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闇ニ玉散レ百剱  作者: 亜空間会話(以下略)
王歴8年:とある蟲毒の結果
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4「無欠の剱」

 どうぞ。

 目を覚ましたドルトは、目の前の崩れた骨を見て昨日の出来事を思い出した。


「ゾンバァロの追っ手を蹴散らして――どこへ行ったやら、トカゲは」




 屍魔将軍ゾンバァロと戦うことになったドルト・グリース将軍は、その軍勢をひたすらに蹴散らしながらも徐々に消耗していった。前哨戦として低賃金傭兵たちが充填型アンデッドを掃除したはいいものの、相手はいっこうに消耗した様子を見せず、むしろ新たな死体をどんどんと補充しているのでは、と推測されるほどに無尽蔵であった。あまりにも数が減らない、倒しても無為と思われるほどの数を誇るかれらを前にして、傭兵たちの中には逃げ出していくものもあった。


 疲労ばかりが蓄積し、騎士のひとりがわずかな隙を晒したところで「それ」が現れた。


「あれは蠱毒の術法ではない、……死霊術でもない」


 もっとも強い生命を選び出すという術法は、だからといってあのようにおぞましい生物を作り出しはしない。急激な成長やがらりと見た目が変わるほどの変化があっても、それはあくまで元の姿に準じたものになり、あの化け物は別の術で作られるものである。


 とはいえ死霊術で作るものでも、生命を冒涜するというおぞましさ、腐敗臭を漂わせるという不快こそあれど、造形は常識の範囲にとどまっている。


 多数の生物を張り合わせ、それぞれの機能を重複させることなく活かす手法は「キメラ方式」と呼ばれる。それ自体が別のモンスターに変化することもあって、キメラは弱いモンスターを接ぎ合わせて強くする手段として用いられるのが一般的だった。強いものを使えばそれなりに強くはなるが、ある程度の劣化を見込むか、それとも相乗効果を発揮させる必要がある。


「何をどうやったのやら……」


 突然現れた「あれ」は、彼らの常識から大きく外れた存在だった。キメラでもそれなりにパターンはあり、使い方ごとに定石があるものだ。しかし「あれ」はそんなことなど歯牙にもかけないといった風情で、キメラかどうかさえ怪しいほどに、でたらめなつぎはぎの姿だった。


 がさがさと音がして下草がかき分けられ、ひょいひょいと楽しそうなリズムを刻む大きな尻尾が視界に入る。騎士団が飼っている剱蜥蜴を見ていればすぐに分かることだが、あれは上機嫌のあかしだ。


「む、トカゲ。それは羽尾蜥蜴(ウイングテイル)か」


 樹上生活を営む、黄緑の羽毛で覆われた2.6ルーケほどのトカゲである。草食・果実食なので肉は非常に美味、運よく捕まえればたいへんなごちそうになると言われている。


「どれ、解体を――」

「シュー……」


 仕事を連続で失敗した無能を見るような目で、トカゲはドルトを見る。


「分かった、分かったとも。お前に任せる」


 獲物を解体するときには巨剣状態を保つ必要はないらしく、先端のみをつなげて短剣型に整え、剱蜥蜴は黄緑のトカゲを切断していく。首と尾、手足を落とし腹を開け、臓器のいくつかをちぎりながらかじっている。


「肝は私に……いや、なんでもない」


 ギロッとにらむトカゲは、赤い肝でなく白肝をくわえて渡した。そして、栄養を蓄積しているために脂がのった羽尾も、尻尾を器用に使ってドルトの方へ押しやる。病人は栄養のあるものを食っていろ、という含意を読み取った彼は、素直に焚き火を起こし始めた。


 火がちょうどよい加減になるまで、ドルトは剱蜥蜴の仕草を思い出していた。


 機嫌がよいときは尻尾をそのまま立てて左右に振る。警戒すると尻尾の甲殻をつなげて巨剣状態に整え、さらには鱗を立てて最大切断形態に移行する個体もいる。


「おっと、火加減がちょうどよくなってきたな」


 考えながらやっていた尾の羽むしりを加速し、白肝とほとんど捨ててあるに等しい手足を適当な木の枝に刺して焼く。羽尾は大きすぎて適当な枝が見つからず、焚き火を囲むように地面に置くことになってしまった。


「私のことを仲間だと思っている、か」


 敵意を持つものや殺意を持って接するものに対しては、剱蜥蜴という種族は最初から本気で殺しにかかる。弱さゆえの過激さである。だが、友好関係にあるものに対しては比較的優しくなり、裏切らなければ攻撃を仕掛けることもなくなる。これはモンスターの中でも稀有な性質であり、その愚鈍さを象徴する特徴であるともいえる。しかしながら、それがいわゆる忠犬的エピソードを産むことも多く、この種族がそれなりに強力な番犬として飼われ、親しまれる種族である理由にもなっていた。


 火の通りやすい腕はすぐに焼け、足はもう少し時間がかかりそうだが、白肝もそろそろ焼けるタイミングだ。


「ふう……血は絞ったつもりだが、料理人には敵わんか」


 ひとくちかじって、ドルトはため息をつく。その味は、いつだったか将軍として食べた繊細な料理の味とは比べ物にならない、野性的なものだった。植物食の爬虫類はとても美味なのだが、調理法があまりにも雑なので味を引き出せていない。野営の間に合わせ料理などこんなものである。


「尻尾は火が通らんな。こっちとアバラ周りは干し肉にしておこう」


 絶妙にサシを含んで脂肪を蓄積している尻尾は、大きく平たく膨らんでいる。そこへさらに羽毛が生えているため、生きているときは非常に大きく見えるのが特徴である。調理するときは皮を剥いで薄く切り、一枚ずつあぶって食うのがもっとも美味しいのだが、さすがにそこまでのぜいたくを知るドルトでもなかった。脂肪が原因で傷みやすいため、街で出回ることはほとんどないのも一因である。


「そうだトカゲ、お前は……いや、何でもないぞ」


 干し肉は食うのかと聞こうとしてドルトだったが、見ていない隙にハラワタを食い尽くしているやつにはやらん、と彼は決意する。


「――ところでなのだが、トカゲ。どうやって仕留めた?」


 答えはなく、言葉を聞いている様子もない。


「木の上にいる羽尾蜥蜴だ、木を切り倒しても飛び跳ねて逃れるだろう。鱗を飛ばす剱蜥蜴を見たこともあるが、あれとて届くまい」


 鱗を飛ばすとはいっても、直線軌道であって追尾性はない。とてもすばしこい樹上生活者は、巧みに枝葉を盾にしながら逃げおおせるに違いない。


「しかも、この首の傷……お前の剣に比べて小さすぎる」


 頸動脈に穴を開けている一撃はすさまじい正確性を見せているが、傷の大きさとしてはナイフを刺したほどのものだ。いっぽう彼の尻尾は騎士の剣と比べてもまだ少し大きい部類のもので、獲物の首を刺すどころか一撃で吹き飛ばすことができる。見る限り尻尾に血はついておらず、木を倒したらしい木くずも付いていない。


「……お前は何者だ、トカゲ? やはり、昨日のあの力が……?」




 屍骨飛竜の尻尾はあやまたずトカゲの背中を打ったものと思われた。骨だけであってもかなりの重量を持ち、軽くなって速度の増したそれは致死の威力を持つはずだ。ドルトはトカゲが重傷を負ったものだと考えたが、かれは平気な顔をして尾剣をするりと振るい、屍骨飛竜の股関節をごりりと切断していた。


 ドルトも、かれが何をしたのか正確に見たわけではない。しかし、ほんの一瞬だけ見たものは目に焼き付いている。


紅い(・・)網目(・・)……」

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