第八章 勝利したあとに世界が静かに見えるのは、たぶん疲れすぎているからだ
敵艦〈アストリア02〉が沈黙した直後、戦場に奇妙な静けさが広がった。
砲撃の光も、通信のノイズも、ぜんぶ遠くへ引いていった──
ように“錯覚した”。
実際にはまだ敵艦三隻が残っているし、〈ヤマガ・リュウ〉も被弾箇所だらけなのに、なぜだか一瞬だけ、宇宙が無関心を取り戻したように感じた。
僕は深く息を吐いた。
「……生きてる……」
その小さな実感が、胸の奥をじんわりと温めた。
けれど──
次の瞬間、残りの敵艦が包囲を整え直した。
規律のとれた動き。
それが、逆に恐ろしい。
《敵艦隊、戦術モード再構築。新規砲撃パターン展開》
僕の背筋に冷たいものが走った。
(……まだ終わらないか)
オーボシが言った。
「ユウマ。ここからが正念場だ」
声は落ち着いていたが、その奥にかすかな焦りがあった。
殿を救うために、彼は限界をとっくに超えているんだ。
敵艦隊の砲撃が一斉に始まった。
今度の光は、まるで“狙ってくる意思”が丸ごと塊になったような鋭さだった。
「来る……!」
僕は舵を切った。
だが──
あえなく被弾。いや、当然被弾。
衝撃で艦橋が大きく揺れ、視界が白く点滅した。
シートベルトの金具が胸骨にめり込む。
「やばっ……!」
リューネが絶叫する。
「ピギャァァ!!(=左舷装甲ほぼ飛んだ!!)」
“ほぼ”って言葉が怖い。
サレは壁に頭をぶつけながら言う。
「……今の……痛い……眠い……無理……」
無理と言いながらしっかり狙撃準備をしている。
この人の“無理”は信用ならない。
ヴァルゴは衝撃で転びながら、詩的な語彙を乱射していた。
「この痛み……宇宙の叫び……!」
叫んでるのはあなたです。
でも誰も諦めていない。
壊れているのに、妙に前向きだ。
(すごいな……この人たち)
敵の攻撃密度が上がる。
まるで逃げ場を削るように、砲撃の間隔が狭まっていく。
僕は歯を食いしばった。
(……逃げきれない)
その瞬間、オーボシが言った。
「ユウマ」
オーボシの声が落ち着いている。
「死角に潜り込む。敵の隊形が切り替わる一瞬を狙え」
「えっ……そんな、できますか?」
「できる。お前なら」
(……まさか忘れてない?)
僕は四十七英雄でもない。
専門教育を受けた操舵手でもない。
元はただの、整備員だ。
僕自身ですら"できるかどうか不明"なのに──
でも。
オーボシは、僕を信じている。
人に信じられた時の体温は──不思議と、恐怖より強い。
僕は操舵桿を握り直した。
「分かりました。信じてくれるなら……やってやります」
〈ヤマガ・リュウ〉が加速すると、
体が重力に押し潰されそうになる。
敵艦の砲撃が、視界の隅に線のように伸びて、こちらを貫こうとしていた。
(怖い……でも止まれない……!)
船体が揺れる。
制御が暴れる。
僕の手汗が操舵桿を滑りそうになる。
それでも、“死角”と呼ばれたわずかな角度に向かって、ひたすら食らいついた。
敵艦の影が急速に近づく。
オーボシが叫んだ。
「いまだッ! ヴァルゴ、撃て!」
ヴァルゴは立ち上がり、宇宙に響くような声で詩を叫ぶ。
「星よ、我が焔を受け止めよォォォ!!」
主砲が閃光を放った。
白い光が敵艦の腹部を包み、機関部が爆発した。
《敵艦アストリア03、機関部損傷。航行不能》
敵艦の動きが止まる。
「……っ、は……っ……」
息が上手く吸えない。
「本当に……倒せた……?」
オーボシが短く言った。
「倒した」
そしてしっかりと僕の目を見た。
「お前のおかげだ」
その一言だけで──胸の奥が、熱くなった。
敵艦隊は混乱した。
もはや中央庁の完璧な隊列ではない。
その隙を、四十七人が本能で突いた。
カゲロウが水場を求めて進むだけで、敵兵は両手を上げる。
「みず……みずが必要だ……」
リューネのジャミングが通信網を乱し、「ピギャフシャァァ!!(=混乱しろ混乱しろ!!)」
サレは眠そうに砲塔の弱点を的確に撃ち抜き、「……あー……当たった……」
トウマは故障箇所を即座に支えなおし、「皆さま、安全には気を付けて!」
誰一人として“まとも”ではないのに、全員が“戦える”という奇跡の瞬間だった。
敵艦が一隻、また一隻と後退していく。
(……勝てるのか?)
(本当に、勝てる……?)
その実感がじわりと体に広がっていく。
やがて……
《中央庁艦隊、後退開始》
その報告が、艦橋に響き渡った。
一瞬の沈黙。
そして──
四十七人の歓声が、割れんばかりに上がった。
それぞれ声の種類が違いすぎる。
カオスだ。
でも──勝利の喜びに、偽りはない。
僕も、操舵席で深く息を吐いた。
涙が出るほどの──安堵だった。
外宇宙での戦闘が終わると、リング内部の中央庁部隊の士気は一気に下がった。
トウマの丁寧な脅し文句や、ヴァルゴの詩による精神攻撃や、リューネの機械語ハッキングにより、敵は次々に武装を捨て、退避ルートへ逃げていく。
四十七人は、“優しく”制圧していった。
優しさの基準は人によるが。
そして、ついに総督の隔離区画へと辿り着く。
扉が開くと、薄い光の中でナガノリ総督が座っていた。
痩せてはいたが、その瞳には確かな光が残っていた。
オーボシがゆっくりと歩み寄る。
彼がここまで緊張している姿を初めて見た。
「……殿」
ただ、その一言だけだった。
でも、その声には何十もの感情が詰まっていた。
総督は微笑んだ。
弱々しいが、人を包むような笑顔だった。
「オーボシ……よく来てくれたな」
オーボシは膝をつき、頭を深く下げた。
「お迎えに参りました。あなたの名誉、必ず取り戻すと……」
声が震えた。
オーボシという男の強さは、“揺れながらも折れない”ところにある。
総督はその肩にそっと手を置いた。
「ありがとう。君の忠義は、私の誇りだよ」
僕は胸の奥が熱くなった。
自分でも驚くほど、涙が出そうになった。
総督は僕を見つけ、ふっと笑った。
「ユウマくん。君も来てくれたんだな」
「はい……総督を助けられて、良かったです」
「君は昔から、妙なところで人を助けるね」
「褒めてます?」
「もちろん」
やっぱりこの人は“本当に良い人”だ。
だからこそ狙われたんだ。
〈ヤマガ・リュウ〉に戻ると、船内が少しだけ暖かかった。
傷だらけの船体。
継ぎ接ぎだらけの装甲。
それなのに、なぜか誇らしげに見えた。
オーボシが僕の隣に立つ。
「……ユウマ」
静かな声。
「本当に、お前のおかげだ」
「いや……みんなのおかげですよ」
僕は首を振った。
「僕はただ……舵を握ってただけです」
「その"ただ"が、命を救った」
オーボシは僕を見た。
「殿も、お前を褒めていた」
褒められるのに慣れていない。
だから──
どんな顔をすればいいか、分からなかった。
人工太陽がゆっくりと昇る。
赤い光が、船体を照らす。
その光の中で、僕は静かに思った。
(終わったのか……)
──いや。
(……たぶん、まだ続く)
でも、いまは、この静けさを味わいたかった。
四十七人の喧騒が、遠くから聞こえる。
詩を詠む声。
機械語で叫ぶ声。
丁寧に謝る声。
眠そうに呟く声。
それが不思議と、心地よかった。
僕はそっと口にした。
「……みんな、生きててよかった」
誰も、返事はしなかった。
でも──
静かな空気が、肯定してくれた気がした。




