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寄り道  作者: 春野 セイ
9/17

酔い



 ふらつく自分を叱咤し、なんとか長屋へ戻った。すぐさま着替えようと居間に行くと、善兵衛が待ち構えていた。


「お帰りなさいませ」

「うん」


 善兵衛はなにか言いたげだったが、袴の紐を外しにかかるとすぐさま手伝い始めた。


「うぁ」


 突然、善兵衛の引きつったような声がした。


「なんて声を出す、驚くじゃないか」


 注意すると、善兵衛が素早く着物を隠した。


「なぜ隠す」

「いえ、なにも」

「なにもじゃない、見せろ」


 しずしず差し出された着物を畳の上に広げると、左の袂の裾がすっぱりと切られていた。


「切れているじゃないか」

「若旦那さま、ちと失礼いたします」


 腕をつかみ、脇下を確かめる。

「切れているのは着物だけではございません、貴方も斬られています」

「え」


 絶句して脇下を見ると、ひと筋の線が走っていた。


「ああ、言われてみれば、ちりちりする」

「浅手です、大した傷じゃありません」

「いつだ」

「気づかなかったんですか」


 呆れたように言われ、罰が悪かった。


「紙入れはございますか」

「ないようだな」

「物盗りのしわざですな」

「ふーむ」


 小三郎は思い出そうとして、大きく息を吐いた。

 居酒屋で見た安川のうれしそうな顔をいち早く思い出して、考えるのもいやになった。


「もういいよ」

「そうはまいりません」


 善兵衛が声を荒立てた時、襖の向こうでうねの声がした。


「若旦那さま、お客さまがお見えでございます」


 客と聞いて、もしや英之助かと思ったが、それだけはありえないだろう。 小さく吐息をついた。


「すぐに行く。誰だ?」

「それがあの……」

「なんだ? 客とは誰だ?」

「池上さまです」


 籐七の名前を聞いてから、胸がざわめく。


「急ぎの用か」

「はあ、そのようでございます」

「分かった。すぐに行く」


 表玄関へ行くと、土間に籐七が立っていた。


「夜分に申しわけない」

「かまわない、なにかあったのか」

「柴山……」


 いきなり、籐七は顔をくしゃくしゃにすると、土間に向かって泣き出した。


「若さまを助けてくれ。もう、幾日もお屋敷に戻っていない」

「えっ」


 籐七の話は、小三郎を追いつめる内容だった。


 小三郎と別れてから行動が派手になり、最初は陰間通いのようなまねをしたかと思うと、止めに入った安川と一緒にいるようになった。


「俺が間違っていた。俺が意見を申し上げたことが仇になったのだ」


 籐七の嘆きに小三郎は蒼ざめた。

 離れている間にそんなことが起こっていたとは知らなかった。


「それで、英之助はどこに」

「安川のところだ」


 安川のところに居続けていると聞いて、胸がきりりと痛んだ。


「分かった……。安川に俺のほうから気をつけるよう話をつける」

「柴山……。かたじけない」

「お前も気に病むな」

「うん…」


 籐七がこれほど取り乱すとは、手の打ちようがなかったのだろう。

 籐七が帰ってからもなかなか寝付けられなかった。こうしている間、安川と英之助は二人きりで過ごしているのかもしれない。

 安川に対する嫉妬と英之助の無責任な行動に怒りが湧いた。

 明日、はっきりと告げなければいけない。


 小三郎は唇を噛んで、強引に目を閉じた。





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