第七話 ルケアの帰郷
ルケアの故郷と王都の間に街道が通じていないのには理由がある。
「ほんと、すぐ湧くよね……」
今目の前にある場所こそが、街道が途絶えた正にその場所なのだが、カッツォが溜息混じりに感想を述べたとおり、ここは魔物が非常に多く発生する。
東西に遥か遠くまで魔物の密集状態が続く、この幅約三百メートルの帯状地帯は通称“魔遊帯”。
魔物は発生し、何度か他の魔物とぶつかっては消えまた発生し、と絶え間なく繰り返している。
不思議なことにこの帯状地帯から出て行く魔物はほとんどいない。
魔物が好む質の魔力が帯状に通じている、と言う学説はあるが真相は不明だ。
とにかくこの魔遊帯が街道を途切れさせている原因であることは疑い無い。
「橋でも架ければいいのに」
「試してみたそうです。でも、その橋にも魔物が湧くようになってしまったと言います」
(空中も俺の領地方式なのか?)
サジは子どもの頃に地面に線を引いて領地を決め合った時のことを思い出した。
空中だからセーフです〜、との相手の言い分に対抗する主張が、空中も俺の領地、である。
そんなサジの考察は無視するとして。
「でも迂回するのは結構時間かかるんでしょ」
「そうですね。西の湖も東の川も、どっちも十日前後かかるんですよ」
どうしてもその分余計に野営が必要となる。
クラス四の魔物の襲撃リスク増加はともかく、旅の垢を落とせない不快が余分に続くことを三人は嫌がった。
「見たところクラス一、二の魔物がほとんどで、クラス三は少ないし。薙ぎ払って突破しましょうよ」
クラス三と戦うと一対一では手間取るだろうが、誰か一人補助に入れば苦戦はしないはず。
難色を示すルケアは三人に押し切られ、かくして一行は魔遊帯を強行突破することとなった。
「そぉ……れっ!」
「オラオラオラー!」
魔力を大量に使ったローラの火柱と、その火を纏い風で渦を巻いたサジの矢が乱れ飛び、魔物の列に風穴を空けた。
「今だ! 行くよ!」
先頭からカッツォ、ルケア、ローラ、サジの順に走る。
立ちはだかる魔物をカッツォが斬り伏せ、ルケアが補助をかけ、ローラが魔法で左右の魔物を押し留め、詰め寄ろうとする魔物をサジが射返す。
駆け抜けようとする勢いは凄まじい。
――しかしその勢いは魔遊帯半分程の地点で止められた。
クラス三の魔物が二体連続で正面に来たからだ。
「くっ、ついてないわね……一体だけならまだ止まらずに進めたのに」
そろそろ魔力切れが心配なローラがボヤいた。
「一旦集まって! すぐ蹴散らそう!」
「おう!」
カッツォの提案にサジも後ろを放棄して前列に駆けつける。
その結果、クラス三の魔物は無傷で倒せた。
しかし魔物の包囲網は狭まり、後の約半分の距離を魔物を掻き分けながら進まねばならなくなってしまった。
「はあっ、ひいっ、き、きついです〜」
「手も足も止めないで! とにかく少しでも進みながら打って打って打ちまくるんだ!」
ルケアでさえも襲い来る魔物を拳で打ち落とさねば、魔物に押し潰されてしまう。
それ程の圧を受けながら、されどジリジリと前進をする。
素振りだってまだ五分と続かないのに、魔物にダメージを与えるほどのパンチを延々と繰り出さねばならない。
ルケアの肩と腕は休息を求め悲鳴を上げ、カッツォは魔物に押し負けないよう踏ん張り、横目で彼女を見やり励ました。
「もう少しか!?」
後ろを向きながら短剣を振るっていたサジが大声で尋ねる。
「あーうるさい! でもそろそろ一気に行きたいわね!」
ローラが右手側の魔物に杖を叩きつけ叫ぶ。
「き、きついです〜」
左手側の魔物に拳打を浴びせルケアが泣き言を漏らす。
「みんながんばれ! 終わりまではもうすぐなんだ! ………………よし、合図を出すから一気に前進しよう!」
カッツォが前方の状況を見て決めた。
「三、二、一、今だ!」
四人が全力で魔物を押し退け、残る力を前方に集中する。
「うおおお! 行けえぇ!!」
ルケア、サジ、ローラの三人でカッツォを押し出すように一塊となり進む。
「痛い痛い痛い、うわあぁぁぁ!」
先頭で盾のようにされ魔物とぶつかるカッツォは痛みに耐え剣をがむしゃらに振るった。
「うわあぁぁぁ…………あれ?」
最後には押されるままに目を瞑って剣を振っていたカッツォだが、剣に当たる敵の手応えが無くなり、疑問の声と共に目を開けた。
前には魔物の姿は無い。ある種の期待を持ってそっと後ろを振り返ると、魔物はカッツォたちなど居なかったかのように犇めいていた。
「や、やった……!」
「も、もう限界、で、す」
「ふう」
「っしゃ!」
カッツォは地面に尻と両手を突き酸素を求め天を仰ぎ、ルケアはうつ伏せ、ローラはしゃがみ込んだ。
サジは意地を張り立っていたが、四人とも同じく疲労困憊なのは一目瞭然である。
「まあ、命懸けって程じゃ、なかったし、大分、ショートカットできて、良かったよね」
息を切らせながらの素直な感想は前向きな発言になった。
カッツォは自分の言葉に満足した。
「ひゅ、ひゅー……」
ただ、何か言いたげにうつ伏せのまま顔を向けたルケアの視線には気づかなかった。
しばらく休息し歩けるぐらいに回復すると、四人はまた進み始めた。
「不思議なエリアだったね」
「魔遊帯のことよね?」
「あれ抜けた後も魔物が追って来たら死ねたよな」
「怖いこと言わないでほしいです」
確かな検証もされていないのによく強行突破しようと思ったものだ。
ルケアは今更ながら身震いするが、カッツォたちはそうでもない。
せいぜい、ゲームで例えると初期に正規ルートを外れて強い武具を入手する、その時に負うリスクぐらいにしか感じていないのだ。
「あぁ、でももうすぐ……久しぶりです」
心に秘めて外に出したことの無かった郷愁が、ルケアの口から零れ出た。
「まだ村の影も見えてないけど」
「バカ! 空気読みなさいよ!」
バシッ
遠くを見るルケアを前にして、カッツォはローラに頭を叩かれた。
かく言うローラもルケアの心理を真には理解していない。
ゲーム感覚から抜け切らない三人が、命の危機を脱して故郷や様々なものに思いを馳せているルケアの心情など分かるわけもないのだ。
それから丸二日たち。
「あ、見えてきましたよ!」
破顔してルケアが走り出した。
「あれがルケアの故郷かな?」
「ルケアったら、久しぶりの故郷がよっぽど嬉しいみたいね」
「だな。あんな子どもみたいに走っててよぉ」
勇者三人は微笑ましく彼女を見ている。
「おっ父〜、おっ母〜、みんな〜!」
弾むように走り、腕を振り回してルケアは村に向かう。
カンカンカン
突然鐘の音が響いた。
村で打ち鳴らされているようだ。
「え? な、なんですか?」
「野盗だぁ! 門を閉めろー!!」
ルケアの聞き覚えのある声だ。
(見張りの……いや、そんなことより)
「や、野盗!?」
こんなド田舎に?
ルケアは身構えて周囲を見回した。
「……誰もいないじゃないですか」
「素手に変なもん巻いて武装すてるぞーっ! 軽装で、多分斥候だ!」
ルケアは引っかかるものを覚え、自分の姿を見て思った。
「わたすのコトじゃないですか!」
見張りの勘違いに気がついたルケアは全力で村に駆け向かう。
「違います違います! 私ですよおぉ!」
しかし後少しというところで村の門は閉ざされた。
「開けてください! こんな仕打ち酷いです!」
丸太を束にした門をドンドンと叩いて、帰宅と門番の手違いをアピールするルケア。
「くっ! 何の用だぁ!? こんな村に財など無いぞ!」
門の内側ではルケアの声を聞いていないようだ。
「だぁかぁらぁ、わたすって言ってるじゃないだすかー!!」
ルケアと門番は、興奮収まらず門の内外で何度も同じやり取りを繰り返した。
やがていつまでも門を壊そうとしない襲撃者を不思議に思った村人が集まって来て。
「あんれ? ルケアちゃんでないの?」
「え?」
そう門番に声をかけ、一気に雰囲気が変わった。
「わ、わたすだすよ〜!」
「あれあれ、早く入れてあげねと」
「ル、ルケアか! ならもっと早く言えってな!」
言っていたから、と喉まで出かけた声を引っ込め、ルケアは開門を待った。
「ひっ」
僅かに開いた門からルケアの恨みがましい視線を受けた門番は、また門を閉じようとして一悶着起こすのだが……
とにかくルケアは懐かしの故郷にようやく着いたのだった。




