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SF忠臣蔵 ─ 四十七人の精鋭隊員と一人の人畜無害な整備員と反乱戦艦〈ヤマガ・リュウ〉と  作者: 真野真名


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第一章 掃除ロボは容赦がないし、人生はそれ以上に容赦がない




 恒星間航路の要衝《アコウ・リング》の朝は、人工太陽がやる気のない光を撒き散らすところから始まる。

 眠気を誘う色味で、誰がどう見ても”晴れ”というより”電圧不足”だ。

 そんな光を浴びながら、僕はいつものように廊下で掃除ロボと格闘していた。


「おい、ストップって言ってんだろ」


 掃除ロボは返事の代わりに僕の靴の甲を吸い込もうとした。

 こいつは人の言うことを聞く気がない。

 掃除に関してだけは完璧だが、それ以外の優先順位が無法地帯なのだ。

 まるで昔の自分を見ているようで嫌になる。


 今こうしてメンテンナンスまがいの仕事をしているのは、

 かつて“技術局”でやらかした事件のせいだ。

 いや、“事件”と呼べるほどのものじゃなく、端的に言うと、僕が機械の動作ログを年単位で読み違えて、局内の高性能ロボットを全部“昼寝モード”にしてしまっただけだ。


 人類の技術が進むほど、昼寝するロボットが増えるなんて誰が予想しただろう。


 上司は呆れ、僕は肩をすくめ、現場に妙な静寂が生まれた。

 あの瞬間、「適材適所」という言葉が、実は“適度に逃がす場所も必要”という意味なのだと悟った気がした。


 だから僕は、このリングの下働きみたいな仕事に落ち着いた。

 逃げ場所というには騒がしすぎるが、悪くない。


「はいはい、吸い込み口閉じるよ。そこ靴じゃない」


 掃除ロボにしぶしぶ従わせ、オイルの染みた雑巾で手を拭いた瞬間だった。


 リング全体に警報が鳴り響いた。

 これは火災でも空気漏れでもない。“もっと面倒くさいほう”の警報だ。


《緊急速報。アコウ・リング総督ナガノリ失脚の報。中央庁、緊急監査体制へ移行》


 そのアナウンスの声は、少しだけ震えていた。

 機械なのに、怯えているように聞こえたのが印象的だった。


 僕は苦い息を吐いた。

「……マジかよ」



 近くにいた整備員たちは、口々に「はあ?」と声を漏らした。

 ナガノリ総督と言えば、誰に対しても丁寧で、怒ったところを見たことがない人物だ。

 あの人が権力争いの渦に巻き込まれた? どの角度から見ても似合わない。


「ユウマ、聞いたかよ……総督が……」


「うん。まあ、なんか……嫌な予感はあった」


「なあ、お前覚えてるか? 前にリングの電力不足で揉めた時、総督だけだったんだぞ。“まず住民の照明を優先しろ”って言ったの」


「覚えてるよ。あの人、偉いくせに人の気持ちが分かるんだよな」


「……だから、消されたんだろうな」


 その言葉に、胸の奥がざらついた。

 ナガノリ総督は、僕がこのリングで初めて「居てくれてよかった」と思った大人だった。

 技術局から追い出された僕に、彼はただ一言だけ言ったのだ。


“いた場所が違っただけだよ。居心地のいいところに来るといい”


 その言葉は、いまも僕の背中に手を添えている。


 だから、失脚の報せを聞いた瞬間、

自分でも驚くほど頭に血が上った。

 この人がいなくなる世界なんて、考えたくない。


 そんな風に、無駄に憤ってた僕の心をと共鳴したのか、携帯端末が震えた。

 画面には“オーボシ・モトイ”とある。

 総督直属警備隊の元隊長で、筋金入りの堅物だ。

 ただし、堅物すぎて会話が苦行のときがある。


「……ユウマか。至急、管制塔裏の会議室まで来い」


 開口一番それだけ言うと、オーボシは通信を切った。

 この呼び出し方、絶対に厄介ごとの予感しかしない。


 掃除ロボの腹を閉じ、僕はため息をついて歩き出した。

 人工太陽は相変わらず眩しく、通路の金属床に細い影を落としている。

 まるで、これから起きることを先に知っているみたいだった。




 会議室に入ると、空気が重かった。

 湿気ではなく、人の気配が重いのだ。

 リング幹部たちが息を潜め、中央庁の監査部隊が外の廊下をうろついていた。


 そして、部屋の中央に立っていたのがオーボシだった。


 相変わらず“無表情の彫刻”みたいな顔をしている。

 目元の影は深く、肩に乗った忠義の重さが、そのまま形になったような男だ。


「来たか、ユウマ」


「オーボシさん……総督、本当に……?」


 オーボシは短く頷いた。

 その動きだけで、喉の奥がきゅっと痛くなった。


「中央庁が殿を拘束し、罪を捏造した。リングを掌握するつもりだ」


 オーボシによれば、中央庁の役人たちは以前からアコウ・リングの利権を狙っていたらしい。

 総督がそれを拒否したため、逆に“予算不正の疑い”をでっち上げられ、連行されたという。


「なら、弁護すればいいんじゃ……」


「その前に、我らが兵を揃えねばならん」


 兵?


 そこでオーボシは言った。

「アコウ四十七部隊を再招集する」


 ああ、出た。

 隊の名前は強そうだが、問題が一つある。


「……彼ら、全員冷凍睡眠中ですよね?」


「そうだ。しかも銀河全域に散らばっている」


 さも当然みたいな顔で言うが、状況はかなり絶望的である。

 僕が黙っていると、オーボシはさらに続けた。


「そこで、お前に彼らの回収を頼みたい」


「なんで僕なんです?」


「顔が、嫌われにくい」


 またそれだ。

 僕の顔は宇宙基準で“警戒心を抱かれにくい”らしい。

 便利なのか損なのか分からない。


「ほんとうにそれだけで?」


「……お前は以前、俺の命令を無視して民間人を優先した。あのとき、お前は正しかった──今回も、お前の判断を信じる」

 オーボシの声には、珍しく温度があった。


 それは褒められているのか、慰められているのか分からないけど、悪い気はしなかった。


「お前だからだ、ユウマ。四十七人の“眠り人”を回収できるのは」


 オーボシの声は固い。

 鉄みたいに硬いのに、どこか焦燥が滲んでいた。


(ああ、この人も必死なんだ──)


 その必死さが僕の胸にぶつかってきて、気づけば頷いていた。


「……分かりました。行きますよ、オーボシさん」


 オーボシはほんのわずかに息を吐き、

 その肩が僅かに下がった。


「恩に着る」


 オーボシは珍しく頭を下げた。

 その姿を見て、僕の背中には、もう一つ別の感情が芽生えていた。


 ああ、これ、多分戻れないやつだ。





 僕は今日も荷物がまとまらない


 部屋に戻り、最低限の荷物をリュックに放り込む。

 放り込むたびに、過去の仕事の失敗が脳裏にちらつく。

(もし今回も、僕が何か間違えたら……)


 自分でも笑えてしまう。

 “間違える前提”で考えるあたり、成長していない。


 でも、それでも。

 総督を守れる可能性があるなら、動くしかない。


 寝台の上に置いていた小さな工具箱が目に入る。

 技術局を追い出される時、唯一持ち出したものだ。


 僕はそれをリュックに押し込み、

 小さくつぶやいた。


「……行ってくる」


 誰に言ったのか分からない。

 ただ、言わずにいられなかった。





 格納庫で待っていたオーボシは、荷物の少なさを一瞥して言った。


「随分身軽だな」


「重い荷物を持つと、すぐ腰痛めるんです」


「そうか」


 オーボシは真顔で頷いた。冗談が通じているのかいないのか分からない。

 けれど、その真面目すぎる反応が、逆に落ち着きをくれた。


 ハッチが開き、船内の空気が流れ込む。

 金属と油の匂いに混じって、少しだけ緊張の匂いがする。


「ユウマ。ここからが、お前の役目だ」


「はい」


 答えた瞬間、自分が誰かに期待されていることを、久しぶりに実感した。

 それが少しだけ誇らしくて、怖かった。




 船はゆっくりと浮上し、アコウ・リングの外へ滲むように滑り出した。


 人工太陽の光が遠ざかるにつれ、胸の奥で何かが──静かに、確かに、燃え始めた。






12月14日までに完結しないだろうな……。

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