどこれから先も僕は刀で人を斬らない。約束する。でもね、一つだけ例外を認めてほしいんだ。」
「例外?」
例外って、どういう事・・・?
「そう、例外。対姉さんの時だけは、刀を抜く事・・・」
それを許したら、この子は一体どうなるんだろう・・・
私は一瞬、考えた。
「・・・いいわ、でも、またその時も私が抜かせない。」
この子が人斬りなんて、絶対にダメ。
「言ったでしょ?私があなたを守るのよ?」
「姉さんにはかなわないね。」
小五郎がケラケラと笑った。
「あなたはずっと、不殺さずでいなさい。」
そうよ、そうでなきゃ、刀のない世を作るってのに説得力がないわ。
小五郎は私を江戸川屋まで送って、藩へと帰った。
私は小五郎が見えなくなるまで立っていて、小五郎も決して振り向かなかった。
次、会うのはいつかな・・・
晋作が江戸を立つときには、会えるかな・・・
二人で決めた事だけど、この一年、ずっと一緒に暮らしていたから、やっぱりちょっと、寂しいな・・・
【桂小五郎】
姉さんを江戸川屋に送った時、どれだけそのまま連れ帰りたかったか・・・
どれだけ、一緒に暮らしたいと思っているか・・・
でも、もし僕が姉さんと共に暮らしたら、今の幸せに満足してしまうと思った。
今が幸せであれば、それでいいと、きっと思うはずだ・・・
だから、二人で話し合って、別々に暮らそうって、船の中で決めたんだ。
昔みたいに、江戸川屋と藩邸と、二手に分かれて。
僕にとって姉さんは、例え全てを失ったって、得たいもの・・・
晋作の見送りは、一緒にしよう。
その日は一日、姉さんといられると良いな・・・
【平助】
翌日
俺は近藤さんに呼ばれた。
何だよ・・・何もしてないけど・・・?
俺は恐る恐る近藤さんの前まで歩み出た。
「平助、」
「はい!」
「昨日は、楽しかったか?」
・・・へっ?
「あっ、えっと、はい・・・・?」
「そうか。」
近藤さん、どうかしたんですか・・・?
近藤さんは少し黙って、少し考えてから、そして静かに話した。
「お前は気付いていると思うが、宗次郎が慕う小五郎と言う男は、練兵館の桂小五郎殿だ。」
「はい・・・」
うん、昨日本人から聞いたよ・・・
「お前も男なら、その事は他言せず胸にしまっておけ。特に、宗次郎には決して言うな。」
「はぁ・・・?」
なんでみんな、宗次をそんなに庇うんだろう・・・?
そんな俺の疑問に近藤さんは気が付いたのか言葉を続けた。
「あいつはお前が思うよりももっと幼い、剣以外の何にも興味がなければ、何も知らない。いわば井の中の蛙、ここが全てだ。そんなあいつがせっかく外に出る事を覚えたのだから、みすみすそれを潰す言われはない、」
何となくわかってはいたけど、やっぱりそうなんだ、あいつ。
近藤さんは再び何かを考えている様で、さっきよりより静かな口調でまるで呟くように言う。
「このような関係もおそらく今だけ・・・・・そのうち、剣を交えなければならない世が来るはずだからな・・・・」
えっ、どういう事だろう・・・?
剣を交えなければならない世って、戦の世・・・?
小五郎さんと敵対するって事・・・?
「わかったら行け。」
「あっ、はい・・・」
俺は一礼して近藤さんの前を去った。
「平助君何かやったの?」
お前の事だよ!って言ってやりたかったけど、言わない男の約束だ。
「お前に負けてばっかりいるなってさ!」
「それは無理だよ~。」
おぅおぅ!言ってくれるじゃねーか宗次!
「と、言う事で、俺も今日から全力で行くからな!絶対にお前に勝ってやる!」
「いいよ。じゃぁ、勝負!」
「おぉっ!」
小五郎さんは言った、腕が立つ者はその相手に腕の劣る者を選ばないって!
その言葉は思いのほか俺の自信になっていて・・・
俺はおリョウさんよりも、小五郎さんに付いて行きたいって、ちょっと思った。
【近藤勇】
二人の組を見て、平助が変わったことなどすぐにわかる。
平助の剣には、今までにはない自信があふれている。何より顔つきが違った。
これは、桂様のおかげか、それともおリョウのおかげか。
長州が討幕に動いていると言う噂を最近耳にする、桂様が江戸勤務となったと言う事は少なからずその噂の中心に加わっていると言う事だ。世が騒がしくなっている事は皆気が付いているだろう。
開国・尊王・攘夷・佐幕・・・
徳川の世が終わったのならこの世はどうなる?
ここにいる、剣に魂をかけている者達はどうなる?
長州がこのまま討幕に動くのであれば、我々は敵対することになるかもしれない。
そうなれば、あの二人はどうなる・・・?
宗次郎はたぶん、悲しむが受け入れるだろう。あいつはここしか知らない。剣しか知らず、ここの道場の中しか知らない宗次郎はきっと我々に付いて来るだろう。
どちらかというと、平助の方が心配だ・・・
あいつは宗次郎よりも感受性が豊かで、尚且つ外の世界を知っている。自らの意志で我々の元を離れるならいい、しかし流れで我々に付いて来て、その後己の進む道について思い悩み、後悔はしないだろうか?
宗次郎はもちろんだが、平助の剣もかなりいい。
宗次郎もそれをわかっていて追い回している。
まぁ、当人はずっと宗次郎に追い回されているから気付いていないだろうが・・・毎回あれだけやられていればそりゃ自信もなくなるな。
だがしかし、今はとてもいい顔をしている。
これからきっともっと伸びる。
きっと、宗次郎を追いかけるようになるだろう。
もし、桂様と剣を交えなければならない世になるとすれば、平助を失うのは痛いな・・・
【おリョウ】
約束の刻
真っ暗い中私は玄関で晋作君と小五郎を待っていた。
今日は晋作が長州に向かう日・・・見送りがしたくて、寝ずに晋作を待っていた。
するとやがて道の向こうから提灯が三つほど見えてきて、まったく、いかにも寝起きって顔の晋作と見送りの小五郎の姿が見えた。
「おはよう小五郎、晋作君。」
「おはよう姉さん。」
「おはよう、おリョウさん・・・」
「・・・ねぇちょっと、目、覚めてるの?」
「なんとか・・・ね。」
大丈夫かしらこの子。
一緒に長州に帰る藩士なのか、同行の男の人が二人いる。
私はその二人にも頭を下げた。
「気を付けてよ?必ず、帰って来てよね。」
「あれ、おリョウさんも一緒に行くんじゃなかったっけ・・・」
「それはほら、小五郎先生のお許しが出ないから。」
「そう言う事。」
小五郎が晋作の頭を軽く叩いた。
「ねぇ、おリョウさん?」
「なぁに、晋作君。」
「今日は抱きしめてくんないの?」
・・・えっ?
それはー・・・ハグって事かな?
「ちょっと晋作!?」
小五郎が驚いてる。
ハグの意味でしょ・・・違うの・・・?
「だって、前に長州に帰るとき、行ってきますって抱きしめてくれたじゃん?」
あぁ、やっぱりハグの事か。
「もぉ、子供みたいね。」
私はそう笑って、晋作を抱きしめた。
するとフッと力を抜いて身を預けて来る晋作君、あらやだ。この子、このまま寝ないかしら・・・?
そんな事を思っていると、誰かが私と晋作の間に手を入れてきた。
「はい、終わり!」
小五郎が私を抱えて晋作から放す。
「なんだよー、今生の別れになるかもしんないんだからいいじゃん?」
「お前は絶対に死なないからそれはない!」
「じゃぁ、続きは帰って来たらね?」
「そうだね!」
「もぉ!姉さんも晋作を焚き付けないでよ!」
私達三人と同行者の男たちはそろって笑った。
「本当に気を付けてね。」
「はい、行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
そう言って、晋作君たちは真っ暗な道中を進んで行った。
「行っちゃったわね・・・」
「無事に着いたらいいね・・・」
本当にタイミングが悪いと言うか、結局晋作君とはほとんど時間を過ごせなかった。
私はふと、隣にいる小五郎の手を取る。
「陽が登るまでもう少し時間があるけど、一緒に寝直さない?」
「そうだね、そうしようか。」
私達は数日ぶりに、共に朝日を見た。
この半年後、晋作がとんでもない爆弾を抱えて逃げ帰って来るなんて、その時は考えもしなかった・・・
【晋作】
江戸を立つ前に、俺は小五郎さんの部屋で、とっても真面目な話をしていた。
小五郎さんと俺の、師匠の話・・・
「小五郎さん、松陰先生の事、お願いします。」
「あぁ・・・わかった。」
小五郎さんの言葉はとても静かで、重かった。
松陰先生が処刑されるのはもう、明らかだった。
たぶん、本当に数日の後に、処刑されるだろう。
小五郎さんはとっても神妙な顔をしている・・・小五郎さんは他の誰よりもきっと、辛いはずだ。何とか先生を救おうと必死で策を練り、最後の最後まで走り回ったのは小五郎さんだ。
しかし、それも全て叶わなかった。
今先生は江戸にいる。
俺は、先生のお側にはいられない。
せめて、お側にいたかったです・・・
俺が江戸を離れてすぐ、吉田松陰先生は処刑された。




