44 なにが悩みなんだ?
「んで、ジュンくんは、姿をくらませたってわけね」
やたらと楽しそうにサヤはそのことを強調した。
ムスッとして俺は「そうだよ」と短く返すにとどめた。
あれから、二日も経たずにサヤから再度呼び出しのメールが届いた。
前回と同様、学園のゴミ捨て場と見間違えるような裏山で俺たちは密会(?)を行っている。
今回も、昼食をおごる条件でサヤの呼び出しに応じた。
すでにサヤの準備した俺への貢ぎ物は食べ終えており、今はなぜかオマケと称して手渡された棒アイスを二人で食べている所だ。
やたら気前がいいじゃないかとツッコミを入れると、サヤはテレもなく「今日はそう言う気分なの」と、笑顔を見せた。
わけワカメ。
俺はアイスを一口なめてのどを潤すと、胸のもやもやをぶちまけていた。
「どうもおかしいんだ。教師もジュンが来てないことを黙認しているみたいだし、なにより寮にも戻ってきている気配がない。あり得るか、そんなこと?」
「確かに不思議だね。学園から完全に姿をくらますだなんて。でも、生徒手帳からジュンくんの名前が消えたわけじゃないから、退学とかにはなっていないんでしょ? 何かしら意図があってやってるんでしょうね」
「だろうな。ったく、ヤツはことごとく始末におけねぇ」
「ねぇ、もしかしてさぁ」
短く含み笑いをしたあと、サヤは俺の顔を下からのぞき込むように眺めてきた。
「――ジュンくん。今は、ノノカちゃんと一緒だったりしてね」
「はぁ? なんでそうなる」
「だって条件がよく似ているじゃない。姿を見せないところとか、教師が黙認しているところとか。さすがに、ノノカちゃんは寮には戻ってきているけど、一人部屋だしね。同室者がいないのならば、本当は寮に戻ってきていなくてもわからないわけだし。よく似ていると思わない?」
「まあ、そうだな……」
なにを言いたいのかわからず、俺は困惑気味にサヤの言葉に同意をした。
ニヤニヤと、なお一層サヤはゲスい笑みを深める。
「いいのかなぁ、そんなに余裕で」
「どういう意味だよ?」
「ノノカちゃん、ジュンくんに取られちゃうんじゃないの。ちゃんとキープしておかないと、知らないよぉ~」
「はっ、なに言ってやがる。んなことあるか!」
振り払うように拳を高く持ち上げた。
サヤは、
「へへっ、あったりませよ~だ」
と、大げさに避けるような素振りを見せる。
屈託のない笑顔で、サヤは裏山を飛び跳ねた。
「人の心配より、お前は自分の心配しろってんだ。どうせまだ進展なんかねぇんだろ?」
「むっ! なんだよ、カズキのくせになまいき」
サヤは、つややかな頬をプクッと膨らませた。
お前の相談に来てやってんのに、なんで俺が心配されなきゃならんのだ。
あたまを掻いてため息をつく。
サヤは、そんな俺の様子を見て目を細めている。
余裕ぶっ込まれているようで気分が悪い。
「マヤやユキエには、どう説明するんだよ?」
「いや~それについては、まったく思いつかなくて……むしろ状況としては、悪化の一途を辿っているような……」
「はぁ!?」
もじもじと顔を赤らめ、サヤは指先をチョンチョンと突き合った。
「なんか、カサネくんのことをより意識するようになっちゃって。前は自然にできたことが今は、むしろできなくなったというか……」
「具体的には?」
「手を繋いだり、目線を合わせたりとか。前はできたんだけど、今は緊張しちゃって……。震えてきちゃうんだよね、自分でもわかるぐらい挙動不審……」
「おいおい……」
うっすらと目元に涙を浮かべながら、サヤは力なく笑う。
ホントどうしようもないな、この子。
「な、何でだろう。あたしだってさぁ、少女漫画たくさん読んで、色々シミュレーションは重ねたつもりだったんだけど。手が触れただけで、こんななるだなんて思ってもみなくって……」
「色んな事におびえすぎなんだよ。ほんのちょっと前まで、BL本を忍ばせるぐらい度胸持ってたじゃねぇか、勇気出せよ」
無責任この上ないと思いながらも、サヤに発破を掛ける。
実際、どうするかはこいつ次第なのだ。
サヤは、不機嫌な表情で口を尖らせた。
「あれは――不可抗力だよ。それにあの本は、あたしのじゃないし」
「あっ、そうなの」
「マヤに無理矢理読まされたのが紛れ込んでたの。実際、あたしは男同士やつ、あんま興味ないし」
「フッ、嘘だな。この世にBLに興味のない女子などいない!」
俺はドヤ顔を決め、サヤの虚言を粉砕した。
……つもりだったのに、ビックリするぐらいサヤの反応は淡白で「ああ、そう」と片付けられた。
「あ、あれサヤさん、それだけ?」
「程度の問題でしょ? あたしは積極的に集めるような気持ちはないけど。それがなに?」
「あっ、はい。なんでもないです」
愚息もションボリ。あっ、いやションボリする必要はないのだけど。
なんだか、ずいぶんと肩すかしを食らった気持ちがするのは何でだろう……。
「マヤは……ホントどうするんだろう」
「BL本のことを?」
「違う! っていうか、その話題から離れなさいよ。バカじゃないの?」
「はい、すみません」
サヤが汚いものでも見るように、俺に視線を向けてくる。
ゾクゾクする! いや、嘘です。
深々とため息をついてから、ポツポツとサヤは語り始めた。
「マヤの中で、なにかが壊れかけているんだと思うの。それが心配で。そうじゃなきゃ、『別れてみなさいよ』なんて絶対言わないもの……」
「どういうこった、そりゃあ?」
「あのときは、本当に怖かった。『アイドルが誰か一人に本気になるだなんて、許されない。アイドルは、ファンのための存在として生きなくてはいけない』んだって、すごい剣幕で……」
「へぇ~」
マヤがそんなに自分たちのアイドル活動に熱心だとは思わなかった。
「マヤは、結構追い詰められているんだよ。ジュンくんと偽装パートナーを組んでいないし、どこの部活に入っているわけでもない。ユキエみたいに生徒会とかに所属しているわけでもないし、ノノカちゃんみたいに成績上位者ということもない。条件としてはカズキ、あんたとほぼ変わらないの。ううん、カズキにはノノカちゃんがいる分、あんたの方が、マシかもしれない」
今更ながら、気付かされる。
ポイント的な考え方をすれば、俺より下だって事はないだろうが、条件的には確かに似たり寄ったりだ。
マヤは何かしらの優位に事を進められるような条件を持っているわけでもないにも関わらず、未だパートナーを選択しないでいる。
俺らの中で自然に決まったカップリングとして、ジュンとマヤという組み合わせがあった。だが、ジュンは、いま姿をくらましている状態だ。
マヤには、組めるパートナーがいない。
もちろん、別の男子生徒と普通にパートナーを組めば良いだけのことだが、それについては、彼女自身のプライドが見え隠れする。
彼女は、アイドルなのだ。
『アイドルは、ファンのための存在として生きなくてはいけない』。
サヤから口伝えで聞いたマヤの気持ちは、どこか屈折したものを感じた。
「マヤは、この学園のシステムを知ってから、より一層アイドル活動に力を入れるようになった気がするの。恋人がいなくちゃいけないってシステムと反するように、自分はファンのために生きるんだって息巻いて、寝る時間を削って活動をしている。元々あまり体力のある方じゃないのに、ムリをするからどんどん休みがちになっちゃって……」
「マヤが休みがちなのは、アイドル活動のためかよ。それはちょっと白けるな」
俺がぶっきらぼうに感想を述べると、サヤの視線は矢を放つように鋭くなった。
「マヤをバカにすんな! 必死なんだから――自分のためだけじゃない。あたしや、ユキエのお母さんのために事務所を盛り上げようと必死なんだ!」
拳を握り下唇をかみしめるサヤは、本気で怒りを露わにした。
サヤの良いところは、人を本気で信じ、自分自身の気持ちも信頼しているところだ。
だが、そのせいで、自分を客観視できていない部分がある。
休みがちなマヤの代わりに、授業に出ていると語ったことのあるサヤ。それは、マヤにいいように扱われているだけとも取れる。
サヤが本気で怒りを見せているにも関わらず、俺はどこか冷ややかな気持ちでいた。きっとその理由は、俺がこのとき、サヤ寄りの気持ちでいたからだろう。
サヤから、これ以上攻撃的な視線を浴びせられるのに耐えかねた俺は話題を変えたかった。
なにか適当な言葉を探し、頭を掻く。
「ユキエの母親ってのは、オマエらのアイドル事務所の社長か何かなのか?」
「えっ? うん、まあそうだけど……」
「おお、そっか! なるほどなぁ」
俺は、やたらオーバーにサヤの言葉に反応して見せた。
威勢を削がれたサヤは、キョトンと目を丸くしている。
その様子を確認しながら、俺は何度も大きくうなずく。
「んじゃあ、やっぱりユキエもそこに所属してんのか?」
「えっ!? うん、まあ昔はそうだったけど……。ユキエはあまりそういった形で人前に出されるのは好きじゃなかったみたいで、今は違う、かな……」
「あの容姿で、そいつは罪作りなヤロウだな。そういう活動がしたくったって、できない人だっているのに。ユキエのヤツはなに考えてんだ?」
「ユキエに罪はないよ。ユキエは子供の頃、怖い思いをして。それで自分の身は自分で守るんだって、戦う力を手に入れることに必死になって。んで、まあ今はあんな感じに」
サヤの頭にもユキエの暴走行為が浮かんだのだろう。
表情が、いたたまれない苦笑いに変わっていた。
「なるほどなぁ、おもしろい話を聞いた。――おっと! もうこんな時間だ。俺は、先に帰らせてもらうぜ。んじゃあな!」
「あっ、ちょっと!」
逃げるように駆け下りる俺の背中に、サヤの声が追いかけてくる。
「まだ話は終わってないよ。また、今度呼び出すからね! ちゃんと来なさいよ」
振り返らず俺は教育棟へと走り続けた。
*****
相変わらず、俺へのクラスの反応は散々であり、ジュンの失踪も手伝ってか、俺を中心としたドーナッツ現象は、拡大の一途を辿っている。
カサネは、ジュンの失踪について尋ねてくることはなかった。もしかしたら、彼らの間ではなにかしらの、連絡が付いているのかもしれない。
会話に特別な変化は見せなかったが、もとから会話が弾む相手でもないためか、ほんの少し減ったぐらいだった。
反するように、法馬とののりツッコミは多くなっていった。
俺自身が会話に飢えていたというのもあるだろうし、法馬もあまり反応を示さないカサネより俺の反応を見越して会話を仕掛けてくるという感じがあった。
否応にも、法馬との間になんらかの新しい関係性が生まれつつあるのを、俺は感じずにはいられなかった。
ユキエは――法馬を交えて三人で会話した以降――完全な無視を決め込んでいる。
俺という存在を完璧な空白として見なしており、簡単な挨拶にすら反応を示そうとしない。
それについては、このクラスの女子全員に当てはまることで、俺は彼女たちにとっていない存在だった。
ノノカとの勝負として恋人がいない状態をキープする、というにはうってつけではあるが、わびしく寂しい状態であることも確かだ。
仕方なく、俺は席から立ち上がり一度青年の主張を行ってみたりもした。
「せんせーこのクラスにはイジメがあります」
「じ・ご・う・じ・と・く・だ」
俺の背後で、机に座った法馬がボソボソと反応を返してくる。
にゃろう……。
教師も「まあ、とりあえず座っとけ」と事態の風化を待つほかないという態度だった。
やはり、自分の問題は自分で解決しなければならないらしい。
時間はたっぷりあるのだ。対策法のひとつやふたつ考え出してみせる! と、勢いづけながら、今のところ時間だけが過ぎていく。
放課後となり、俺は絶妙なタイミングで寮へと戻ることにした。
絶妙なタイミングとは、つまり誰にも迷惑が掛からないような時間に帰るというだけのことだ。
みな気を遣ってドーナッツ現象維持するため、俺が昇降口にいると帰るに帰れないという状況があるらしい。
ため息ひとつ吐き、俺は人目を避けるようにして教育棟をさ迷うことにした。
生徒手帳の現在位置識別を確認しながら、RPGの敵を避けるかのごとく、生徒たちの合間を縫っていく。
みなが昇降口にたどり着けたか見届けるために、上層階の空き教室から下をのぞき込んだりもした。
なんで俺がこんなに気を遣わなきゃならんのだ、と思いながらも割とこのゲーム感覚を楽しんでいたりもする。
「……おっ」
無造作に空き教室をぶらついていると、俺は珍しい姿を目撃した。
この教室も、この学園らしいムダに多い空白教室ひとつで、自習室として解放されているが使われている形跡をあまり見たことのない場所だった。
その教室の窓際で、長い髪を無造作に広げ、昼間見たある少女と変わらない顔をした人物がたたずんでいる。
夕日に照らされているためか、その顔はどこか憂いに満ちており、目の下にクマのような薄いくぼみが見えたような錯覚があった。
俺が背後から近づいても、ぼんやりとしたその人物は、一向に気づく様子がない。
「何してんだ、マヤ。髪留め外して、サヤのまねか?」
声を掛けられた事でようやく俺の接近に気付いたらしく、振り返った瞬間は驚きを見せていた。
だが、すぐに表情を変え、目と口を月形にしたよく計算された微笑みをマヤは返してきた。
「カズキくんは、わかるんだね。私とサヤちゃんの違い」
「そりゃあ、双子っていっても、髪留めを付け外したくらいで、変身できるほど似か寄らないだろ」
「そうかな? 案外、ばれないことの方が多いよ」
「んじゃあ、俺は特別な才能の持ち主なんだな。褒めていいぞ」
「カズキくんって、変なところで虚勢を張るのが好きだよね」
マヤは力なく上品な笑い方をした。
俺の知り合いでもっともお嬢様らしい振る舞いを身につけているのは、間違いなくマヤだろう。
それはとても作り物じみていて、紙に書いてある行動をなぞっているだけにも見えた。
「ちょうどいい、聞きたいことがあったんだ」
「なぁに?」
「お前、ジュンに女かどうか質問するのが、地雷だって知ってただろう」
「ええ、知ってたわ」
変わらない笑みを浮かべたまま、マヤは素直に肯定した。
「偽装パートナーを組もうって時に、最初に気になったのが、その事だったから。素直に聞いたら、固まっちゃって。そのときに、嫌われちゃったのかもね。それ以降、ジュンくんとの偽装パートナーとの話はどこか曖昧になっちゃったの。まあ、お互い一緒にいない方が行動しやすいからってところで利害一致していたし、互いにそのままの関係を維持していた。それだけのこと」
「それが、オマエらが偽装パートナーを組まずにいた真相みたいな感じか?」
「真相ってほど、秘密にしていたことじゃないけどね」
「知っておきながら、なんで俺にあんな助言をした?」
「単に、ちょっといたずらしたくなったの。ジュンくんが女か、って質問される事が嫌いなことを知っていたし、もしその質問を大好きなカズキくんにされたら、どんな反応を示すのかなぁって興味がわいたから」
マヤは、自分のくちびるに一本指を立てた。
俺はうんざりした気持ちで、腕を組んだ。
「いま、俺の中でお前の株が色々と下がってる」
「そっか、残念。いま一番の恋人候補は、カズキくんだったのに」
「おまえのそういった態度が、今はとても気に食わない」
「そっか。カズキくんにも私は嫌われちゃったんだね。じゃあ、もう私は死ぬしかないかな?」
「は?」
マヤは開け放たれた窓の縁に手をつき、半身を持ち上げた。
窓の外は、飛び降りるには十分な高さがある。
「ちょ、何してんだお前!」
腕を掴み教室に引っ張り込むと、想像以上に軽い力でマヤは倒れ込んだ。
「ふざけるなよ、テメェ。俺の前で自殺なんて絶対にゆるさねぇぞ!」
「痛いよ、カズキくん……」
しゃがみ込んだまま、マヤは力なく漏らした。
俺は掴み持ち上げていた手を離すと、マヤは捕まれていた手を大事そうに胸に抱えた。
「なんか……ちょっと疲れているみたい」
「みたいだな。正直ちょっと、気味が悪いぞ」
「ははっ……だね。これじゃあ、アイドル失格だ」
力なくうなだれるマヤは、サヤと違ってまるで感情を露わにしなかった。
もしサヤなら、震えながらポロポロと涙をこぼしている場面だろう。
だが、マヤはぼんやりと魂のない人形のように、惚けるだけだった。
厄介な事だとわかっていたし、お節介であることは重々承知なのだが、俺は自身を呪いながら自分の口から出ようとする言葉を止められなかった。
「一様――俺らは仲間なんだしよ。悩みがあるなら、力を貸すぜ」
生気のない顔が俺を見上げた。
錯覚だと思っていたクマは、その瞳にしっかりと刻まれていた。
「じゃあ、私とちょっとの間、付き合ってくれない?」
胸ポケットから生徒手帳を取り出し、マヤは黒い瞳で微笑んだ。




