11 断ればいいのか?
ああ、晴れやかな日曜日!
俺の気分は一瞬で、どん底に落とされた……。
「いい所であったわ、カズキくん」
「お断りします。一ノ瀬さん」
「ユキエでいいって言ってるでしょ?」
見えない位置から、ボディに拳が入る。
この人、本当に容赦無いんですけど……。
学園生活での日曜日。
外出届さえ出していれば、ある程度の遠出も可能だ。
多くの生徒が、この日を楽しみにしている。
買い物や、お出かけ、もちろん彼女持ちならデートに出かける生徒だっている。
といっても我々生徒は、学園に課せられた『恋愛ゲーム』の所為で自由奔放なデートは不可能にできている。
学園側が恋愛を推進しているだけに、学園内でも十分な設備が揃っている。
公園やカフェ、親会社が運営する書店やマーケットなど遊び歩くだけならば、事欠かない。
しかし、特定のスポットだから体験できる遊びというものはあるわけで、恋愛を成立させるために、外出デートも許可されている。
外出デートの承認には、デートプランの提出が義務付けられ、外出先でも生徒手帳の携帯を強要される。
位置は生徒手帳から発せられるGPSで記録され、男女が一緒に学園外で移動している場合は、ほぼ監視されているといっていい。
そんなことするんなら俺達を学園に拘束しておけよ! とも思うのだがそこまでは人権問題が絡むので、できないようだ。
生徒側も監視のことは理解しており、よほど強い希望がない限りは外出デートなど、しない。
学園内で十分娯楽は揃っているため、退学の危険を犯してまで冒険する輩は、ほんの一握りである。
今日俺は、それとは別に外出の予定を立てていた。
さすがに、このままではヤバイ。
何かしら対策を立て、GPを確保する方法を作らなくては。
手っ取り早いのは、顧客を見つけることだ。
男の業は深い。
なにを販売するかは今更、言葉に出さなくてもいいだろう。
俺達が支給されている生徒手帳は、電子端末だ。
データさえあれば、何冊でも収納可能であり、他者に知られず隠し持つことが出来る。
もちろん紙媒体の方が良いというやつもいるが、スペースの限られる学園生活である以上、小型化していくのに越したことはない。
一旦家に帰り、データ確保を出来ないかと男子寮を出た所で、奴に出くわしてしまった。
いい所であった――ってお前、間違いなく待ち伏せしてだろう、絶対……。
ここでは話しにくいからと言われ、俺達は人気のない場所へ移動した。
「ちょっと、相談に乗って欲しいことがあるのよ」
「相談って――なんのだよ?」
「ちょっとねぇ……お断りの手紙を書かなきゃいけないのよ」
「はぁ!?」
「この前、知らない男子生徒に告白されちゃって……なんて断ればいいのか、悩んでいるところなのよね」
物好きな奴もいたもんだ。
こいつのどこがいいんだ?
ああ、そうか。
こいつ顔だけは良いだっけ。性格は最悪だけど。
「なんだよ、そんなヤツがいるんだったら、そいつと偽装パートナー組めばいいじゃないか?」
「ダメよ。私にはもう、心に決めた娘がいるんだから」
「へ? そんなヤツいたのか?」
「もう! 何いってんの、言わせないでよ!」
俺の肩をすごい力でどついてくる。
なにを、そんなにニヤついてんの?
とりあえず、そのお花畑の脳みそを何とかしてくれよ。
「でもなんで、俺に相談するんだ?」
「ん~、そうね~」
指先に顎を乗せて、一ノ瀬は小首を傾げた。
サラサラの前髪がフワリと揺れる。
私服の一ノ瀬は、青いブラウスを着こなし、胸元には黄色いリボンが飾られている。
豊満な胸が、両腕に挟まれ窮屈そうに形を変えた。
白い日差しが肌を照らし、透き通るような清らかさを漂わせる。
なんというか……黙っていれば、可愛い子なんだろうな……黙っていれば。
理由に思い当たったのか、一ノ瀬はパンッと手を打った。
「ほら、あなたって、いろいろな人に告白しまくって撃沈してそうじゃない? だから、どんな断られ方されてきたのか、参考にしようと思って」
うん。ほんと、黙ってればいいのに。
「え~と……つまりユキエさんは、そんなイメージで俺を見ていたと……?」
「違うの?」
「違うわ!」
どいつもこいつも、俺をどんなイメージで見てるんだ。
心底驚いた表情で、一ノ瀬が俺をまじまじと見ている。
なんだよ。文句あんのか?
俺が腕を組んで斜に構えると、一ノ瀬はため息を付いた。
「なんだ、違うの。聞いて損した」
人にボロクソ言っておいて、落ち込まないでくれる。
落ち込みたいのはこっちなんだよ。
一ノ瀬は、頭を抱えて暗い表情をしている。
本気で俺をあてにしてたのか、こいつ?
クソ! このまま返すのも癪だ。
いいよ、わかったよ。
期待に答えてやるよ。
「……全くないわけじゃないからな……相談ぐらいには、乗ってやる。――それでいいか?」
「ほんと! 良かった。どう断ればいいのか、本当にわからなくって」
表情も明るく、俺に対して珍しく本気の笑顔で答えてくる。
しっかし、不思議なもんだ――
「お前、美人なんだから、小中で告白されたりしなかったのか?」
「まあ、あったことはあったけど――そのぐらいの時は冗談半分みたいなもんだったし――私、転校とかも多くて、よくわかってなかったのよ。どう言えば、男の子を傷つけずに断れるかしら?」
断られて傷つかない男子はいないんですけどね。
「まず、そいつはどんな奴なんだ?」
「正直、私もあまり知らない人なのよね。突然告白されただけで、よく覚えてないのよ。顔を見れば思い出せるかもしれないけど……」
そいつも、哀れだな。
印象にすら登らない状態で、断られるんだから。
だが、こんな奴(一ノ瀬)を選んだのが間違いだ。
よく反省しろ。
「すこし、カズキに似てるんかな」
「俺に似てる?」
「うん。なんかモブっぽい所が」
「は?」
「中途半端な男の子ってみんな同じ顔に見えるのよね。――女の子なら覚えられるんだけど」
前言撤回。
勇気ある告白者よ、反省する必要はない。
全ての元凶は、こいつだ。
「どうやって、断るつもりだ?」
「メールアドレスを渡されているから、それに送るつもり」
「そうか、なら俺が文面を考えてやる」
「へぇ、頼もしいね。ありがとう」
やけに可愛らしく微笑んでくる。
まあ、せいぜい素直に喜んでおくといい。
俺が最高の文面をお前にくれてやる。
ちょっと待て、と言って俺は自分の生徒手帳を取り出す。
適当に文章を入力し、まずは一ノ瀬の反応を調べることにする。
『貴方の希望には答えられません。貴方と私では、
描くものにあまりに違うように思えるのです。
ろくにお話もしていないのに申し訳ありません。
口でお伝えするのは、はばかれたため、お手紙にさせて頂きました。
ずっとお友達でいましょう』
「こんなのはどうだ?」
「もう出来たの!? 随分、手馴れてるのね」
「俺は文学青年だからな。言葉選びは得意なんだぜ」
「全然そうは見えないけど」
相変わらず、無礼なヤツだ。
俺の手元にある生徒手帳を、一ノ瀬が覗きこんでくる。
わっ! やべぇ。
こいつ、いい匂いだ。
俺と生徒手帳の隙間に入り、一ノ瀬が文字を目で追っている。
俺の高さからは、ちょうど谷間がちらりと見える。
「ん~、なんか違うような……。描くものって言われても、私その人と話したことないのよ?」
「いいんだよ。貴方の心情をわかってますよ、って伝われば」
「他になんかないの?」
贅沢なヤロウだな。
気付いてないなら、好都合だ。
お前に面白いものを見せてやる。
少し離れて、また俺は文章を練る。
クソ……一ノ瀬の匂いが鼻につくな……。
『いきなりであったため、言葉がでなくてごめんなさい。
まだ、気持ちが揺らいでいるのは嘘ではありません。
すぐに答えてしまうと貴方にも失礼だと思ったのです。
偶然にもその日、他の方からも告白を受けました。
だからという訳ではないのですが、希望に添えないことをお許し下さい。
今の私のままでは誰ともお付き合いはできないのです。
手前勝手な物言いなのはわかっています。だけど、ほんとうにごめんなさい』
手をまっすぐ伸ばし、文面を表示した生徒手帳の画面を一ノ瀬の鼻先に寄越す。
この位置なら、一ノ瀬の匂いも届くまい。
あんな匂い嗅がされた、俺もおかしくなりそうだ。
「また随分文章が硬いわね。――それに私、『他の方からも告白』なんて受けてないわよ?」
「いいんだって。どうせ断るんだろ? 嘘か本当かなんて、どっちでもいいんだから」
「良くないわよ! 変な嘘ついたって仕方ないじゃない!? もっと簡潔にできないの?」
人に相談持ちかけといて、細かいことにうるさいヤツだな……。
もっと短くすればいいのか?
じゃあ、下からにするか。
また、文面をひねり出し、一ノ瀬に見せる。
『手紙で失礼します。
いきなりの告白に戸惑うばかりです。
だけど、希望には答えられません。
具体的に好きな方がいるわけではないのですが、
すみません。
まだ、学園生活も浅くもっと真剣に考えたいのです。
いつまでもお友達でいましょう』
文面を見た一ノ瀬は、納得した表情で頷いている。
「やれば出来るじゃない!」
「そりゃ、どうも」
気のない返事で返したが、内心俺も満足できる仕上がりになっている。
「じゃあ、これを相手に送ればいいのね」
「そうだな、とりあえずはそうすればいい」
「ありがとう、カズキ。あなたに相談して、正解だったわ」
「相談料は、1000GPでお願いします」
「ちょっ! お金取るの!? ――いいわ、後で手続きしておく……」
おお、マジか。
冗談で言っただけなのに。
一ノ瀬は自分の生徒手帳に、一文字一文字確認しながら俺の文面を写していった。
「とりあえず、これでいいわ。ありがとう。――そうだ、カズキ。明日はよろしくね。じゃあ、バイバイ」
なんだ明日って?
俺の疑問に答えぬまま、一ノ瀬は手を振って去っていった。
まあ、なんでも構わん。
頭文字トラップはうまく仕込めた。
たまには、反撃してやらんとな。
グッジョブ、俺!




