第九百四十話
人の部屋に全裸でいるのって落ちつかないよね。
あるモデルさんが、下着なしの撮影を男性スタッフと企業社員が集まる場で逃げられない状況で強いられて精神的に酷い目に遭ったみたいな話をしていたけれど、そこまでいかずとも、たとえば脱衣所で裸になることに抵抗を覚える人もいる。
私の好きな小説家の中で、加藤清正公に献上する京都の女性を品定めする武士が、手持ちの長槍を使って着物をはだけさせたんだったかな? 下半身を露出させたシーンがあったと思うんだけどさ。人にお世話されるのが当然の、一種のブランド信仰の対象とされた女性は羞恥心がないから隠さなかった、みたいに描かれていた。
深読みできるほどの知識もないから、できる人の話を確かめて欲しいんだけどさ。
ファンタジー作品でも、王宮に迎えいれられた在野の騎士や、転移してきた人って広々としたお風呂でメイドさんに裸にされて洗われるシーンがあるけど。お姫さまも王さまもお后さまも、普段はお付きの人に洗ってもらっているのかも?
現代だと大人のマッサージ店とか、えっちなお風呂屋さんに行けば洗ってもらえるそうだけど。
そこまでハードルあげなくてもさ。
美容室で髪を洗ってもらうだけで気持ちいい私としては、なにそのサービス! ってテンションあがっちゃうよ!
ちなみにあれが凄く苦手な人もいるので、洗ってもらえるイコール気持ちいいになるかどうかは人によるとしか言えないけどね?
相手がミコさんでも、全裸になるのはちょいと恥ずかしいですね!
ネット番組の撮影の合間の食事で、橋本さんと番組が呼んだ芸人さんも込みでお食事したときに、マッサージ店の噂を教えてもらったんだけどさ。
紙パンツ? を履かされるんだって。もういろいろ透けてて防御力のなさが心許ねえ! っていうパンツを。年下の女子がいる食事の席でなんちゅう話してるんだこいつって思いながらも年上のおじさん芸人の語るマッサージ話が微妙におかしくて聞いちゃったんだけど。
通販サイトが始めた映像サービスの、芸人さん同士のお笑い対決番組で大好きな芸人さんがふたりでコンビを組んで、そのマッサージの再現をしていてさ。ほんっっと! くだらなくて大爆笑だった。ああいうの大好き。カナタは私がいなくなって酔いつぶされて寂しさのあまりにおかしくならないと、ああいうお店に行きそうにないので、貴重な情報収拾の機会になりましたよ!
年下の女子がいる食事の席でなんちゅう話してるんだ、こいつとは思いましたけどね!
「あ、あのう……パンツは?」
「精度あげたいから観念して」
「はあ……」
ノーパン心許ねえ! 心許ねえですよ!
「先に断っておくと、針であって鍼灸治療のそれとは違うからね? そっちも資格は取ったけど」
取ったんだ。資格。
ミコさんにできないことってなんなのかな。
男になることとか? それもできそうだ。ミコさんだけに。
「針を使うのは久しぶり。アラジンと名乗ったあいつと出会った頃以来かしら」
積み重ねてきた歴史も濃そう。
ミコさん相手の禁句はミユさんから教えてもらった限り、年齢に関するもの。
おねえさまと呼ぶだけの理由があるのですよ!
これ以上かんがえると私の命の危険があるので、考えるのをやめますけど!
「まずは浮かんでもらうわね」
まずは浮かぶんですか?
きょとんとした私の体がふわりと浮かんだ。
同性しかいなくても局部を隠しちゃうのなんでかな。恥ずかしいからだな。
なのに両手両足が大の字になるように勝手に広げられていくの。伸びる。曲げることは許されない。なので、
「ちょちょちょちょちょちょ!」
もろみえ!
「暴れない。力まない。痛くしないから、目を閉じてリラックスなさい。それが無理なら緋迎でも呼ぶ?」
「さすがにこれはちょっと! がんばりますので、どうかお許しを!」
カナタが相当渋い顔をするの、目に見えるように想像できるので!
呆れて見守った挙げ句、事後にお説教タイムがくるのは確定しちゃう!
それは困るぅ!
「玉藻が宿るだけあって、惚れ惚れする体ね。うんうん」
「あの! 感想はお許し願えると!」
恥ずかしくなるだけなんで! 意識しちゃうので!
「手入れが行き届いているわね。なによりだわ」
もうやめてくだしい!
「照れないの。さて――……まずは固定する」
指の腹を噛んだミコさんが血を四滴たらした。
すぐに指先同士を擦り合わせる。それで血が止まっちゃうの、なにかしら秘密がありそう。
修復力が強いだけなのかな? 不思議。
不思議は指先の修復に留まらない。
垂れた四滴の雫がそれぞれ、私の両手首と両足首に向かって飛んでくるの。
ぴちゃ、と当たる。
ぶしゃ、と噴き出て、鮮血が鎖に変わる。
突然の拘束!
「ほっ、ほんとに痛くないのでしょうか」
「ちょっとどきどきした顔しないの。なんでそこでテンションあげてるの?」
決してMだからではなく!
「黙って。静かに。考えるのをやめて。深呼吸しながらアホなことでも妄想してなさい」
散々な言われようです!
「以前、経脈に針を刺して気の流れを確かめ、精気の流れを掴んだ手順を試した。今度はもっと省略形でいきましょう。入門編ってやつね。じゃないと、あなたもたないと思うし」
最後の「あなたもたないと思うし」の威力!
アホなことを妄想するだけなのに、ハードル高すぎませんか!?
考えるだけで「やかましい」って顔して睨まれるので、深呼吸する。
全裸で大の字に浮かんで両手足を拘束されてあほなことを妄想するのって、そうとうハードル高いのでは? 私の新たな扉が開かれる可能性もあるのでは? 性癖的な意味で!
やばい。たしかにもたない!
「すこし話しましょうか。静かになりそうもないし」
「いろいろすみません!」
でも無理だと思うの! この状況下で心穏やかにいれる人がいたら、それはなかなかの変態さんだと思うの! それか、よっぽど切羽詰まった状況で自棄にならないと、あれこれ考えちゃうよ! 全裸だし!
ミコさんが歩いて私の周囲をぐるぐる回り始める。
仰向けになったらなったで恥ずかしいし、立ったままの角度でふわふわ浮かんで拘束されてるのも恥ずかしい。
結論。やっぱり新手のプレイのような気がする。
治療は進んでいるのでしょうか? 治らない性癖がつきそうなのですが。
ボケとしてね!? ガチじゃないよ!? 放置されたらガチになりそうだけど!
落ちつく。なにを考えているのだ。そんな場合ではない。
「私の血は、あなたにとってなんになると思う?」
「――……吸血鬼の血だけに、私も吸血鬼になる触媒みたいな?」
「定番ね。もっとよく考えてみて?」
「はあ……」
ううん。ミコさんの血かあ。
やっぱり血には意味があるよね。絶対に。
吸血鬼と血の関係性って定番だし。
ブームが来ては去って、また来ての繰り返しとなるモチーフの中でも、吸血鬼は結構な人気があるベタ、つまり王道の存在。
ゾンビと比べたら、いまはゾンビ全盛期で、それも穏やかに収束しているイメージだけど。
吸血鬼とゾンビを結びつける作品もなかったっけ。
血を吸えない状態で乾いた吸血鬼はどうなるか? その答えはゾンビだぁ! みたいなの。
もっともシンプルな私世代のイメージだと、吸血鬼にとっての血はエネルギーであり、ごはんだ。
作品にとって差別化を図るなら、まさにその血の定義がポイントになるよね。吸血鬼自体のディテールを差別化するケースも多いし、そっちが主眼になるケースも多いけど。それはゾンビも一緒かな。
ほら。出たてのゾンビは鈍くて「うぼぁー」っていいながらよたよたしたり、よちよちしてたみたいじゃない? だけど「ゾンビめっちゃはやい!」みたいな作品も出てきたり、サメ映画とコラボして「サメゾンビめっちゃやべえ!」みたいな作品が爆誕したりしてさ。海外ゲームなんかで、人がゾンビとエイリアンの合体版みたいなのに変化させられちゃうのもあった。
ゾンビは頭を吹っ飛ばされたらだいたい死ぬけど、そのゲームの敵は四肢を切り落とさないと死なないみたいな縛りがあったと思う。
サメ映画にしたって「サメってなんだっけ?」という哲学に陥るような、三つ首サメとか五つ首サメとか出てきたりするし、トルネードと一緒にサメが飛んでくる映画もいろんな要素がメガ盛りマックス状態になっていてとんでもなかった。
サメとオクトパスの合体したモンスターもいたし。
人の想像力の先って、とめどねえんですよね。終わりがないなあって思わせてくれるの。やーめたって諦めない限り、サメ映画にだって無限の可能性があるのでは? 犯人はサメ! みたいなサスペンス映画があるかどうか、ないなら今後つくられたときにヒットするかどうかは別として! サメ映画に真面目に推理する探偵とか、名じゃなくて迷だよね。シュールだし。逆に見てみたいけど。
話を戻すと、モチーフの定義やディテールを変えて遊ぶっていうのはポイントだと思うし、私たちの霊力の表現方法にも利用できる考え方なんだよね。
くさいかもしれないけど、愛の定義だって人それぞれ違うよね。友情の定義だってそうだし、だますださまれるの定義も、正義と悪の定義もそう。
ボケの定義もツッコミの定義もそうだし、ギャグやコメディ、コントにしたって専門家や愛好家の共通認識と素人の定義は一致してないほうが多いのではって思う。業界的には素人さん、それ間違いですよって思っても言えないところも、業界ごとにそれぞれ結構あるんじゃないかなあ。で、知っている人に対して「よく勉強してるねえ」って言うみたいなさ。
定義なんていうとかたくるしいけど、別に正解か不正解かは実は大事じゃなくてさ。
まず自分がどう思うのかっていう話だし、それと仲間たち、友達や、知らない人たちの考えが同じかどうかはまた別の話だよねってことでもある。
究極的には、自分の考えと誰かの考えの違いを前提に、どうやって付き合っていくかの話だよなあって思うんだ。
一足す一は二ってなんで? って言い続けて学校からドロップアウトした発明家さんのような生き方をしてもいいし、みんなそれで納得してるからそういうもんだって受け入れておけばいいやって生き方をしてもいい。
違いを攻撃したら、世の中きりないなあって思うだけ。
血の定義もそうだ。
ミコさんの定義はなにかをミコさん視点で考える。
けど私はミコさんじゃないから、想像する形でしか考えられない。
私の常識に囚われて考えると、ミコさんの見ている世界の捉え方に至れず、答えは出ないかもしれない。
共通認識って便利だし、時に足かせにもなるよね。
ミコさんにとっての血ってなんだろうね?
それを与えられることの意味ってなんだろう。
カゲくんとミナトくんが去年度の最後に挑んだ特別授業で、相当盛り上がっていたゲームの主人公が考古学もたしなんでいるトレジャーハンターだった気がする。
有名なインディ教授もそう。
過去に触れるとき、あるいは人の創造物に触れるとき、彼らは自分の視点のみに完結した状態では決して答えを出せないの。遺跡を作った人、秘宝を狙う人々が行なう儀式の意味は、自分の知識と彼らの造形物や行動から察する、彼らの視点から導きだしてるよね。
そこがポイントだと思うんだ。今回もそう。
ミコさんの人生とか、ミコさんにとって血が示すシンボルがなにかを解明できれば答えが出てくる気がする。
問題はさ?
その答えを求められてるわけじゃないんだよね!
『勘違いに気づくまでの間に、ずいぶんとまあ長い遠回りをしたものじゃなあ?』
そ、そうはいうけどさ! 大事なことだよ?
ミコさんの血の意味が答えに繋がると思うじゃない?
『じゃが、彼女の問いは、彼女の血がお主にとってなんになるかじゃったな?』
そうなんだよねー。
血の意味っていうだけじゃ留まらないよね。
「ミコさんの人生は、私の知らないことだらけ……ですよね?」
「教えていないからね」
さらっと答えられちゃった。
さっきまで考えていたこともミコさんにはお見通し。
だけど止められなかったし、突っ込まれなかった。
ゆっくりと歩くミコさんは、針を取り出す仕草も見せない。
裸を眺められているだけなのでは? やっぱりこれって高度なプレイなのでは。
「横道に逸れてる」
おぅ……ばれてる。
「んー。霊力が回復する神水よりも、もっと意味のあるものなのでは? たとえば、新たな御霊が宿るきっかけになるとか」
「あなた既にふたりもいて、さらに欲しいの? よくばり」
ううっ。それを言われるとつらいです!
「別に欲張りでもいいんだけどね。違う。できないわけじゃないけど、いまのあなたに適しているとは思えない」
「はあ――……じゃあ、いっそミコさんの力を手に入れられるとか?」
ほら。吸血鬼が血を吸ったり、吸血鬼の血を飲むことで、その力を手に入られる! みたいなの。よくあるじゃないですか!
「それもできないわけじゃないけど、やっぱり違う。趣旨を思いだしましょう。赤髪のあなたを通して、かつてあなたが憧れた力を手に入れるのでしょう?」
「まあ――……そう、ですねえ」
中学時代につけて、ネットで晒された途端に四方八方からこじらせ具合とだささを盛大に馬鹿にされた名前、クレイジーエンジェぅ。
あれはほら。ね? 中学に行くための概念武装みたいなところがありまして。
理想型はもっとすごいイメージだったの!
ばにっしゅめんとでぃすわーるどなノリだよ!
「えっと」
待って。
ねえ、待って!
やな予感がしてきた。
「え。え。まさかあの。え? ああなるきっかけに、私に血を吸わせてくれたり、血を吸ってもらえたりするので?」
「夢だったってさっき考えていたじゃない」
「ぽ!? ――……ほっほう!」
うっかり鳩の鳴き真似しそうになった。待って。鼻水でそう。
え!?
「すっごく恥ずかしい私になるのでは!? 赤髪の私はすごくかっこよかったのに!」
「全身タイツで街中を歩くのも、子供向けデザインのバイクで公道を疾走するのも、一般の大人にしてみればどれも恥ずかしいものよ」
辛辣!
「こっ、子供心にあれは夢で格好よさの象徴なので! そういう言い方はそのう!」
「問題があると思うなら、まず自分でやってみましょう」
「ふぁあああ!?」
おのれ、はかったな!
「たっ、嘆美で大人のゴシック調な雰囲気で強化されて、トワイライトなノリに路線変更の可能性も視野に入れてたのに! まさか、まさかミコさん!」
「いっ、一瞬ですごい期待をしてくれてたようね……」
あれ? ミコさんがたじろいでいる。なぜに?
「でも、おあいにく。何度かあなたのかつての名前を名乗る自分と遭遇して、なんなら戦ったでしょ? すべて乗りこえてきた。あれになっても赤髪のあなた未満だから、意味がない」
ああっ。いやな予感が膨らんできた!
「だからね? こじらせじゃなく、真性のばかになってやりきってみせなさい。夢だったんでしょ?」
「ふぐっ」
こいつぁハードルが高いぜ!
たとえば、そうだなあ……絶妙な設定にするならば。
三十路手前で長年付き合った恋人に振られた事務員の女性の元に、愛くるしいマスコットがやってきてステッキを見せて「魔法少女になってくれたら、石油の採掘権を持った唸るほど金持ちで死ぬほど性格良くてえっちもうまいし気遣いやさんの最高の彼氏ができるよ」って言いながら、魔法少女の衣装デザインを見せた場合よ。
その衣装デザインが「おまっ、三十路前にこんなふりふりかよ! ドロワーズだけどぱんつ見えてるよ!? 社会的に殺す気か!」みたいなものだったら、どうだろう。
彼氏とかもういいのでって場合は「最高のぜいたくをいつでも味わえるほどの金と土地と、友達との仲直りの仕方をぷれぜんと!」とかでもいいかも。大人になると友達つくるの大変っていうし。
とにかく私だったら相当悩むと思う。妥協案として「せめて外見年齢だけでも子供になりません?」って提示するし、顔も変えられるなら美化したい。
一クールのアニメだったら、八話目か九話目あたりで敵に素性を露わにされて公開処刑されたら部屋に引きこもって出て行けなくなる気がします! 田舎に帰るか、自分のことを誰も知らない土地に逃げるかもしれないね!
それくらいのハードルだ。
まずい。
まずいよ。
これ、力を手に入れたとして、みんなにお披露目するときに一皮剥けると同時に黒歴史が増えちゃうやつだよ!
『くふ! よいではないか! 一皮剥けるのならば!』
ひとごとだと思って笑って!
「だいたい刺し終えて把握できたわね」
「えっ」
ミコさんの満足げな声に我に返って体を見おろすと、まあびっくり!
「めっちゃ針だらけになってるやん!」
「後ろはわりと早い段階で刺してたのよ? 痛くしないって言ったでしょ?」
なんということでしょう。
鍼灸治療でハリネズミみたいになってる人の映像を見たことがあるけど、まんまそれ。
確かに不思議と痛くない。そもそも刺さっている感覚すらない。それはそれで無気味。
だいじょうぶかな。
突然私の体がぱぁんってはじけ飛んだりしないかな。
それか、一気に埋没して「ぐわーーーーーーっ!」みたいにならない?
なるわけないか。そんなことするためにしてるんじゃないもんね。
あははははは!
でもごめん! 針がめっちゃ刺さってて、見た目が既にホラーだよ!
「十分ね」
指をぱちんと鳴らすと、針が一斉に消えてしまうの。
すべて現世の物質じゃないんだ。たぶん。霊子で作りあげられた針だったんだ。
ミコさんは自分の霊子を針にして、私に刺すことで確かめた。
私の気の流れを。
「結構」
手足の拘束が解けた。
浮遊感が徐々に消える。いきなり落とされたりせず、ゆっくりと床に降り立つような速度で。
素足でカーペットを踏む私の前に、ミコさんが歩いてきたの。
そして私の手を取って引っ張るんだ。
「こわばりの治療もそっとしておいた。ただ、それがなにかは手合わせで確かめましょう。そのためにも」
棺のほうへ。
蓋が閉じた棺に腰掛けて、ミコさんが私の手を離す。
そして両手で髪の毛を束ねて首筋を露わにしたの。
「先に、まずはあなたが私の血を吸ってごらんなさい」
「――……わ」
無防備な首筋。
同性の華奢な首筋を見たこと自体はあるよ。大浴場や脱衣所が多いし、お話するために誰かの部屋で集まってだらだら過ごしているときとかに、よくね。
けど、それとは意味合いが違う。
吸血鬼の首筋という意味でも。
圧倒的に強いミコさんが晒してくれた無防備さという意味でも。
こいつぁ、フェチの匂いがぷんぷんするぜ!
そもそもいい匂いしてくるの、やばい。
なにを意識しているのか!
「ほら。さっさとなさい。首を噛むの、好きなんでしょう?」
「う……」
カナタだけですよ? 基本は!
サカリの時期に我を失うと、カナタに留まらないけどさ!
「わかってる? 象徴的な場面なの。ようく考えて。あの頃、私のような存在に憧れたかつてのあなたにとって、私の血を飲むことはなんになるのかを――……」
おいで、と呼ばれて生唾を飲みこんだ。
思春期男子じゃあるまいし。そう思うのに、どきどきが止まらない。
たしかにあの頃、キラリの輝きに打ちのめされて、さらに輝くキラリですらしょうもないことしちゃう当たり前の現実に凹まされて、負けないどころか引っ張れる存在を夢見た私なら――……。
付け歯をつけて、いっそ血を吸って魅了できたらとか考えちゃってた、あの頃の私なら、喜んで飛びついた。これが奇跡なんだと喜んで、ミコさんの尊厳を犯すくらいの勢いで噛みついて飲み干していたと思う。無我夢中で。
出会った頃のミコさんが許さなかったのも、いまになってお許しが出たのも、意味を考えられるくらいの段階には来れたからだと思う。
あの頃の自分だけじゃない。
いまの自分にとって、この場面が――……ミコさんの血が、なにをもたらすのか。
その意味を考えようとすることができるくらいには、私は進んでこれたのだ。
恥ずかしげもなく夢見てた。
黒歴史になったけど、恥ずかしいものの象徴であるだけじゃなく、同時に私にとって夢を持つことの重要性に気づかせてくれた象徴にもなった。
狂ってたよなあ。ナチュラルにどうかしてたよ。
でも、どうかしてるくらいのあの熱がなきゃ、赤髪の私にはたどり着けない。
変化はいつだって怖い。
昔の恥の再現になるかもしれないと思うと、余計に怯える。
傷つけたくないけど、やっぱりそもそも傷つきたくない。
黒歴史はもうこりごりだよって思うし。
『いままでのお主はどうじゃった?』
積み重ねてるんだよなあ。黒歴史を着々と。
成功もしてるけど、やまほどの失敗もしてる。カナタのワイシャツハスハス事件のスクープはいまでも出演した番組で弄られることあるし。ラジオにゲスト出演したときのお便りにも、たまにあるんだよなあ……。
台風全裸ベランダ事件も、あれは自分でラジオでぽろっと言っちゃったんだけど、恥でしかないしなあ。なんで言っちゃったんだし……!
全裸でミコさんの首筋に噛みつくって、これもやっぱりあうちな記憶になりそう。
『春灯』
十兵衞に名前を呼ばれて、雑念を振り払う。
それでもやるのだ。
生きてやるのだ。活かしぬいてみせるのだ。
恥が増えるほど強くなるかもしれないしぃ!?
『いっそ自棄でもよいじゃろ! さあ、どどんとやってみせい!』
すう、と息を吸いこんでから言ってやるのだ!
「いただきます!」
ジュース飲むみたいに言わないでよ、貧血になるほどの血はあげないからとたしなめられた私のばつの悪さといったらなかったよ!
つづく!




