第二十話 歩み寄り
「あの、こうして肩を並べているのですから少しお話でもしませんか?」
いや、肩を並べてなどいない。
ルケアは今、両手を縛られた状態でドワーフ一人に先導され、二人に後ろから武器を構えられ歩いている。
彼女の扱いはまるで囚人だ。
それでも彼女は雰囲気を和らげようと声穏やかに提案した。
「余計なことを喋るな! 前だけを向いてついて行けばいいんだ!」
後ろのドワーフは慄いて半歩引いた。
「そんなに嫌がらなくても良いではありませんか。私の吐息に毒など含まれておりませんよ」
病の原因は人類にある。
その考えが魔族側にもあると知ったルケアは、誤りを認識してもらおうと試みるのだが対話を拒否されている。
仕方なく人類側のことを独白してもみた。
だがそれもドワーフたちには気味悪がられ、武器で小突かれそうになったので止めざるを得なかった。
カッツォたち三人は、ルケアたちの十歩程離れた後方を歩いている。
彼女の言動やドワーフたちの反応は、いちいち三人の胆を冷やした。
「何やってんだよ……ここまで来て挑発しなくていいんだって」
「でも、これ本当に魔族への罠なのかな?」
「う〜ん確かに。あの子最近何かに悩んでる感じだったし。もしかして魔族とも対話が必要って考えてるのかも」
「まあそれは……」
三人の魔族観は今なお魔族=悪である。
ミナテミスとの出会い以降それも少し揺らいできてはいるのだが、三人とも内心に気づかぬかのように初心を貫こうとしていた。
「もし敵地の中心に飛び込んだとしても、周囲のほとんどがあいつらレベルなら、逃げるだけなら何とかなるだろ」
声を潜めて会話する三人、何かを話そうとしては止められるルケア、黙々と歩くドワーフたち。
一行は荒野を歩き、木々の繁った山へと近づいていた。
ドォン ドォン
山に近づくにつれ音が聞こえてきた。
不規則な間隔をおいて鳴り響いている。
「何よこの音?」
「何だ一体……魔物の氾濫と関係あるのか?」
ローラたちはもちろんのこと、ドワーフたちも音を不審がっている。
「この音は、いつも聞こえるわけではないのですね?」
「お前たちの仕業ではないと?」
「もちろんです。何なのか想像もつきません」
「はっ、どうだかな」
ルケアが見せる困惑もドワーフたちにとっては信用ならない。
ただし彼女の追及には及んでいない。
何かを言わせたとしても、その真偽を確かめ得る材料が無ければならない。
彼女や後方の三名の動向を探って不審点を探るのが先決だと判断したのだ。
「おい、あれ!」
目の良いサジが指した方向から魔物の群れが向かって来る。
「やはり氾濫が!」
「村洞はどうなってるんだ!?」
ドワーフたちは焦っている。
村洞と言う彼らの居住区が山の中に穿たれているからである。
「おい! ルケアを離せ!」
「バカを言うな! 魔物と挟み撃ちなど許すわけなかろう!」
「だあっ! 違う違う! 魔物と戦わないといけないだろうが! そもそもここに来たのは俺らと魔物を戦わせるためじゃねえのかよ!」
サジはドワーフに訴えた。
だが罠を疑うドワーフは首を縦に振らない。
「まだこいつを解放するわけにはいかん!」
「こいつら……!」
「ちょ! もう来るよ!」
カッツォが割り込んで戦闘態勢を取るように言った。
サジは舌打ちし武器を構え、ドワーフはルケアを縛る縄を持つ者以外の二人が構えた。
魔物の群れは一筋の流れとなっており、魔遊帯を想起させた。
尤も魔遊帯よりずっと細く密度も小さい流れだが。
(一度魔遊帯を端っこから削り進んでみたいと思ってたんだよね)
こんな緊張下でもカッツォのゲーム脳は独特の働きをみせた。
かつて挑んだ魔遊帯の魔物を絶やすことができないか、と主人に囁くのだ。
迫り来る魔物のクラスが低いことも彼の欲を後押しした。
「たあっ!」
カッツォが先頭の魔物に斬りかかった。
サジとローラは慌てて彼の支援に入る。
サジの矢は一本で魔物を何体も貫き、ローラの魔法はカッツォよりも奥にいる魔物を吹き飛ばした。
突然開始された戦闘だが調子は上々だ。
かつて魔遊帯を強引にでも突破した経験が、今直面する魔物群との戦闘を精神的に楽にしている。
もちろん彼らが戦闘力と技術を向上させたことも大きな要因だ。
嬉々として魔物を葬り始めた三人を見てドワーフたちも魔物を打ち倒し始めた。
「おい、妙な動きをするんじゃない!」
その流れに乗りルケアが補助魔法の支援を飛ばす。
捕縛役のドワーフは止めようと声を荒げた。
「ご心配せずとも魔物を滅するために動いただけです」
「とにかく大人しくしているんだ!」
ルケアの助けを得られなかったため総合力は落ちた。
だが次第に魔物の流れは細く途切れ途切れになってきて、やがて完全に途絶えるに至った。
「よしっ!」
「やったのね!」
十分な余力を残しての勝利にカッツォたちの意気も盛んである。
「……」
ドワーフたちは黙ってカッツォたちを見ており、その態度の真偽を見定めようとしている。
ルケアは何も言わず、少しだけ微笑んでいた。
ドォン ドォン
「うっ、まだ音は止まないのか」
「段々近づいているみたいだけど」
音がするたびに空気と大地の振動も伝わるぐらいになってきた。
相当強い力が発生しているようだ。
不安を感じつつも一行は村洞へ向かう。
「おい! この音と声は!?」
先頭のドワーフが何かを聞きつけた。
後続が耳を澄ませて拾ったのは戦場のものらしき音。
「洞の仲間たちだ! 急がねば!」
「けど……」
「今更だろう、ままよ」
ドワーフたちは騒ぎ、カッツォたちを一瞥した後早足で進んだ。
「発生点が変わったぞ! 向こうだ!」
「一人脚をやられた! 誰か来てくれ!」
小人たちとゴリラ胴に猪頭の者たちが三々五々、魔物と戦っている。
「ブダゴルラ! が沢山!?」
「法師様? ……ケイブオークの若い衆だけしかおらんぞ!」
(ケイブオークって言う種族なんだ)
言われてみると法衣を着ていない。
ブダゴルラとは違う個体であるようだ。
「あ! 戻ったのかお前、ら……?」
戦っている内の一人が、カッツォたちを率いたドワーフたちを見て固まった。
「悪魔も一緒だ! どうなってる!?」
絶叫が響いた。
何人かに動揺が走り、魔物の攻撃を受け流し損ねた。
「危ない!」
ルケアが魔法を撃ち魔物の体勢を崩し、魔物にやられそうだったドワーフは助かった。
「皆さん!」
「っ、分かったよ!」
訴えかけるルケアの視線を受け、カッツォたちは動いた。
所々で空間が歪み、星の散りばめられた夜のような紫暗が現れている。
それはほんの二、三呼吸の間にぎゅっと凝縮し魔物となった。
魔物の出現は五ヶ所でほぼ同時に起きている。
今いる魔物と合わせると、新たに出現する魔物までは明らかに手に負えていなかった――カッツォたちが来る前までは――
「これで最後だ! ……っつってもまた現れるんだな」
サジの放った矢が場に出ている最後の魔物を貫いて、一旦魔物の姿は無くなった。
「十分だ。新たに出る魔物だけに対応するだけなら我々のみで手は足りる…………その、あなたたちは悪魔、とは違うのだろう?」
「長、それは」
一際大きな戦鎚を持ったドワーフが尋ねる。
カッツォたちを連れて来たドワーフが何かを言いかけて、長とやらに止められた。
カッツォたち三人は何と答えるべきか迷っている。
「あなた方の思う悪魔とは恐らく、私たちのことでしょう」
ルケアが言った。
長の顔は歪み、カッツォたちは口を噤んでいる。
「ですが、私たちの国ではあなた方のことを魔族と呼び、魔物や病魔を操り世界を滅ぼそうとしているのだと信じられています」
長は続いたルケアの言葉を反芻した。
「互いが似たような認識か。なるほど」
そして仲間が魔物と戦う様子を見て、ルケアたち四人に言う。
「この上で法師が強敵を相手取っておられる。我らでは力不足ゆえ助太刀もままならん。それにここの魔物を消しておく者も必要だ。あなたたちに頼んでよろしいか」
仲間たちの注目を浴びたカッツォは諦めたように頷いた。
「分かった。でも命を懸けることはできないよ」
それが精一杯考えた末の返答だった。




