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そしてまた月は満ちる  作者: 春日野霞
十二 讃歌
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東奔西走

2021.03.25 投稿

「それより、ひなに沖が残ってた神のところに行こう。どこにいるか、分かる?」

 ハマは立ち止まり「読んでみる」と瞑目する。

 青颯の頭の中には、夢で禰々島へ飛んだ時に遭遇した、神の姿があった。タヒトの腕を奪い、ナダに非道を命じた黒幕。しかし、地底の母のために動いていたことは確かだろう。こうなってしまっては、確実なところに頼らなければ道は拓けない。

 しばらく待ち、彼女は目を開く。「あっち」とだけ短く言って、歩き始めた。

 集中しているのか、ハマは真剣な眼差しで前を見て、口を開かない。青颯にも彼の気配が分かるようになった頃、二人は同時に立ち止まり、顔を見合わせた。

「消えた」

「……もう一回、探してみる」

 ハマは再び目を瞑る。同じ時をかけ沖を探り、回れ右をして「あっち」と歩き出す。

 しかし、再び同じことが起きる。

「またあ?」

「……もう一回」

 その後、二人は同じことを日が暮れるまで繰り返した。

 西日を目に映しながら「……もう、一回……」と言うハマを制する。

「いやもう、ちょっとやめない?なんか、久し振りに疲れた」

 言うが早いが、彼は大地に寝転んだ。

「東西東西東西東西……何回往復した?」

「途中から、数えるのやめた」

 ハマは立ったまま答える。

「疲れてないの?」

「疲れた……」

「寝れば?」

「……横で、寝ていいの」

 おずおずと言う彼女に、ちょっと考えてから口を開く。

「何を今さら。自分から「一緒に寝よう」とか言ってきたことあるくせに」

「……?」

 何の話だ、と言わんばかりに首を傾げる。

「まあ憶えてないだろうけどさ。ナダが消えた後、俺を兄だと勘違いして……」

 彼女はハッと表情を変える。

「言わないで!」

「憶えてんの?」

「憶えてないけど!あの時の私ならやりそう!」

 青颯は声を上げて笑った。

 しばらく腹を抱える彼を、ハマはきょとんとして見下ろす。

「……どうしたの」

「あなたが笑ったとこ、初めて見たわ」

「そりゃ、そうでしょ。あんな所にいたんだもん」

 彼は真顔に戻って星を見上げる。

「……ごめんなさい」

 ハマは彼の横に正座する。彼は、ちらと一瞥して溜息を吐いた。

「すぐ謝るんだから。あれはナダが悪かったんじゃん」

「まだ、兄さんを、憎んでいるの」

「当たり前でしょ。というか、絶対に許さない」

 彼女は、胸がしぼんでしまうような気持ちに背を丸める。

「……じゃあ、私のことも」

「また、そんなことを言う」

 青颯は身を起こす。

「別人だろ。切り分けて」

「……まだ、できない」

「あそう」と再び寝転ぶ。

「……ちゃんと、する。ちゃんとするって、約束するから……」

「するから?」

 ハマはじっと地面の一点を見つめ、息を止めている。が、諦めて「……なんでもない」と身を横たえる。

「ちゃんと言いなよ」

 背中を向けた彼女は、首を横に振る。

「……まあ、いつかでいいか」

 時間はたっぷりあるんだからさ。と唱えるように言って、瞑目した。

 二人の朝は、「おおい」という暢気な声と共に始まった。

 寝ぼけまなこに見上げる顔には、琥珀の双眸が嵌っている。

「化物!」

 先に声を上げたのはハマだった。顔を引きつらせて硬直しているが、青颯にはハマの方が恐ろしく思えた。

 彼女は声だけで、貴人に苦痛を与え膝を折らせていた。

「思った以上に……強力だの……」

「何しに来た」

「そう、警戒するな」

「無理な注文だね。なにもかも、元はと言えばお前のせいなんだから」

「これまでは、な。しかしこれからのために、聞いてくれ」

 いたた、とこめかみをほぐし、彼は立ち上がる。

「その前に……名前を、教えて」

 ハマは震えを堪えて問う。

「母神の分身よ。これまでの非礼を詫びさせてほしい。私は金星の神で、凰燈と申すものだ」

「何が、非礼を詫びさせろだ。ハマを殺せとナダに言ったのはお前なんだろ」

 彼女は、青颯の背中をぎゅっと掴む。

「致し方ないことだ。私の意志ではない。神というのは、地底の母には逆らえんのだ。母神が肉を交代することになった以上、それが滞りなく運ぶよう動くことしかできん」

「そっちの事情なんて知らないよ」

「知ってもらわねば。おぬしも最早、ただの人ではない」

 少しも悪びれない彼は、話を逸らす。

「母神様の分身から、子の力を分けて再誕しておるのだ。神の子供と言っても差し支えない」

「俺ハマの子供なの」

 彼女を振り返るが、目を逸らされる。

「子供、とは違う。子供のようなもの、だ」

「結局何なの」

「神の力を得た人間、といったところかの」

「中途半端だな」

「禰々島もそうであったろ」

 整い過ぎた顔は、笑うとあまり美しくなかった。

「ということでな、おぬしらも地底の母の復活に文字通り東奔西走しており……おぬし、名を青颯というが、正に」

「つまんないからやめて。しかも西行ったり東行ったりって誰のせいだと思ってんの。続き」

 つれない奴だのう、とぼやく。

「実は、時間がないのだ。このまま新月を迎えたらば、天地は二度と戻らなくなる」

 青颯は指を折る。

「今日入れて……あと四日?」

「左様」

「何ゆったり構えてんだよ!」と噛みつく青颯に「まあ。解決への道筋はもう見えておる」とやたらとゆっくり首を振る。

「煽ってんの?」

「いかにも」

 まともに取り合ったら負けだ、と青颯は溜息を吐く。

「まず、この天地を元に戻す方法は、つまるところ一つだ」

「地底の母に、自分が神だってことを思い出させること?」

「なぜ、知っておる」

「理由なんてどうでもいいでしょ。それで?」

「母神が人と化しておる原因を、排除せねばならん」

 凰燈は腕を組む。

「母の中には、これまで沖術を産むために犠牲になってきた娘たちがおる。知っておろう。おぬしの先祖の蠱術のために、犠牲になってきた娘たちだ」

 二人はそれとなく息苦しくなる。

「だが、呪いの民族は晴れて全滅した」

 青颯は心境を映した面持ちで「俺たちが残ってるけど」と低く言う。

「最早人ではないと、言うたであろう。おぬしらは対象から外れておる」

 押し黙る二人に構わず、凰燈は説明を続ける。

「沖術を産む娘たちは同時に、女神に力を与えてもいる。母の中にあっても、力を失わない」

 ハマは、感情に捕らわれて聞き逃すまいと、小さく頷いた。

「その娘たちはまず、寄神に殺されることで地下におりる。このことから寄神に恐怖を抱くことは言うまでも無いな。今この、何もない天地でも、再び襲われるのではないかということを恐れておるのだ。それが、自身もまた犠牲の娘であった母を深く共感させ、神を忘れさせる」

 凰燈は、二人が目を合わせるのを待ってのたまう。

「寄神を見つけたら、迷わず殺せ。後の時代にはどの道、必要ない」

「あれを、どうやって殺すんだ」

 嫌と言うほど見てきた、巨漢。当たり前に崇拝してきたものを、否定こそすれど倒すということは全くもって想像できなかった。

「心配せずとも、分身様が知っておる」

 彼女は首がもげそうになるほど横に振る。

「目にすれば、自ずと分かろう。それに、今すぐ事に当たれとは言わん」

「ほんとに、そんなうまくいくの?」

 凰燈は「案ずるな」と何度も頷く。

「大地の底に残った土地の記憶を呼び起こしながら、母の元へ向かうのだ。さすれば、おぬしも己の力に気づくことができよう」

「土地の記憶って、元々の天地の形ってこと?」

「左様。この大地の下に眠っておるのだが、月光と共に思い起こされるものらしいのだ。私はついこの前までそちらにいたのだがな。新月にて一度失われてしまえば、再び蘇ることはない」

例え、月が再び満ちようともなと加える。

「じゃあ、実際残された時間はもっと短いってことね」

「あの……」

 遠慮がちに、琥珀の瞳を見上げる。

「どうやって、呼び起こすんですか……」

「まずは、南の海まで行け。そこから、北の母を真っ直ぐ目指すのだ。歩いてな。そして自らに問いかけ、大地の下に問いかけ、方法を手繰り寄せよ。私に言えることはそれだけだ」

 ハマは、彼の言葉を何度も口の中で繰り返す。

「この乾いた大地は、それを覆う雪のようなものだ。おぬしが呼び起こした記憶に、母が神を思い出せば、川が通り春がこよう」

「春になるの?」

「春は、大地の産声であるからの」

 金星の神は微笑む。

「ただ、母神様は何を所望されておるか分からぬ。神であることを思い出しても、また元のように戻るとは限らん」

 青颯は頷いた。

「前の通りだと苦いから、嫌だと言ってた。元の世界のままでは、構造上死にきれない生は全て地底の母に向かうんでしょ?結局自重に苦しんでいるようなものだけど、だからといってどうしたらいいのかは分かっていない」

「明察だ。だから母は、月に昇ることを望んだのだがな、結果はこの通り。地下で過ごしてきたこれまでの恐怖が強すぎて、また同じ道を歩まされるのだと思い込んでおられる。新たな道があることを思い出させねばならん」

「昨日会った人が言ってたんだけど、人間にも死にきれない生を分け与えることはできない?」

 凰燈は乾いた声で笑い、頷く。

「病気を抱えたまま生きたい人間がおるか?」

「……まあ、そうだけどさ」

「ただ、その心が母神様を救うだろう。人に糸口は見つけられまい。だが、人の力無くして復活はあり得ぬ」

 彼は、風上を睨む。

「私は、人々を二十八か所の穴があった所に集めておる。であるから、西へ東へと動いておったのだ。そして母に祈らせ、眠ってしまった神の力を揺すぶる」

「二十八か所の穴?」

「地底の母にとって、口のような大切な穴だ」

 凰燈が、足から宙に溶けていく。

「一度に多くを頼んだが、耐えられそうか」

 問われたハマは、首を縦に振る。

「……母神も、今のままじゃきっと、辛い。だから、私も、頑張る」

「素直で良い娘を妻に持ったな」

「うるさい早く行け」

 凰燈は哄笑したまま消えていった。

 青颯は、視線を感じて彼女を見る。その意図に気づいていながら「海に、飛ぼう」と目を逸らした。

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