友達? それならお祭りに行こう!
お祭りというと沢山の人が集まり、出店に櫓に神輿にというイメージだった二人は準備している会場に着いて、驚いた。
祭りめいた趣向は一切無かった。
そこは古びた神社の森にある開けた一角だった。
準備をしているという割にはほとんど人がおらず閑散とした広い広場だった。
丸い広場を囲む様に、篝が立ち並び、中心に四角く組み上げられた薪が何とか祭りと言えるぎりぎりの境界で、篝の前にござが一つずつ敷かれ、たった一か所だけ無造作に削り出した様な何だか分からぬ木のオブジェが立っている様は、どこか原始的な宗教儀式を思わせた。
その木のオブジェの前では、白髪の老人が白い着物を着て、立ち上がったり座ったり、変な声を出したりと、気でも違った様子で騒ぎ立て、その周りを複数の大人が囲んで不気味に見つめていた。
囲う人の中に庄太の両親とおばあさんが居た。
陽菜達が近寄ると声も発さずに唇に指を当て、そうしてまた老人の方を見つめた。
しばらく陽菜達も人垣に混じって、老人の奇怪な踊りを見守った。
踊り狂う老人はやがて一際大きな声で一つ掛け声を上げるとその動きが止まり、息を荒げながら憮然として周りを囲む観衆を見回した。
すると庄太の父親が手を叩きながら進み出た。
「上手くやれてた。その分なら本番も問題無いよ。腰でも痛めなければ」
周りが笑うと、老人は更に憮然となって、
「今までは俺も笑ってみてたがな。こりゃホントにきついぞ、おめえ等。おめえ等の番になったら見とれよ」
と言ったが、途中から笑いながら言うので、皆は更に笑った。
その中で庄太の母親は陽菜と月歩の手を取って掲げた。
「おい、あんた等。これがさっき言った子供達だよ」
笑いが止まり、恍けた様に表情の抜けた顔達が二人を見つめた。
その内、何処からか溜息が漏れた。
「こりゃ聞いてたよりかあいらしいな」
「将来別嬪になんぞ」
「嬢ちゃん、将来大きくなったら俺んとこの嫁御と変わってくれんか」
等と勝手に言い合い、二人がきょとんとしているのを見て、また笑い声が溢れた。
「はーい。ちょっとあんた達、さっき言った通り、旅館かこの子を探してる人を探してきな。もうやる事全部済んだだろ」
「ずっと働き通し何だから、ちょっと位休んだって罰は当たるめぇ」
「そうだそうだ。休憩といこう」
「はーい、黙れー。いいからとっとと探しに行きな。子供みたいに道草食ってたら尻ぶっ飛ばすからね」
母親が近くでぼやいている男の足に軽く蹴りを当てると、皆がぞろぞろと歩き出した。
「昔は可愛かったんだけどなぁ」
「今じゃ、どこぞの女王様みたいだよ」
「あの子達もああなんのかねぇ」
「いや、旦那がいけねぇ。やい、旦那!」
その旦那の方は既に老人や他の神職らしき人物と話し合っており、そ知らぬ振りを決め込んでいた。
気勢を削がれとぼとぼと何処かへと散って行った人々を見送って、母親はこちらに向いた。
「庄太、何でこんな所に連れて来たんだい。ここには何にもないよ」
「だって、二人がお祭りの準備を見たいっていうから」
言った後で、庄太はしまったと思った。
責められた事に驚いて、咄嗟に責任を擦り付けてしまった。
気分を害していないかと二人を盗み見ると、気分を害していないどころか、母親と庄太の会話すら聞いていなかった様子で、大勢が去って行った森を見つめていた。
「おばさんは女王様なんですか?」
「そうだよ。みんなあたしには頭が上がんないのさ」
「それじゃあ、やっぱりおじちゃんは家来?」
母親は一瞬父親の方を見たが、すぐに向き直って笑った。
「おじちゃんは違うよ」
二人は驚いて食い下がった。
「え! 昨日おばちゃん家来にしたって言ってたのに」
「家来にしようとしたの」
「それじゃあ、おばさんは負けちゃったんですか?」
「違う違う。あー、あのね、家来にしようとしたんだけど、やっぱりしないであげたの」
「何でですか?」
「一緒に住んでて楽しかったから」
二人は訳が分からないという様子で父親を見て、それから母親に目を戻した。
母親は少し笑って、黄昏れる風に言った。
「惚れた弱みって奴かな」
ますます分からない二人に、母親は二人に顔を近付けて、人差し指を立てて諭すように言った。
「良い? 特に陽菜ちゃん。結婚するとね、どうでも良かった相手でも好きな人になる事があるの。そうしたらね、家来じゃなくて王様にしてあげるの」
「王様に?」
「そう! 女王様で一番偉い私の次に偉い王様にしてあげるの。それで周りを家来にしてあげれば良いの」
「うーん」
「そうしたら二人とも幸せになれるから」
「えー、相手も幸せにしちゃうんですか?」
「そうしないと楽しくないからね。折角結婚するんだから楽しくないと」
悩んでいる陽菜を見ながら、そんなに結婚が嫌なのかと母親は残念に思っていた。
家出をする位だからそれなりの反発心を持っていたのは知っていたが。
自分も勝手に結婚相手を決められて憤った事はあったが、結局すぐに仕方が無いと諦めた。
あれは目の前の子供よりも年齢が高く、世界に対して諦めという理解が及んでいた所為もあっただろう。
けれどもしも自分がもっと小さかったとしたら、目の前の少女と同い年であったとしたらどうかと言えば、恐らく聞き分けなく泣き叫んだりはしただろうが、結局は為すがままになっていたに違いない。
まして家出などという大胆不敵な行動には絶対に出られなかっただろう。
自分の子供と同じ位の年齢のはずなのにこれだけ自立して親に反旗を翻せるのは、都という場所の所為なのか、目の前の子供の資質の所為なのか。
どちらにせよ、母親は陽菜の自立が良い傾向だとは思わなかった。
「陽菜ちゃん、その結婚は陽菜ちゃんの御両親が決めたのよね?」
黙って頷いた陽菜の眼には、勝手に結婚を決められた時の事を思い出しているのだろう、親に対する怒りが浮かんでいる。
「ならね、おばちゃんはきっとそれが良い結婚だと思うんだ」
「そんな事無い! だって勝手に決められたんだもん。きっと二人ともあたしの事が嫌いになって、それで追い出そうとしてるんだ」
陽菜の叫びは痛い程母親の思い出を刺激したが、それでも大人になった今、親が勝手に決めた結婚が、子供の事を考えての結婚だという事がはっきりと分かっていた。
涙を浮かべている陽菜は子供らしく可愛らしいいじらしさだが、同時に己の人生を自分で闇に葬ろうとする哀れな自殺志願者にも見えた。
「子供が嫌いな親なんて居ないっておばちゃんは思うな。陽菜ちゃんの御両親だってきっと陽菜ちゃんの事を考えて許婚を見つけて来たんだと思うよ」
「でも……」
「結婚は何時する事になってるの? もうすぐ?」
「二十歳になったら、そしたら……」
「そう。ならね、それまでじっくり考えれば良いんだよ。じっくり考えて、それでも結婚が嫌ならその時は逃げれば良い。少なくともね、相手も見ないで、親の気持ちも分からないで、それなのに何も分からず全部が嫌になって逃げるなんて、私ならしない」
最後は心が籠って強い口調になってしまった。
陽菜は一瞬大きく体を震わせ、そして俯いた。
母親はどうしても陽菜と自分を重ねてしまっていた。
当時の母親は諦めと共に結婚を受け入れた。それは親に反発するだけの勇気が無かったとも言える。
結果が良かっただけで。
陽菜の場合はどうだろう。
もしかしたら受け入れないかもしれない。
だがそれでどうなるというのだろう。
都では親から離れても一人で生きていけるのだろうか。
もしかしたら陽菜の結婚は本当に悪い結婚かもしれない。
確かに子供の事を考えない親はいるかもしれない。
だが少なくとも、奔放で快活で素直な陽菜を育てた親が子供の事を考えていない親だとは思えなかった。
母親は陽菜の結婚が良縁だろうと確信していた。
けれど、それを他人の自分が言ったところで説得力などほとんど無いのは分かっていた。
陽菜は如何にも不承不承と言った様子で、
「はい、考えてみます」
と言い、俯いたまま暗い表情をしていた。
遠慮をして自分の言葉を押し殺しているのは目に見えていた。
近所の子供だったら反抗的に分かり易く否定するのに。
恐らく普段の陽菜もそれだけの気概を持っているだろう。
ただ時期が悪いに違いない。
丁度、許婚の事と見知らぬ村に迷った事が重なって、元気が失われてしまっているだけなのだろう。
その覇気の無さが今度は自分の息子と重なった。
風習に乗っ取って女の格好をさせているとはいえ、庄太は男らしさが無いどころか、女々しかった。
母親の自分にさえもほとんど反発しない庄太の覇気の無さが、何処となく目の前の陽菜と重なって、そうしていつも庄太を前にして感じる微かなやるせなさが立ち昇った。
更に落ち込んだ陽菜と息子の普段がようやく同じ位だという事を見せつけられて、やるせなさは増幅され、気鬱になって、酷く悲しくなった。
落ち込んでいる陽菜を見ていると際限無く悲しくなっていく。
だから三人が別の場所へ行く時には、母親はほっと安堵しながら見送った。
それから自分が安堵した事に気が付いて、また嫌になった。
母親の視界から三人が消えた時に、母親の所へ父親がやって来た。
「おいおい、何突っ立ってんだ」
「あんた」
「ん?」
「あたし駄目な奴だわ」
「は? そんな事ねぇよ。良くやってくれてるって」
自分の事を慰める父親から眼を逸らして、母親は鼻の奥の刺激を殺す為に、強く歯を噛みしめた。
三人は庄太を先頭にして、月歩、陽菜と続いて、家に帰るところだった。
別に観光になる様な場所が無かった訳ではない。
都と比べれば煌びやかさは劣るのだろうが、珍しい景色や面白い言い伝えの場所があると庄太は思っていた。
けれど肝心の相手が、連れて行ける様な状況ではなかった。
陽菜は落ち込んで俯いているし、月歩はそれを気遣ってか何度も後ろを振り返っていた。
事実、月歩は庄太や村の事など完全に眼中の外で、陽菜が心配で心配でしょうがなかった。
陽菜は今までどんなに落ち込んでいても、元気にふるまっていた。
空元気とすぐに分かる事もあったが、とにかく周囲を沈ませない為に頑張っていた。
それが今は、そんな空元気を作る元気すら無い程、空っぽの様だ。
初めて見る陽菜の本気の落ち込みに、月歩はどうしていいか分からず、ただ見守る事しか出来なかった。
三人がそれぞれの物思いに沈んでいた為に、それが来ていた事に気が付かなかった。
三人が山間の畦道を歩いている時に、突然前から唸り声が聞こえた。
見るとそこには涎を滴らせた獣が居た。
月歩は初め犬かと思ったが、何となく犬よりも顔が鋭く、小さい様だった。
そこまで観察したところで、獣が大きく吠えた為、思考は途切れ、足は固まった。
「狼が何でここに」
庄太が苦しげな呻き声を上げて後ろに下がると、狼はしずしずといった様子で三人に近付いてきた。
歩き方はゆっくりとしていたが、その凶悪な顔は今すぐにでも喉元を食いちぎらんとする敵意に満ち溢れていた。
やがて庄太が月歩よりも後ろに下がった事で、狼の標的が見定まった。
月歩は自分に向けて唸り声を上げる狼を現実感の無いままに眺めていた。
普段見ている陽菜の手並みを真似てみようかなどと考え、でも無理だろうなと諦め、避けてみたらどうだろうと考えてみるも、後ろの二人に危害が加わるのは嫌だな考え、どうしようかどうしようか迷っている内に、狼がその身を跳躍させた。
陽菜の身体は勝手に動いていた。
心は虚しさと驚きで凍っていたが、身体だけは月歩の危難を前にして驚く程軽やかに駆けていた。
狼が跳躍したのを見て、陽菜もまた月歩を押し退けて飛び上がり、飛び掛かる狼の横面に右足を合わせた。
狼は声も無く横にそれたが、器用に着地して、尚も二人を襲う為に体を振り返らせた。
ところが、それより早く陽菜は狼を襲う為に着地し、振り返り、近付いていた。
助走をつけて、右足を振りぬき、狼が晒している横腹を、サッカーボールの様に思いっきり蹴り上げた。
狼はくぐもった空気を吐き出して後ろの木に叩きつけられ、敵意を失った様子で何処かへと逃げ去った。
事の始終をまるで追えなかった二人が、狼が逃げて行くのを見て、陽菜を見ると、陽菜は笑っていた。
訝しむ二人に陽菜は言った。
「あたし、お姫様になろうとしてたんだ」
二人は意味が呑み込めない。
「あたしね、守られたいと思ってたんだ。みんなを守らなくちゃいけないのに」
月歩は何となく結婚の事を言っているのだと気が付いた。
それに応じる様に陽菜は言った。
「騎士にとって結婚なんてどうでも良かったのに。ただお姫様を守れれば良いのに。あたしはお姫様になろうとしてたんだ。やっと分かった」
一人で納得している陽菜は危な気に見えたが、月歩はまた陽菜が笑顔を見せてくれたのが嬉しかった。
陽菜はいつも通りの晴れやかな笑顔を月歩に向けた。
「だからね、許婚でも何でも来いだよ。あたしはそんなの知らない。ただみんなを守れれば良いの。特に月歩は一番のお姫様だからね」
その言葉に月歩は引っかかるものを感じた。
自分は守られる存在なのかという不平等感と自分の弱さを陽菜に押しつけてしまっている申し訳なさ。
けれどとにかく陽菜が元気になってくれた事が嬉しくて、月歩は元気良く頷いた。
一方、その後ろで二人を眺める庄太は愕然としていた。
また何も出来なかった弱い自分と、狼を撃退した上に悩みからもすぐに立ち直った強い陽菜を比べていた。
やるせない感情が溢れてきたが、自分の弱さに起因する事なのでどうにも出来ず、ただ鬱々とした気持ちで、明るく話し合う二人の後に付き従って自分の家へと帰る事になった。
母親は家に帰るのが辛かった。
陽菜に色々言って落ち込ませてしまった手前、顔を合わせ辛かったし、結局二人が帰る手がかりを見付けられなかった事も申し訳なかった。
とはいえ、そんな事を言っても始まらないので、父親とおばあさんに先立って玄関の戸を開けると、そこには意外な程晴れやかな表情の陽菜が座っていた。
その顔に影は無く、母親が陽菜達の旅館も陽菜達を探す人も見つからなかったと言っても、やはり明るい笑顔を崩さなかった。
「きっとお父さんとお母さんが迎えに来るから大丈夫だよ」
そう言って、隣に座る月歩を励ます陽菜の姿は完全に立ち直っている様に見えた、
一体どうした事だろうと母親が何も言えずに陽菜を見つめていると、陽菜が無言の母親を見て言った。
「あ、おばちゃん。さっきはありがとうございます。あたしもう一回考えてみました」
「え、ああ、うん。それで答えは出せたの」
こんなに短時間で答えを出せる様な事では無いと思っていたが、何となく嫌な予感がして聞いていた。
陽菜は頷いて自分の出した答えを言った。
「はい。おばちゃんの言う通り、あたし我が儘でした」
「う、うん。分かってくれたなら」
「考えてみたら結婚なんてどうでも良かったんです。あたしはみんなを守らなくちゃいけないから。それが一番なのに、あたしの事を考えちゃって。だから怒られても仕方無かったと思います」
笑顔で言い放った陽菜に、母親は戦慄した。
まだ小さな女の子が、既に私心を捨て、人生を捨てて、ただ他人の為に尽くすという考えを嬉しそうに話す様子には、違和感しか無かった。
父親とおばあさんは、一体何を言ったのかと少しだけ険を込めた目付きで母親の事を見ていた。
「ちょっと待ちなよ。そういう事じゃないんだ」
きっと陽菜は母親の言葉を親の言う事をちゃんと聞けという風に受け取ったに違いない。
確かに母親はかつて反抗を諦めて親に従って結婚したという風に言った。
でもそんな事を言いたいんじゃない。
結婚すれば今まで見えなかった幸せが見えるという事を言いたかっただけなのだ。
とはいえ、確かにそれは諦めの先にあるものだ。
下手な説明をすれば、諦めろという言葉を補強する事にしかならない。
どう説明したものかと頭を悩ませていると、見透かした様に陽菜は言った。
「分かってます。あたしは結婚の事なんて分からなくて、だからそれが楽しいかどうかも分かってないって事ですよね? でもどっちでも良かったんです。あたしは騎士にならなくちゃいけないから。だからどんな結婚でも良いと思いました」
自分の心を見透かす賢しさにも驚いたが、騎士という言葉も気になった。
「陽菜ちゃんは騎士になるのかい?」
「はい!」
騎士というのは良く分からないが、恐らく陽菜の家柄なのだろう。
口ぶりからすると都の警護官だろうか。
短期間に心変わりした事を不思議に思っていたが、家の使命を思い出したとあればおかしさは減じる。
恐らく小さい頃から言い聞かされてきた事だろうから。
家の使命の為に自分を捨てろと。
けれど、その家の使命に縛られて自分の幸せを捨てる事はあんまりと言えばあんまりだ。
「おい、どういう事だ? お前、何か言ったのか」
「あたしにも分かんないよ」
母親は何とか陽菜に自分の幸せを手に入れて欲しかった。
今得ようとしている滅私の喜びでは無く、我が儘と言われようと自分なりの幸せを。
「ねえ、おばちゃんは陽菜ちゃんに自分の喜びを持って欲しいの」
「はい、みんなが幸せになってくれたら嬉しいです」
「でもそれじゃあ、あんまりにも……あんまりにも辛いんじゃない?」
「大丈夫です! あたし強いから!」
そう明るく元気に言われては、何も言い返せなかった。
それでも母親はそれが間違った、不幸な幸せだと感じていた。
母親が手に入れ、陽菜にも受け入れて欲しいと感じる幸せは、結局のところ、陽菜が得ようとしている使命感に依る喜びとほとんど同じ事だとは気付かずに。
母親が何とかこの目の前のかわいそうな子を説得できないだろうかと考えあぐねていると、庄太が思い出した様に言った。
「そうだ! 狼が出たんだ!」
その言葉で陽菜に対する不安は消し飛び、夜中まで続いた狼狩りの所為で陽菜を説得する事も出来なかった。
大人達が出払ってしまったので、三人は自分達で作った夕飯を食べて、それぞれの寝床に向かった。
陽菜と月歩が布団に入り、天井を見上げていると、外から狼を探す人々の声が聞こえてきた。
何となく眠れなくて、二人とも目を開けていたが、ふと陽菜は確認する様に言った。
「今頃、あたし達の事探してくれてるから。だからもう少しで見つけてもらえるから。だから月歩は安心しててね」
月歩はそれを聞いて、ずっと考えていた事を呟いた。
「ここは私達の居た世界じゃないと思う」
「え?」
「ここの人達は誰も旅館の事を知らなかったでしょ? きっと本当にこの辺りに旅館なんて無いんだよ。多分、この世界の何処にも私達が泊まってた旅館は無いんだと思う」
月歩はじっと暗闇に隠れた天井を見つめていた。
隣からは息を呑む音が聞こえてきた。
「前にも少しだけ別の世界に言った事があったでしょ? 多分、あれと同じ様な、でも別のもっとおっきいやつだと思う。あの時は世界を行き来する人が助けてくれたけど」
言ってしまってから月歩は言わなければ良かったと後悔した。
結局、月歩の想像で証明何て出来ないし、言ったところでどうしようもない。
ただ陽菜を不安がらせるだけだ。
嘘だと言ってしまおうか等と考えていると、陽菜の呟きが聞こえた。
「もしも帰れなかったら、あたし結婚しなくても良いのかな」
感情の薄い声だったが、その中では感情が渦巻いているのが良く分かった。
月歩はちょっとだけ考えて思った事をそのまま言った。
「無理だと思う。何処に行っても。相手がその許婚の人じゃなくなるだけで」
「何処に行ってもか。そうだよね」
「うん」
月歩の断定を聞いて、陽菜はふっと息を吐いた。
陽菜の頭に自分がお姫様になってみんなに守ってもらおうとする光景が思い浮かんだ。
けれど、みんなは大きな怪物が怖くて仕方無くて、大きな怪物がお城の近くに来た所で、震えるみんながかわいそうになって、陽菜はお城を飛び出して、怪物にパンチをくれて倒してしまった。
何度守ってもらおうと想像を働かせても、毎回みんなは怯えだし、毎度の如く陽菜が脅威を倒してしまう。
自分が守ってもらえるお姫様になるなんてまるで思いつけなかった。
それがおかしくて、陽菜はくつくつと喉を鳴らした。
「うん、やっぱりあたしは他の人を守るのが性に合ってるみたい」
陽菜は笑っている様だが、月歩は笑う事が出来なかった。
小さく喉を鳴らす笑いがしばらく月歩の耳を打ったが、やがてまた陽菜の声が聞こえてきた。
「何処に行っても同じなんだね」
「多分。分かんないけど」
「きっと同じなんだよ」
「うん」
「……あたし、何処に行っても月歩を守るから」
「え?」
「だから、何処に行ってもあたしと一緒に居てね」
「……うん」
きっとずっと一緒には居られない。
月歩はそう思ったが、陽菜の言葉に同意した。
せめてもの慰め。あるいはほんのささやかな願望。
私が陽菜を守ってあげられたらなと悔しい思いが湧きあがった。
しかし眠りの帳は薄らと二人に掛かり、月歩も陽菜もそれぞれの思いは眠気に呑まれて、二人はうつらうつらと眠りの中に消えていった。




