金曜日2
レイクサイド・インに戻った時には既に日が落ちて暗くなっていた。ルークはすぐに自室に上がるとビルにメールを打ち、昼間に撮った動画をパソコンに取り込み添付ファイルとして送った。部屋を出てロビーに下りると、洋子はソファに座りMTVを見ている。買ったばかりのカーディガンを羽織り、リラックスして靴を脱いだ足を座面に伸ばしていた。
「ヨーコ、腹減ってるか?」
「全然」
遅い時間に豪華な料理を食べたので、何となく胃が重かった。
「今夜は軽く飲みに行くか?」
ルークが言うと、洋子は目を輝かせて即答した。
「うん! 行く!」
ルークはその目の輝きを見て嫌な予感がした。
ティムがオーナーをしているそのバーは、シルバー・レイク・タウン唯一の酒場だ。メキシコから直輸入した酒や食材を使った料理を安く提供している。店に入ると見かけたことのある顔ばかりで、間違いなく客は全員地元の住民だ。ウェスタン調の内装の小ぢんまりとした店内には、カウンターとテーブル席が四つ並んでいるだけだ。
フロアの真ん中辺りのテーブル席に一人で座っているサムの姿があった。サムはすぐ二人に気づき、洋子に向かって手招きをする。洋子はサムの隣に座った。酒ならなんでもいいと言う洋子と自分の飲み物を注文するため、ルークはカウンターへ向かった。
カウンターの中にいるのはジャックという三十代半ばのバーテンダーで、がっしりとした体格にウェスタンシャツとレザーのベストを着て黒いテンガロンハットを被っている。使い込まれた木のカウンターに両手をつくと、髭に囲まれた口元を引き上げてルークを迎えた。
「ビールふたつ。……コロナあるかな?」
「悪いなルーク。コロナは切れてるんだ。来週入ると思う」
ジャックがすまなそうに言った。
「来週か……」
思案顔で頷いたルークはバドワイザーを注文し直した。ジャックは洋子用に細いピルスナーグラスに入れたビールを一本カウンターに置き、ルークにはビンのままで手渡した。
テーブルに戻ると洋子とサムは楽しそうに話し込んでいる。ルークは二人に背を向けるように椅子の向きを変えて座った。脚を組み、タバコに火を点けてビールを一口飲んだところでサムに呼ばれた。
「おい、ルーク!」
ルークが振り向くと、サムはにこにこ笑っている。
「何やってんだ? ヨーコのビールがもう無いぞ」
洋子のグラスを見ると空になっていた。洋子の前にグラスを置いてからほんの数秒だ。いつの間に飲み干したのか全く分らなかった。眉をひそめるルークを前に洋子はただ笑っている。
「早くおかわり持って来い!」
サムに命じられたルークは立ち上がってカウンターに行き、ビールを持ってきた。洋子はルークが持ってくるビールを瞬く間に飲み干していく。その度にルークはサムに言われて仕方なく取りに行く。そんな事を繰り返し、やっと洋子のペースも落ち着いてきた頃、いい具合に酔っ払ったサムがいつもの話を始めた。
「俺がベトナムにいた頃……」
その言葉で始まる話はルークも何回か聞かされていた。大抵は武勇伝か、その戦争がいかに酷いものだったか、だ。サムがこの言葉を言うと、町の住民は誰もサムに近付かない。たった二ヶ月いるルークでさえ何回も聞いたのだ。昔からの住民はおそらく何万回も聞いているのだろう。もちろん洋子は初めて聞くので真っ直ぐにサムを見ていた。
「本当に酷い戦争だった……。まあ、戦争なんてどれも酷いもんだろうがな。俺の目の前で仲間がバタバタ倒れて死んでいったよ。さっきまで一緒に飯食って笑ってた奴らがさ。皆、大事な仲間だ。俺より若い奴も何人もいた。色んな奴の死に目に遭ってきたよ……」
サムは遠くを見るような目をして話す。洋子は黙ってサムを見つめている。
「俺ももうこんな歳だ。親はもとより、兄弟や友達の中にも死んじまった奴がいる」
サムは幾つもの悲しみを映してきたその目で洋子の顔を覗き込んだ。
「ヨーコ、大切な者の死ってのはな、何回経験しても決して慣れるってことがないんだよ……」
洋子は少しだけ俯くと、黙ったまま頷いた。ルークはテーブルに肘を乗せ、タバコをくわえたまま二人からは背を向けている。
「その度、悲しくて辛くてな……胸が張り裂けそうになるんだ。でもなヨーコ、死の悲しみは必ず乗り越えられるんだ。人間ていうのは、そういう風に出来てる。皆そうやって生きてるんだ。乗り越えるってのは忘れるって事じゃない。悲しむだけ悲しんで、泣くだけ泣いたら『あいつがいなくて寂しい』って思いから『あいつがいてくれて幸せだった』って思えるようになるんだよ。そうすると、段々笑顔が戻ってくるものなんだ」
サムは洋子の肩に手を置いた。洋子は目に溜まった涙がこぼれないように、真っ直ぐにサムを見ている。
「ヨーコ、これからは幸せに生きるんだ。なに、いつかは自分だってあいつらと同じ所に行くんだ。その時には笑って会いたいじゃないか。先に逝った奴らに暗い顔して会いたくないだろう。ヨーコ、これからは誰よりも幸せにならなきゃな」
洋子はサムの目を見つめたまま小さく頷いた。ルークは相変わらず二人から顔を背けたまま、タバコの煙をゆっくりと吐き出している。
「おい、ルーク!」
サムに呼ばれたルークは黙ったまま振り向いた。
「ヨーコのグラスが空だぞ!」
ルークはうんざりした顔で洋子を睨んだ。洋子は空になったグラスを手に持ち、ルークの前で振っている。目に溜まった涙はまだ乾いていないものの、顔には微笑が浮かんでいた。ルークは一口しか飲んでいない自分のビールを洋子のグラスに注いだ。
「とりあえず、それ飲んでろ」
「何よ、全然飲んでないじゃない」
洋子の文句にルークは呆れて言い返した。
「君の飲みっぷり見てたら、もう十分だ」
「もう! ぬるくなってるじゃない!」
文句を続けながらも、すぐにそのビールを飲み干した。
「ほらルーク、おかわりだ、おかわり!」
サムが大きな声で笑うと、ルークは不機嫌な顔で洋子の前に身を乗り出した。
「もういい加減にしとけよ。何杯飲んでると思ってる?」
「グラスが小さすぎるのよ。ねえ、バーテンに言ってよ。樽ごと持って来いって」
今夜はとことん飲むことに決めた洋子が言い放つと、ルークは気圧されたようで愚痴しか出てこない。
「大体、何で俺がその度取りに行かなくちゃいけないんだ?」
「知らないわよ、そんな事。サムに聞いてよ」
二人は揃ってサムを見た。サムは今さっきテーブルにやって来た、この町でガソリンスタンドを経営しているピートという男と話している。洋子とピートの目が合った。
「あんたヨーコさんだろ?」
ピートが洋子を指差して言った。
「あんた、アキラの婚約者だったんだろ?」
酔っているらしく遠慮がない。
「え、ええ……」
洋子は愛想笑いをした。
ルークは空になったグラスとビンを持ってカウンターへ向かった。不機嫌な声で洋子のビールと自分のためにコーラを注文する。既に何度も何度も洋子のグラスにビールを注ぎ続けているジャックは首を捻った。
「グラスが小さすぎたかな?」
「ああ。樽ごと持って来いってさ」
ルークは洋子の要望をそのまま伝えた。
ルークが飲み物を待っていると、サムとピートの大きな話し声が聞こえてくる。
「しかし、おかしな事件だったよな。あいつ、あんなことする奴には見えなかったしな。大体、密入国者の売春婦なんてどこから来たんだ? そりゃ、こういう場所だからね。昔は密入国者の話もよく聞いたけど、最近は警備も厳しくなっててなあ。しかも女が一人だろ?」
「ああ、俺もおかしいと思ってたよ」
洋子は話には加わらず、ただ黙って聞いているだけだが、他の客もサムとピートの話に顔を向け始めた。
ビンのままのビールとコーラをルークの前に置いたジャックが大きな声を上げた。
「おい、サム! 油売ってないで、店から氷持ってきてくれ。製氷機の調子が悪いんだ」
「はいよ! 毎度ありがとよ。すぐ持ってくるからな」
サムは話を中断し、すぐに立ち上がると店を出て行った。ルークがビールとコーラを持ってテーブルへ向かった時、カウンターの奥の製氷機がガラガラと勢いよく氷を吐き出す音が聞こえた。
「いやあ、あんたいい飲みっぷりだねえ」
ルークが持ってきたビンのビールを飲んでいる洋子を見てピートは感心しきりだ。
「どうだ? 俺と飲み比べしないか?」
そのピートの提案にルークは嫌な顔をした。
「それって、私と勝負したいってこと?」
「やめとけ」
ルークが忠告したが、洋子はそれを無視してピートの方へ身を乗り出した。
「勝った人には何かメリットあるの?」
「うーん、そうだなあ。負けた奴が飲み代を払うってのはどうだ?」
「私が勝ったら、今まで飲んだ分もあなたが払ってくれるの?」
「勝ったらな」
それを聞いて不敵な笑みを浮かべた洋子の肩をルークが摑んだ。自分の方を向かせるとルークは声をひそめた。
「やめとけ。何であいつの分まで払う必要がある?」
心外だとばかりに洋子が目を見開いてルークに反論した。
「私が負けると思ってるの?」
「勝てると思ってるのか? 既にどれだけ飲んでる? 不利だ。やめとけ」
「あの人だって酔っ払ってるじゃない」
洋子が小首を傾げてピートを示した。前歯が大きく普段からウサギを連想させるピートは、顔から首までピンク色に染まっている。おまけに充血して赤くなった目が、余計にその小動物を思わせた。溜息をついたルークの肩を洋子が満面の笑みで叩いた。
「大丈夫よ。私、今日はいくらでも飲めそうな気がするの」
「気のせいだ。やめとけ」
その時ピートが声を上げた。
「おいおい、何を相談してるんだ?」
「ちょっと待って。今、話つけるから」
洋子はピートに告げるとルークに向き直った。
「あのね、ルーク。私日本では銀行員なの」
「そうか、初めて聞いたよ。で、それとこれと何の関係がある?」
「お金はとても大切よ。お金の有難みも私はちゃんと分かってるつもり」
「そう思うんだったらやめとけ」
「ルークは今日のお昼、たくさんお金使ったでしょ? 私の為に」
「確かに金は使ったけど、別に君の為じゃない」
ああ言えばこう言うルークに段々腹が立ってくる。洋子は顔をしかめ、ルークに指を突きつけた。
「あなたに教えてあげるわ。自分の財布はこうやって守るのよ」
洋子はルークに宣言すると、笑顔でピートに頷いてみせた。
「やるわ」
「知らないぞ、もう。潰れたら置いていくからな」
ルークは腕を組むと洋子に背を向けた。かくしてテーブルにはテキーラが入ったショットグラスが並んだ。
洋子とピートは交互に酒を飲んでいく。飲み進めていくうちにピートの方はペースが落ちてきた。一杯飲むのに掛かる時間が伸びていく。顔も辛そうになってきた。それとは対照的に洋子はまさに底なしという勢いで次々にテキーラのグラスを空けていく。しかも美味そうに、一杯一杯を味わっているのだ。誰の目にも勝負は明らかになっていた。
ついには見事に洋子はピートを打ち負かしてしまった。テーブルに突っ伏して寝込んだピートを見て、洋子は歓喜の声を上げる。それを見たルークは両手で抱えた頭を力なく振った。さらに最期の酒が入ったグラスを洋子が取ろうとし、ルークが慌てて手を出し止めようとした。
「君の勝ちだ。もう勝ったんだ。いい加減にしておけ。もういいだろう!」
洋子はルークの手を払いのけた。
「注がれた酒は残すなってね、お祖父ちゃんの遺言なのよ!」
洋子の目は完全に据わっている。最後の一杯をゆっくり飲み干した洋子は長く息をつき、グラスを持った手の肘をテーブルにつき黙り込んだ。嫌な予感がしているルークが見守る中、ゆっくりと洋子の腕が伸び、頭が下がっていく。ついには自分の右腕を枕にして眠り込んでしまった。
「おい! しっかりしろよ!」
ルークが呼びかけたが洋子は起きない。困り果てたルークにジャックが声を掛けた。
「飲み代は後でピートに請求しておくから、ルーク、お前その娘連れてもう帰っていいぞ」
仕方なくルークは洋子を抱え上げた。洋子は腕をだらんと垂らしたまま気持ち良さそうに眠っている。
「過去最高の売り上げだよ。また連れてきてくれ」
普段、地元住民しか来ないこの店の売り上げなどたかが知れている。ピートが潰れたままのテーブルを片付けながらジャックは嬉しそうだ。
「もう絶対連れてこない」
うんざりした顔で断言するとルークは店を出た。
助手席のドアを開け、座席を倒すとその上に洋子を放り投げた。それでも洋子は起きない。一度寝たらちょっとやそっとじゃ起きないのは知っている。泥酔していればなおさらだ。
ルークは運転席に乗り、車をバックで通りに出した。その時、助手席から声がした。
「痛いじゃないの。もっと優しく降ろしてよ」
ルークはギアを変えながら洋子を見た。放り出されたままの姿勢でルークを睨んでいる。
「起きてたのか」
通りを走り出し、店の窓から車が見えない所まで来ると洋子は座席を元に戻してシートベルトを締めた。
「何で潰れた振りなんかしたんだ?」
前方の道路を見たままルークが訊いた。
「だって、あのままあそこにいたら、また別の誰かに勝負を挑まれるでしょ? そうしたら断れないじゃない」
「何で断れないのか、さっぱり分からない」
「それにルークが帰りたそうにしてたから」
「どうせなら、もっと早く気づけ」
洋子を見ると、確かに酔っ払ってはいるがしっかりしている。ろれつが回らないという事もない。
「あれだけ飲んで、どういう事だ?」
ルークは疑問をそのまま口にした。
「知りたい? 一度トイレに行くとね、それまで飲んだアルコールが全部……」
「やめろ。もういい。聞きたくない」
洋子はケラケラと笑い、ダッシュボードの上のタバコを1本取り火を点けた。酔っ払っている洋子には太刀打ち出来ていない自分が悔しい。ルークは咎めるように洋子を見た。
「いつもあんなに飲んでるのか?」
「そんな事ないわよ。言ったでしょ? 今日はいくらでも飲めそうって。今日は楽しかったから特別よ。それに店で飲むことなんて滅多にないし、いつも家で一人で飲んでるから。そんなにたくさんは飲まないわ」
ルークは失笑した。
「寂しい女だな」
「ほっといて!」
洋子はカチンときて言い返した。
「そのうち体壊すぞ」
「何よ! 飲みに行こうって誘ったのはそっちじゃない!」
「俺は軽くって言ったんだ! 店の酒飲み尽くせなんて言ってない!」
洋子が窓の外を指差した。
「あ! ルークそこ!」
気が付くともうレイクサイド・インの前だ。ルークは減速もせずにハンドルを切った。車体が軋み、タイヤが大きな音を立てる。体が大きく振られ、洋子は悲鳴を上げた。必死に体勢を直して前方を見ると、レイクサイド・インの壁面のガラスが迫っている。
「ぶつかる!」
洋子は座席の背もたれに背中を押し付け、脚を引き上げて身体を丸めるときつく目を閉じた。大きく前のめりになり、エンジンとともに車は止まった。座席から転げ落ちそうになったが何とか踏ん張った洋子は、ゆっくりと目を開けた。目の前はレイクサイド・インのガラスだけが見え、まるでボンネットの上に圧し掛かっているようだ。激突する寸前で車は止まっていた。洋子は大きく息をつき、運転席をキッと睨みつけた。ルークは両手でしっかりとハンドルを握り締めたまま口を真一文字に結び、ぶつかりそうになったガラスを睨みつけている。洋子の非難の眼差しを受け、肩で一回大きく息をした。
「お酒じゃなくて車に酔ったわ!」
洋子の吐き捨てた言葉にルークは何も言い返せず、力任せにサイドブレーキを引いた。
それでもこの楽しい気分を持続させたい洋子は、建物に入ると笑顔に戻った。
「ねえ、今から二人で飲み直す?」
洋子が提案したが、不機嫌なルークに「ふざけんな」と一蹴された。
「怖い、怖い……」
洋子は呟きながら階段へ向かい、腕を上に伸ばして大きく息をついた。
「今夜はよく眠れそう」
「君は毎晩ぐっすり眠ってるよ」そう言ってやりたかったが、ルークは黙っていた。うっかりそんな事を口走ったら大変なことになる。
「今夜は冷えるわね。早くお風呂に入って寝ちゃおう」
火の気のない寒いロビーを歩きながら洋子は両腕で自分を抱き締めた。
「おい、気をつけろよ。そんなに酔っ払って、バスルームで倒れるなよ」
洋子は口うるさいルークにうんざりし、階段の途中で振り向いた。
「そんなに心配なら、お風呂が終わるまで見張ってれば?」
「はあっ?」
ルークの顔が強張ったのを見て、洋子は満足そうに笑うと踵を返し階段を上り始めた。
「お休み、怒りんぼさん」
「お休み、あばずれの飲んだくれ」
「何とでも言って」
洋子は振り向きもせずに手を振って部屋へと入って行った。
「まったく……」
ルークは呟いて時計を見た。もうすぐ一時になろうとしている。
「まずい……」
ルークは急いで自室へ上がった。
「遅いぞ。何してた?」
電話の向こうのビルは不機嫌そうだ。
「あ、えっと……」
ルークが口ごもった。今まで洋子の酒に付き合わされていたなどと言えるわけがない。
「ちょっと、出かけてた……」
曖昧に答えた。嘘ではない。
ルークのはっきりしない口調に、ビルの頭の中ではよからぬ疑いが湧き上がってくる。しかし、追求するのはやめた。
「メール見たぞ。よくやったな。あそこは気付かなかった」
「適当に走ってたら、いかにもっていう車を見かけたんで後を尾けたんだ」
話題が変わったことに安堵してルークは得意げに話した。
「さすがに鼻が利くな。それより、お前ら車の中で何やってんだ?」
「何って?」
「会話が全部聞こえてるんだよ! 何だ、あんな甘い声どこから出してんだ?」
「仕方ないだろ! あの位置だとヨーコが邪魔だったんだ!」
ムキになって主張するルークにビルは嫌味っぽく溜息をついた。
「お前、楽しそうだな……」
「冗談じゃない! 手に負えないよ。あんなの」
「何言ってんだ。彼女なかなか美人じゃないか。写真より実物の方が全然良かったぞ。特に笑顔が」
ルークは鼻で笑った。
「分かってないな。あいつは怒った顔がいいんだ」
ビルは呆れて物が言えなかった。
シャワーを浴びてバスルームから出てきたルークは疲労困憊だった。洋子が来てからは昼間はもちろん、夜中も起きていることが多い。特に今日は長い一日だった。ベッドに入り、横になると目を閉じた。が、すぐに開けた。どうしても気になることがある。上体を起こし、カーテンの隙間から外を見た。
「やっぱり……」
アンダーソンがいた。昨夜と同じ場所に立ち、洋子の部屋の窓を見上げている。ルークはパソコンの後ろの銃を取った。ベッドに座ったままアンダーソンを見張る。昨夜は何もせずそのまま帰って行ったが、こちらに動きが無いと分かれば行動が大胆になる可能性もある。油断は出来ない。大体、何のためにそこにいるのかがよく分からない。
しばらくその状態が続いた後、アンダーソンが動き出し昨夜と同じように建物の向こう側へ消えた。ルークはベッドを出ると裸足のまま部屋のドアを開け、体を半分廊下へ出して耳を澄ました。外を歩くアンダーソンの引きずった足音が聞こえる。その音は段々遠ざかり、やがて車のエンジンが掛かる音がして走り去った。昨夜と同じだ。ルークは首を傾げながらドアを閉めた。
「一体何がしたいんだ、あいつ……」
ベッドにもぐり込みながら呟く。
「少し休ませてくれよ……」