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デイジーの村で 7

「……」


空を見上げると、爽やかな風が吹き抜けていく。アプルの木の枝でつがいの小鳥が囀りかわし、青々とした草の繁みで花兎(カト)が葉を齧っている。


リーフィアスは途方に暮れた気持ちでいた。ああ、今ここにお師匠様がいたら。聞きたいことが山ほどある──。


「どうしたんだよ、吟遊詩人(バルド)?」


もしかしてまだ何か良くない気配を感じるのかと、心配そうな声が背中にかかる。


「──リーフィアスだ」


リーフィアスは振り向いて、少年にそう言った。


「え?」


「私の名はリーフィアス。おまえは?」


「お、俺はトイヴォ……」


おどおどと少年は答える。──リーフィアスに恨み言を語っていたときは大人のようにしゃべっていたが、気が抜けた今は、年相応に戻ったようだった。


そのトイヴォはちらっとリーフィアスの顔を見てから、何か言いにくいことがあるように、すっと眼をそらせる。


「なあ、リーフィアス……聞いてもいい?」


「何だ?」


「えっと、その……」


促されると、トイヴォはそらせていた視線を思い切ったように戻し、リーフィアスの顔ではなく、その少し上をちらちらと見ながらたずねてきた。


「その、頭に生えてる葉っぱ、何? さっきはそんなもの生えてなかったぞ」


「……葉っぱ──?」


頭に葉っぱといえば、さっきの小さいおっさん。そうだ、あの踊るおっさん草は、最後はどこにいた──?


「……」


リーフィアスは恐る恐る自分の頭に手をやった。指先が、今までそこで触ったことも無い、髪の毛以外の感触にふれる。それはしっとりしているが濡れているわけではなく、ひんやりしているが冷たいわけでもなかった。どちらかといえば、さわり心地が良いといえるものだが──。


リーフィアスは無言で、その、自分の身体では馴染みのない感触を探る。髪の表面あたりでしっかり摘まめそうな部分を探り出したので、ぎゅっと摘まみ──引き抜いた。


「ぎゃー!」


現れたものを見たトイヴォが叫んだ。飛び退った先で、リーフィアスの指が摘まんだものを恐怖の面持ちで凝視している。


「……!」


リーフィアスは唇を引き締め、何とか悲鳴を堪えた。何だ、これは?


──大きさは、痩せた畑でようやく採れたニンジンくらい。短い手足のついたからだは砂色で、まるで伝説の化け草、マンドラークの似姿彫刻のよう。髪は草みどり、そこにさらに大きな双葉が生えている。顔は何故か人間の、くたびれた中年男性のようで──。


おっさんだ、おっさん草だ。


リーフィアスはまた心で叫んでいた。

おっさん草は──摘ままれてぷらぷらしたまま、すやすやと眠っているようだ。


穢魔の風の中、リーフィアスを応援するように歌い、踊っていた不思議な草(?)──おっさん草の、あの声のない、きれいな歌声を思い出す。魂に感じる明るい言霊の韻律。栄えよ、いのち栄えよと、リーフィアスが心で歌う祝詞にふわりと寄り添い、ほつれを補うように重ねられた、緑の弥栄をもたらす流転の神々への称言(たたえごと)


あのとき、リーフィアスは心を励まされただけではなく、力を……、分けてもらったような気もする。いや、きっとそうだったんだという確信がある。ああ、そうとも、頭のてっぺんを踏みしめられていると、冷え切っていた身体が温かくなって──。


だけど、それがどうして今も自分の頭の上に? リーフィアスは混乱していた。


いや、その前に、これ(・・)は何だろう? 何なんだろう──? こんなもの、今まで見たことも聞いたこともない、とリーフィアスは思う。野宿の火のそばで、子供のころ師が語ってくれた若い頃の面白おかしい旅の話にも、頭に草の生えた小さいおっさんの話など出てきたことはなかった。


「……」


双葉の根元を摘まんで凝視したまま、しばらく硬直していたリーフィアスの指の先で、ぷらんと吊るされる形になったおっさん草が、イヤイヤとむずかり始めた。


ハッとしたリーフィアスは、両手の上にそっとそのからだを横たえるようにした。わけのわからない生き物ではあるが、恩がある。自分とトイヴォ──このデイジー村の最後の一人になった少年を、助けてくれたのだ。──この小さいおっさんの力添えがなければ、自分たちは確実に穢魔の風に呑まれ、助からなかった。



 ♪~……



寝心地が良くなったのか、何かむにゃむにゃ口を動かすと、目を覚ましかけていたらしいおっさん草は再び眠りの世界に旅立ったようだった。くっきりと皺の刻まれた口元を幸せそうに綻ばせ、たるんだ腹を平和に上下させている。


「リーフィアス……それ……何? あんたが連れてきたのか?」


特に動きもせず、害もなさそうな──、どちらかといえば間抜けとも滑稽ともいえるおっさん草の姿に、恐怖よりも好奇心が勝ったのだろう、それでも離れたところから、トイヴォがたずねてきた。


そんなわけはないだろう! ──そう、リーフィアスは言ったつもりだった。


「!──」


声が、出ない。


「……、……!」


口をぱくぱくさせ、様子のおかしいリーフィアスを、トイヴォは気づかわしそうに見つめている。


「もしかして、声が出ないのか……?」


さっきまで普通にしゃべることができていたのに、急に何故だと焦りながら、リーフィアスはただうなずくしかなかった。それを見たトイヴォは、目を限界まで見開いて、引き攣るように息を呑んだ。


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