第十五話 弓は作らんのか
ダチョボから振り落とされたサジだが、ルケアの回復魔法により無事意識を戻した。
現在は弓を拝借した少年の家で休ませてもらい、痛打した後頭部を冷やしている。
「君はホントにドジでマヌケだなぁ、サジ太君」
「誰!? 何その辛口!?」
「あ、昔はそんな感じのキツいことも言うキャラだったらしいよ」
「家に全巻あるの。漫画」
サジに対するローラの冷笑は、ドジで泣き虫な飼い主に辛辣な言葉を浴びせるロボットの如し。
「ドジでマヌケ、と言う表現がそんなに的外れとは思えませんけど」
「ごめんよぉ。この糸あげるから、そんなに怒らないでくれよぉ」
普段のサジらしからぬ平身低頭は、弓の持ち主である少年の不機嫌を解くためだ。
少年は落ボしたサジを心配し、自分の家で休むように申し出た紳士である。
丁寧な言葉遣いや品の良いおかっぱ頭から、少年が良家の子息だとはサジにもすぐ分かった。
事実サジの寝かされていた部屋は広い畳敷きの間で、少年の家は立派な書院造の屋敷だった。
そんな少年が重ねて、サジたちにこの屋敷で滞在しても良いと言ってくれた。
弓を壊した引け目と宿泊場所の提供を受けた恩とで、サジが少年に対し機嫌を取ろうとするのも無理からぬことである。
「私は弓を壊されたことで怒っているわけではありません。旅人がこの村の人々に挨拶もせず、いきなり怪我をして村人たちを不安がらせたことを怒っているのです。シーサ家の者として」
シーサ家と言えば、この村では戦う男衆を仕切る代表家だそうだ。
「あ、でも糸はありがとうございます。ミナ様と同じ弦の弓なんて夢のようです」
「シャンポウ、君がその弦を引くには些か力不足だと思うが」
部屋の隅に正座しているミナテミスが苦笑した。
シャンポウ少年は彼女の方を向き胸を張った。
「良いのです。その内引けるようになるのです。ゴーヤン兄様のように逞しくなりますから」
「ゴーヤンはそんな兄君だったかな?」
ミナテミスは首を傾げるが、シャンポウが言うには彼の兄は華奢な彼とは違うらしい。
その時ミナテミスはあることを思い立ちサジの肩を叩いた。
「そうだ。それほど逞しくなっているなら、ゴーヤンに指導してもらおう」
「あの、ゴーヤンさんって……?」
「シャンポウ、君もシーサ家の者ならもっと鍛えねばならんな? そうだろう? よし! ではゴーヤンの下で二人競って鍛えてくれたまえ!」
「そんな……下請けに押しつけるみたいな……」
サジは不満を隠せない。
一方シャンポウは眉尻を下げて挙手をした。
「あの、ゴーヤン兄様は今、村同士の会合で隣村まで行っておりまして。その後許嫁殿の村へ挨拶に行くらしく、しばらく帰らないのですが」
「困るなあ! そういうことは早く教えてもらわないと」
「そんなこと言われましても……ミナテミス様が帰ってらしたのはつい先日ではないですか。その後すぐ森へ行ってしまいましたし」
シャンポウは困惑している。
が、一転顔を明るくしてミナテミスを見上げた。
「でも! 確かに私も鍛えねばと思っていたところなのです! そうするとやはりミナテミス様以外には考えられません!」
「俺もちょっと、俺より戦闘力の低い人に教えてもらってもやる気出ないっつうか」
「む、何ですかあなた、その言い方は」
シャンポウが鋭い目つきになり、サジは迂闊なことを言った気まずさからそっぽを向いている。
「あ〜、もう。分かった分かった。私が教えるよ。その代わり二人とも、競い合うこと以外で無用な対立をするのはダメだぞ」
「はい!」
「はぁ〜い! 分かりましたぁ!」
サジの鼻の下が伸びている。
キリッとしたシャンポウのお陰でサジのだらしなさが際立ってしまった。
「シャンポウ君、ミナさん、しばらくの間よろしくお願いします」
カッツォはサジによるマイナス印象を少しでも回復させようと、できるだけ丁寧にこの村の人々と接しようと思うのだった。
「サジ、スキルを使ってごまかさない!」
「うえっ! すいません!」
「シャンポウ! 当てることだけが目的になっている! 射抜かねば獲物は倒せんぞ!」
「は、はい! 気をつけます!」
ミナテミスの指導が始まった。
その態度や様子を見るに、彼女は別に指導を嫌がっていたわけではないようだ。
ただ、指導中に時折どこかへ行くことがあり、詳しくは言わないが何かしらの用事をこなしていることが窺えた。
そんな彼女の下での修練は、とにかく矢を射ることである。
矢を射るための筋力も、動作・姿勢も、更には心構えさえも、弓を引き矢を放つことで身につくのだと彼女は言った。
かと言ってスキルに頼ったり、漫然と射るだけの修練を彼女は許さない。
土壁に張られた布に射掛けるサジとシャンポウは、小手先の技を見破られてはミナテミスの叱声を浴びていた。
修練が始まって数日たったある日、ローラはサジを捕まえて疑問を口にした。
「ねえ、何でスキル使わないのよ。スキル使わないあんたなんて弓道部の一年生以下、素人レベルじゃない」
「う、うっせえよ! もうちょいマシだわ!」
一応王国の戦士たちに弓の基礎を教わり、スキルに頼りながらも実戦で矢を射てきたサジだ。
素人並みなわけがない。
しかし彼は自身の弓がスキル任せだと自覚しているため、素の実力がどれぐらいなのかよく理解できていなかった。
「で? その素人よりはマシな射手がスキルを使わず訓練する意味は? ただの自己満足なら魔物と戦ってた方がいいんじゃないの?」
単なる嫌味では無さそうな、心配混じりのローラの問いかけ。
サジは片手を出して彼女の心配を遮った。
「問題無し。っつうかむしろメリットだらけだから」
そう前置きして彼は今の修練が役に立つことを説明し始めた。
「スキルって魔力使うだろ?」
「そりゃね」
「俺の場合、属性の付与は別にしても、矢の速度とか正確性を高めるのにも魔力を使っちゃってるわけよ」
「それで? ……まあ言いたいことは分かったけど一応聞いてあげるわ」
わざわざ溜めて言わなくてもそこまで言われれば分かるのだが――語りたそうにしている友人にローラは続きを促した。
「おう! 現に矢の威力は上がってるし、連続で撃てる数も増えてるからな!」
「せせこましいわね。魔力ならバッと使ってババッと回復すればいいでしょ」
「ノンノン。回復薬をいつも飲めるとは限らないだろぅ? それに力の使い方が分かって、魔力消費率が改善されたら、新技だって閃くかもしれないぜぇ?」
「その顔やめなさいよ。ムカつくわね…………ふん、好きにしなさい。あっち行ってるわ」
ローラは髪を掻き上げ離れて行った。
行った先はサジから見えないが、彼女は魔法の練習をし始めた。
ムカつくと言いつつも内心はサジに負けたくない、レベルを離されたくない思いがあるようだ。
サジたちが村に来てこうして訓練をすることで、村の者たちも刺激を受けている。
身体能力はサジたちの方が村人より高く、スキルを使えば技術的にも上回っている。
しかし村人たちの日々の生活で磨いてきた技術は、サジを感嘆させるに足るものである。
村人たちもミナテミスに指導を受けていて戦闘力の高いサジたちには一目置いている。
サジたちも村人たちも互いに良い影響を与え合っている状況に、ミナテミスは満足そうな顔をしていた。
(中々いい感じじゃないか。あとは何かの拍子で魔族がどうのこうの言わないと良いのだが……まあ無理だろうな。さてさて準備は怠らずにしておくかね)
ふ、と苦笑してミナテミスはまた何処かへと向かった。




