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響き

 最後に咲いた大輪の花火が夏の夜空に消えて、余韻に浸るつかのまの静寂の後、ここから少し離れた打ち上げ会場の川岸から花火大会終了を告げるアナウンスが微かに聞こえた。それを合図にしたように、周囲の人たちが帰り仕度を始める。メイン会場から離れているといっても、花火会場の最寄り駅へ向かう人は多く、駅へ続く線路沿いの歩道は長い列が続いていた。

 来た時以上に混雑している駅のホーム。一足先に到着した反対方面へ向かう電車に乗車した天海(あまみ)くんを見送り、まもなく到着した電車に乗って、自宅のあるひとつ隣の最寄り駅で降車。混雑する駅の改札を抜けて、通学時に利用する北口から駅を出た私は駅舎前のベンチに座って、待ち合わせの約束をした妹の到着を待っている。隣には、紅葉(もみじ)。


「そうだ、これ」

「ああ。ありがと」


 夏休み前に話した小説を受け取った彼女はぱらぱらとページをめくっていた本を閉じ、表紙のタイトルを見つめながら私に問いかける。


「ドラマの鑑賞会するって言ってたけど、先に読んじゃって平気?」

「大丈夫だと思う。ドラマは原作と少し違うって話しだから」

「そう」


 紅葉(もみじ)は、改めて本を開き。前を向いた私は少し視線を上げる。駅からほぼ直線上の小高い丘の上に立つライトアップされた城を眺めていると、駅舎を出てすぐ近くのコンビニへ行っていた如月(きさらぎ)くんが、コンビニの袋を持って帰ってきた。


「妹さんは?」

「まだだよ」


 会場近くで見ていたそうで「やっと駅着いた。次の電車乗るから」と先ほどメッセージが届いた。紅葉(もみじ)は栞を挟んで本を閉じ、如月(きさらぎ)くんに顔を向ける。


「おそい」

「はいはい。紅葉(もみじ)、足出して」

「は? って、ちょ――」


 軽口をあしらい紅葉(もみじ)の前でしゃがんだ如月(きさらぎ)くんは、返事を待つことなくやや抵抗してみせた彼女の左足の踵に手を添えて、足首を軽く持ち上げた。


           *  *  *


 月灯りに照らされた城方面へ続く歩道に伸びる、四つの影。

 ひとつは、私。隣は、妹彩莉(さいり)の影。あとの二つは、並んで歩いている私たちの数歩前を歩く紅葉(もみじ)と如月(きさらぎ)くんの影。


「吹奏楽部なんだ、楽器は何やってるの?」

「クラリネットです。ホントは別の楽器がよかったんですけどー、あ、これです」


 足を止めた如月(きさらぎ)くんは、妹のスマホに映るクラリネットの写真を見て頷く。


「あー、見たことあるかも。ホントは何やりたかったの?」

「フルートです。でも、今回の課題曲フルートのパート無くって――」


 二人の会話には加わらず、下駄の鼻緒擦れで傷めた左足を少し気にしている紅葉(もみじ)に「大丈夫?」と訊ねる。彼女は「平気。慣れてるし」と返し、部活を話題にして妹と話す如月(きさらぎ)くんへチラッと視線を向けた。


「どうした?」

「――別に」


 視線に気づいた如月(きさらぎ)くんの問いかけに素っ気ないを返事した紅葉(もみじ)は、前を向き直して歩き出す。素直じゃない彼女の態度にやれやれ、と軽く肩をすくめる仕草をした如月(きさらぎ)くんへ、私は質問を投げかける。


「よくわかったね、足のケガ。私、気づかなかった」

「そこそこ付き合い長いからね。その、変なトコで強がる癖いいかげん直せよ」

「うっさい」


 痛いところを突かれた紅葉(もみじ)は足の痛みに堪えて歩くスピード上げて、一足先に着いた城と城下を隔てる川に架かる橋の前の交差点で立ち止まり、その場でくるりと振り向く。


「じゃあ私、あっちだから。奏多(かなた)は二人を通りまで送ってあげて。またね、彩音(あやね)。彩莉(さいり)ちゃんも」


 そう一方的に告げた紅葉(もみじ)は、川沿いの歩道を自宅方面へ歩いていった。今度は一転して、痛む足を庇うように小さな歩幅で。そんな彼女の背中を見つめながら私は、如月(きさらぎ)くんに紅葉(もみじ)のことをお願いする。


「行ってあげて。私たち二人だし、明るい道歩いて帰るから」

「わかった。気をつけてね」

「うん。今日は、ありがとう。おやすみ」

「おやすみなさーい」


 小さく手を振って如月(きさらぎ)くんを見送り、二人と反対方向の大通りへ向かって歩きながら、妹に訊ねる。


「絡まれたりしなかった?」

「だいじょうぶ。お姉ちゃんたちはー⋯⋯無いか、"デート"だったんだし」

「わざわざ強調しないの。ただのお出かけ。まあ、紅葉(もみじ)たちはそうだけど」

「あっ、やっぱ付き合ってるんだ!」

「はぁ。それより、部活どうなの? 来週県大会でしょ」

「大丈夫だってうちそこそこ強いし。お姉ちゃんも知ってるじゃん、元吹部なんだし。てか、あからさまに話題逸らしすぎだよ。ま、いいけどねー。あ、そうだ。花火会場で、芸能人見たよ」


 有名人なのか、普段からテンション高めの彩莉(さいり)のテンションが普段より1オクターブくらい高い。


「誰?」

「わかんない。初めて聞いた名前だった。めっちゃ美人だったよ、清楚系ってやつかな? あれは"来る"ね」


 自信ありげ。花火大会のサプライズゲストとして招かれた地元出身の女性タレント⋯⋯調べればすぐに分かるのだろうけど。帰宅予定時刻を過ぎているため、無駄話もそこそこに家路を急いだ。

 家に着いてすぐシャワーで汗を流し、濡れた頭にタオルで巻いて、冷房の効いたリビングのソファで体育座りをしながらスマホを見ている妹へ声をかける。


「お風呂空いたよ。明日、朝早いんでしょ? 早く入りなよ」

「うんー⋯⋯」


 スマホに夢中の妹から返ってきたのは生返事。そのうち母に叱られるのがお約束。先に髪を乾かして、冷蔵庫の麦茶をグラスに注ぎ、二階の自室へ入ると、テーブルに置いた充電中のスマホのランプが点滅していた。グラスを置いて、スマホを手に持つ。画面に表示されていた不在着信は、紅葉(もみじ)からのチャットメッセージを知らせるプッシュ通知だった。ベッドに座って、チャットアプリを開く。彼女とのトーク画面には、今日の写真が複数枚貼られていた。「写真ありがと」と返信して少ししてから既読が付き、直後、スマホが鳴った。


「もしもし――」

『今、話せる?』

「いいよ」


 電話の相手は、紅葉(もみじ)。スピーカーに切り替えたスマホをテーブルに置き、櫛で髪を梳かしながら通話を続ける。


「無事帰れた?」

『お陰様で』


 電話越しに苦々しい顔をしてるのが手に取るようにわかる。

 だけど、足をケガしてる彼女を独り夜道を帰らせるのは心配だし、妹が居たから如月(きさらぎ)くんにお願いしたんだけど。『はぁ』っとため息が聞こえ、紅葉(もみじ)が本題を話し出す。


『で、お盆休みの話しね。ドラマの上映会するって言ってたでしょ? いつするの?』

「紅葉(もみじ)、都合悪い日ある?」

『今のところ平気。でも、どこかで予定入ると思う』

「なら、弥生(やよい)の都合次第だね。あとでメッセ送っておくよ」


 天海(あまみ)くんは、部活とバイトで忙しいのかな。そんなことを想いつつ、花火大会のこと、駅で渡した小説のこと、今度の上映会のこと。夏休みの間にまたみんなでどこかへ行きたいね、なんてことを話しているうちに気づけば、時計の針は23時近くに迫っていた。


「ごめんね、長話しちゃって」

『ううん。ねぇ、彩音(あやね)――⋯⋯』

「なに?」


 一瞬の沈黙のあと、確かに聞こえた。

 小さくて聞き逃してしまいそうだったけど、確かに聞こえた。


 ――⋯⋯ごめんね。


 紅葉(もみじ)の言葉は何に対してなのか、私には分からなかった。

 だけど「何のこと」なんて軽々しく聞き返せないほど⋯⋯彼女の声色、その声の響きは、私の心の奥深くまで響き渡った――。

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