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SF忠臣蔵 ─ 四十七人の精鋭隊員と一人の人畜無害な整備員と反乱戦艦〈ヤマガ・リュウ〉と  作者: 真野真名


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第二章 水のない星で悟れと言われ、結果的に心だけ潤った気がする




 ミズナギに近づくと、船内モニターが茶色いモザイクのような地表を映し出した。

 乾燥しすぎて、もはや"風景"というより"焼きすぎたクッキー"に見える。


 船を着陸させると、薄い風が吹き抜ける音がした。

 湿度ゼロの星が吐くため息みたいな音だ。


 その風の中で、一人の少女が両手を胸の前に揃えて立っていた。

 彼女の衣は柔らかく揺れていて、この星の乾いた感じとは違うやさしさをまとっていた。


「ようこそ、巡礼者さま。水の導きがあなたをここへ……」


「どうも、仕事の人です」


 そう言った瞬間、少女の顔が"予想外の言葉を渡された子犬"みたいに固まった。

 少しの沈黙のあと、慣れない状況を理解しようとするように、眉が困った形に動いた。


「……し、仕事……。あ、あの、それでも水の恵みがあらんことを」


 無理やり帳尻を合わせた感じがおかしくて、思わず笑ってしまいそうになった。





 少女に案内されて中央殿へ向かう道。

 両脇には石碑がずらりと並んでいた。


“水は心に宿る”

“乾きを恐れるな”

“飲水過多に注意”


 最後のだけ、妙に保健室の掲示物っぽい。


「ミズナギは、水を失った星なんです」

 少女は歩きながら言葉を漏らした。

 砂の上を歩く音が、まるで古い記憶を踏みしめているみたいだった。


「ミナモさんは、水があった頃のことを知ってるの?」


「いえ、私が生まれる百年も前に……。でも、祖母の祖母が語り継いだ話は知っています。湖の色は"宝石より美しかった"って」


少女の目に、見たことのない水の色が映っているように見えた。


「見たことなくても“水の教え”を信じてるんだね」


「はい。あるものしか信じないより、"なくなってしまったものを忘れない"ほうが強いって……教主さまの言葉ですけど」


 少女はどこか誇らしげだった。

 乾燥した空気の星なのに、彼女だけ少し湿度を持っているように思えた。




 石造りの中央殿は、砂の中に沈むように建っていた。

 中へ入ると、湿度はやっぱりゼロだが、空気にだけ重さがある。

 信仰の重さだ。


「教主さま、巡礼……じゃなくて、お仕事の方をお連れしました」


 少女の声に応えるように、奥から長い杖をついた老人が現れた。


 白髪に鋭い目。

 典型的な“宗教の偉い人”の顔立ちだが、杖をついた歩き方がちょっと犬みたいにせわしない。


「おお……来たか。そなた、例の”聖なる眠り人”を求める者であろう」


「えっと……冷凍ポッドの回収に来ただけで──」


「そう、聖なる眠り人! 水の象徴!」


 少女が小声で「違います」と言ったが、教主は聞こえていないふりをしたのか、本当に聞こえていないのか判断が難しい。


「だが返すには儀式が必要だ。三十時間の断水と、宇宙服での座禅だ」


「三十……!?」


「大丈夫だ、倒れた者はほとんどいない。まあ時々……多少……」


 少女が横から慌てて遮った。

「大丈夫です! 倒れても医療班がちゃんと診ますから!」


「倒れること自体が尊いのだがな……」

 教主はぽつりと呟いた。


 やっぱりこの人、悪気は全くないけれどどこかずれている。




 宇宙服での座禅は、単純に言ってつらかった。

 五時間目までは意外と平気だったが、八時間目には喉が砂漠になり、十五時間目には砂漠の中にさらに砂漠ができた。


 地面に座るたびに、ザラザラした砂がスーツの外側で音を立てる。

 その音が、まるで世界中の水が消えていく音に思えてくる。


 遠くで少女の声がした。


「無理しないでください……!」


 その声だけで、ちょっと喉が潤った気がした。

 気のせいなんだけど。


 二十時間目あたりで、ふと思った。

(水がないから、水を大切にする。……ナガノリ総督も、そういう人だったな)

 いないからこそ、忘れない。

 失ったからこそ、取り戻す。


 ……これって、悟りなのか?

 それとも、ただの渇きからくる妄想なのか?



 二十五時間目、意識がふらふらと泳ぎはじめた。


 判断がつかないまま、三十時間目、僕は見事に倒れた。


 悟りは得られなかったが、“水のありがたさ”だけは身に染みた。




 気がつくと、中央殿の寝台で横になっていた。

 教主が傍らで僕の顔を覗きこんでいる。


「おお……よくやり遂げたな。倒れるほど身を投げる者こそ、尊い」


「いや、ただの脱水で……」


「倒れ方が見事だった」


 褒め方が独特すぎる。


 少女が水を差し出してくれた。

「お疲れさまです……」


 僕はその水を大事に一口飲んだ。

 五感すべてが、生き返る。


 教主が腕を組む。


「よかろう。そなたの真心、確かに見た。眠り人のポッドを返す許しを与える」


「本当に……いいんですか?」


「うむ。そなたのように“外れた道を歩む者”には、わしは甘い」


「甘い理由が雑じゃないですか?」


 少女が笑いをこらえているのが見えた。




 船へ戻る途中、少女が走って追いついてきた。


「ユウマさん!」


 振り返ると、息を切らしながら、小さな皮袋を差し出してきた。

 開けると少量の水だった。

 この星では宝石より価値がある。


「これ……少しだけですけど。旅の加護になりますように」


「ありがとう、ミナモさん。……君の星、本当に大変だね」


 少女は小さく頷く。

 でも、次の瞬間ふっと笑った。


「はい。でも、“水は心にも流れる”って、私は好きなんです。本当に、そう思ってます」


 その言葉は、教主のものよりずっと悟っていた。


「また来てもいい?」


 少女の目がぱっと明るくなった。


「もちろんです! 水の導きがあれば!」


 (導きというより、航路データなんだけど……まあいい)




 船のハッチを閉めた後、僕はさっきもらった水の袋を見つめた。


(……こういう優しさをもらうと、後には引けなくなるんだよな)


 僕にはもともと“誰かの期待を断ち切れない質”がある。

 

 良く言えば情に厚い。

 悪く言えば、優柔不断。


 でも……弱さが人を救うことだってある。

 総督がそう教えてくれた。


 エンジンをかけながら、ポッドのネームプレートにそっと触れた。


《スオウ・カゲロウ:重戦士》


 冷たい金属の感触が、託された命の重さを思い出させる。


「よし、次行くか。AI外交官のステーションだってさ。……嫌な予感しかしない」


 それでも船は静かに進み始めた。


 遠ざかるミズナギの地表は、

 乾いているのに、なぜか僕の心に湿度を残していった。




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