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デイジーの村で 5

  

珍妙で、不可解で……、まるで幸せな狂人の見る夢のような光景だと、リーフィアスは思った。もしかしたら、極限状態にあって自分は狂ってしまったのかもしれない──。だが、尻をふりふり手拍子足拍子、腹をぽよぽよさせながら、ご機嫌にくるくる回っている小さいおっさんを見ていたら、そんなことはどうでもよくなってきた。



  ……そは緑柱石の炎のごとく燃え上がり

  歌の葉 言の葉 あまた萌え出で

  流転の神々をたたえるなり


  ふるべゆらゆら ゆらゆらふるべ



リーフィアスは歌う。心で歌う。不思議な草のおっさんも、踊りながら歌っている。

 

 

  葉の言霊 ゆれふるえつつ歌の旋律を生じ

  風を成し 水を成し

  まぶしき光 やわらかき光 寄り添えば

  やがてめぐる めぐりはじめる



色のない世界に、少し光が射したように感じる。おっさんの動きにつれて揺れふるえる、頭の双葉。その鮮やかな緑に励まされる。



  我ら草 名もなき草

  地を覆い 地に蔓延る 逞しくしぶとき草

  

  めぐる神々の御あと慕いつ 讃えつつ

  芽生え萌え出で弥栄の

  我ら葉をふる (たま)をふる


  緑の草の さかえよ栄えよ 栄えたなら

  命さかえよ 栄えよいのち── 



だが、あと少し、もう少し。何かが足りないとリーフィアスは焦る。これほど濃い穢魔の風、打ち破るにはまだ足りない。──本来、祝詞は声に力を乗せて歌うものなのだ。その声が、足りない。


声……! 俺の声。よく力が乗っていると師匠にほめられた、声。なのに、出ない。声が出せない。もうおしまいか、ダメなのか? 俺はここで死ぬのか? 穢魔の風に負け、気を枯らし、枯れ果てて死んでしまうのか?


嫌だ──! リーフィアスは歯を食いしばる。


──私はいま。今、生きている。生きている。死んでたまるか、気枯れてたまるか! 


強く、強く心に思いながら、足元に転がる襲撃者を見た。──殺そうとした相手を、結局は穢魔の風から庇おうとした少年。閉じた目蓋の下から、静かに涙をこぼし続けている。


──気枯れかけてるこいつだって、このまま枯れさせるものか……。こいつの心の奥、生気は、まだ枯れてない。命が、そこにある!


喉をふりしぼり、声を出す。出そうとした。──かすれた音が出た。

草の葉擦れのような、か細い吐息。


──負けない。俺は負けない。


だが、声は出ない。


──死んで、死んでたまるか! たまるかものか……。


穢魔の風は暴風だ。そこで意識を保つだけで気力が費やされる。生気が奪われる。


──蔓延ってこそ草。


……そろそろ、心で歌う祝詞も限界だった。リーフィアスは目を閉じ──もう一度こじ開け、見開いた。


──草の本懐は、弥栄……。


みどりの、いやさか──唇だけでもそう宣った。穢魔の風を睨み据える。


おっさん草は踊っている。リーフィアスの追い詰められた心も知らぬげに、規則性があるような、無いような、妙ちきりんな足取りでただひたすら踊っている。


そしてそのまま、ぴょん、と大きく飛び上がり、リーフィアスの膝に乗ろうとして……危なっかしく滑り落ちかける。


おっととよいしょ、というように、よちよち立ち上がったかと思うと、すぐに手をふり、足をふりふり、またニコニコと楽しそうに踊り始める。──リーフィアスの途切れ途切れの祝詞を補うように歌い、ほつれを繕いながら。


一体何が、と驚く間に、おっさん草はまたぴょこんと飛んだ。

今度は肩で踊っているのが目の端に見える。とんとん、ちょこちょこ、尻をふりふり。


もう一度それが飛び上がったとき、リーフィアスは頭のてっぺんを小さな足で踏まれるのを感じた。どうやら、おっさん草はそこでも踊っているらしい。とんと、とん、ととんと、とんとん……珍妙なリズムで踏みしめられていると、冷えていた身体の奥に、ほんわりと暖かい何かを吹き込まれる心地がする──。


そうしてリーフィアスは、いつの間にか自分が声を出して歌っているのに気がついた。



「始まりのあと 始まりのさき めぐりめぐりつづける神々よ

 流転は御身らの力なり 


 我らその御力より生ずれば

 葉をひとふり ゆらゆら

 葉をふたふり ふるふる

  

 御身らをたたえるなり

 ふるべゆらゆら ゆらゆらふるべ」



声に、力が乗っている。



「我ら流転の風に身をふりひらく

 おのずと ひらひら 歌のこぼれる

  

 流れあふれるうたの泉は地を潤し 森を養う 

 おお 緑の森

 そは緑柱石の炎のごとく燃え上がり」



いつもより大きな力を感じる。声が広がり、厚みを増し、穢魔の風を揺るがせている。包み込み、圧し潰し、打ち破る。



「歌の葉 言の葉 あまた萌え出で

 流転の神々をたたえるなり


 ふるべゆらゆら ゆらゆらふるべ」



唐突に、瘴気の風は止んだ。明るい、昼の日差しが戻ってくる。



「ゆれふるえる葉の言霊 ゆれふるえつつ歌の旋律を生じ

 風を成し 水を成し

 まぶしき光 やわらかき光 寄り添えば

 やがてめぐる めぐりはじめる」



ひと時の凪。それから、爽やかな風が吹く。



「我ら草 名もなき草

 地を覆い 地に蔓延る 逞しくしぶとき草

  

 めぐる神々の御あと慕いつ 

 芽生え萌え出で弥栄の

 我ら葉をふる (たま)をふる


 緑の草の さかえよ栄えよ 栄えたなら

 命さかえよ 栄えよいのち」



リーフィアスの唇から紡がれる、歌の旋律、言霊の韻律。手に手を取って舞い上がり、雲のゆく、青い空から慈雨のごとく降りそそぐ。



「我ら草 地にはびこる

 青々と いのち栄えて 青々と 


 我ら葉をふる (たま)をふる

 流転の力は偉大なり


 我らがいとなみ 御照覧あれ

 創世の神々よ 御照覧あれ」



見渡す限り枯れていた大地に、草が萌え出でる。芽生えて伸びて、風に揺れ、さわさわと草の歌を奏でている。


うれしげに茎を伸ばし、葉を広げ、空に向かって伸びる。そちこちでぐんぐんと木々が立ち上がり、伸びあがり、次々に枝を伸べる。草に花が咲き、木にも花が咲き。穢魔の瘴気にさらされていても、本当はいつでもこうして葉を繁らせ、花を開かせ、新しい命を結びたかったのだと、それぞれの実を生らせる。


青々とした葉に花、花と同時に実。この、季節を無視したみどりの狂騒状態は、吟遊詩人(バルド)が大地を癒し、緑の弥栄を祈る儀式をしたときだけに見られる現象だった。


「……」


やさしい緑の葉陰に、虫たちが戻ってくる。小鳥たちが舞い降りる。次の命を育まんと、葉を、花をかじり蜜を啜り、実を啄み、命の円環を取り戻そうとしている。──命の円環に、戻ろうとしている。


リーフィアスは、初めて己が一人で成したことに、ただ茫然としていた。


「なあ……」


背後から、掠れた声に呼びかけられてゆっくりと振り返る。


「あんた……本物の吟遊詩人(バルド)だったのか……?」


声の主が、途方に暮れたようにリーフィアスを見上げていた。



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