39 つまり、それって?
「ヤッホー、マル太くん。久しぶりだね♪」
街灯の下に、天使がいた。
いや違った。
その天使はちゃんと地に足をつけているし、白い羽も生やしていない。
美しい髪に現れたキューティクルが天使の輪っかに見えても、あの人は俺と同じ人間だ。
触れることだってできる。
なんて素晴らしい!
「どったの、ポカンとしちゃって。あっ……私のこと、忘れちゃった?」
「いえいえ、滅相もございません。奏ちゃん先輩!」
「ふふっ、よかった~」
金色のミドルツインテールを揺らし、先輩は口元を包み込むようにして笑う。
男子寮へと続く道は、すでに黄昏を越え、闇といっていいほどに暗い。
点々と並ぶ頼りない街灯の下に、先輩は突如として現れた。
街灯に照らされた先輩は、その効果もあってか、初めてあった時より数段輝いているように見えた。
ああ、なんて可愛らしい。
まるで天使のよう。
ただ、先輩は天使じゃない。
天使だったら、性別がなくて済むのに。
でも、天使じゃない。
だから、先輩は男だ。
「どう、ここの生活にはなれたかなぁ」
「いや、まあ――どうでしょう。ジリ貧なもんで」
苦笑いを浮かべて、俺は頭を掻いた。
この人が、本当に生徒会長の泉谷奏二郎だとしたら、俺の事情はすべて承知しているはずだ。
聞かれること事態、なんとも妙な感じがする。
制服のスカートを揺らしながら、先輩は間近まで俺に近づく。
急に顔が近くなったような気がして、俺は一歩後ずさった。
「この前のゲーム見てたよー。マル太くん、すごいねー。あんな方法で、ゲームをチャラにしちゃうんだから」
「いや、まあちょっと運が良かっただけですよ」
「ええ~、それだけじゃないよ。やっぱり奇策試験の生き残りはすごいなぁ、って素直に感心したよぉ。全部計算の打ちだったんでしょ?」
「いや、まあ――もちろん、そうですけどね!」
なぜだ。
この人の前だと、どうしても調子こいてしまう。
「やっぱりねぇ~さすがだよねぇ~」
目を細め、先輩はやわらかな笑い声を上げる。
良い昼寝場所を見つけた猫が、幸せを噛みしめるような、そんな笑顔だった。
「あっ、そうだ。ラブレターゲームで私に手紙を送ってくれたでしょう。ありがとう」
「えっ!? 届いてましたか」
「うん。でも、あれはダメだよ。文章縦読みすると、マル太くんの名前が書いてあるじゃない。あれは、規定違反だから、受理されなかったでしょ?」
五人の人間に送れるラブレターゲーム。
俺は、知り合いの女子四人(ノノカ、ユキエ、サヤ、マヤ)のほかに、五人目の候補者として、先輩を指名した。
ラブレターゲームは、特定の異性にラブレターを送ることの出来るゲームだ。
もし、このゲームで先輩にメールが到着したとしたら、先輩が実は女である、という可能性が出てくる。
あんなに可愛い先輩が、男であるはずがない! という願望のもと、俺は密かな計画を実行に移していた。
結果――『このメールは、受理できません』という簡素なメールが返って来るだけだった。
俺の淡い期待は削がれ、まあ、むしろそのほうが良かったんだと、自分に言い聞かせていた。
だが、今の反応はどういうことだ?
メールは、一度先輩に届いているということになる。
つまり、先輩が女性である可能性が微レ存――あり得ないということはない。
何より、俺が先輩を男だと確認しているのは、先輩自身の言葉だけだ。
やはり、そんな可愛い先輩が、男であるはずがない!
「あの先輩――ちょっと確認したいことがあるんですが、いいですか」
「なにかなぁ」
「先輩って、本当に男なんですか?」
「なんだ、そんなことかぁ~」
「だって、こんなに女子の制服が似合ってるし、顔だってすごく可愛いですし。先輩が男だなんて、信じられないっすよ」
「なるほどねぇ~じゃあ、確認してみる?」
そう言うと、先輩は自分のスカートの裾を掴み、ほんの少したくし上げた。
ぇ、えっ、えぇ!
「このまま、スカートをたくし上げれば、私が男か女かハッキリするんじゃない」
「そ、そりゃあ、そうですけど……」
「マル太くんも、自分の目で見れば信用するしかないでしょ」
怪しくも甘い微笑みを作ると、先輩は焦らすようにスカートをゆっくりと上げ始めた。
お、俺はどうしたら良い!
先輩は男か?
いや、そんなことはない!
だって、ラブレターゲームで手紙が届いているんだぞ。
あれは、異性にしか届かないはずだ。
だが、ちょっと待て。
先輩は、泉谷奏二郎は――生徒会長だ。
つまりは、ゲームについて何かしら知っていてもおかしくはない。
俺の手紙も、ゲームの途中で見たのかもしれない。
いや、しかし、ラブレターゲームは、学園側のゲームだ。
生徒会の主催したゲームじゃない。
だったら、生徒会長といえども、手紙の内容を見られるはずがないだろう。
いやいや、ちょっと待つんだ。
生徒会が行った伝言ゲーム。あれは、特殊な教室を使ったカンニングゲームだった。
おかしいと思わないか。
生徒会が行うゲームに、初めから特殊なカンニング方法を施された教室が使われるだなんて。
あんな特殊な教室を、生徒会の力だけで準備できるとは、到底思えない。
学園側が、力を貸さない限りそんな教室をいくつも準備できるはずがない。
そうだよ。生徒会と学園側、二人共グルと考えた方が自然なんだよ。
そうなると、生徒会と学園は、どこかで繋がっている。
生徒会長がどこかで情報を得ることができても、おかしくない!
それに、擬似パートナーゲームで派手な登場をした生徒会長と称されるウサギ人間。
あれは、男だった。
ピッチリとした男物のスーツを着込んで、違和感のない男の体型をしていた。
それならば、この人は男。
この人が、本当に泉谷奏二郎ならば、確実に男なんだ!
ゆっくりと確実に、スカートはたくし上がって行く。
あと数センチで、白い布切れが姿を現す。
俺の目は、先輩の股間に集中している。
完全に目を離すことができない。
俺は、このままこの人のパンツを見るべきなのか。
この人は男だ。だったら、見てはいけない。
見たって、大損をするだけだ。
だが、もしほんの少しの可能性。
この人は、泉谷奏二郎と偽る女生徒ならば――逃す手はない!
こんな可愛い子の、パンツを拝まずにはいられない!
いや、しかし、こんな事が、こんな事が許されていいのか!?
俺はさっき、ノノカの許しが貰えるまで恋に揺れないと誓ったばかりじゃないか。
クソッ!
すまない、ノノカ。俺は、俺は!
……悪い男だ。
俺は覚悟を決め、カッと両目を見開いた。
先輩の真実を目をカッポジッて確認することを誓った直後――先輩はストンと、スカートを元に戻してしまった。
「やっぱりやーめた」
「うそっ……なんで?」
「だってマル太くん、ホモなんでしょ? だったら、見せたってつまんないし」
「い、いや違いますよ。あれは、あのゲームを破綻させるためにわざとやっただけで。僕は、健全なノーマルです」
「ふ~ん。でも、やっぱりダメ~」
「な、なんでですか?」
「もし私が男で、マル太くんがホモだった場合。マル太くんは喜ぶかもしれないけど、今までの私のサプライズはすべて失敗した事になる。
もし私が女で、マル太くんがホモだった場合。マル太くんはガッカリするだろうし、私もなんの驚きも提供できていなかったってガッカリする。
仮に、私が男で、マル太くんがノーマルだった場合。マル太くんはただ納得するだけで、私も特になんの感動もない。
仮に、私が女で、マル太くんがノーマルだった場合。マル太くんは喜ぶかもしれないけど、私は損した気分になる。
どれを取っても、私にはあまり得にならないんだもん」
「なんか、どれも先輩の気分次第な気がしますが……」
「まあね♪」
先輩はスカートが乱れないようくるりと回転し、俺に笑顔を向けた。
「そういえば、私も少し気になることがあるんだぁ」
「何でしょう?」
「今年の奇策試験は、その人の健全性を見るという名目のもと行われたんだよね」
「らしいっすね。そのせいで、俺はえらい苦行を迫られましたけど」
「それって、たくさんの異性に言い寄られても大丈夫か、って試験でもあったわけでしょ? でも、その試験の合格者が同姓愛者だった場合、耐えられて当然って気もするよね。そうなると、その人は規定違反を承知の上、参加したことになる。それって合格って言えるのかな? どうなんだろうね♪」
クスクスと先輩は、口元に手を当てて笑った。
不思議だった。
一瞬の風のあと、まるで猫がクスクス笑いだけを残して姿を消したかのように、先輩の姿は見えなくなった。
俺は、呆然と立ち尽くし、先輩の言葉を反芻していた。
健全性。
異性に言い寄られても大丈夫か。
同性愛者。
規定違反。
それって合格って言えるのかな?
「えっと……それって、つまり。俺の入学――」
取り消しってこと?
風の中に、笑い声が混じっているような気がした。
the end?
これにて、この物語の第一部・完。的な扱いになります。
伏線やら状況やら、未回収な部分が残っておりますが、
物語として一度閉じる部分を作っておきたかったのでこうなりました。
続きは、準備しながらやっていきたいと思います。
でわ~




