和幸の過去
ご無沙汰しております
プロローグ1を追加しています
少しずつ内容も修正していく予定です
「俺達の父親は術師で、仕事柄上っ面が良くてさ・・・何人かいたうちのパトロンの娘と結婚した。それが兄貴の母親だ」
術師というのは人外の力を扱う専門職だ。公にはなっていない存在だけれど、知る人ぞ知るというヤツで、力の強さに比例するようにパトロンが付く。
和幸達のお父さんはパトロンが数人付くような力の強い術師だった、ということだ。
「・・・私達“巫女”もパトロンと結婚する人、多かったかも・・・」
「ああ、そういや、里乃の実家は神社だったな。それも“ホンモノ”の」
そう、私の実家は天神を祀る神社で、その天神の末裔とも言われている“ホンモノ”の“巫女”だったりする。
「うん。まぁ・・・私のお父さんはパトロンじゃなかったけど」
「まぁ、そういうこともあるさ。歳が合わなかったり、婚姻関係を結ぶ必要がなかったりな」
私は頷いて、その言葉を肯定する。
能力第一を掲げる巫女は添い遂げる相手を選ぶ。無能力者を無意識に避けるのだという。もちろん、意識的に避けている人もいるようだけれど、大体惹かれるのは“見鬼”の才能を持った人が多い。
「――お父さん・・・ばっちり、見える人だったもんなぁ・・・」
思わずしみじみと呟くと、和幸が苦笑する。
「それはそれで、苦労してそうだよな」
「それが、そうでもなかったんだけどねぇ・・・それはともかく、志貴さんのお母さんはどうなったの?」
「ああ、で、兄貴の母親はヤツに惚れこんで結婚したんだけど、兄貴を生む頃にはヤツの本性に気付いて・・・兄貴を置いて出て行ったんだ」
「そんな・・・」
「自分1人が逃げ出すので精一杯だったんだろうさ。・・・で、乳飲み子の世話なんて出来なかったヤツは信者だった俺の母親に目をつけた。そして兄貴の面倒を見させるためだけに結婚をしたんだ。
そのあと、俺と妹が生まれたんだが・・・俺の母親も早いうちにヤツの本性に気付いてたんだよな」
でも、志貴さんのお母さんと違って逃げることを選択できなかった和幸達のお母さんは、そのまま子ども達の世話と和幸達のお父さんの世話を続け、苦労が祟って和幸が15の時に亡くなったのだそうだ。
唐突に始まった和幸の過去話は重い。奥さんが逃げ出すような本性ってどんなものだったのだろうか。しかも、2番目の奥さんは苦労が祟って亡くなっている。ただ子どもや夫の世話をするだけで亡くなる人などそうはいないだろう。
「・・・ヤツは術者としても最悪だった。不老不死の研究に没頭していて・・・最初に犠牲になったのは兄貴だ。それに失敗すると次は俺の番だった・・・」
不老不死、そして、犠牲。
同じ人外の力を扱う者として、その言葉だけでどのようなことが行われたのか理解してしまう。さーっと血の気が引いていくのが自分でもわかった。
私の顔色が変わったことに気付いた和幸は目を細めた。
「そっか、里乃には説明は必要なさそうだな・・・」
「・・・うん・・・」
不老不死は術者と名乗る者達の永遠の研究テーマだ。そして、巫女は・・・その後始末をしている。
「巫女は術者のしりぬぐい、やってるもんな。・・・兄貴が犠牲になった時に一度、巫女が忠告をしに来たことがある」
それでも、和幸のお父さんは研究を止めなかったのだろう。
「・・・悔しかった、ね?」
「ああ・・・志貴に連れて来られたときに感情を爆発させちまったのも、ここに連れて来られたショックじゃなくて実の父親に殺されたって事実がそうさせたんだろうな」
「そっか・・・」
「・・それからずっと俺達は・・・ヤツを追っている」
「・・・今も?だって、もう、200年近く前の話でしょ?」
見た目が若いからといって勘違いしてはいけない。和幸達は古株の中の古株だ。
「ヤツは不老長寿の身体を手に入れた。俺達を生け贄にしてな。・・・だから今も生きてるんだよ。志貴はあの通り閻魔の補佐をやってるから自由に動けないが、俺は現役の死神だからな。ヤツを探すことが出来る・・・その為に面倒な役職を今まで断ってきたんだ」
和幸の怒りが伝わってくる。私は思わず和幸の手をぎゅっと握りしめた。
「・・・和幸」
「・・・怖いんだ。このまま本当にヤツを憎み続けていくのかって。200年も前のことなのに憎しみが消えない」
どんな気分なんだろう。ずっと誰かを憎み続けるというのは。
私は、和幸の手をぎゅっと握りしめる。
「うん・・・怖いね」
和幸が私を見下ろす。少し戸惑った表情だった。
「誰かを憎み続けなきゃいけないなんて、怖いよね。・・・でも、忘れられないほどショックだったんでしょう?実のお父さんにそんなコトされて・・・」
「ああ・・・ショックだった、まさかと思った。兄貴は病気で死んだのだと思っていたんだ。あの時はまだまだ子どもで、真実を受け入れられるほど大人じゃなかった。・・・自分の番になってようやくヤツの本性を知ったんだ・・・身をもって、な」
「誰かを憎み続けるのは和幸にとって良いコトじゃないだろうけど・・・私で良かったらいつでも愚痴を聞いてあげるわよ」
これで良い。和幸は善悪を問いたいワケじゃない。誰かに聞いて欲しいんだ―――父親を憎み続ける自分への恐怖を。
だから私はそう言って和幸の手をポンポン、と軽く叩いた。
「・・・さんきゅ」
和幸はわずかに口元を弛ませて苦笑いした。爺孫どころか先祖子孫レベルで歳の離れた小娘に慰められたのだから当然だろう。
「やれやれ・・・里乃を慰めてやるつもりが、こっちまで慰められちまったな」
「良いんじゃない?下手に人生経験がある人に相談しちゃうと深刻になっちゃうよ?」
「ふっ・・・まぁな。・・・よし、じゃあお互いに気が済んだことだし・・・俺は部屋に帰るな」
和幸はそう言って立ち上がる。
「うん。おやすみなさい。・・・ありがとう、和幸」
「こっちこそ、ありがとな・・・おやすみ」
部屋を出て行く和幸の背中をじっと見つめながら溜息をつく。今夜は本当に眠れそうにない。




