2「刃気の目覚め」
(2021/01/01 表現を修正)
独自語に解説を入れるのを忘れてた。
どうぞ。
戦闘による震動がなくなり、食っていた死骸の腐敗具合がひどくなってきたことでトカゲはいよいよ外に出た。外の風を感じたのはつい一日前のことだが、洞窟に閉じ込められたものの中でも最強だったのであろう甲竜の死骸が近くにあったため、それを食うのを優先していたのだ。背中側からどてっ腹をぶち抜く凄まじい傷を受けていたが、トカゲはそんなことには興味がない。
外に出たトカゲは、十日ぶりのまぶしい陽を見た。モンスターとしての爬虫類にはありがちな可変型の変温動物である彼は、本来日光を浴びてから活動するなどという悠長なことはしない。しかし明るい環境や日光は大好きであり、わざわざ全身の鱗を立ててまで日光を吸収している。鱗を立てているのは、そのままだと鉄色の鱗が光を反射しすぎてしまい、吸収した分の熱を閉じ込めすぎるため、デメリットが大きいからである。
洞窟から出た先は開けた崖だったが、すぐに森になっている。だいたいどんなところでも生息できる剱蜥蜴だが、森のような環境の方が望ましい。彼はうきうきと尻尾を振りながら、森に入っていった。
余計な跡を残さないように尻尾をくるりと曲げ、背負っている彼は普段よりやや小さい。そのせいか、彼はその人間に気付かれることなく接近していた。
「ま、待て」
傷付いた鎧を着た、中年の男がいた。携える剣は鈍く輝き、疲労困憊した様子であってもなお強い命を感じさせる。トカゲは立ち止まり、くるりと引き返す。
ややあって、トカゲは果物を持って戻ってきた。
「……すまないな」
ぽいと投げ渡されたそれを受け取ってひとくちかじり、男――将軍ドルト・グリースは剱蜥蜴という生物の特徴を思い出す。
彼らは愚鈍で知能が低く、尾と鱗以外に身を守るものを持たない。そのため「助け合い」という独特の習性を身に付けている。剱蜥蜴は自分たちと同じような大きさで、敵意を向けてこない相手に対してはほぼ攻撃を仕掛けず、傷を負って動けなければ助けることもある。番犬代わりに飼われることがあるのも、その習性のためである。
精がつく代わりにひどく濃いザスの実はよいセレクトではないが、会話を理解することもできないトカゲにそれを求める方が愚というものだ。近くにいくらか生えているのであれば、逃亡中の食料とするのも良いだろう。
「魔将軍のアンデッド使いに負け……こうして生き恥を晒している。屍骨飛竜など、そう簡単に用意できるものではなかろうに……。走竜骸や甲竜骸まで――いや、愚痴を言ってすまんな。どうやってあんなものを」
からくりは簡単で、魔物を集めて殺し合わせた際に出た死骸をアンデッド化しているだけである。それなりに強力な生物であっても、死んでいればアンデッド化は難しくない。
「どうにか逃げ延びたが……ここもまだ魔王の領地、逃れるのは……」
久々の食事と、トカゲが近くにいるという安心感からか、ドルトは倒れ込み、眠りに落ちていった。
ザスの実は栄養が多量に含まれているため、トカゲの方もひとしきりかじったあと、満足げに横になっている。がさり、という大きな音に尻尾をピンと立て、トカゲは目を大きく開いて素早くあたりを見まわした。
そこにいたのは、いやなにおいをさせている走竜だった。アンデッド特有の、死のエネルギーを充填された「終わり」の匂い。ただ死をばら撒くためにしか存在できないものの、苦痛に塗れた死を物語る悪臭である。
「ギジュウッ!」
飛びかかった走竜骸は、ぞりん、と異音を響かせて斬断された。瞬く間に死のエネルギーが抜けて行き、骸は死へ還る。無理に活かされた反動で肉が焼き尽くされ、残ったのは灰と少々の骨に変わった遺骸だけだった。
『ほぉう? ひどく手際がよい処理だと思ってみれば、タルクの作った改造モンスターですか。相も変わらず愚鈍な生物をいじるのが好きですねぇ、まったく』
声は骨から聞こえているわけではなかった。
『こっちですよトカゲ君。君の親も隣にいますが』
森の中で、木々の隙間に小型の鳥が無数にざわめいている。その中の一羽が、ぴったりとトカゲを見据えていた。
森の中から遠く離れた魔王城、監視用の部屋にて、タルク・ザーンは不機嫌だった。
『おや、誰かと思えば虫けらをいじくりまわして遊んでいる研究者さまですか』
「死体を冒涜する以外に能がない腐乱死体がよく言う」
『死んでいればここにはいませんがねぇ?』
「私が研究しているのも虫けらではないのだがね」
魔将軍ゾンバァロ、アンデッド使いで有名な蘇生死体である。
『今回の蠱毒は成功ですか』
「結果は失敗だが経過は上々だ」
不機嫌ながら、情報を隠すようなことはしない。研究者としてはどちらも同じ志を持ち、互いに役に立つ情報が入ることもあるからである。
「……ドルト・グリースの追撃によくこれだけ注力できるな」
『テケリさんが回収した死体を使わせていただいています。まあ、今回のものは緑等級が最高でしたので使う気はありませんが……どうしたのです、予算不足ですか?』
「予算は潤沢だとも。使いどころを間違えて、双命核を百ほど発注してしまってね……今回の蠱毒は“可能性の選択”ということになった」
『ほう。私もそれには興味がありますねぇ』
双命核は彼らの戦闘スタイルに応じた力を与える。そして、ひとつよりも多い命の力は彼らを他の追随を許さないほどに成長させる。
「今回、五体の素体が手に入った。これらはそのまま成長させるつもりだ」
『ほう。いつものように出荷はされないと』
闇球ことダーク・ストレージを蠱毒に使用している理由は簡単、『加工』しやすいからである。
「おっと……そう言っている間にもアンデッドは蹴散らされていくな」
『明確な弱点がありますからねぇ。改造されて黄緑あたりになっている彼であれば……。それに、あの液能』
「いや、あれは液能ではない」
『知っているのですか?』
ゾンバァロが指したのは、一瞬だけ尾が大きくなっている現象のことである。
「あれは、戦闘に優れた剱蜥蜴なら誰でも知っている方法だ。鱗を逆立てて、斬る瞬間だけ切れ味を大幅に増幅している……微細なノコギリ状の刀になり、表面はヤスリのようにざらざらになって傷跡もひどくなる。鱗を立てる排熱機能の応用だな」
『なるほど……ん? ちょっと待ってください、今のは?』
ちょうど見ていなかったところらしく、タルクは画面を注視する。
『――これです』
「見たことがない力だな。これが双命核で生まれたものかもしれない」
見たところ彼は何もしていない。しかし、相手は確かに傷付いていた。
「ところでアンデッドがぞくぞく減らされていくが……」
『まあ、粗製濫造の屑アンデッドたちですから。アンデッドもキメラ状態にはできるので、ただ弱いものを量産するだけではありませんよ』
心底嫌そうな顔をしたタルクに、ゾンバァロは大笑した。
『なに、アンデッドに全力を出させるのも酷な話。体力を殺ぐのが目的ですよ』
「手柄は他へ渡す、か。変わらないな」
『ところで実験体のうち、すぐに回収するべきものはいませんか?』
「気が早いぞ、ゾンバァロ。少なくとも数年経たなければ」
魂を持つ生物の中でも、魔将軍たちモンスターの寿命は長い。本来の蠱毒とは実験体を募るようなものではなく、自然の中に起きる異常現象の名前である。それは国家のぶつかり合いであり、サメの仔が喰らい合うでもあり、草が草を駆逐するでもある。その中で生き残るものには支配者の力が宿るとされ、それが国家の象徴とされるようになったことが蠱毒という実験の形象的意味だった。
「強者は喰らい合う。生き残るものが歴史に刻まれる。それが自然の摂理だ」
『奇妙に詩的なことを言いますねぇ、あなたらしくもない』
「竜児が混じっていやしないかと思っていたのさ」
『……期待しすぎですね』
ゾンバァロは、タルクの言葉を一笑に付した。
1ルーケ=75センチ。トカゲくんは1メートル50センチということで。オオトカゲとしてはそこまで大きくない部類(尻尾がデカすぎるので、体は小さめ)ですね。にしてもルーケ・メートル変換めっちゃめんどくさい。「.6」が登場したらだいたい2の倍数で切りがいい、4以上の偶数ルーケは奇数メートルと覚えておくといいかも……作者的にも。
トカゲくんの能力1「鋭変」
尻尾が硬質化、刀のような形に進化した「尾剣」。その尾剣に並んでいる鱗をさらに一直線に整えて切れ味を増し、剣としての性能をより上昇させること。尻尾の扱いを親から教わった剱蜥蜴ならだれでもできる。独学でやってるやつもいる。切れ味はほぼ倍になるため、これがあるとないでは脅威度がまったく変わってくる。