#01-11 As you sow, so shall you reap.
何故か積極的な更紗をなんとか躱しつつ、夕食を堪能した直後、携帯に着信が入る。
「もしもし、姉さん?」
『今から笹川家に家宅捜索入るけど来る?』
「あー、どうしよっか……家宅捜索行くか?更紗」
「うん」
『行くって』
「わかった……アレ、なんで更紗ちゃん居るの?」
「じゃあ切るな」
これ以上の追及をさせないため電話を切ると、着替えるべく部屋に戻る。
制服に着替えているとカルマに話しかけられた。
「その制服って着ないとダメなの?」
「着てる方が身分証明楽なんだよ。もしかして似合ってない?」
「何年その格好の詠の隣にいると思ってるの?にあってなかったらすぐ言ってるわよ」
「いや、もし似合ってないにしてももう少しオブラートにくるんでだな……トラムは相変わらず寝てるか?」
「そうねぇ……30分前に一度起きたけど、また寝たわ。あの子はすることないと基本寝てるし、本人もそれが幸せみたいだからいいんじゃない?」
「そうなのかね」
部屋から出て、リビングに戻るとちょうどスカートに脚を通す更紗に遭遇した。
「……すまん」
リビングのドアを閉める。
すぐに入っていいよ、と声がかかりリビングに入る。
「……別に詠なら気にしないけど」
「いや、気にしろよ」
車にて40分。笹川邸はここ一体で一番大きく、一番悪趣味で、一番目立つ建物だったのですぐに見つかった。
すでにパトカーが数台停まっている。
「オレたちの仕事は笹川が暴れた時と“黒杖”の連中が湧いて出た時だけだな」
「それまで待機?」
「そうだな…………っと、そうでもないかもしれん」
邸宅の広い庭から火柱が上がる。
端末を手にした警察官たちが次々に防御と拘束のための魔法を放つ。
「行こう」
「わかった。姉さん!全員下がらせろ、邪魔だ!」
姉のいる方向に叫ぶ。
数人の警察官がそんな詠に食って掛かろうとするがまわりの警察官に引きずられ無理やり下げられる。
「行くぞ、カルマ」
「久しぶりに暴れようかしら」
「住宅街のど真ん中だからほどほどにな」
突如詠の隣に現れた少女に視線が集まる。
「5章9節『水の障壁を生み出す魔法』」
「“アクアヴェール”発動」
詠の言葉に続いてカルマが魔法を発動させる。
笹川邸を半透明の水の膜が覆っていく。
「意志持つ魔導書の力……」
「更紗、行くぞ」
「え?どうやって?」
更紗の手を引いて迷わず水の膜をくぐり抜ける。
「あれ?濡れないし、入れるんだ……」
「これが防ぐのは火だけだ」
「物理的な防御力はまるでないからこんなときじゃないと使えないのよね」
カルマがやれやれと言った表情をする。
「きやがったなぁ!榛葉ぁっ!」
火の柱を背に背負い笹川がこちらへ歩いてくる。
「“シャドウバインド”ぉっ!」
笹川の端末から迸り出した黒い影が2人へと走る。
「なるほど、そぅいう事か」
「闇魔法……」
現在一般的に使用されているプログラムでは使用することができないのが“光”と“闇”の属性。存在は証明されていて、それなりの設定をすれば使用することもできるとされているが、上手くいっていない。
現在闇魔法を扱えるのは端末を介さず使用することができる“紫の魔導書”を所有するハーゼンバイン家当主と“黒の魔導書”を所有する榛葉詠の二名。
しかし、どうやら“黒杖”は自力でたどり着いたらしい。
「どうだ動けないだろう。無様だなぁっ」
高笑いする笹川。
「どうしたんだ笹川。今日はやけにハイじゃねーか」
「わかるか!?そうなんだよ。やっぱスゲーだろコレ。端末が手足みたいに使える。お前にも分けてやろうか?」
笹川がベルトに刺さった注射器を指さしながら嗤う。
“黒杖”が所持していた薬。マナを含む薬剤の効果により自然界に存在するマナを体内へ取り込めるようにし、魔法扱う能力を急激に上昇させる。
天と地を一体化させることから着いた名称が|乾坤《Heaven & Earth》。通称H&Eの名前で世の中に出回っている。
副作用としてはマナによる人体の浸食、それによるマナ結晶化があるかなり危険な薬物である。その証拠に既に笹川の体表の数か所に赤いマナ結晶ができ始めている。
「はぁ?いらねーよ。ドーピングだなんて貧乏人には無関係なことでね」
「そうか。そうだよなぁ……じゃあよぉ……さっさと焼け死ねや!」
「カルマ、7章8節『時を戻す魔法』」
「“アンチクロックワイズ”発動」
カルマを中心にゆっくりと光の輪が広がる。
光の輪の中に入った詠たちの体を縛る影がゆっくりと解けていった。
笹川にはカルマの姿は見えていない。カルマは意志ある魔導書なので見せる相手を自ら選ぶ。
「はぁ……久しぶりにやったけど疲れるな」
「早くしないと攻撃来るわよ」
「何をしやがったかしらねェが!もう遅ぇよ!“ロードオブファイヤ”!!」
笹川を中心に強力な火焔が広がる。
天上へと昇った火柱が水の膜にあたり凄まじい音を立てる。
周りの空気を焼き尽くしかなり速さでこちらへ迫る。
「詠……」
「オレが何とかするからアイツを倒す手を打て」
「……わかった」
更紗が端末を構える。
「プログラム “Silver/-2”起動」
《Silver/-2: Starting……Success》
「カルマ、2章13節『融けることのなき氷の魔法』」
「“クロセルインパクト”発動」
詠とカルマを中心に凄まじい衝撃波が発生する。
詠たちの眼前まで迫っていた炎ですら完全に消え去り、万物の水分を奪い凍てつかせていく。さらに、衝撃波の影響により凍てついた物質は粉々に砕け散る。
「きゃぁっ!?」
衝撃波に飛ばされかけた更紗をしっかりと抱きとめる。
先ほどまで赤く照らされていた一帯は今や一面の銀世界。
瞬間的に自分の身を焼くことで完全に凍てつくことを回避した笹川は火傷と凍傷でぼろぼろの状態で立っている。
「更紗!」
「“マジッククラック”発動!」
詠に支えられた体勢の更紗の撃ちだした銀色に光る光の鎖が笹川の端末に巻きつく。
すると笹川の端末の画面が赤く変化し、エラー音を吐き出した。
「さて、自慢の端末はなくなったがどうする?」
「……………」
笹川は何も答えず後ろに崩れ落ちた。
「……死んでないよね?」
「大丈夫だろ。カルマ、“アクアヴェール”解いてくれ」
「わかったけど……大丈夫?」
カルマが詠を見上げながら心配する。
「お?」
自分の鼻から血が流れ出ていることに気付く。
「……久しぶりにはしゃいだからかな」
「詠……」
「大丈夫だ。これぐらいじゃ死なん。ブランクが長かっただけだ」
心配そうにこちらを見る更紗に笑いかけてから血を拭う。
「まったく。加減しないと死ぬわよ?」
「わかってるよ」
アクアヴェールが解けたことで終了したという判断をした縁たちが現場に駆けつけ、ボロボロの笹川を搬送していく。
「詠、出血してるけど病院は?」
真っ直ぐにこちらにやってきた縁にそう言われたが断る。
「いいよ、自損だから」
「……自損?で、これは更紗ちゃんがやったの?」
一面凍りついた世界を見ながら更紗に問う縁。
しかし、更紗は首を横に振る。
「じゃあ、詠が……」
「じゃあオレ帰って寝るわ」
詠は氷をザクザク砕きながら車へと向かっていく。
それにちょこちょことついていくカルマと縁に一礼し急いで詠を追いかける更紗。
そしてそれを呆然と眺める縁。
漂う緊張感。
「警部っぉわぁっ!……いてて……」
しかし、その緊張感は前方からやってきた苦労人によって破られた。
「……いい大人が滑ってこけるとか」
「仕方ないじゃないですか、滑るんですよ。しかし、すごいですね魔導書って」
「……は?魔導書?」
「ええ。詠君、魔導書所持者ですよね」
「え!?」
自分の知らない弟の情報に驚く縁。
「どどど、どういう事!?」
「どういう事も何も、今まで本名は秘匿されてましたが“黒銀”といえば有名な魔導書所持者じゃないですか」
「うそぉ……じゃあどこかに魔導書をもってるってこと?」
「いえいえ、あの女の子がそうだと思いますよ」
車に乗り込もうとしている詠の後を追う小柄な女の子を指さして言う。
「ええええええ!?どういうこと!?」
現場に混乱した縁の声が響いた。
その瞬間背後で男性警官の悲鳴と銃声が響いた。
「くっ……すみません」
撃たれた腹を押さえながら警官がうめく。
「何が……」
「まさか拳銃を奪われるとは……」
「何やってるんだ!早く止血を!」
今まさに車を出そうとしていた詠がやれやれと言った表情で車から降りる。
「全く、間抜けにもほどがあるぞ」
「まだ帰れなさそう?」
「そうだな」
「もうひと暴れしちゃう?」
「まあ不本意ながらそうなるな」
更紗とカルマの声に返答しながら笹川が足を引きずりながら逃げて行った方向へ視線を向ける。




