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RMT’ 彼女の長い一日

RMTはカズキの一人称で進めてきましたが、表現的にムリをしている部分が出てくるのと、私の未熟さから三人称視点をくわえていこうと思います。

三人称視点の話は頭にRMTに『’』をくわえた形にしていきます。

よろしくお願いします。

 その日は朝から妙だった。

 設定したはずのアラームが鳴らず、気付いた時には、いつもよりだいぶ遅い目覚めだった。

 慌てて鏡の前に立った彼女は自分の髪の状態を見て、さらに顔を青くした。

 彼女の黒くて長い髪は強くてしなやかなぶん、癖が付くとなかなか取れない代物だった。

 そのため夜のケアは怠ることは決して許されず、昨晩もしっかりと念入りにしたものだ。もし変な癖が付こうものなら、30分や1時間で立て直すのは難しい。そのことは、当事者である彼女が一番よく知っていた。

 それなのに今日の髪と来たら、妙なところで一本力強く盛り上がっている。

 いわゆるアホ毛と呼ばれるその髪は、頭の中央でピョコンと立ち、彼女が何度手を加えようともそこはボクの指定席だと言わんばかりに、席を譲ろうとはしなかった。

 いっそ切ってやろうかと本気で考え、はさみに伸ばした手は、そばにあったデジタル時計の時間を目撃して硬直した。

 時刻は、8時15分。朝のホームルームまであと20分しかない。

 彼女の大きな瞳がグルグルと渦を巻くように回転し始めた。

 大慌てで着替えを済ませ、ずいぶん重そうなカバンを抱えた彼女は靴を履いた扉の前で、はたっと立ち止まった。

 視線は下駄箱の上に注がれている。

 そこのは、小さな写真立てが置かれていた。なかでは妙齢の女性が、優しく微笑んでいる。

 彼女は大きく息を吸い込むと、敬礼に似たポーズを取った。


「一ノ瀬由紀恵、行ってまいります!」


 写真の女性に力強く挨拶を済ませると、彼女は飛び跳ねるようにして扉を抜けていった。


*****


 ユキエはいま、あまり顔を合わせたくない人物が2人いる。

 ひとりはこの学園の長であり、校長をしている男だ。妙なことでもない限り顔を合わせる必要のない人物であり、ユキエ自身が気を付ければ、たいがいは回避できる。呼び出しでもなければ、教員たちの集まる区域に足を向けなければいい。

 だが、もうひとりは、おなじクラスにいる男子生徒だ。顔を合わせたくなくとも必然的に会うことになる。

 見ないように意識すればするほど、逆に目に入ってくるようで、ユキエの視界には彼だけが特別大きく映っているように感じた。

 その男子の周りは自然と空洞ができており、周囲も彼を避けていることがわかっている。

 今のユキエに彼を同情する気持ちはなく、むしろ彼がそのように孤立する要因にユキエ自身が一枚かんでいた。だが、そのことが一層彼を彼女の中で際立たせ、今まで自然にできていたはずの無視をどうやればいいのか、思い出せずにいた。

 ホームルームを終えた教室でユキエは、朝から跳ね続けている髪を押さえながら机の上で深くため息を吐いた。


「言い出しっぺの一ノ瀬さんが一橋くんを意識してちゃ、ダメじゃないっすか」


 前の席に座る少女が、体を反転させてユキエに声を掛けた。

 その声は言葉とは裏腹に、批難めいたものを感じさせなかった。

 栗毛に軽いカール掛けた短い髪の少女は、同じ色の茶色い目を細め、妙に艶っぽい笑いを作っている。

 前の席の少女――赤城諒子あかぎりょうこは、顔立ちは幼い感じで場合によってはユキエの守備範囲に入っても良い少女であった。

 だが、彼女は早々に彼氏を作り、現在も順調に交際を続けている。純粋な異性愛者である。なにより、赤城はユキエより若干背が高い。その事が、赤城に興味をそそられない要因にもなった。

 赤城は、その長身を買われバレー部に所属している。屈託のないスポーツ少女である赤城は、ユキエにも気さくに話しかける高い度量を持っている。

 ユキエはそんな赤城に対し、少し強めの口調で言葉を返した。


「赤城さん、それは誤解です。私はカズキの事なんて気にしてません」

「え~そうなんすか? 頭なんか抱えちゃって、恋に悩む美少女って感じっすけどね」

「ムッ! これは、今日髪のセットが間に合わず、跳ねてしまっているのを押さえているだけです」

「ふへー、そうなんすか。『クラスの女子全員に協力をあおいでまで一橋くんを孤立させてるのに、全然助けを求めて来ない。どうしよう!?』って思い悩んでいるようにしか見えなかったすけどね」

「ちょっと、あんたねぇ……」


 髪から手を離し握り拳を作ると、押さえられていた髪がピョコンと元気に跳ね飛んだ。

 赤城は、その様子を見てプッと吹き出し、口元に手を当てニヤニヤと猫のような笑い方をした。

 

「一ノ瀬さんも素直になったほうがいいっすよ。恋って素晴らしいっすから。ウチも今彼氏とラブラブで、ちょー幸せっす。せっかくこの学園にいるんだから、楽しむべきっすよ」

「誤解しないでちょうだい。私はカズキの事なんて好きじゃないの。むしろ、あんなやつ早くいなくなって欲しいくらいよ」

「またまた、素直じゃないんだからぁ~」

「違うっていってるでしょ!」

「じゃあ、誰がいったい好きなんすか? いったいどんな男性が好みなのか教えて下さいよ」

「そ、それは……」


 どんな男性が好みと聞かれても困ってしまう。

 男の人全般に興味が持てない。むしろ、その顔立ちにあまり覚えがない。

 欧米人がアジア人の顔の区別が付かないように、ユキエにとって男どもの顔は、よほど個性的でもない限り、区別があまり付かない。

 興味や意識を持って見ていない相手のどこが好きなのかと聞かれても、何も思い当たらない。

 ユキエは言葉に詰まり、苦い顔をした。

 赤城の反応は早かった。ユキエのその表情を読み取り、何か得心したようすで「これは、これは」と呟いた。


「やっぱり噂――というか、あの話は本当なんすね」

「な、なによ」

「一ノ瀬さんは、女の子が好きな人なんだって噂っすよ。実際どうなんすか?」

「そ、それは何というか……」


 ユキエはやはり言葉に詰まってしまう。

 最近自分の行動が暴走気味だとは自覚していた。

 ノノカがあまりに自分の好みにマッチしすぎていたために、欲望が押さえ切れていない場面がしばしばある。

 薄々周りの人間にも、気付かれているだろうとは思っていた。

 実際、あの疑似パートナーゲームで、カズキが法馬にそれっぽいことを耳打ちしてしまったために、あれだけの大人数だ、勘のいい人間にはわかってしまったのだろう。

 だが、ユキエとしては、できればその噂が広まることは避けたいところだった。

 母との約束のため、この学園をなんとしても卒業しておきたい。

 ユキエとしては、否定しておきたいところだ。だが、ここで否定し始めるとまたカズキの話に逆戻り、どちらにも話を持って行きにくい。

 電子黒板の上に設置されている時計は、カチカチと足下を確かめるようにゆっくりと進んでいる。

 授業開始を告げるチャイムの音が鳴る気配はまだなかった。


「個人的には、一ノ瀬さんが女の子好きでも構わないと思うんすよ」

「えっ、どうして?」

「だって、こんな綺麗な人がライバルだって思うより、別の領域の人だって思えた方が楽っすからね。彼氏持ちとしては、彼が取られる心配がないって方が安心できるんすよ。女子の中にはそういう意味で、一ノ瀬さんを好いている人いると思うっすよ。まあ、自分の身の危険があると思うと、怖いっすけどね」

「あのね。私にだって好みがあるのよ。誰彼構わずなわけないでしょ」

「あれ? それってつまり、女の子好きってことを肯定するって事っすか?」

「なっ! 言葉のあやよ。売り言葉に買い言葉ってのがあるでしょ」


 赤城はふふふっ~んと、鼻を鳴らして面白がっている。

 ユキエは跳ねた髪をクルクルと回し、鼻息混じりのため息を漏らした。

 ここでやっと、授業を告げるチャイムが鳴った。

 前に半身をひるがえした赤城は、何かを思いついたようにもう一度ユキエに顔を向けた。


「そういえば、一ノ瀬さん。バレー部の先輩に、一ノ瀬さんみたいに女の子好きな人がいるんすよ。今度紹介しましょうか?」

「ちょ、ちょっと赤城さん、なに言ってるの! 変なこと伝えないでよね!!」

「冗談っすよぉ~」


 赤城は猫のように話題を気ままに切り上げると、鼻歌を歌いながら前を向いた。

 ユキエは前髪をくしゃりと握り、頭に強い重みを感じた。

 アホ毛はまだ立ったままだった。


*****


 妙な感じは続いていた。

 朝から元気に飛び跳ねた毛は全然治る気配がない。

 その毛は、まるで意志を持つように特定の方向を向いているようで、その毛が示す方向に向き直ると、計ったかのように、そこにカズキの姿があった。

 昼休みの時間もそうだ。

 ここ数日の間、立て続けにカズキが昼休みの時間に姿を消していることにユキエは気付いていた。

 またカズキのあとを追ってやろうとも思ったが、今朝方の赤城の態度を考えると、ここでカズキを追おうものなら「やっぱり一ノ瀬さんは!」などと、目を輝かせて言い出しかねない。

 ユキエは、歯を食いしばって追うのを止めた。

 アホ毛に集中力を奪われながらも、午後の授業は滞りなく終わり、ユキエはクラスの人間と当たり障りのない会話を済ませ、帰ることにした。

 アホ毛は未だ収まるつもりはないようだ。

 カズキの姿は、もうユキエの視界から消えたというのに、アホ毛は妖怪アンテナのごとく何かを探しているようだった。

 ゆらゆらと視界に垂れる長い髪の毛。ユキエの怒りが頂点に達した。

(だぁー、もう! こんなもの、とっとと切ってやる!)

 廊下に出たユキエはアホ毛を鷲づかみにし、カバンから取り出したハサミを髪の毛にあてがった。

 ユキエの奇妙な行動に周りは目を丸くする。ヒソヒソとささやき声が、ユキエの耳にも届いた。

 ばつの悪くなったユキエは、カバンを拾い上げると逃げるように校内奥へ走って行った。

 階を上がり、人気のないところまで来て、立ち止まる。

 静まりかえった校内は、夕日色に染まり物寂しげな雰囲気を漂わせる。

 今一度髪の毛を掴み、その根元にハサミをあてがった。

(こんな場所に長い髪の毛が数本落ちていたら、怪談にでもなるかな)

 イタズラを楽しむ子供のような気持ちになり、ユキエはふふっと笑いが零れた。

 そんなユキエの背後で、急にドサリと何かが倒れる音がした。

 驚きのあまり力が入ってしまい、ざっくりと髪が切れる。ハラハラと髪の毛が廊下の床に散乱した。

(な、何事!)

 辺りをキョロキョロと見回していると、少し離れた空の教室から人の声が漏れ聞こえてきた。

 足を音を立てないようおそるおそるユキエが中をのぞき込むと、そこには

(カズキと――サヤ……!)

 さえない表情のカズキに腕をつかまれ、長い髪の毛を大きく広げたサヤが床にへたり込んでいる。

 放心状態のように表情のないサヤは、うつろな目でカズキを見上げていた。


「じゃあ、私とちょっとの間、付き合ってくれない?」


 ボソリと呟いたサヤは、ポケットから生徒手帳を取り出してカズキに見せた。

 それが何を意味するか、ユキエにも理解できた。

(なに、それ。付き合うって、パートナーになるってこと。恋人になれって事?)

 カズキがゆっくりとサヤの生徒手帳に手を伸ばしていく。

(どういうこと? あなたたちが付き合うって、あり得ないじゃない!? カサネくんは、ノノカちゃんは。いったいどうなってるの!?)

 じっと二人を行動を見詰めるユキエは動けずにいた。

 ただ目の前の二人が、何をしでかそうとしているのか、見続けざる終えなかった。

 静寂に、鼓動の音が聞こえた。

 おびえるように早まる心臓の音が、ユキエ自身の耳に届いていた。

 ぎゅっと胸元を掴み、心臓を鎮めようとした。だが、心臓はそれをはね除けようとするように鼓動はさらに上げていく。

 息苦しい。

 ユキエの呼吸は間隔を狭め、絶えず息を吐き続けている。

 あと数ミリでカズキの手がサヤの生徒手帳に届く。

 ユキエの胸が張り裂けそうになったその時、


――ピピピッ、と電子音が鳴り響いた。


 メール着信音。その音はユキエの生徒手帳から発せられていた。

 ハッとして、ユキエはその場から駆けだした。

 ユキエが顔を伏せて駆けだした瞬間、二人の顔が向きを変えた。

 姿は見られなかった。

 すでに呼吸困難者のように息を絶え絶えとしたユキエは、人気のない廊下の端で床に倒れ込んだ。

 ぜぇぜぇと息を漏らし、つばを飲み込む。

 廊下に突っ伏したままユキエはポケットから、生徒手帳を取り出した。

 一件のメールが届いている。

 酸欠でぼんやりとした頭のままで、ユキエは生徒手帳のロックを外し、メールを呼び出した。

 そして、その文面が目に飛び込んできたとき、ジンワリとその瞳に涙が溢れ、怒りで握りつぶした生徒手帳がミシリと音を立てた。


「クソッ……やっぱ最低だよ。このくそ親父……」


『至急:一ノ瀬由紀恵および一橋一樹両名は、速やかに校長室に来るように』


 校長直属の呼び出しだった。

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