生きる
医者を呼びに駆けた安川は郊外で暮らしている藩の医者を呼び起こし、辻駕籠を呼んでその医者の屋敷へ小三郎を運んだ。
藩では私闘を禁じていた。
小三郎のしでかしたことを知っているのは、家族ぐらいである。医者には口止めをして、そこで養生することとなった。
小三郎の傷は心配していたほど深くはなく、幸いなことに臓腑には届いていなかった。しかし、縫合した傷口が傷むのか、二日は一睡もできずに苦しんだ。
医者からはけっして動かしてはならないときつく云われ、その間、善兵衛は片時も離れなかった。
小三郎が医者の診療所へと運ばれて数日たってからのことである。
夕べはとても涼しく、秋の虫が騒がしいほど鳴いていた。
小三郎は様々な虫の声を聞き分けることで、少しでも痛みを忘れようとしていた。
気をそらせるには心地よい響きを聞いていると、いつの間にか寝入っていたらしかった。
額の手ぬぐいが取り換えられる気配に気づき目をさました。
「あ……」
善兵衛か診療所の弟子の者だと思っていたが、思いかけず若い女の声がして目をしばたかせた。武家の娘が小三郎を看病しているのでいささか驚いた。
よく見ると、娘の顔に見覚えがあった。
「希久か?」
小和田希久は、百五十石の御徒組頭の家柄で、小三郎と同じ御目見以下の御家人である。小三郎の弟の勝平の一つ年上で、十六歳になる。
希久は、小三郎が目を覚ましたのを見るなり、口を引き締めると目を潤ませた。
「お兄様……」
こんな声だったかな、と小三郎は思いながら、希久を見て目を細めた。
「久しいな、希久」
声を出したが掠れていてうまく出てこない上に、腹の痛みに顔をしかめた。
「俺は……、何日寝ていた?」
「たおれてから今日で十日でございます。お兄様は、一度、目を覚まされてから丸一日眠られ、それからは意識が戻られたり、眠られたりとされておりました」
希久は、はっきりとした口調で説明してくれた。
熱があるのか顔がほてっている気がした。希久が気づいて、額の汗をぬぐってくれると、もう一度冷たい水に手ぬぐいを湿らせて、額に置いた。
ひやりと冷たい手ぬぐいが心地よい。
「そうか……」
どうして希久がここにいるのか不思議で仕方なかったが、痛みでまだ頭はしっかりしていない。
「勝平さんが、知らせてくれました」
「勝平が……」
なぜ? という言葉を吞み込んだ。
希久は少しだけ乱れた前髪を自分の耳にかけると、じっとそばに座ったままそこから動かない。
夕べはたくさんの虫たちが鳴いていたのに、今はコオロギの声だけが聞こえている。
希久は見違えるほどきれいになったと思った。
座っている姿勢を見ても、背筋が伸びてすっきりとした小さい顎にぱっちりとした瞳で、まだ口元にはあどけなさが残っていたが、成長すればもっと美しくなるだろうと思われた。
すると、そこへ外から人の歩く音がして、小和田様? 入りますと善兵衛の声がした。
戸を開けて入って来た善兵衛を見て、少しやつれたな、と思った。
善兵衛は、小三郎を見るなり顔を明るくさせて枕元に座った。
「若旦那さま、目を覚まされたのですね。よかった」
「うん。迷惑をかけてすまなかった、善兵衛」
善兵衛は涙ぐんだ。
「小和田様とこちらのお医者様のお弟子さんとわたしの三人で看病しておりました。若旦那様は絶対に大丈夫だと皆、信じておりました」
「うん……。ありがとう」
自分は死ねなかったのだな、と思った。
「若旦那様、生きていてくださりありがとうございます」
自分の心を見透かしたように善兵衛が云った。




