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デイジーの村で 9

「きみが小鳥につままれて

 そのまま連れて行かれたときいたから


 わたしははんぶんこわれてる


 もうはんぶんで きみへの愛を

 デイジー きみの行くさきに

 きれいな水と おだやかな風

 天の恵みがありますように」



再生されたデイジーの、緑豊かな大地に響くリーフィアスの歌の言霊、言霊の韻律。螺旋を描いて空に立ち上る、単純で親しみやすい旋律。



「祈っているよ わたしはここで

 デイジー きみのしあわせを

 

 デイジー デイジー

 こたえておくれ 


 きみはわたしのはんぶんだから

 こたえておくれ 風にのせて」



バルドの竪琴が、リーフィアスの指のままに澄んだ音を紡ぐ。再生された地に手向ける言祝ぎの歌を、光のように明るく彩る。


泣くのをやめて、ぽかんとリーフィアスの歌を聴いていたトイヴォの眼から、また涙があふれ出た。


「リーフィアス! リーフィアス! あんた、声、出るのか? びっくりさせないでくれよ。あんた、あのとき本当に木っ端みたいに吹っ飛んだんだ……なのに無理して歌ってくれて、禍つ風の中で……そのせいで声が出なくなったのかと思ったよ。良かった、良かったよ! 俺、どうやってつぐなったらいいかって、そればかり考えて……」


泣き笑いの顔が、涙と泥でぐしゃぐしゃだ。リーフィアスは跪き、懐から出した手拭いでトイヴォの顔を拭いてやった。──己の声が震えないよう、一拍置いて喉に力を入れる。


「たぶん、私だけでは歌えない……声は、出ない、と思う」


リーフィアスの言葉にトイヴォの身体が一瞬で硬直し、弾かれたように顔を上げる。


「どうして? いま──」


「ああ、今は声がでる。歌も歌える。──おそらく、これのお蔭で」


リーフィアスが自分の頭に手を伸ばし、あのおっさん草の双葉を指で探って軽くつまんでみせると、トイヴォが眼を見開く。


「さっき、あんたの頭に生えてた葉っぱ……! なんか、人みたいに動いてて……それ、何なの? 本当に化け草なの? それともリーフィアスが連れてきた味方なの?」


俺、腰を抜かすくらいびっくりしたけど、でも──と、希望の光を見つけたように、あるいはまるで流転の神々に祈りを捧げるかのように、両手を組んで握りしめ、縋るような瞳でトイヴォは問う。


「……わからない。私にも、これが何なのか」


リーフィアスはそう答えるしかなかった。


「こんなもののあることを、私は師にも聞いたことがない。トイヴォ、これはこのデイジーの村にいた……というか、生えていたものではないのか?」


「いや、俺だって初めて見たよ、そんな変なもの。それって、生き物なの? 草なの?」


「生き物ではあるのだろう。葉はちゃんと葉の感触がするし、草なんだろうと思う……そのわりに、おかしな踊りみたいなのを踊るし、ナーのように丸まって寝たりするから、私にも何とも……」


ナーというのは、人の近くにいてネェズという害獣を獲ったり、小鳥を襲って食べたりする敏捷な小動物だ。暖かい場所が大好きで、丸くなって眠る姿には愛嬌がある。人によく懐くが、自由で気ままな気質が過ぎて、可愛いのだけがとりえとまで言われたりもする。が──、この妙な草が可愛いかというと、それは違うような気がリーフィアスはした。


「……」


トイヴォは黙ってしまい、何かを考えるようだった。


「──リーフィアスが連れてきたんじゃないんなら、それ、どっから出てきたの?」


問われて、リーフィアスは穢魔の風の中、絶望を必死に心の奥へ押し込めていたときのことを思い出した。


「そこの祠……儀式の前に言霊の韻律の中心に据えていた祠に、身体をもたせかけていたのだ……目の端に、瑞々しい緑の葉が生えているのが見えた。いつからそこにあったのかはわからない。わからないが、穢魔の風が吹く前にはなかったのは確かだ……」


そして、禍つ風のせいでなく葉が揺れたと思ったら、あのような形の生き物が、土の中から飛び出してきて、自分も驚いたのだと続けた。──“おっさん”だと思った、とは言わなかった。己のそんな素直すぎる印象というか、感想を、少年に伝えるのは何となくはばかられた。


「にわかには、信じてもらえないだろうが……」


「……」


リーフィアスの言葉を、トイヴォは首を振ることによって遮った。その眼は、足元の石の祠に向かっている。


「俺、ガキのころ祖父さんに聞いたことあるんだけど……」


今でも子供の範疇であろうに、そんなふうに少年は話し始める。


「その、古い祠。昔、村で最期の時を迎えたバルドのために作ったんだとか、とても偉いバルドが村に来たとき、置いていった何かをその頃の村人たちが祀っていたものだとか──」


あんまりちゃんと聞いてなかったから、詳しいこと覚えてなくてごめん、と頭を下げる。


「何かいわれのある祠らしいよ。祖父さんはありがたがってた。その変な草はそれと関係があるのかも──だけどそんなん、俺には何の関係ないと思ってたから……」


「──しょうがないさ」


もしかしたら、いま頭の上でじっとしているみょうちきりんな草擬きの正体がわかるかも、と少しだけ期待をしたリーフィアスだが、残念に思いながらも、少年に答えてやる。


「おまえは日々、とても疲れていたのだよ、トイヴォ。この地の瘴気は濃かった。ずっとそこに暮らしていたのなら、よけいなことに興味を持つ余裕などなかったと思う。ところで──」


今、おまえの身体の調子はどうだとリーフィアスはたずねた。しばしの後、その言葉の意味をようやく理解したらしいトイヴォは、好物の団栗の実をいきなり投げつけられた団栗鼠のような顔になる。


「……胸が苦しくないし、全部が軽いよ、リーフィアス。手も足も、何もかも!」


少年は言いながら、両手足を振り動かす。最初は恐る恐る、そして次には両手を広げて飛び跳ねる。それはまるであのおっさん草の踊りのように明るく、生きる歓びに満ちていた。


「私もだ、トイヴォ。背中の傷も、どこも痛くなくなった」


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