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夢恋路 ~青年編~24

【おリョウ】

春が来て、草木が一斉に芽吹いた季節はとっても綺麗で・・・長州に来てよかったと心から思えた。

畑特有の柔らかな土の感覚を白糸は嫌がって、最初のうち私と小五郎は散々ひっくり返された。

何度も何度も泥だらけになって大笑いして、そして何十回目かでようやく慣れてくれた。

賢い白糸は、一度慣れてしまえばとってもよく働いてくれて・・・これで、この子をここに置いて行ける、そう確信した。

土を耕し、種や苗を植えて、白糸とハルちゃん達と毎日水をあげに行き、作物の成長に一喜一憂した。

梅雨の長雨の日は泥だらけになって、夏の日照りが続けば何度でも畑へと出向いて、東京で暮らしていれば絶対に経験し得ない体験を通して、私はこの時代に生まれるべきだったと心から思った。

この長州に、生まれるべきだった・・・

毎日ずっと笑っていた。

お雪の夢も、いつのまにか見なくなっていた・・・

夏の終わりが見え始めた頃、私と小五郎はいつもの河原で白糸と三人で時間を過ごしていた。

白糸、逞しくなったなぁ・・・

そう思って目を細めていたら、小五郎が声をかけてくる。

「ねぇ、姉さん?」

「なぁに?」

「今日ね、藩命が下ったんだ・・・」

「藩命?」

「あぁ、藩からの命令って事だよ。」

藩からの命令・・・それは、仕事って事?

「江戸に、行く。」

江戸・・・

その言葉は私にとっては複雑で・・・

嬉しい反面、ここを離れると言う事で・・・

「次の月には江戸に向かう・・・」

来月には、ハルちゃんやお父さんたちと別れるんだ・・・

いつかその日が来るとはわかっていたけれど・・・正直、どうしていいのかわからない。

小五郎はしばらく黙って、それから私を見つめた。

「どうする・・・?」

どうするって、どうする・・・?

その言葉の意味が分からずに私はただ小五郎を見つめてしまった。

「江戸に行くか、ここに残るか・・・・・」

えっ・・・?

「江戸に行けばまた、姉さんが傷つく様な事が起きるかもしれない。もし、姉さんがここに残りたいと言うのであれば、江戸には僕一人で向かう。」

そんな・・・

驚いて、一瞬真っ白になった。

でも、それは本当に一瞬で、次の瞬間には、私は小五郎の胸倉を掴みあげていた。

「えぇぇぇ!?」

叫ぶ小五郎、容赦しません!

「えぇぇ!?ちょっと姉さん!?」

思いっきり睨んでやると、小五郎が後退りを始める。

でも、そんな小五郎は私に胸ぐらを掴まれているから、下がれないわけで。

「お前・・・シバくよ?」

「えぇぇぇ!?しばくってなにぃ!?」

小五郎のあまりの慌て様に私は堪え切れずに笑って手を離した。

「冗談よ。」

「・・・へっ・・・?」

小五郎は力が抜けてしまって、へたってしまった。

「冗談に決まってるでしょ?剣豪桂先生に勝てるわけがないじゃない。」

「そう言う問題じゃないよ~・・・」

大きなため息を吐いている小五郎、はぁ、すっきりした。

「だって、あなたの言葉に私は江戸に帰る事を考えたのに、まさかあなたが残ると言う選択肢を出すと思わなかったから、イラっとしたのよ。あぁ、すっきりした。」

「もぉ、やめてよぉ・・・」

小五郎はだらけていた体を起こした。

「帰るわ、江戸に・・・もちろんここを離れる事は寂しいけれど、江戸には私を待ってくれている人がいる。それよりも、あなたがいるわ。」

「でも・・・江戸には・・・」

小五郎が神妙そうな顔をした。

わかってる・・・

「そうね、江戸にはいい思い出もたくさんあるけれど、辛い思いでもある。治安も、ここよりは悪いでしょうしね・・・でもそれらはあなたがいれば耐えられる事で、逆を言えば、いなければ耐えられない事・・・」

これからの事を考えればここにいる方が安全なのはわかっている。

でも、この子がいないのなら、ここにいる意味はないの。この子がいないのなら、どこでも一緒・・・

「お願いです。私を一緒に江戸に連れて行ってください。」

そう言った私を小五郎は抱きしめる。

「お願いです。僕と一緒に、江戸へ行ってください。」

私達は笑った。

・・・そうだ、私が江戸に行くと言う事は、白糸とは別れると言うことになる。

私は小五郎の胸の中で、白糸を見つめた。

「白糸、立派になったわね・・・」

「うん、そうだね・・・」

黙っているけれど、気持ちは同じだった。

「本当に、置いて行くの・・・?」

そう、本当に置いて行くのかどうか・・・

私の気持ちは決まっている。

でも、やはりいざとなると・・・辛い決心だ。



【ハル】

その日の夜に、お兄ちゃんから藩命で江戸に行くと言う事を聞かされて・・・お姉ちゃんも一緒に帰る旨が私とお父さんに伝えられた。

「そうか、お市行くか。」

「なんだー、またお姉ちゃんいなくなっちゃうのね。」

そうね・・・寂しいわ・・・

いつかこうなるって、わかっては、いたんだけどね・・・

「ちょっと待って!僕はいいの?」

お兄ちゃんが何だか叫んだけど、私とお父さんさんは顔を見合わせ、同じ事を言った。

「だってねぇ、お兄ちゃんはそもそもいほとんどなかったし。」

「お市がおってくれた方が助かるしなぁ。」

「あら、じゃぁ私は残った方が良いのかしらね?」

「ちょっと、姉さんもぉ!」

相変わらずお兄ちゃんってば遊ばれてるんだから・・・

でも、二人が江戸に帰るって事は・・・

「ねぇ、本当に白糸は連れて行かなくていいの?」

そうよ、白糸はどーすんのよ。本当に、置いて行くの・・・?

「えぇ・・・もし、和田のお家が邪魔にならないと言うのであれば白糸をお願いしたいんだけど・・・」

「私たちはありがたいんだけど・・・」

そりゃ、願ってもない事なんだけど・・・・私はお兄ちゃんを見た。

で、お兄ちゃんはお姉ちゃんを見る。

お姉ちゃんは少し寂しそうな、少し考えたような顔をして、笑って言った。

「前にも言ったと思うけど、白糸は気難しいのよ。人も嫌、馬も嫌、馬小屋に閉じ込められるのなんてもっと嫌。そんな子を江戸に連れて行けると思う?」

そう、だけど・・・

でも、白糸は、二人の大事な娘・・・私はそれを知ってるから、安易に欲しいなんて言えない。

「そりゃ白糸はいい馬よ、以前の事はわからないから何とも言えないけど、体も大きいし力もあるし、よく働くし、何より賢いし子供たちに優しい。まだ若い事を考えるととても理想的な馬だわ。でも、あの子はお姉ちゃん達にとって・・・」

「白糸との契約は終了しているわ。」

そう言って、お姉ちゃんは笑った。

「どうか白糸の事、よろしくお願いします・・・」

そう言ってお姉ちゃんは深く頭を下げた。

「僕からも、お願いします。」

そう言ってお兄ちゃんも頭を下げるけれど、その光景は、不思議な光景だった・・・

まるで、娘を養子に出す親の様な二人の振る舞いは、見ているこっちの目頭が熱くなるぐらいで・・・

何というか・・・

本当は離れたくないのに、娘の幸せの為に、断腸の思いなのだと・・・

「わかった、喜んで引き受けよう。」

お父さんが、二人に優しくそう言った。

「顔をあげなさい、二人とも。」

お父さんの言葉にお兄ちゃんが顔をあげて、まだ顔を上げきれないお姉ちゃんを優しく起こした。

「白糸は引き受けよう。心配するな。彦太郎もだいぶ気に入っているみたいだし何よりこちらとしてもとても助かる。ありがとう小五郎、お市。」

お姉ちゃんは目を赤くしていて、でも笑った。

「だが、白糸がおらんとなると、帰りはどがして帰る小五郎?」

そうよ、行きは白糸に荷物くくって来たけど帰りは?

お姉ちゃんに荷を持たせるなんて言ったらひっぱたいてやるんだから。

「帰りなんだけどね、船で帰ろうかと思って。」

「・・・船?」

お姉ちゃんは目を丸くして首をかしげてる。

船・・・そーいやなんか聞いたことがあったような・・・?

「そう、ちょうど(へい)(しん)(まる)が江戸に練習航海に行くんだ。どのくらいかかるかはちょっとわかんないんだけど、歩くよりは早いと思うよ?」

「あれ?その船って、お兄ちゃんが造った船だっけ?」

「そうそう、それ。」

「・・・小五郎、船造れるの・・・?」

お姉ちゃんがだいぶ驚いた顔してるけど・・・まさか、本当に造ったって思ってないよね?

「ちょっとお姉ちゃん、まさか造れるわけないじゃない・・・」

「・・・よ、ねぇ・・・。」

・・・やっぱり。

もぉ、あんなに賢いのに、こんな所で抜けてるんだから!

「もぉ、思い出してよ!この男、どんだけ不器用だか!!」

「ちょっとハル!?」

お父さんまで大笑いしてる。子供の頃を知ってたらわかるでしょうに。

「えっとね、正確には、二年ほど前に大船建造の禁ってのが解除されてね、誰でも大きな船を作ってよくなったんだ。で、長州藩で大きな船を作ろうって話を出したのが僕って事だよ。あんなに大きな異国の船を見たら僕達もそのくらいの物を持っていないとね。」

・・・ん?

何て言うか、お兄ちゃんの説明の仕方って、全く何も知らない人に話している様な感じ。

お姉ちゃんって江戸にいたんじゃないの?江戸にいたら・・・このくらいわかるんじゃない?

お姉ちゃん、ここを出てからの十四年間、どこにいたのかしら?

でも、なんだろう・・・

お兄ちゃんは全部わかっているのか、さも当然って感じで、この二人、なんかでっかい秘密を持っていそう・・・



【おリョウ】

船がこの時代にあるなんて考えもしなかった。でも、黒船が来たんだから、何らかの影響は受けているわよね。

船で帰るか・・・

それは、陸路よりも安全なんだろうか?

江戸・・・

晋作君、宗次郎君、女将、さっちゃん・・・そして、お雪ちゃん・・・

みんなに、会いたい・・・

「ねぇ、小五郎・・・」

部屋で二人、私は窓辺に腰かけて小五郎に声をかけた。

「なに?」

秀才小五郎先生は私の足元で書物を読んでいる。

見上げてくる小五郎。

私は、夜空を見ていた。

「お雪ちゃんのお墓は、どこかな・・・」

小五郎は本を閉じた。そしてが立ち上がって、窓辺に腰を掛ける。

「僕も、行きたいな。お雪ちゃんのお墓に・・・」

優しい子・・・

「女将は、知ってるかな・・・」

「お雪ちゃんの遺骨は分骨するって言ってたから、江戸のどこかにお墓はあると思う。女将が知っていると思うよ。」

「どんなお花が好きかな、お雪ちゃん・・・」

かんざしと同じ、ピンク色かな・・・

かんざし・・・

おばあさんが、持っているのかな・・・



【女将】

「こんにちは女将、ご無沙汰してます。」

可愛らしい声が久しぶりにして私はおいでと招いた。

この一年で宗次郎君はちょっと大人になった気がするわね。

背も、伸びたかしら。

今日の私はとっても機嫌がいいの、でね、この後きっと宗次郎君も機嫌がよくなると思うわ。

「また背が伸びたかしら?」

「そうですか?」

「こっちにいらっしゃい、今日は羊羹があるわ。」

「運がいいですね。」

私はすぐにさっちゃんを呼んで、二人分のお茶の支度をさせた。

おリョウちゃんがいなくなってしまってからも、宗次郎君はたまに顔を出してくれる。

寂しさを紛らわしているのかもね、お互いに。

「あのね、宗次郎君、今日はとってもいい話があるのよ?」

「えっ、羊羹じゃなくって?」

まぁ、甘いものが好きなあなたにはそれだけでも良い話よね・・・

でもそんなもんじゃないんだから!

「字は読めたわよね?」

「はい、読めますよ。」

「じゃぁこれをお読みなさい。」

白い封等、きれいな分かりやすい字体で書かれた宛名、それだけで分かったらこの子はもう中毒。

「綺麗な字ですね・・・?」

「えぇ、きれいな字ね。」

まとっていた空気感はまるで違うけれど、ちょうど一年前にも同じことがあったわね・・・

あの後、宗次郎君はしばらく来なくて、年が明けてから顔を出してくれるようになった。その頃には急に大人びていて、おばさんとしてはちょっとがっかりだったけれどね。

「!!!?本当ですか!!!」

そう、あの時とは真逆・・・

宗次郎君の目は期待と希望と喜びに満ちて輝いていて、あの時とは違っている。

「えぇ、本当みたいね。」

「本当に!本当におリョウさん帰って来るんですか!!!」

「えぇ、そう書いてあったでしょ?」

「本当に・・・・・?本当に・・・・・?」

おやおや。

やっぱりまだ、子供ね。

「男がやたらと泣くもんじゃないでしょ?」

目には大粒の涙を浮かべていて、こぼれそうになったところを手で拭って。

「宗次郎君字は書ける?」

「はい!!!!」

「じゃぁ、小五郎さんとおリョウちゃんにお返事、一緒に書きましょうか。」

「はいっ!!!!!」

私は宗次郎君を台の前に呼んで座らせ、筆を持たせて、私の返事をこの子に書かせる。

みんなこの日を待っていたのよね。

高杉様はもうご存知かしら?

早く帰って来てね、おリョウちゃん、桂様。

 拝啓、女将さん

 夏の暑さの続く中いかがお過ごしでしょうか

 文が届くころには秋めいているのでしょうか

 大変ご無沙汰しております

 その後、みんなはどうしてますか

 元気に過ごしいているでしょうか

 江戸を発って一年の歳月が流れようとしているこの月に小五郎の江戸登りの藩命がおりました

 私も一緒に江戸へと向かいます

 つきましてはお願いがございまして、文をしたためさせていただきました

 誠に自分勝手とは思いますが、江戸に帰りましたその時は再び

 江戸川屋にての奉公をお願いできませんでしょうか

 あれほどまでにお世話になったにもかかわらず、何一つご挨拶もできず音沙汰もなく大変無礼をした挙句

 この様な願い出、厚かましくお思いでしょうが聞き入れていただけたら幸いです

 なにとぞご考慮の末、お返事お待ちしております

 秋口には帰ります、早くお会いしたいです

 かしこ リョウ



【平助】

「ちょ!宗次!!まったまった!!!」

何で最近の宗次はこんなに機嫌がいいんだよ!?おかげで俺ずっと追い回されてるじゃんか!!

「逃げるか!」

「待てってばぁ!!」

いつもならつまらないからってできるだけ手短に倒して止めるくせに、ここ数日は徹底的に追いかけてくる。

特に今日は何だってこんなに迫って来るんだよっ!

「こらぁ宗次!平助ばっかり追うな!!!」

土方さんが叫んでる。

「助けてよ土方さん!」

「隙有!」

   バチィン!

「いってぇ!!!」

「もぉ!面白くない!じゃぁ次は誰にしようかなぁ・・・」

「休憩!!!」

「えぇぇぇ~!?」

土方さんの大きな声に宗次が反論。

隙有!!

何とか宗次の元を抜けて俺は外へと走って出る。

もぉ、これじゃ体がもたねぇよ!!!

「災難だなぁ平助!」

逃げ込むように井戸場に行くとみんなが僕を見て笑った。

お前ら知らないぞ!

次はお前らなんだからな!!!

井戸の水を顔にかぶって大きく息を付いて、そしたらニコニコした宗次が来やがった!

まだやるか!?

「もぉ、剣を持ってない時は追わないよぉ・・・」

宗次はそう笑って水を飲んだ。

何でこいつはこんなに強いんだよ。

「何だよ宗次、最近やけに機嫌良いじゃんか。いつもはすぐ飽きる癖に。」

「うん、機嫌良いんだ。」

・・・・・。

「機嫌が悪くて当たられるならまだしも、良くて追い回すってどんだけだよ~!」

「うん、機嫌がいいからね。」

   ・・・・・・。

すげぇ、まったく会話にならねぇ。

宗次らしい返事だ。思わず笑っちゃたよ。

「だからぁ、何でそんなに機嫌がいいんだよ?俺が会った時辺りはずっと機嫌が悪かったじゃねーか。」

「・・・うん?そうだった?」

そう言って宗次は目を丸くする。そしてじーっと俺を見た。

「平助君って、いつ来たんだっけ・・・?」

出たよ。

他人には全く興味がないんだから。

もう、笑うしかないよな。

「・・・おリョウさんがね、帰って来るんだ。」

「おリョウさん?誰それ。」

「うん、江戸川屋のおリョウさん。」

おっ?

他人に興味あるじゃん。

で、誰だそれ?

「誰、そいつ。女?」

「うん、女の人だよ。」

うへぇ~、珍しい事もあるもんだ。

剣にしか興味がないんだと思ってたのに、ちゃんと女にも興味あんじゃん。

「その人が帰って来るの?」

「うん、去年からね長州に行ってたんだ。もうじき帰って来るんだよ。」

なるほど、で、去年あたりは機嫌が悪かったって事か。

子供じゃねーか。

・・・おっと、同じ歳だったっけか。

「その人は宗次のイロなの?」

この表現って、ちょっとませてるかなぁ・・・?

「イロ?違うよ。小五郎さんの。」

・・・ん?

よくわかんねぇ。

小五郎さん?誰だそりゃ。

他人の女を好きだってのか、こいつ。

「おリョウさんのことは大好きだよ、おリョウさんとっても綺麗でね、優しくって強いんだよ。土方さんの顔、拳で殴っちゃったりするの。」

「はぁ!?何だってぇ?」

あの土方さんを殴った!?

何だその女!

女が・・・あの鬼を殴ったって・・・

・・・・・・ん?

ちょっと待てよ?

「なぁ、宗次、その女、いくつ?」

「うん?えっ、いくつだろう・・・、僕のお姉ちゃんと同じくらいか、それより上だったかな・・・?」

「お前の姉ちゃんって幾つだよ。」

「えっと、僕の一回り上だったかな・・・?」

おいおいおい。

そりゃもはや母ちゃんぐらいの歳なんじゃねーの!?

大丈夫かこいつ。この性格で、これだけ剣が強くて、この好みじゃ・・・そりゃ友達いねーわな。

「なぁ、そのおリョウさんって人が帰ってきたら俺にも紹介してくれよ!」

「平助君に?」

「そう、気になんじゃん、宗次がそんなに機嫌がいい理由がさ!」

「いいよ!一緒に行こう。」

宗次の満面の笑みは、同じ歳の俺からでさえかわいく見える。

こいつ、本当にうれしいんだ・・・

「こらぁ!宗次郎!平助!!いつまで休んでる!!!!」

やっばい、土方さんが来た!

焦る俺とは対照的にニコニコと土方さんを迎え撃つ宗次、こいつぐらいだよ土方さんにのうのうとしてられんの!

土方さんだけじゃない、近藤さんにも。

まぁ、師範だからそんなもんなのかもしんないけど・・・

   ゴン!ゴン!

「いってぇ~・・・!!!」

げんこつが落ちて来て、あったまいてぇ。

宗次も頭抱えてる・・・でも、なんで笑ってんだよ・・・こいつは。

「何だ宗次郎、気持ち悪りぃ・・・」

でしょ?

だよね。

「土方さん聞いて!おリョウさんが帰って来るんだって!」

頭を押さえながら土方さんを見上げて笑う宗次は・・・ちょっと頭おかしいんじゃねーの?って思う。

「げぇ!あの女江戸に帰って来やがるのか!!!」

すっごい嫌そうな顔・・・まぁ、殴られたんだったら仕方ないか。

「土方さんも知ってるんですよね、おリョウって人。」

「知ってるも何も、あんな恐ろしい女見た事ねぇ!」

「あれは土方さんが悪いんですよ!?」

あれっ、宗次の奴がちょっとムキになってる。

何があったんだ、いったい・・・?

「おリョウさんって人はきれいな人なんですか?」

「うん!」

違う、宗次には聞いてないってば。

土方さんはうーんとしばらく考えて首をかしげた。

「まぁ・・・顔だけ見りゃどこぞの花街の女にも負けねぇ顔だなぁ。」

「だからぁ!おリョウさんは遊女じゃないってば!!!」

そんなにきれいな人なんだ。

で、何で宗次は怒ってんの?

「なるほど、だからてめぇは機嫌がいいのか。」

「はい!」

「ふ~ん・・・こりゃ怪我人だけじゃ済まねぇかもなぁ。」

えぇっ!?

どゆこと!!?

「平助!」

「はいっ!」

「生きて、おリョウって女を拝めたらいいな。」

えぇぇぇぇ!?

うそぉ!!!

「ほら!中に入りやがれ!!!」

「はい!!行こう平助君!!」

「えっ!えぇぇぇ!!?」

宗次は僕の手を握って、道場の中に走った。

おリョウさん!お願いです!!

早く帰って来て下さい!!!!!!!



【おリョウ】

「この字、女将の字じゃないわね。」

私の問いかけに小五郎が横から文を覗いていてきた。

丁寧な字、文章は女将の物だけど、字が違う。もっと若い人の字・・・さっちゃんかしら?

文には「いいから早く帰って来なさい!」と、まぁそんな感じの事が書いてあって、小五郎と二人で笑った。

「あっ!やっぱりだ!」

文の最後、名の所に「沖田宗次郎」って書いてある。

沖田総司からもらった手紙なんて、現世に持って帰ったら一大事だわ。きっととんでもない値が付いちゃうね。

「元気そうだね、宗次郎君。」

「えぇ、女将もね。」

「早く、帰りたい?」

「帰りたくはない、でも・・・会いたいの。」

「じゃぁ、江戸のみんなに会いに行こうね。」

「えぇ・・・」

9月15日に長州を立つことが決まった。

あと数日で和田の家を立つ・・・

私はハルちゃんと二人、中庭に向いて座っていた。

目の前には白糸と彦ちゃん。

馬の足元に子供を座らせるハルちゃんも肝がいいが・・・彦も肝がいい。

白糸は座って砂利遊びをしている彦の横に立って、彦を気にしながら桶に入った飼葉を食んでいる。

まさかここまでお利口になるとはね、あの馬場でなにがあったのかしら・・・

「ねぇ、お姉ちゃん。」

「なぁに?」

「お姉ちゃんとお兄ちゃんは、夫婦にはならないの?」

・・・・どう、言うかねぇ。

「そうね、なれたらいいわね・・・」

「なんでならないの?こんなに想い合っているのに。」

「そうねぇ・・・」

「なれない理由があるの?」

夫婦になれない理由・・・なれない、運命。

「・・・約束がね、あるの。」

「約束?」

「えぇ、約束・・・」

そうよ、あの約束が形にならないうちは・・・何にもなれない。

「私がここに来た理由は、知ってるわよね。」

「えぇ、妹さんの事で・・・」

「そう、その時ね、小五郎は約束したのよ。私やお雪ちゃんのおばあさんに・・・」

「何を?」

「刀による死者のない世を創る事、」

廃刀令・・・

これが決まらない限り、けじめはつけられない。

少なからず、明治の世にならなければ、夫婦になる事は出来ない。お雪の為に、そうならなければ、私の中でけじめがつかない・・・

「そう、刀のない、世・・・・」

ハルちゃんは武家の嫁、複雑に聞こえるわよね。

身分がなくなれば来原さんだって仕事を失うのだから。

「難しい事はわかっているの、でも、そうならなければ日本は変わらない。」

「お姉ちゃんって、不思議ね・・・まるでこの先の日本を見ているみたい。」

「あら、小五郎だって同じでしょ?」

「ううん、全然違う。お兄ちゃんが明日の世を見ているならば、お姉ちゃんは果てしなく遠い先の世を見ている様。何百年も先の日本を見ている様だわ。」

さすが・・・

女の勘はするどいね・・・

「あら、じゃぁ私が世を創るべきね!」

「そうよ!お姉ちゃんが創ったらきっと面白い事になるわ!」

「そうしたら、女が世を創る時代になるわ。」

「いいじゃない!男なんてどうせ口ばっかなんだから!女が創った方が世は楽しくなるわ!」

そうねぇ、ハルちゃんが創ったら・・・まぁ、楽しいでしょうね。

「武士なんて、明日をも知れぬ命だもの・・・」

ハルちゃんが急に、大人びた口調で、彦太郎を見た。

「何の因果でその命を差し出さなければならないか、そんな事わからないわ。でも、武士の妻となった以上、それは覚悟をしておかなければならない事。この子もやがてそんな道を歩くことになるのだから・・・」

ハルちゃんは立派だよ・・・

「もちろん、子供が大きくなって自立するまでは共に元気でいたいと思うし、見届けたいわ。この子の子供も見てみたい。でも今の世ではそんな人間はごく一部、お姉ちゃんもきっと苦労するわよ?」

「そうね・・・」

苦労、するでしょうね・・・

「お姉ちゃんは、身分は何になるの?士族?」

う~ん・・・

・・・何にするかなぁ・・・

「いいえ、町民って言うべきかしら?」

「ならば余計、お兄ちゃんと夫婦になるには大変ね。」

「そうなるわね。」

身分かぁ・・・

階級社会では仕方のない事ね・・・

「じゃ、小五郎を下げるか!」

「そうしましょ!」

私達は笑った。

白糸と彦ちゃんが遊んでいる。

白糸の鼻先を彦ちゃんが掴んだり、砂を掛けたりいろいろやっているけれど、白糸は何も動じることなくそんな鼻先で彦を押したり突っついたりしていて、彦がきゃっきゃと声を上げている。

馬に蹴られれば子供は愚か、大人だって即死する。普通はそんな大きな動物に子供をポイって置いたり絶対にしない。間違って踏まれるだけでも骨は砕けるわよ。それだけハルちゃんは白糸を信用してくれている。

白糸も、私や小五郎がいなくてももう暴れたりしない。人に貸しても問題を起こすこともない。

あの子は本当に変わったわ・・・

「白糸、偉いよね。」

ハルちゃんが笑って言う。

「大切にするわ。」

「ありがとう、ハルちゃん。」

よかったね、白糸・・・

「ちなみに、オスは付けない方が良いわよ?賠償問題が起こるから。」

「もう、なんたってうちの女達はこうも強いのかしら!」

「全くよねぇ。」

私達は声をあげて笑った。

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