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SAKISAKA9〜妄想〜

「私のこと……ただ見ててくれるかな?」


 向坂は頬を強張らせながら俺にそう言った。


 向坂は強引ともとれるやり方で、彼女が「モデル」として働くKスタジオに俺を連れてきた。


 何故向坂は急にこんな提案をしてきたのか?


 それはきっと彼女が俺に何かを期待していると言う事なのだろうと思う。


 ならば向坂は俺に何を期待いているのか?


 ……これについて向坂は何も話そうとしない。


 自分から強引に誘っておいて、何の説明もないと言うのは随分と身勝手な話だ。


 ただ、少なくとも「俺を頼っている」ともとれるその向坂の行動に嫌な気はしない。


 悲しいかな、素敵すぎる女性に頼られて嫌がる男なんてこの世に存在しないのだ。


 だから俺は、そんな彼女の「強引な我儘」に乗ることにした。


 今にして思えば、今日朝から向坂が大学にいた理由にしても、俺をこのスタジオに連れて来るために計画的に待っていたのだと思う。


 向坂がそこまでやる理由は?


 順当に考えれば、俺に何かを俺に知ってほしいということだろう。このスタジオに何があるというのだ?


 ”会ったばかりのお前に、あの向坂雪菜が何の期待をするというのだ?お前は自意識過剰が過ぎるぞ!


 そんな心の声も聞こえてくる。


 しかし俺も馬鹿ではない。


 普通の男子なら近づくことも許さない向坂が俺にここまで踏み込んでくるには当然理由が確かにあるのだ。


 そしてそれは、残念ながら恋愛感情なんて呑気な理由ではないだろう。


 冷静に考えれば、俺は彼女に利用されているということもあり得る。彼女は意識的なのか、無意識的なのか、自分が頼れば大抵の男は自分に間違いなく協力するであろう事を知ってて行動している節がある。


 情け無い話だが、俺が向坂の申し出にまんまと乗ろうとしているのだって、向坂の異性としての魅力に惹かれて、あわよくばもっと近しい間柄になりたいというスケベ心がないとは言えない。


 そういった意味では、向坂と俺の利害関係は一致していると言えなくもない。


 ただ、向坂がさっき見せたファンへの対応を見ても彼女が優しい普通の女の子である事は確かだ。だから向坂は今自分がやろうとしている身勝手さに気づいており、そのことに罪悪感を感じた。


 だから中途半端な表情をし、言葉も言い澱んだ。


 俺と向坂の関係は所詮「会って一週間」の関係でしかない。


 頭のいい彼女の事だ。今の段階ではさすがに俺に対して全幅の信頼を置いている事はないだろう。


 と、するならば。


 俺はきっと今回試されるのかもしれない。


 だから詳しい事を教えてはくれない。


 まだ深入りはさせたくないのだ。


 俺が何も気づかなければそれこそ「ただの職場見学」で誤魔化されて終わる可能性がある。


 このKスタジオで、俺はどんな反応をし、どんな対応をするか?


 その悩みを解消するために、俺は頼れる存在になれるのか?


 妄想たくましい気もするが、向坂の狙いはきっとそんな事だろうと想像してみた。もし、そうなら何とも荷が重い。


 俺がそれに気づけず"使えない男”とジャッジされたら”はいさよなら”と極上の笑顔でバッサリ切られるのだから。



 そこまでの、思考にたどり着いた俺はそれを確かめるべく向坂に告げた。


「俺が役立たずでも、ポイと捨ててくれるなよ?」


「へっ!?」


 向坂は、俺の返答に心底驚いたように目をまん丸に見開き、ポカンと形のいい口を開けた。


 そして、向坂は、今までに見せたことのない決して作り物でない、正真正銘の笑顔を見せたてくれた。


「フフフ、さすが義人。色々読んできたわね」


 そう言いながら向坂は、スタジオについてからずっと見せていた暗い表情を一瞬だけ和らげた。


 向坂のこの反応を見る限り、俺の妄想は案外的を外してはいないのかもしれない。


 そして道玄坂の昇り始めたころからずっと暗い表情だった向坂がようやく「いつもの笑顔」に戻って俺も少しホッとした。


 この笑顔だけで、彼女のためなら何でましてやろうと思ってしまう俺は、自分でもつくづくチョロいと思う……



 さて、向坂は意を決したように、スタジオのドアを開けた。


「おはようございます!」と元気よく挨拶した向坂の笑顔は、つい今し方見せた笑顔とは似ても似つか無い、まるでロボットのように寒々としたものだった。



「YUKINAさん、おはようございます」


 向坂の挨拶に呼応して、そんな挨拶がスタジオの方々から聞こえてきた。


 スタジオ内では忙しく走り回るスタッフ、カメラマン、照明……そして主役である華やかなモデルたち。


 その誰もが向坂の挨拶に一様に、一旦動きを止め、いちいち反応して挨拶を返した。


「なんだ?これは?」


 俺はこの風景にゾッとした。


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