東奔西走
2021.03.25 投稿
「それより、ひなに沖が残ってた神のところに行こう。どこにいるか、分かる?」
ハマは立ち止まり「読んでみる」と瞑目する。
青颯の頭の中には、夢で禰々島へ飛んだ時に遭遇した、神の姿があった。タヒトの腕を奪い、ナダに非道を命じた黒幕。しかし、地底の母のために動いていたことは確かだろう。こうなってしまっては、確実なところに頼らなければ道は拓けない。
しばらく待ち、彼女は目を開く。「あっち」とだけ短く言って、歩き始めた。
集中しているのか、ハマは真剣な眼差しで前を見て、口を開かない。青颯にも彼の気配が分かるようになった頃、二人は同時に立ち止まり、顔を見合わせた。
「消えた」
「……もう一回、探してみる」
ハマは再び目を瞑る。同じ時をかけ沖を探り、回れ右をして「あっち」と歩き出す。
しかし、再び同じことが起きる。
「またあ?」
「……もう一回」
その後、二人は同じことを日が暮れるまで繰り返した。
西日を目に映しながら「……もう、一回……」と言うハマを制する。
「いやもう、ちょっとやめない?なんか、久し振りに疲れた」
言うが早いが、彼は大地に寝転んだ。
「東西東西東西東西……何回往復した?」
「途中から、数えるのやめた」
ハマは立ったまま答える。
「疲れてないの?」
「疲れた……」
「寝れば?」
「……横で、寝ていいの」
おずおずと言う彼女に、ちょっと考えてから口を開く。
「何を今さら。自分から「一緒に寝よう」とか言ってきたことあるくせに」
「……?」
何の話だ、と言わんばかりに首を傾げる。
「まあ憶えてないだろうけどさ。ナダが消えた後、俺を兄だと勘違いして……」
彼女はハッと表情を変える。
「言わないで!」
「憶えてんの?」
「憶えてないけど!あの時の私ならやりそう!」
青颯は声を上げて笑った。
しばらく腹を抱える彼を、ハマはきょとんとして見下ろす。
「……どうしたの」
「あなたが笑ったとこ、初めて見たわ」
「そりゃ、そうでしょ。あんな所にいたんだもん」
彼は真顔に戻って星を見上げる。
「……ごめんなさい」
ハマは彼の横に正座する。彼は、ちらと一瞥して溜息を吐いた。
「すぐ謝るんだから。あれはナダが悪かったんじゃん」
「まだ、兄さんを、憎んでいるの」
「当たり前でしょ。というか、絶対に許さない」
彼女は、胸がしぼんでしまうような気持ちに背を丸める。
「……じゃあ、私のことも」
「また、そんなことを言う」
青颯は身を起こす。
「別人だろ。切り分けて」
「……まだ、できない」
「あそう」と再び寝転ぶ。
「……ちゃんと、する。ちゃんとするって、約束するから……」
「するから?」
ハマはじっと地面の一点を見つめ、息を止めている。が、諦めて「……なんでもない」と身を横たえる。
「ちゃんと言いなよ」
背中を向けた彼女は、首を横に振る。
「……まあ、いつかでいいか」
時間はたっぷりあるんだからさ。と唱えるように言って、瞑目した。
二人の朝は、「おおい」という暢気な声と共に始まった。
寝ぼけまなこに見上げる顔には、琥珀の双眸が嵌っている。
「化物!」
先に声を上げたのはハマだった。顔を引きつらせて硬直しているが、青颯にはハマの方が恐ろしく思えた。
彼女は声だけで、貴人に苦痛を与え膝を折らせていた。
「思った以上に……強力だの……」
「何しに来た」
「そう、警戒するな」
「無理な注文だね。なにもかも、元はと言えばお前のせいなんだから」
「これまでは、な。しかしこれからのために、聞いてくれ」
いたた、とこめかみをほぐし、彼は立ち上がる。
「その前に……名前を、教えて」
ハマは震えを堪えて問う。
「母神の分身よ。これまでの非礼を詫びさせてほしい。私は金星の神で、凰燈と申すものだ」
「何が、非礼を詫びさせろだ。ハマを殺せとナダに言ったのはお前なんだろ」
彼女は、青颯の背中をぎゅっと掴む。
「致し方ないことだ。私の意志ではない。神というのは、地底の母には逆らえんのだ。母神が肉を交代することになった以上、それが滞りなく運ぶよう動くことしかできん」
「そっちの事情なんて知らないよ」
「知ってもらわねば。おぬしも最早、ただの人ではない」
少しも悪びれない彼は、話を逸らす。
「母神様の分身から、子の力を分けて再誕しておるのだ。神の子供と言っても差し支えない」
「俺ハマの子供なの」
彼女を振り返るが、目を逸らされる。
「子供、とは違う。子供のようなもの、だ」
「結局何なの」
「神の力を得た人間、といったところかの」
「中途半端だな」
「禰々島もそうであったろ」
整い過ぎた顔は、笑うとあまり美しくなかった。
「ということでな、おぬしらも地底の母の復活に文字通り東奔西走しており……おぬし、名を青颯というが、正に」
「つまんないからやめて。しかも西行ったり東行ったりって誰のせいだと思ってんの。続き」
つれない奴だのう、とぼやく。
「実は、時間がないのだ。このまま新月を迎えたらば、天地は二度と戻らなくなる」
青颯は指を折る。
「今日入れて……あと四日?」
「左様」
「何ゆったり構えてんだよ!」と噛みつく青颯に「まあ。解決への道筋はもう見えておる」とやたらとゆっくり首を振る。
「煽ってんの?」
「いかにも」
まともに取り合ったら負けだ、と青颯は溜息を吐く。
「まず、この天地を元に戻す方法は、つまるところ一つだ」
「地底の母に、自分が神だってことを思い出させること?」
「なぜ、知っておる」
「理由なんてどうでもいいでしょ。それで?」
「母神が人と化しておる原因を、排除せねばならん」
凰燈は腕を組む。
「母の中には、これまで沖術を産むために犠牲になってきた娘たちがおる。知っておろう。おぬしの先祖の蠱術のために、犠牲になってきた娘たちだ」
二人はそれとなく息苦しくなる。
「だが、呪いの民族は晴れて全滅した」
青颯は心境を映した面持ちで「俺たちが残ってるけど」と低く言う。
「最早人ではないと、言うたであろう。おぬしらは対象から外れておる」
押し黙る二人に構わず、凰燈は説明を続ける。
「沖術を産む娘たちは同時に、女神に力を与えてもいる。母の中にあっても、力を失わない」
ハマは、感情に捕らわれて聞き逃すまいと、小さく頷いた。
「その娘たちはまず、寄神に殺されることで地下におりる。このことから寄神に恐怖を抱くことは言うまでも無いな。今この、何もない天地でも、再び襲われるのではないかということを恐れておるのだ。それが、自身もまた犠牲の娘であった母を深く共感させ、神を忘れさせる」
凰燈は、二人が目を合わせるのを待ってのたまう。
「寄神を見つけたら、迷わず殺せ。後の時代にはどの道、必要ない」
「あれを、どうやって殺すんだ」
嫌と言うほど見てきた、巨漢。当たり前に崇拝してきたものを、否定こそすれど倒すということは全くもって想像できなかった。
「心配せずとも、分身様が知っておる」
彼女は首がもげそうになるほど横に振る。
「目にすれば、自ずと分かろう。それに、今すぐ事に当たれとは言わん」
「ほんとに、そんなうまくいくの?」
凰燈は「案ずるな」と何度も頷く。
「大地の底に残った土地の記憶を呼び起こしながら、母の元へ向かうのだ。さすれば、おぬしも己の力に気づくことができよう」
「土地の記憶って、元々の天地の形ってこと?」
「左様。この大地の下に眠っておるのだが、月光と共に思い起こされるものらしいのだ。私はついこの前までそちらにいたのだがな。新月にて一度失われてしまえば、再び蘇ることはない」
例え、月が再び満ちようともなと加える。
「じゃあ、実際残された時間はもっと短いってことね」
「あの……」
遠慮がちに、琥珀の瞳を見上げる。
「どうやって、呼び起こすんですか……」
「まずは、南の海まで行け。そこから、北の母を真っ直ぐ目指すのだ。歩いてな。そして自らに問いかけ、大地の下に問いかけ、方法を手繰り寄せよ。私に言えることはそれだけだ」
ハマは、彼の言葉を何度も口の中で繰り返す。
「この乾いた大地は、それを覆う雪のようなものだ。おぬしが呼び起こした記憶に、母が神を思い出せば、川が通り春がこよう」
「春になるの?」
「春は、大地の産声であるからの」
金星の神は微笑む。
「ただ、母神様は何を所望されておるか分からぬ。神であることを思い出しても、また元のように戻るとは限らん」
青颯は頷いた。
「前の通りだと苦いから、嫌だと言ってた。元の世界のままでは、構造上死にきれない生は全て地底の母に向かうんでしょ?結局自重に苦しんでいるようなものだけど、だからといってどうしたらいいのかは分かっていない」
「明察だ。だから母は、月に昇ることを望んだのだがな、結果はこの通り。地下で過ごしてきたこれまでの恐怖が強すぎて、また同じ道を歩まされるのだと思い込んでおられる。新たな道があることを思い出させねばならん」
「昨日会った人が言ってたんだけど、人間にも死にきれない生を分け与えることはできない?」
凰燈は乾いた声で笑い、頷く。
「病気を抱えたまま生きたい人間がおるか?」
「……まあ、そうだけどさ」
「ただ、その心が母神様を救うだろう。人に糸口は見つけられまい。だが、人の力無くして復活はあり得ぬ」
彼は、風上を睨む。
「私は、人々を二十八か所の穴があった所に集めておる。であるから、西へ東へと動いておったのだ。そして母に祈らせ、眠ってしまった神の力を揺すぶる」
「二十八か所の穴?」
「地底の母にとって、口のような大切な穴だ」
凰燈が、足から宙に溶けていく。
「一度に多くを頼んだが、耐えられそうか」
問われたハマは、首を縦に振る。
「……母神も、今のままじゃきっと、辛い。だから、私も、頑張る」
「素直で良い娘を妻に持ったな」
「うるさい早く行け」
凰燈は哄笑したまま消えていった。
青颯は、視線を感じて彼女を見る。その意図に気づいていながら「海に、飛ぼう」と目を逸らした。




