41 なんだ、またか?
「お~い! 来てやったぞ~」
昼休みの時間。
俺は小高い丘の上にある、人気のない用具倉庫近くに顔を出していた。
教育棟から1キロ近くは離れたこの建物は、微妙な斜面に上にあり、木々に覆われ姿を隠している。
季節ごとのイベントにしか使用しないような備品を入れて置く倉庫――の中でも、更にあぶれた本当に粗末な品物をしまっておくようなゴミ置き場みたいな場所。
そうか、まるで今の俺にピッタリだな!――って、当てつけか、あんにゃろう……。
もちろん、俺が用もなくこんなところに来るはずがない。
不躾なメールに呼び出され、大河のように心の広い俺は、快くやってきたのだ。
ほんの数十分前のこと。
0ポイントの俺は、くしくも昼食をとれる状況にはなかった。
俺を、寄生虫でも見るかのように遠巻きに眺めるクラスメイトどもは、俺のことなど眼中にないと、完全無視を決め込んでいる。
そんなヤツらとは違い、さすが事情を分かっている武人のカサネ様と(不信極まりないウサギ野郎の)ジュンは、俺の何気ない会話ぐらいには乗ってきてくれていた。
しかし、こと食事に関してはシビアで、昼休みのなると、さわやかな挨拶だけを残し、早々と食堂へ立ち去ってしまった。
午前の授業を終えた教室には、なぜかぽつりと、俺と法馬だけが残されることになった。
というか、ありえなくね? この状況。
ホモ疑惑の二人をわざわざ、その場にとり取り残すだなんて。
つまり、あれか。
噂の二人の逢い引きの瞬間を捕らえてやろう、見てやろう、薄い本にしてやろう。そういうことか。
正直、このクラスの神経を疑わざるを得ない。
俺はそんなことを考え、げんなりする。
法馬はどう思っているんだろうと気になり俺が視線を送ると、待ってましたとばかりに法馬のメガネがきらりと光った。
えっ? うそ!
まさかこいつ! 新しいモノに目覚めてたのか!?
「やめて! 私に乱暴する気でしょう? エロ同人みたいに!」
「するか、そんなこと!!」
壮大な罵声が耳元に浴びせられた。
ちょっとショック。
――いや、誤解しないでくれる。犯されなくて残念、って意味じゃないよ。
まさかの大声に、ショックを受けた=びっくりしたって意味だよ。
俺が自問自答している横で、法馬はなぜか勝ち誇ったような表情を見せる。
「一橋一樹、キミはここでのたれ死んでいるがいい。僕には秘策がある」
「おっ、なんか良い方法あんの? 俺にも教えてよ、法馬くーん」
「や、やめろ、近づくな! キミになんかに教えるはずがないだろう! シッシ」
薄汚れた犬を追い払うように法馬は、俺に手を振った。
似たような状況なんだから、協力し合ってもいいだろうに。
まあ、その状況に追い込んだのは俺なんですけどね。
フンッ、と鼻を鳴らした法馬は、がに股で教室から出て行った。
法馬も、俺と似た状況なわけで。あいつが一歩あるくたびに、モーセのように人垣が割れた。
授業中は誰もが席から離れられないため、いつも通りの穏やかな状況に見える。
んが、一度自由行動が解禁になれば、学園の人間すべてが俺らから離れていく。
俺らの危険人物としての認知度は、瞬く間に広まっていたのだった。
入学当初の状況に逆戻り――いや、それ以上に悲惨な状況になったなと、俺は肩を落とした。
呼び出しのメールが届いたのは、その直後のことだ。
「しーん」
無反応を示す空間に、俺は自分の声で効果音を付けた。
教育棟からずいぶん離れているためか、草木のこすれる音だけが響いている。
さて、どうするか。
これ以上騒ぐと、目的ではない人物にも聞こえてしまうだろう。
でも、聞こえないなら呼び出すしかない。というか、なんだかここにいると、無性に叫びたくなる。
この丘は、ちょうど中庭が見渡せる位置にある。
そんな中庭では、お弁当を広げたリア充たちが、キャキャウフフと、笑い会っている姿がポツポツと見えたりする。
パートナーゲームを順調にこなしているヤツらは、すでにお昼なんかを一緒に過ごすところまで進んでいるらしい。
ぐぬぬぬっ……この妬み晴らさで置くべきか……。
「ぅおおおぉぉぉぉぉい!」
気付くと俺は、両手を口元に当て大声を上げていた。
女々しく張り上げた俺の声が、下で賑わうリア充たちの中庭に響き渡るようだった。
すると――
「わざわざ人のいない所を選んで呼び出してんだぞ! 大声出すなっ!!」
木々が騒がしく凪いだかと思うと、目的の人物が飛び出してきた。
「ていうか、お前も大概だろ」
「うっさい! 黙れクズ!」
草木の影から現れたのは、長い髪をフワリと広げた双子の片割れ――朽原沙耶だった。
小さな手を力一杯握りしめ、俺を威嚇するように歯をむき出している。
相変わらず、仔犬のようにキャンキャンうるさいヤツだ。
といっても、俺には毛の長いチワワが精いっぱいの虚勢を張っているような、そんな微笑ましい光景にしか見えないのわけだが。
「で、なんのようだ。こんなところに呼び出して」
「だから、その相談が――」
「あっ、ちょっと待った。その前に」
俺はニンマリとやさしい素敵な微笑みで、サヤの前に手を出した。
一瞬マヤはきょとんと目を丸くしたが、呆れたようにため息を吐いた。
マヤは、その手に持っていたビニール袋を俺の前に突きだした。
とっとと受け取れ、と言わんばかりに、無言で袋を揺する。
俺が袋を受け取ると、素早くその手を引っ込めた。
なんだその汚いモノを触らないようするみたいな動きは。
人をばい菌みたいに扱いおって。
俺は口を尖らせ、ビニール袋の中身を確認する。
袋の中には、5個ほどの総菜パンがひしめいていた。
ちょっと少なくないか。
俺が目だけで抗議すると、腕を組んでサヤはそっぽを向いた。
ちっ、まあ今回は大目に見よう。どれどれ、中身は?
おお、これは! エビと卵のオニオンタルタルソース、アボガド入りスペシャルサンド――通称セイリュウ。250GP。
さらにこれは、黒ごまをまぶした米粉パンのホワイトベーグル、生ハムを使用したフレッシュトマトサンド――通常ビャッコ。300GP。
購買パン四天王を2つも選んでいるとは、なかなかいい目をしているじゃないか。
俺は心のなかだけで満足気に頷くと、ビニール袋を自分の懐にしまった。
「あんた、ずいぶん食い意地はってんね」
「悪かったな。こちとら朝飯も食えてねぇんだ。当然だろ」
サヤから呼び出しのメールを受けた俺は、会うための条件を付けた。
過去、この双子に付き合わされ、俺は法馬とカサネの部屋に侵入させられている。
そんなヤツからの呼び出しだ。なにをやらされるか、分かったもんじゃない。
それに、この場面を逃す手はないだろう、と俺のゴースト――もとい、腹の虫が囁いた。
昼食の提供を交換条件とし、俺はメールを返信した。
サヤはあっさり俺の希望を受け入れやがった。
ちくしょう。パートナーのいる奴は、全然余裕ってことですか。
そうですか。
俺は無意識に顎を引いて、サヤを睨みつけていた。
俺の急な喧嘩腰の態度に、サヤは訳もわからず「な、なんだよ?」と少し怯えるように身を縮めた。
「もうパンはないぞ。あたしだって、そんなに余裕ないんだから」
「そんなことないだろ。カサネとうまくいってんだから、余裕のよっちゃんだろ?」
「それは――その、相談ってのは、そのことについてなんだよ……」
しょんぼりと肩を落とし、サヤは目線を下に向けた。
こいつはホント、わかりやすいな。
なんだ、またカサネがわからない、とか言い出すのか。
勘弁してくれよ。
痴話喧嘩を聞かされる身にもなれっての。
「なんだ、またか」
「違う。カサネくんの事だけど、カサネくんの事じゃない」
「はい?」
「マヤが……マヤが私とカサネくんとの関係に気づいたんだ」
「なんだ、それだけかよ」
「なっ! 一大事だろ!? 気付かれちゃったんだぞ!!」
半ギレでうろたえるサヤを見ても、俺はどこか白けた感情しかわかなかった。
双子なんだろ。基本一緒にいるんだろ。だったら、気付かれてない方がおかしいだろ。
「つーか、むしろ秘密だったのかよ?」
「そ、そうだよ。マヤにも、偽装パートナーは順調に行ってるってことで話してたんだけど……。その、この前『カサネくんに本気なんでしょ。どうするつもり?』って訊かれて……」
「なんて、答えたんだ」
「『そんなわけないじゃん。偽装パートナーだもの。いつでも別れられるよ』って……」
「んで、マヤは?」
「『じゃあ、別れてみなさいよ』って……。ど、どうしよう!?」
アホだ。アホすぎる。
青い顔をして必死に訴える姿を見ても、同情する気になれない。
そういえば、マヤとの入れ替わりを演じているらしいが、これだけ本音がわかり易いのに、うまく行ってんのか、それ?
偽装パートナーのギの字も演じられなそうだぞ、こいつの場合。
あのアイドル然とした完璧な微笑みを浮かべられるマヤと、こんな大根役者がよくコンビを組んでいられる。
双子でも、これだけ性格に違いが出るもんなんだな。
しみじみそんなことを思いながら、俺は首に手を当てて考えるふりをした。
「そういう問題は、本人同士で解決しろよ。カサネに話して、一時だけパートナーを解消しましょうって言えばいいだけじゃねぇか」
「そ、そんなことできないよ!」
「なんで?」
「カサネくんは、性格がストレート過ぎるんだよ。そんなこと言ったら、本気で終わりだと思いかねないし、あたしが迷ってるって知ったら、それこそユキエとかに直接暴露しかねないもの!」
笑うのを耐えかねたかのように、俺の口端がヒクヒクと引きつるように動いた。
まあ、確かにカサネは臨機応変に対応するのには、向かなそうだからな。
直接事情をぶっ放して、YES/NOをハッキリさせる方が向いてそうだ。
カサネのヤツ、俺とノノカの関係がわけが分からんとか抜かしておいて、オマエらの方がよっぽど分かってねぇじゃねえか。
うーうー、と頭を抱えてサヤは首を左右に振った。
掛ける言葉も見つからず、やれやれと俺は肩をすくめるほかなかった。
「……あんたたちが、うらやましい」
うなだれたサヤがぽつりと呟く。
「ほとんど、顔を合わせてないのにさ。お互いを信じ切ってる。一緒に行動してる」
「な、なに言ってんだ、お前」
「あんたとノノカちゃんは、なんでそんなに信用し合えるの?」
ぐいっと一気にサヤは顔を寄せてきた。俺はたたらを踏んで後退る。
な、なにをバカなこと行ってやがる。
俺らは一緒に行動なんて出来てねぇじゃねえか。
あいつの行動が分からないから必死に追いかけてるんだ。
必死に寄せようと努力してんだよ、俺だって。
苦悶の表情で硬直する俺を見て、サヤはますます暗い顔をした。
「あたし、怖いんだよ……」
「はぁ?」
「自分の恋心は本物どうか、わかんないんだよ。――カサネくんのことは好きだけど、でも友達を裏切りたくないって気持ちが先立って、大事な友達に、本当のことを話せないでいる。これって、恋人のことより、友達のことを優先してるって事だよね。それじゃあ、やっぱりあたしの気持ちなんて嘘っぱちで、マヤの言う通りなんじゃないかって……」
目に涙を溜めていたサヤが、初めて顔をぬぐった。
強くこすりすぎた目元が、真っ赤になっているように見えた。
「マヤの言う通りってなんだ?」
「あたしがカサネくんを好きだって思うようになったのは、アイドルっていう仕事から逃げるためのいい口実を見つけたからだって。ファンのための存在として生きるのが嫌になったから、この学園のシステムにのっかって、自分を偽っているに過ぎないって……」
本気でポロポロと涙をこぼし始めたサヤを見て、さすがにちょっと胸が痛くなる。
マヤのヤツも結構辛辣だな。
仲のいい双子だと思っていたけど、予想に反して関係は複雑なのかもしれん。
ホントにチワワのように震え始めたサヤを見て、俺もカサネのようにサヤの頭の上に手を置いて頭を撫でていた。
なにやってんだ、俺。
すぐに我に返ったが、撫でるたびに落ち着きを取り戻していくサヤを感じ取り、むげに止めることも出来なかった。
下を向くサヤの表情に、少しずつ赤みが戻っていく。
目を細め安心しきった表情を見せたサヤが、ふぅと軽くため息を吐いた。
ちょ、おまっ――相手、俺だって分かってるよね?
俺が瞬間手を止めると、えっ終わり? と尋ねるように大きな瞳で訴えてくる。
な、なんだよ、その反応は……。
俺が撫でるのを再開すると、サヤはされるがまま、また目を閉じた。
ぐぬぬ、日頃は縄張りを荒らす敵みたいにわめくくせして。何なんだ、いったい。
アイドルで、ちょっとかわいい顔してるからって、誰でも優しくしてくれると思うなよ。
まあ、なんだ――今日は、特別だぞ、特別。
カサネがかわいいと思う気持ちも分からなくはないし、小動物みたいに素直な反応を見せるのも、まあ、俺も嫌いじゃない。
思った以上に、柔らかい感触でさわり心地のいい髪をしているというか、肌をしているというか……。
い、いかんいかん。友達の恋人だぞ。
ちょっといいかな――なんて思うところじゃないだろ、ここは。
でも、まあこういう子が、側にいるとにぎやかで楽しいかななんて、思わなくはないけど。
――――ソ、バニイル?
あれ、こいつの側って、姉のマヤだけじゃなくて、もう一人いるよね。
ちょっとどころか、とても空気の読めない、頭のねじがそれこそ5、6本抜けて、頭部のカバーがぶっ飛んで、別のないかがパイルダーオンしちゃってるような白い花を好むお嬢様が。
その人って、見境なく白い花をお召しになるような人なわけだけど。
あれ?
じゃあ、この目の前にいる可愛らしい小動物も、対象のような……。
まるで漬け物石を頭に乗せられたような不快感が襲った。
俺の顔は血の気が引き、重石のような顔色になっていく。
「サヤさん、つかぬ事をききますが……」
「?」
「いや、答えにくければ、答えなくていい。その――ユキエの百合行為は、双子のお二人にも及んでいるというのか、どうというのか……」
しどろもどろに尋ねる俺に対し、サヤは瞳を大きく見開いた。
くそっ、まずった。せっかく気力を持ち直したのに、訊くべきじゃ――
「ぶっ! あはははははははははっ! な、なにそれぇ!」
吹っ飛ぶようにしてその場に転げると、サヤは腹を抱えて大爆笑していた。
大笑いを続けながら、ゴロゴロと左右になんども転がる。
「ひぃ~、お、お腹痛い。あはははっ! バカじゃないの。なんなのそれ。あり得ないって。クククッ」
転がるサヤは目に別の意味で涙を浮かべている。
ヒイヒイ言いながら、何かに助けを求めるかのように、手を伸ばし笑い続ける。
俺は唖然と眺めているしかない。
満足したのか、それとも疲れてやっと止まったのか、サヤは咳き込みながら立ち上がった。
「あんた本当、面白いね」
まだうっすらと涙を浮かべていたサヤは、指先でそれをぬぐった。
なにがそんなにおかしいのか、俺にはさっぱりだわ。
サヤはまじめな顔に整えると、指を一本立て「いい?」と語り出した。
「あたしたちとユキエは、ずっと一緒に育ってきた、いわば姉妹みたいなもんなの。でも、残念ながら身分というか――立場上、兄弟姉妹なんて名乗ることは出来ないし、お互いそんな風には考えてない。あたしたちは、最高の友達ってこと。わかった?」
「はぁ……」
わかったような、わからないような。
まあ、とりあえずは、ユキエの毒牙は双子には及んでいないという事なのですね。
俺はまだ取り残された気持ちで、サヤの顔を眺めた。
コロコロ変わるサヤの顔は、ついさっきまで泣いていたとは思えない晴れやかな表情をしていた。
「あ~っ、なんだろう。笑ってすっきりした。今悩んでもしかないね。まあ、何とかするっきゃないっしょ。カズキ、とりあえず相談に乗ってくれて、ありがとう」
自己満足したサヤは、どういう意味があるのかVサインを出してくる。
いや、なにも解決してないんですが。
「今日はこの辺でいいや、また相談乗ってね」
「いやいや、もうなんか、これ以上変なこと巻き込まれたくないんですけど」
「ふふっ、それは無理だね。もう、あんたは、あたしたちと離れられないよ」
明るい表情のまま、颯爽とサヤは丘を下へと駆け下りていった。
真一文字に口を閉じた俺は、目を細め肩からがっくりとうなだれた。
まあ、なんだ。
あの表情が見られたから、良しとするか。
不覚にも俺は、サヤの笑顔を思い出し、ほくそ笑んでしまった。
そんな俺らの姿を、木の陰から見ている人物がいたとも知らずに……。




