夢恋路 ~青年編~11
【女将】
「おリョウちゃ~ん、桂様、お茶をお持ちしましたよ。」
・・・・・・・・
「ん?」
返事がない。
「おリョウちゃ~ん・・・開けますよ~。」
ちょっとドキドキしながら、ちょっと期待して、できるだけ静かに戸を開けてわずかにできた隙間からそっと覗いてみた。
「あらあら。」
なんて可愛らしいのかしら、二人で寄り添って寝ちゃって。
おリョウちゃんは布団の上で、桂様は畳間の上にそのまま、抱き合うようにくっついちゃってまぁ。
なんて、なんて純朴な感じなのかしら!!
主導権はやっぱり、おリョウちゃんか。
う~んでも、着物はそのままって感じね。
・・・な~んだ。
「ここから先が長そうねぇ・・・」
私は静かに戸の内側に新しいお茶を置いて、再び戸を閉め昼食を持って降りた。
【おリョウ】
目が覚めて、ふと気が付けば・・・
「おぉっ!」
目の前に小五郎の顔があって思わず声を上げた。
慣れないと驚くよね・・・思わず笑ってしまった。
時間は、何時なのかなぁ。私はそっと起きてバッグから時計を出した。時間は13時過ぎか、お昼過ぎちゃったのね。
ふと気がつくと足元にお茶が置かれている。
・・・見られた!?
私は思わず寝ている小五郎を見た。
こんなことができるのは女将だけ、女将に見られたか・・・厄介だなぁもぉ。
でも笑いしか出てこないのは何でだろう、思わず仰向けになって笑った。
・・・この気持ちが危険な事はわかっている。
もしこのまま、今すぐにでもこの場から去る羽目になった時、自分がどれだけの喪失感と絶望に襲われるか・・・今回は立ち直れないかもしれない。
現世ではもう、誰かを愛する事なんてできないかもしれない。
この男は自分自身の可能性を信じている。
自分の未来にこんなにも希望と輝きを持つ男なんて、今の世にはそうそういない。強くて賢くて優しくて、まさに文武両道を極める男、草食系とか言われる男が多い中、こんなに明日を望む若さにあふれる男はいない。
しかし、よく寝る子だ事。
武士がこんなに無防備でも世の中的には構わないのだろうか?
宗次郎君に厳しい事言ってなかったっけ。
信長や秀吉の戦国時代とは違いこの時代は幾分平和なのかもしれない。この子の無防備な寝顔がそう思わせる。
幸いにも後に小五郎の命を狙う新撰組はまだ結党されていない、しかもあれやこれやのいざこざが起きるのは京での話、江戸じゃない。
・・・京・・・
京には幾松がいる。
小五郎は後に京へと生活拠点を移す。
そしてそこで、いろんな争いの中幾松と出会い、幾松は小五郎を献身的に支え、二人は結婚する。
その時私はどこにいるんだろう?
ここの世に、いるのかな・・・
もし、それが決まっているのなら、私は京へは行きたくない・・・
私は思わず、小五郎にすり寄っていた。
「・・・・・ねぇさん・・・?」
自分を呼ぶ声におずおずと顔を上げる、小五郎は眠そうな目を細めて私を見ていた。
「起きてたの・・・・?」
「少し前にね。」
「足、平気?」
「もちろん、大丈夫よ。それより・・・・」
「なに?」
小五郎は未だに寝ぼけているのか声に張りがない、私はちょっと目を覚ましてやろうと足元に置かれているお茶を指さしてみた。
「ん、なに・・・・・・・・・・んえっ!!!?」
小五郎が跳ねる様に起き上がるのを見て私は仰向けになって大笑いした。
「ばっちり見られたみたい。」
「・・・・・・・・・・。」
小五郎は正座したまま固まっている。
「大方、お昼でも持って来たんじゃない?」
苦笑する私に小五郎の思考は停止している様だ。
「道は3つ。一つはこのままお昼寝をする。一つはお昼を食べずにこのまま座談会。一つは何もなかった事にして女将にお昼を頼む。どうする?」
「えーっと・・・」
停止している小五郎がおかしくて私は腹を抱えて笑う、この辺はやっぱり経験不足のお子様なんだね。私なら何事もなかったようにお昼を頼みに行っちゃうけど。
「じゃぁ、私が女将の所に行ってこようか!」
そう言って立ち上がった時に、やってしまった。
「痛ったぁぁぁぁ!」
「姉さん!!」
ピキっとね、何て言うか足の皮膚に亀裂が入ったような痛みが両足から上がって思わず尻餅をついてしまった。そんな事をすれば小五郎が大騒ぎをしてしまうと言うのに・・・
案の定立ち上がって狼狽える小五郎、もぅ、めんどくさいなぁ。
そう思いながら笑ってしまう自分は悪魔だろうか。
「薬塗った方がいいよ!」
そう言って小五郎は女将が持ってきた根付を手にする。
薬って、あの黄色いやつ・・・?
いや、結構です。
これって靴擦れでしょ!?ワセリンとかで十分なんだけど!しかも私、外傷用の軟膏持ってるし!!
根付の蓋を開けて、実際に見たその軟膏は・・・すっげぇ黄色い。
「何!?何の匂い!!!?」
というか臭い!!!
何だ!!!!!
ごま油!?
それだけじゃない感じだぞ!!!
私は思わず後ろに下がる。
「姉さん、足出して?」
「・・・・・・」
私は無言で足をひっこめた。
「ほら、塗らないと治らないよ?」
寄るな!小五郎!
これ、絶対に色が落ちないでしょ!!!!
「・・・いや、いい!大丈夫だから!」
「姉さん!」
ぎゃー!!!
私と小五郎はバタンバタンと捕り物を開始する。逃げる私を捕まえる小五郎!
こんな事している間に治るだろ!と訴えたかったがなんだかんだと私は捕まり・・・
「おリョウさん!どうかしました!!?」
ばたん!
・・・・・・・・・。
私達の大騒ぎを聞いたのか、さっちゃんがふすまを開けて・・・私たちは停止した。
たぶん、さっちゃんが見た光景は・・・
うつぶせの状態でタップをしている私の上に載っている小五郎が、私の足を取り上げていて、それはもうプロレスで言う逆エビ固めに近い状態で・・・
「・・・・・・・」
ぱたん。
さっちゃんは黙って戸を閉めた。
・・・・おいっ!!!!!!!
「さっちゃん!!!誤解ってばぁぁぁぁ!!!!!!」
私の絶叫は・・・どこへ・・・
「小五郎!追えっ!!!」
「えぇっ!!?」
私の叫びに小五郎が悲鳴を上げた。
「女将にチクられる前にさっちゃんを止めろ!!!」
「チクるって何!!」
「継げ口ぃぃぃ!!!」
「わっ、わかった!!!」
小五郎が慌てて部屋を飛び出した。
ぐったりと布団にうつぶせる私・・・
「さっちゃん、お願いだから女将にだけは言わないで・・・」
私のこの期待は・・・脆くも崩れ去った。
数分して、うな垂れた小五郎と妙にテンションの上がっている女将が昼食の膳を持ってやって来た。
その女将の表情を見ればさっちゃんが全力で女将の所に行ったことがわかる。
「女将・・・・?」
「なぁにぃ、おリョウちゃん?」
「・・・・・・・・」
私は頭を抱えた。
肯定すべきか否定すべきか・・・
「もう、やるんだったらもっと大人しく静かにすればいいのに!」
「・・・何をやるんですか・・・?」
「あらやだ、そんなこと言わせるの!?」
「あのね、女将・・・」
「いいのいいの、おリョウちゃんも若いのよね!」
「・・・あのね、女将?」
「さぁさぁお昼を食べてしまって、続きはその後にしてね。」
「女将----っ!!!!!!!!」
だめだこりゃ。
私と小五郎は顔を見合わせてうな垂れる。
「僕もね、説明しようとしたんだけど・・・」
「まぁ、無理よね・・・」
「なぁに?」
もはや肯定も否定も困難な様だ。
とりあえずこの場は、お引き取り願おう・・・
さっちゃんならきっと、ちゃんと説明したら、わかってくれるよね・・・たぶん。
女将が部屋を出た後に、私たちの間をまた静かな空気が流れた。私は小五郎を、小五郎は私を見て・・・
ぷっ。
あはははははははははは!!
大笑いをしてしまった。
「さっちゃんは何て言ったのかしらね!?」
「どうだろう、晋作の耳に入ったらもっと大きくなるね!」
「本当、まさか薬を塗る塗らないって騒ぎをしているとは思ってないでしょうね。」
「姉さんが逃げるから誤解されたんだよ!?」
「えぇ!?私のせいなの!?」
「そう、姉さんが聞き訳がないから。」
「うそぉ~!」
立場逆転とはこの事ね。
私達は用意された昼食に手を付けながら一言一句を楽しむように会話をした。
「姉さんと一日一緒なんていつぶりだろうね。」
「そうねぇ・・・一日ってなると長州以来じゃない?」
あの時は一日と言わず何日も一緒だったっけ。
「ねぇ、長州には今、誰がいるの・・・?」
「父さんと治子がいるよ、ハルはもう嫁に行ってるけどね。」
「ハルちゃんお嫁に行ったの!?」
だいぶびっくりですよ・・・ってでもまぁ、そうよね。
「そう!それがね!僕とずっと一緒に組んでいた来原さんの所に嫁いだんだよ、来原さんも物好きな人だよ。ハルのどこが良かったんだか・・・」
「そうか、ハルちゃん嫁いだんだね。逢いたいな~・・・」
かわいかったなぁ、ハルちゃん、勝気で・・・
「ねぇ、姉さん?」
「なぁに?」
「僕と一緒に、長州に行く・・・?」
「えっ・・・・」
小五郎の言葉に私は思わず箸を止めた。
真面目な顔をしている小五郎
・・・それは、それの、意味によるんだけど・・・
「いつかはわからないけど、きっと父さんもハルも喜ぶと思う。とっても、何日もかかるけど、その時は、一緒に行く・・・?」
聞いているけれど、来てほしいと懇願している様なものね・・・来てって言えない所がかわいいんだけど。
「もちろん、小五郎が良ければ一緒に行きたいわ。ハルちゃんにも会いたいし、お母さんたちのお墓参りもしたいから。」
私の言葉に小五郎の表情が一瞬で晴れる。
「きっとみんな喜ぶよ!」
その日がこんなにも早く来るなんて、この時は思っていなかったけれど・・・
【桂小五郎】
食事を終えてひとしきり話して、僕はふと姉さんの背後にある・・・袋?が気になった。
何だろう・・・
白い色をした妙な形の袋。
巾着にしては大きいし、何より変な穴が開いた輪が付いている。材質も布ではなさそう・・・革?でもちょっと違う気がする。
「ねぇ、姉さん?」
「なぁに?」
「それって・・・何?」
僕は姉さんの後ろに置かれているその白い妙な袋を指さした。
「・・・ん?」
姉さんは一度振り返るも、
「何?どれ?」
何の事を言われているかわからないと言う顔だ。
そうか、きっと姉さんには普通すぎてわからないのか。
「その白い袋?って言うの、それ。」
「白い・・・あぁ、バッグの事?」
「ばっぐ?」
ばっぐってなんだろう?
異国語なのだろうか・・・?
僕が首をかしげていると姉さんは何かに気が付いた顔をして、そして笑う。そしてその白いばっぐ?を取った。
「これはこうやって肩から下げる大きな袋よ、中にいろんなものが入れられるでしょ?」
そういって姉さんはわっかの部分に腕を通し肩から下げて見せた。
なるほど、確かに。僕達が腰から下げるよな小さな巾着ではなく、風呂敷でもない。これなら両手が開いているのにたくさんの荷物が運べそうだ。
「中には何が入っているの?」
「中?いいのかなぁ・・・見せても。見たい?」
そうか、姉さんの持ち物と言う事はこの時代にはないのか。一体どれだけ不思議なものがあるんだろう。
「差し支えない物だけでいいよ、でも、みたいな。」
「みんな差し支えあると思うけど?」
そう言いながら姉さんは何個か物を取り出してくれた。
・・・これは、全部、なんだろう?
見た事のないものばかりだ。
「どれが一番気になる?」
姉さんが笑いながら聞いてきた。
いや、全部・・・気になるけど。
とりあえず左側端から指を指してみた。
「これは財布、これは手帳、これはペン、これは薬、これは時計、これは携帯電話よ。」
財布はわかる、見たことない形だけど。
手帳、これは、紙だよね。本みたいなものなのかな?
ぺん?ぺんって何・・・?
薬もわかる、これも見たことないものだけれど。
時計・・・時計って、異国のやつだったよね?
けいたいでんわって・・・・何だろう?
「何が一番気になる?」
「えっとねぇ、ぺんって何?」
そういう僕に姉さんはぺんを筆の様に握って手帳と言う本を開いてその中の紙に書くように動かしてみた。すると墨もないのに黒い線が出てくる。姉さんはそれで僕の名前を書いて見せた。
姉さんの字ってきれいな字、筆とは違うなんて言うのか、華奢な感じの字だ。
すごいね・・・
「時計って言うのは異国の物だよね。」
「そうそう、この前ハリスが金色の物を私に見せたの覚えてる?あれと同じものよ。」
「動いているね・・・・・」
何だか細い針の様なものが動いていてくるくる回っている。その先には何かの文字だろうか、何かが書いてあって、よくわからない。
「時計とはね、時を刻むものよ。私達が一刻とか半刻って数えているのと同じね。これが一でこれが二で・・・」
姉さんはぺんを使って手帳に書き始める。
なるほど、こっちのほうがわかりやすい・・・
「だから今は午後2時30分、もしくは14時30分となるわけよ。」
「異国ではこうやって時を考えるの?」
「さぁ、今この時代の異国がどうかはわからないけれど、ハリスが持っていたんだからそうなのかもね。私の時代ではこれが世界基準よ。」
世界の基準・・・姉さんは日本以外の全てを言っているんだ、すごいなぁ。
「たぶん、一番気になるのはこれよね。」
姉さんは小さな箱の様なものを見せる。
けいたい、でんわ・・・だった?
けいたいは携帯でいいのかな。でんわって、なんだろうか・・・?
「これはね、遠くの顔も見えない人と話をする道具なの。文のやり取りを一瞬にして行ったり、いつでもどこでも声が聞けたり顔が見えたり。でもここでは使えないのよ、電気という物が必要なの。」
「でんき?」
電気って何だろう?
「電気を説明するのは難しいんだけどね、まぁ、燃料の一つよ。」
姉さんが苦笑している。
「まだ電源入るかなぁ・・・」
そう言って姉さんはけいたいでんわと言う物をいじった。するとそれは突然光り、いろいろな絵が出て来て・・・姉さんが何かを触ると、動いて・・・
「・・・・・・・・・・」
「まぁ、そんな顔になっちゃうよね。」
姉さんが僕を見て笑って言う。
「写真、ってわかるかな。」
「写真?写真はわかるよ。白と黒でとっても時間がかかるやつでしょ?」
「えぇ、そうみたいね。」
そう言って姉さんが見せてくれたのは・・・
「えっ!?猫がいる!!!」
この小さな箱の中に猫がいる!!!
どういう事!?
この猫は止まっているけど、生きてるの!?
「これが私の時代の写真よ、すごいよね。まるで時が止まっているみたいでしょ?」
「この中に、猫がいるわけじゃないんだよね・・・?」
僕はけいたいでんわという物を触ってみた、でもそれはつるつるした小さな金属の箱。
猫には触れない・・・
「えぇ、いないわ。この子は私の実家の猫よ。名前はケイカ君。」
綺麗な猫、毛が長くてふわふわで見た事のない色で、これも異国の猫なんだろうか。
「ねぇ小五郎?これ、ここ見ててよ。」
そう言って姉さんは急に僕に抱きついて来て、顔を寄せて・・・けいたいでんわって言うやつを僕達の顔の前にかかげて
カシャ!
音が鳴った。
「ほら、見て?」
姉さんが見せてくれたそこには・・・
「・・・・・・・・・・何、これ、」
そこには生き写した僕と姉さんがいる。
水に映ったような、鏡に映るよりももっと鮮やかな僕達がいた。
これは、よく言う魂が抜かれちゃったって奴なのかな・・・?
「きっとこんなことしちゃいけないんだろうけど・・・これは私の宝物になりそうね。」
そう言うと姉さんは画面をじっと眺めた。
「この画像、現世でも・・・見られるのかな。」
そんな姉さんの言葉を聞いて、僕は急に現実を突き付けられた。
姉さんはこの金属の箱の画面を消して元の真っ黒いものに変えてしまった。
「これね、時間が経つとそのうち見えなくなっちゃうの。中にね、バッテリーっていう小さな箱があって、それに電気って言う燃料が蓄えられていて、それは時間とともに消えてしまうの。でね、その電気をバッテリーに蓄えないと見られない。だから、現世に帰って電気を補わなければここでは使い物にならないの。」
姉さんが言う事は僕には聞いたことのないことだらけで、僕はぞくぞくしていた。
僕の知らない世界がこの先に広がっている。
姉さんの住んでいる世界、姉さんの本当の世界。
「・・・ん?」
僕はふと、あることに気が付いた。
むしろ、どうして今まで気が付かなかったかなぁ・・・
「姉さん、姉さんの本当の名前って、・・・何?」
そうだよ。
姉さんは長州では『お市』ここでは『おリョウ』、姉さんの名前って、なに???
「あぁぁ!名前ね!」
思い出したように声を上げる姉さん。
「知りたいの?」
姉さんは悪戯っぽく笑う。
もちろん知りたい!
姉さんの事は全部、知りたい。
姉さんがどこの誰かって事がわからないのなら、わかる事だけでも全部・・・
「知りたい。」
「白石流華って言います。白い石でシライシ、流れる華でリュウカ。流華なんて名前、この時代じゃ珍しいでしょ?」
姉さんは再び手帳に字を書いてくれた。
確かに、あまり聞かない名前だ・・・きれいな名前。
「流れる華なんて名前のせいで、こうやって時代を行き来しているのかしらね。この時代にいたら私の本名なんて関係ないものだから忘れていたわ。だって、私は、誰でもないんだから。」
誰でもない・・・、そんな人間なんていない。いくらなんでも、それじゃ、姉さんがかわいそうだ・・・
姉さんはここで、確かに生きているのに。
「じゃぁ、忘れないように僕が覚えて置いてあげる。」
僕の言葉に姉さんは目を丸くしている。
姉さんをこんな目にさせることができると、僕はちょっと楽しくなる。
これは、僕だけが知っている姉さんの秘密。
「二人の時は、流華さんって呼んでも良いんだよね?」
僕の言葉に姉さんはケラケラ笑う。
「いいけど、姉さんでいいんじゃない?」
いいんだけど、それじゃ何も特別じゃない。
僕は姉さんの特別になりたいんだ。
「流華、でいいよ。ありがとう。」
姉さんの笑顔は僕の救いだ。
【おリョウ】
この子と共に生きる事が出来たら・・・いつの間にかそんな事を想ってしまっている自分がいる。
一日かけていろんな話をした。空いてしまった時間を埋めるには十分すぎるほどたくさんの話を小五郎としていて、私はここに居場所を見つけられた気がした。
陽が傾き始めた夕方
「おリョウさ~ん!大丈夫!?」
「晋作君、おかえり~!」
私は昨日夜と同じ寝巻用の浴衣の上から羽織を着て布団はすでに片づけた状態で小五郎と二人で晋作君を迎えた。
「小五郎さんに何かされたりしなかった!?」
「晋作!!!」
「さぁ、それはどうかしら。」
「ちょっ!姉さん!?」
小五郎が焦っている、私はくすくす笑って見せた。
「さっちゃんに見られちゃった。ねー小五郎?」
「えぇぇぇぇぇ!?何してたの!!?」
「姉さん!晋作を煽らないで!!」
ケラケラ笑う私の横に晋作君が座る。
「おリョウさんが元気そうでよかった。昨日はどうなるかと思ったよ~。」
「心配かけてごめんね。」
晋作君は元気な顔で私達に今日の話をしてくれる、私と小五郎はまるで両親が息子の話を聞くように晋作君の話を聞いて楽しんでいた。
「なんか、おリョウさん今日の格好いいよね。色っぽい。」
「晋作!!」
晋作君はいつだって気持ちをストレートに話す、その言葉に小五郎が思わず声を上げた。
「えっ、だってそう思わない?いつもちゃんとした着物着てるからこういうゆるい感じも素敵だよね。大人の女って感じで!」
あら、口が立つ子だこと。
「よし!何が欲しい晋作!お姉さんが何でも買ってあげちゃう!」
「ほんと!!」
「姉さん!!晋作も口を慎んで!!」
「怒られちゃった。」
ねーっと私は晋作君に同意を求め、晋作君も同じように同意を求めた。
この辺はやっぱり真面目な小五郎、そこがかわいいんだけれど。
「さっ、小五郎さん帰りましょ。」
晋作君が小五郎に声をかけた。
小五郎は私を見る、なんだか渋っている様子だ。
「さすがに今日は帰らないとダメです。おリョウさんも大丈夫そうだし、明日は道場に行きますよ!?」
「・・・・・あぁ、」
もぉ、純情青年って歳じゃないんだから。この時代この子の年齢ならもう所帯を持っていても良いほど大人だと言うのに、ハルちゃんの方がよっぽど大人かもしれないわね。
「おリョウさんだって湯に入ったりしたいでしょ?それとも小五郎さん、そこまで手伝うつもり?」
「あら、そこまでしてくれるの?」
「いやっ!!それはっ!!」
あたふたとしている小五郎を晋作君がゲラゲラと笑っている。
この二人、本当にいいコンビだ。
理性と本能、静と動、頭と体と言うべきかな。
小五郎のこと以外はあまり自信ないけれど、高杉晋作の名も有名だ。きっと小五郎と日本を変えるんだろう。
「じゃ、じゃぁ姉さん、また明日も来るから・・・、無理しないでね。」
名残惜しさ全開でこちらを見ている小五郎、困った子。
「じゃ、俺先に下に行ってるから!」
そう言って晋作君は私に手を振って降りていく。
あの子、気を使ったんだ・・・なんだ、そんな事もできるのね。
「姉さん、本当に大丈夫?」
「大丈夫よ~、別に病気じゃないんだから。明日からはちゃんと働くわ。」
「でも足、痛いんじゃない?」
「あぁ、大丈夫。薬があるから・・・って言っても黄色いやつじゃないよ?」
私はバッグから軟膏を一本出して見せた。
「私の時代の薬よ、これがあるから大丈夫。」
小五郎が笑っている。
「絶対に嫌みたいだね。」
「嫌。」
「困った姉さんだ。」
そう言って小五郎が笑っている。
「さぁ、早く行きなさい。じゃないと晋作君が女将に捕まっちゃうわよ?」
「そうだね。じゃぁ姉さん、明日ね。」
「はい。また明日。」
小五郎は丁寧に戸を閉めて階段を下りて行った。
まだ陽は落ちていない、昨日の今頃はここを目指して歩いていたっけ・・・どれだけ、小五郎に会いたいと思った事か。足がとっても痛くて、とても不安で、悲しくて・・・
「あの子、藩邸にも帰らないで道場にも行かないで平気だったのかしらね・・・?」
ふと思う。
きっと晋作君が上手いこと言っているんだろうけれど、ちょっと気になる。
小五郎もずっとここにいて、ちゃんと寝る事も出来ず疲れているはずね。
明日、聞いてみよう。
【桂小五郎】
「桂、ちょっといいかな。」
ちょっとした喪失感に襲われて目覚めた朝、でもそんな一日は晋作のおかげであっという間に終わった気がした。
確かに、藩と道場に僕が不在の事を伝えてくれたようだが・・・
会う人会う人みんなに違う事を言っているもんだから、もう何が何やらわからない。
そんな一日の終わりに、斎藤先生が僕に声をかけてきた。
僕は先生に一礼してその正面に立った。
「お前は最近、道場に顔を出さない事が多いが何か気に病む事でもあるのか?」
やがて還暦を迎えられる先生はお元気で、僕たち長州には特に熱心に指導をしてくれていた。
そんな先生に呼ばれたのだから、恐縮しないわけがない。
「高杉がお前の事を面白がっていろいろと言うんでな、何が本当だか皆目見当がつかない。どうなっているんだ?」
晋作のバカ・・・
「ご迷惑をおかけしております・・・」
「何か、剣以外に強い志があるのかな?」
志・・・
志なら、ある。
姉さんがいた世界、それが僕の志だ。
「吉田松陰は投獄されているから、さては江川さんの所にでも行っているのか?」
江川さん、そう言えば最近お会いしていない。
姉さんだったら、江川さんと会ったら、もっとすごい事がわかるのかな・・・
気が付いたら僕は、すべてに関して姉さんを繋げている。
「お前もなかなか落ち着かないのだな。」
「まだまだ修練が足りませんね。」
「お前で足りなきゃ高杉は子供以下だ。」
先生が笑う。
「先生、」
「なんだ、」
「恐れながら、自分は、剣だけでは、この国を守る事が出来ないと思っております。」
剣術の先生のこんな事を言って、斎藤先生じゃなきゃ破門だ。
「ふむ、それはこの前の船の事かな。」
「はい、江川さんに同行させていただき見て参りましたが、異国はすでにとてつもない兵力を持っております。そんな兵力に対し剣一本で向かっていくのは不可能。」
「そうだな。」
「自分にとって剣の道は己を律しその心を整え支えるために必要と考えます。しかし、それだけでは異国の要人と対等に事をなすことはやはり不可能と考えます。」
「そうだな。」
「アメリカは幕府に対し条約を結んだとうかがいました、しかしこの国で大使であるハリスと対等に話が出来る者は数えるほどしかおりません。それでは我が国は外国から不平等な条約を締結させられてしまいます。このままだと日本は他国の言い成り。この国はもっと強くなり、この国を他国から守らなくてはならないと自分は思います。」
「そうだな。」
「自分は、武力での交渉は終えるべきだと思っております。争い、血を流し、多くの命を奪って尚それを平和と鼓舞する時代はできるだけ早く終えるべきです。これからはいかなる国の者とも対等に向かい合い議論し、政治で国を動かすべきだと考えます。」
「うむ。」
斎藤先生は僕の言葉をきちんと聞いてくれている。元より文武両道の鏡の様なお方なだけに僕の話も少しはわかってくれるのかもしれない。
「・・・先生。」
「何かな。」
「剣の道以外にも進むべき道を持つ事をお許し下さい。」
僕は深く頭を下げた。先生は、そんな僕を笑う。
「お前が常日頃博学なのは良く知っている、真面目で鍛錬を怠らないのも良く知っている。己が志す道を進みなさい。」
「ありがとうございます。」
「多くの事を学び己の知とするのは素晴らしい事だ、邁進するといい・・・だがなぁ、桂よ、」
「はい・・・?」
僕は顔を上げ、先生を見る。
「不殺さずも良いが男として生を受けた以上、剣を抜かねばならない時もある。今のお前にはその命を懸けて守らねばならない者も居ろう?」
「・・・・・・!?」
先生の言葉に僕の目は点になった。
「そのために、剣の道も必要と思うがな?」
「それは、お言葉の通りです・・・、」
「まぁ良い、今後も席を外す時は高杉にでも言わせればいい。だが桂、高杉は嘘が下手だからな、あまり席を外さない方が自身の為かもしれんぞ?」
そう言いながら先生は去って行った。
顔から火が出そうになった。
晋作は一体何を言ったんだ!!!!!?




