第七章 初陣で死にそうになるのは、たいてい本人の未熟だけでなく、船の個性のせいでもある
出航のとき、〈ヤマガ・リュウ〉の通路には、奇妙な緊張感が漂っていた。
張りつめているのに、どこか頼りない。
四十七人の気配が入り混じると、空気はこうなるらしい。
僕は艦橋で操舵席に座り、周囲の計器をじっ……と見つめていた。
古い計器は針の揺れ方が一定じゃない。
揺れ方で“機嫌”が分かると技術局の誰かが言っていたけれど、残念ながら僕はまだ機嫌の読み方を知らない。
(頼むから、今日は機嫌よくしてくれ……)
そんな祈りをこっそり捧げていると、オーボシが静かに言った。
「出るぞ」
その声は氷のように冷たかったが、芯に燃えるものがひそんでいた。
殿を取り戻すための炎かもしれない。
僕は操舵桿を握り直し、深く息を吸った。
リングの人工太陽が遠ざかり、黒い宇宙の中に規則的な光が浮かぶ。
──中央庁艦隊だ。
最新鋭のアストリア級巡航艦が四隻並ぶと、それだけで宇宙の風景が変わる。
“綺麗”ではなく“冷たい”。
徹底された秩序の匂いがする。
僕は喉をならした。
(……あんなの相手にするの? 〈ヤマガ・リュウ〉、大丈夫? 僕、大丈夫?)
オーボシが僕の肩に手を置く。
「怖いか?」
「はい。即答で怖いです」
「……正直でよろしい」
その言葉で、少しだけ呼吸が楽になった。
オーボシは恐怖を否定しない。
否定しないから、支えになる。
敵艦から通信が届く。
《不明艦〈ヤマガ・リュウ〉。航行停止を要求する。従わなければ──》
そこで通信が途切れ、敵艦の砲塔が光った。
「回避!!」
僕の手が勝手に動いた。
本当に“勝手に”だった。
考えるより先に反応していた。
〈ヤマガ・リュウ〉は、なぜか機体をひどく傾けながら、敵の砲撃をかすめるように回避した。
「なんで避けられるんだ……?」
思わず口に出た。
リューネが配線の束に埋もれながら叫ぶ。
「ピギャ!!(=重力制御、暴走中!!)」
つまり、避けたんじゃない。
暴走して勝手にズレたらしい。
結果オーライと言えるのか分からないが、確かに当たってない。
サレは半分寝たまま観測している。
「……今の……良かった……(寝ぼけ声)」
ヴァルゴは胸を叩きながら謎に感動していた。
「宇宙が我らを祝福している……!」
祝福じゃなくて誤作動だと思うよ。
敵艦隊が動き始めた。
あの巨体が一斉に向きを変える姿は、素直に言って恐ろしい。
オーボシが落ち着いた声で命じる。
「ユウマ、左舵。ヴァルゴ、主砲準備」
「了解……っていうか、避けきれるかな……」
「避けろ。避けながら撃つ」
できると思って言ってるんだろうか。
オーボシはたまに“人じゃない何かの常識”で話す。
でも、彼が本気なのは分かる。
だから、僕も本気になれた。
「左舵ッ!」
船体がギシリと悲鳴を上げた瞬間、主砲が光った。
ヴァルゴが詩を絶叫する。
「星々よ、我が焔を見届けよォォォ!!」
主砲が──閃光を放った。
一瞬の静寂。
そして──
敵艦のセンサー塔が、白い光に包まれて吹き飛んだ。
「……当たった!?」
僕 は思わず椅子から立ち上がりそうになった。
「あれだけ揺れてたのに!?」
サレがぼそっと言う。
「……揺れてたから……当たった……たぶん……」
理屈が、まったく分からない。
でも──
四十七人の能力は"壊れつつ噛み合う"ことで、とんでもない結果を出すらしい。
敵艦隊はすぐに再編成し、さらに緻密な砲撃を始めた。
その砲撃は、ひとつひとつが“殺すための計算”でできている。
「ユウマ、下がれ!」
オーボシの声に反応して舵を切るが──
着弾の衝撃が艦全体を揺らし、視界が白く染まった。
左舷装甲が派手に剥がれた警告が鳴り響く。
僕の心臓も剥がれそうだ。
「やられた……!? 〈ヤマガ・リュウ〉、まだ持つ!?」
リューネが必死に叫ぶ。
「ピギャギャ!!(=持つ!たぶん!いや多分だけど!)」
“たぶん”に希望を託すしかない状況って、人生の中でも指折り数えるほど緊張する。
オーボシの声が落ち着いている。
その冷静さが逆に怖い。
「ユウマ。ここが突破口になる」
「突破口……?」
「敵の包囲がまだ締まりきっていない。そこに飛び込め」
軽い言い方だが、内容は“死ぬほど怖い”。
僕は喉を鳴らした。
「……分かりました。僕を信じてるってことですよね?」
「そうだ」
迷いのない声に、背中を押された。
トウマが通路で叫んでいる。
「皆さま! 揺れますのでご注意を……!」
礼儀正しく警告しながら、損傷箇所に鉄板を溶接している。
カゲロウが水を飲みながら走る。
「……エンジン、冷やす……!」
脱水症状なのに、冷却作業を担当している。
歌いながら板金を叩く整形担当が、損傷した外装を直している。
「♪ 戦いの歌を〜 宇宙に響かせ〜」
冷却材を飲もうとする熱管理担当を、誰かが止めている。
「それ飲み物じゃないから!!」
バラバラ。
統率なし。
でも──誰も諦めていない。
僕は舵を握った。
指先が汗で滑る。
息が浅くなる。
でも──やるしかない。
「いきますッ!」
〈ヤマガ・リュウ〉は一瞬、宇宙の闇をえぐるように加速した。
重力が体を押しつぶすようにかかり、視界の端が揺れる。
砲撃の光がこちらに向かって一直線に伸びる。
(怖い怖い怖い!!)
でも、不思議と“終わりだ”とは思わなかった。
四十七人が後ろにいて、オーボシが隣にいる。
だから──進める。
艦体が、敵艦の死角に滑り込む。
その瞬間──
オーボシが叫んだ。
「ヴァルゴ、撃て!!」
ヴァルゴの詩が響く。
「宇宙よ受け取れ! 我が魂の火花ァァァ!!」
主砲が──閃光を放った。
一瞬の静寂。
敵艦が、白い光に包まれる。
そして──
巨体が、大きく傾いた。
《敵艦アストリア02――機関部損傷、推進力喪失》
僕は気づいたら、大きく息を吐いていた。
「……やった……!」
声が震えている。
でも──嬉しかった。
オーボシが静かに頷いた。
表情は変わらないのに、その頷きは“確かな喜び”を含んでいた。
「ユウマ。よくやった」
胸が熱くなる。
操舵席に座っているだけなのに、
なんだか自分が少しだけ強くなった気がした。
敵艦隊が動揺し、隊列が一瞬乱れる。
その隙を、リューネのジャミングとサレの狙撃が広げていく。
「ピギャァ!!(=通信妨害!)」
「……当たる……(寝ながら)」
壊れているのに有能。
有能なのに壊れている。
四十七人は、矛盾の塊だ。
でも、その矛盾が“義”の方向へ噛み合う瞬間、恐ろしいほどの力を生む。
オーボシが静かに言った。
「このまま押し切る」
僕は操舵桿を握り直す。
「押し切ります。みんな、死なせません」
その言葉を言いながら、自分で驚いた。
(……いつの間に、こんな言葉を言えるようになったんだろう)
怖いけど、後ろには四十七人とオーボシがいる。
だから進める。
もう迷わない。
──ここからが、本当の戦いだ。




