ホイッスル
驚き目を開けたまま俺のキスを受ける鬼熊さん。唇離れても固まったままだった。
「単なるファンに対してこんな事しないよ。アンタだからだ。
他の誰でもなく。俺がアンタを喜ばせたいんだ! だから俺を見て! 俺にだけ微笑んで! 俺を滾らせて!」
俺はその胸に抱きつきそう訴える。俺の身体が柔らかい物に包まれるのを感じる。俺の頭が優しく撫でられる。そして、髪にキスされるのを感じて俺の心が熱くなる。俺は顔をあげ、再びキスをする頬や唇に。動物のようにただキスだけを交わす時間を楽しんだ。こうしている事がたまらなく嬉しかった。
「俺みたいなガキでいいの?」
ソファーで抱き合ったままだけど、少し落ち着いてきたので、そう思わず聞いてしまう。コレって俺の想いを受け入れてくれたって事だよね? 眼鏡越しでない鬼熊さんの目が優しく細められる。
「子供なんて思った事無いわよ。アンタは男よ。とてもカッコ良い 。あの色のない病院で、一人だけギラギラ輝いていた」
俺は嬉しくて身体を起こす。
「俺に病院で会った時から、惚れてくれてた?」
そう聞くと鬼熊さんは何故か悩む顔をする。
「まだ分からない。ただこうしてキスしたくなるくらいには、いいなと思ったかな」
頭をナデナデされ、そう言われるとガックリしてくる。
「アンタって、チョッと良いかなと思った人に簡単にキス許すの?」
唇尖らせてそんな事言うなんて、自分が小さく見えるけど、ついそう聞いてしまう。
「そんな事ないけど。だいたいこんなに熱烈に迫ってこられたのも初めてよ!」
眉をよせて答えてきたその言葉に、少しホッとする。
「だったらもう、他の人にキスしないで! コレから俺格好よくなるから! 良い男になるから!」
俺はそう言って鬼熊さんにキスをした。
「そして、鬼熊さんが俺に惚れたら、俺を彼氏にして! そして俺の彼女になって!」
鬼熊さんは、そう必死に言う俺を面白そうに見つめていた。その瞳には拒絶の色はない。単なる親愛なのか、情愛なのか分からないけどその瞳で俺は幸せな気持ちになる。
「そうだ! ユニフォームにサイン頂戴!」
鬼熊さんは立ち上がり、俺の腕の中から離れる。寂しさを感じつつ、俺は別の焦りを感じる。今まで公報から頼まれたグッズにしたくらいて、こうして請われてしたことない。
「……チョッと待って、練習させて!!」
俺も立ち上がりキョロキョロし、サインペンを捜し、ユニフォームを入れてきた紙袋にサインしてみる。結構バランスとるのが難しい。
「ここに少し空間を作った方が良いかも」
鬼熊さんのアドバイスもあり、紙袋の裏表を使って練習して何とか合格の言葉をもらえるモノを書く事が出来て、俺のユニフォームにデッカくサイン入れる。
「あのさ、このユニフォームに他のヤツのサイン入れんなよ」
そう言うと笑われる。
「え~鈴木翔のサインも欲しかったけど」
「……色紙で貰ってくるから、このユニフォームはダメ!」
鬼熊さんはフフと笑い、サイン入りのユニフォームを持ち上げる。
「嬉しい、このユニフォーム大切にするわ!」
「大切にするんじゃなくて、それバンバン着て応援して! 恥ずかしかったんだから買うのも! ショップの人にも、アレ? て、顔されるし!!」
自分の背番号のグッズ買うのは初めてだったし、この中途半端な時期にそんなことするヤツあまりいないのだろう、かなりからかわれた。
「今度から、私は自分で買うから、ソレにサインしてね」
俺はその言葉に顔を横にふる。
「贈らせて俺に」
俯きながらチラリと見上げると、ニッコリ笑った鬼熊さんの笑顔があった。
土曜日の午後、俺は公式ユニフォームを着て、シューズの紐をシッカリ結んでから姿勢を正し、息をフーと吐く。今日はベンチでなく、スターティングメンバーでの登録。そして競技場にはこのスタジアムでただ一人俺のグッズで身を固めた鬼熊さんがいる。身体も心も良い感じに温まっている。俺は今日行ける!
華々しいアナウンスの合図で俺はチームの仲間とピッチへと踏み出した。
スタジアムが震えるような歓声の中で俺はその空気を思いっきり吸い込む。Sゾーンを見ると俺が買った席に座る鬼熊さんが見える。俺は鬼熊さんにむかって拳を振り上げた。鬼熊さんが俺にフワリと笑う。その唇が何か言葉を刻む。聴こえる距離ではないけど、俺には通じた。俺はニヤリと笑い頷く。そして踵をかえし、ピッチへと向かう。戦う為に。
ピィィィイ!
試合開始なのホイッスルのスタジアムに響いた。俺は芝生を蹴り走り出す。最高のプレーを鬼熊さんに見せるために!
~ END ~
ありがとうございました。
コチラの二人の、その後は「スモークキャットは懐かない」という作品内で少しだけ垣間見る事ができます。
ご興味ある方はどうぞ読まれてみて下さい。




