信用
枕元で喜んでいる善兵衛を見ていると、ひどく心配をかけてしまったのだなと思った。
「善兵衛も希久もありがとう」
「お兄様のお声を聞けて安堵いたしました」
希久のほほ笑む顔を見て、英之助はどうなったのだろう、と思った。
しかし、今の自分にそれを発言する権利などないような気がして、口を開くのもこわかった。
「何か、召し上がった方がよいのではないでしょうか」
希久がふと、思いついたように云うと善兵衛はすぐに立ち上がり、何かもらってきます、と部屋を出て行った。
二人きりになると、また、虫の声が聞こえてきた。
近くにいるのだろうか。
小三郎がふっと笑うと、希久がおや、という顔をした。
「どうかなさいましたか?」
小三郎は説明しようと思ったが、声を出すと腹が痛いので、考えながら言葉を選んだ。
虫の声よりも、どうして希久がここにいるのか、その方が知りたかった。
聞いていいものだろうか。
そもそも、何年も会っていなかったのに、どうして勝平は、希久に伝えたのだろうか。
「勝平はどこにいる?」
何より先にその言葉が出てきた。
希久は、最初、きょとんとしたが目をぱちぱちさせて、少し天井を見上げるしぐさをした。
「さあ、どうでしょう。わたくしは会っていませんの」
希久は、小三郎が話すたびに痛そうな顔をするのに気づいて、気を利かせて説明してくれた。
「勝平さんは、お兄様がケガをして臥せっているので、よければ手伝ってくれまいか、とわたくしの元へ参られたのです。幼馴染で女は希久しかいないから、誰にも頼めないとおっしゃられて」
希久は、小三郎を自分の兄と思ってずっと慕っていたので、すぐにお手伝いがしたいと思って参りましたと云った。
それからここは江戸の町からも少し離れた場所にあるので、めったに人は来ないからそのせいで勝平も来ないのだ、と云った。
どうやらここは、小三郎が、はたし状に書いた場所に近いところにいるらしい。
希久はどこまで知っているのだろうかと思ったが、ほんとうに何も知らないのか、知らないふりをしているのかまでは、顔を見ても分からなかった。
と、そこへどたどたと足音がして、善兵衛がお盆に白湯と粥と大根の漬物を載せて入ってきた。
その顔は心なしかニコニコしている。
小三郎の背後にまわり、起きられますか? と体を起こしてくれた。
腹はかなり痛かったが傷は塞がっているし、精はつけた方がいいとのことだった。
漬物を噛んでは腹が引きつったがその漬物の味は、しょっぱさに大根の野菜特有の甘味が口の中に拡がり唾が出て、うまみを感じると生きている、と実感した。
お湯で薄くしたやわらかい粥も、食べ物がおいしかった。
手を合わせて食器を下げてもらうと、善兵衛が下がり際に云った。
「柾木様が若旦那様のご様子を気にされてよく見舞いに来られますが、当分の間、病人が気を遣うので会わないでほしい、と伝えています」
小三郎はびくっと肩を揺らした。
そばで希久が不思議そうな顔をした。
ああ、希久は何も知らない、と思った。
「それでかまわないよ」
小三郎の答えに善兵衛は頭を下げて出て行った。
「けんかされたのですね」
希久は武家の娘だから、噂を知ってか知らない意味の発言か、余計な詮索などはしないと思われた。
小三郎は苦笑すると、希久が少し考えるように顔を伏せていたが、顔を上げると、
「わたくしは幼い時分より、ずっとお兄様を見てきているのです。お兄様を信用しております」
ときっぱり云った。
俺はそんなにたいそうな男ではないのだが。
小三郎は困ったが、希久の目は凛としていてまっすぐ自分を見ていた。
幼い妹がいつの間にか成長して立派になったのだなと思う。
その後、善兵衛が戻り、希久に少し休まれるよう伝えて、彼女は一度、組屋敷に戻って行った。
去り際に希久がまた参りますと静かに云った。




