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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七十二章 奪い汚す生者たち
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第八百四十八話

 



 駅に降り立ち改札を出るなり「小楠ちゃん、こっち!」と出迎えてくれたのは同期の生徒。

 誘導されて現世の待機所である、道ばたに停車中のバンに乗る。

 ただいま刀鍛冶がいくつかのチームに分かれて行動を開始するところだそうだ。

 コスプレした男女が道に大勢いるの、正気の沙汰じゃない。

 間に合った。

 心の底から舌打ちしたかったし、ほっとしてもいる。

 隔離世にも主に侍たちを分配する形で警戒網を張っているようだ。

 教授をあぶり出すって?

 むしろ逃げられない?

 立沢は「よしなにどうぞ」というつもりで私や愛生先輩たちに委ねているのだろうし、士道誠心においてはそっちのほうが連携が取れてしまう。

 逆に言えば警察やがっつりめの組織に比べると、曖昧な部分が多すぎる。

 両者の綿密さを並べたとき、士道誠心のレベルは激しく落ちるだろう。逆に言えば組織というよりも個の集まりでしかないところが、良くも悪くもうちの特色なのだが。


「シオリからデータ来てない? 分布図はどうなってる?」

「これ」


 助手席の私に後部座席からタブレットを渡してくれたのは、エマだ。

 ユウリとまさに恋愛が現在進行中の彼女は浮かれてはいるが、私の代の切り札のひとりでもある。


「エマの勘だと、どう?」


 呼びかけながらタブレットを見た。

 地域の画像に沢城ら遊撃隊が発見した、教授に呪われた人々の点が記されていた。

 さいたまスーパーアリーナを中心にまんべんなく点が存在する。

 偏りはいまのところ見当たらない。

 こうなってしまうと、偏りはむしろ教授の恣意的な操作だと見るほうがいい。

 彼が気づかないはずがない。

 よくない傾向だ。後輩は楽勝になると気を緩めつつあるようだが、実際に対峙した私としては楽観視できる段階ではない。とてもじゃないが。


「私はね――……反撃に出てこないのが気持ち悪いの。たぶん彼はもう気づいているのに手を出してこないということは?」

「小楠ちゃんの指摘の通り、私もきな臭いと思ってる。向こうにとって一番いいのは、出方を示さないこと。リアクションしない限り、彼は居場所を知らせることもなく、目的を達成できるし逃げられる」

「いまだに居場所は?」

「もちろん不明。ただね? どこかわからないまでも奴の反応は付近五キロ圏内にあるって光葉先輩が」


 渋る。いっそ見逃してしまおうか。

 ライブが終わるまでの手出しが難しいと思い知らせるよう、手強さを感じさせるに留める?

 あのコスプレ連中が街中を混乱させるよりはずっとましだ。自分も嫌味を言われずに済むのだし。

 春灯がいないと立沢が暴走するようだ。山吹、天使がいないあたりも地味に影響度が高そう。

 二年生の三人は彼女たちが思っているよりもずっと、士道誠心の精神の軸足になっている。

 生徒会長の自分もそうだ。彼女たちの成長を見守る意味で任せることも、今回ばかりはね。


「愛生先輩たちは? やっぱり乗り気になっちゃってるの?」

「ルルコ先輩が乗り気なんだからしょうがないでしょ。テンションあげたら突っ走っちゃうのが、よくもわるくもうちの伝統」

「――……よくもわるくもねえ」


 エマの返事に項垂れたいが、そんな時間の余裕もない。


「エマの見立てだと、教授の狙いは?」

「誰もが思ってるよね。春灯ちゃんからの救いでしょ? でもそれは与えられない。ならたぶん、春灯ちゃんの御珠なんじゃない?」

「取り出せるものじゃないのに」

「それこそ、殺してでも奪うんじゃないかな」


 エマの見立てこそ最悪の可能性だし、私も同じ見立てでいた。

 となれば問題になるのは、その手段。そして被害予想だ。


「民間人への被害はぜったいに止めなきゃいけない。教授に呪われた人が暴徒になる可能性は」

「余裕であるけど、まだスイッチは入っていないのが無気味」

「こういうときは速攻勝負か、一度動きを止めるか」

「あるいはこちらから混乱に巻き込んでいくか」


 王道じゃない。策だ。練らなきゃヘマして予想よりも大きな被害が出る。


「アリーナ周辺の警備は?」

「腕利きの侍候補生と刀鍛冶で固めているよ。関係者すらボディチェックと霊子チェックしてる」


 さすがにそれをくぐり抜けてはこないか?

 強行突破してくる可能性は?

 予想していない経路からアリーナに侵入される可能性は。

 大勢のスタッフにまぎれて入ってくる可能性は?


「関係者チェックってどのレベル?」

「厳密にやるのは無理がある。なにせ忙しいから、ライブ運営の邪魔はできない。逆に言えば、誘導ラインはスタッフの出入りかな」

「そこまで見てるのね?」

「当然でしょ?」


 映画じゃ「やばい!」みたいに慌てて次の場面転換で、大爆発だの銃声だのがして手遅れになった現場に駆けつける流れが多いが、さすがにそれはないか。

 もっともこの場合、教授はその誘導ラインに乗っかって侵入してきたら、私たちはのど元を晒しているも同然なので。予想できない攻撃を受ける可能性は高まる。

 取るべきではないリスクだが。


「ボディチェックは無理でも霊子チェックは万全。光葉先輩もユウリも、ほかにも頼りになる刀鍛冶が待機しているから、漏れはない」


 完全だとは思わないが、極めて確率は低いと見ていいし。

 だからこそ注意の的を絞れる。


「意表を突かれる可能性が、ほかにもしあるのだとしたら――……」

「それこそこちらがノーマークの人物に教授のなにかしらが仕込まれていて、とっくに侵入されている場合とか?」

「そこまで事前に仕込まれていたら、打つ手はもう春灯を守り抜く以外にないでしょ」

「というわけで、さっさとリアクションを引き出しにいこうっていうのが愛生先輩の本意だってさ。私も化けてアリーナに待機して欲しいって要請があった。仲間ちゃんほどじゃないけど、私も足は速いから」


 じゃ、とバンを降りていくクラスメイトを見送りたいが、そうもいっていられない。

 やる気になったうちの刀鍛冶たちが歩きだした。コスプレ集団のままで。

 あれをどうにか誘導して、世間のみなさまをお騒がせしないように統制しないと。

 ネットニュースの炎上はもはや待ったなしでは?

 一応対抗策は考えてある。

 さっさと着替えて参加して、主導権を握ろう。

 街中をいきなりお祭り騒ぎにして申し訳ないが、うちの歌姫の人生がかかっているのだ。

 とはいえもし先導役の中にラビの姿を見たら、ハリセンでしばいてやらずにはいられないくらいには荒ぶっていた。

 まったく!


 ◆


 己が作りあげた死者の少女。青澄春灯の似姿も、いまは潜入発覚を防ぐために恐らくどこかで見たであろう少女に化けさせている。自分もそうだ。普段の姿ではなく、もっと若い日本人男性に変えている。

 ファミレスの中から窓越しに外を眺めると、大勢のコスプレ集団が音楽を鳴らして踊りながら、少女は杖を、少年は水鉄砲を構えてみせる。

 青澄春灯がさいたまスーパーアリーナでライブをやると決まってすぐに仕込みに移り、己の虫が寄生した新都心圏内の男たちが、彼らの攻撃を浴びて少女に姿を変えさせられていた。

 同時に拡声器でアナウンスが入る。


『さいたま新都心のみなさん、お騒がせしております! こちらは士道誠心高等部! 危険な潜伏班が危険な呪いを行使しています! ただいま我々の力で呪いを浄化しておりますが、副作用で一時的に姿が変わってしまいます! お騒がせしております!』

『姿が変わってしまった方は直ちに呪いを解除いたしますので、係員の指示に従ってください! 埼玉県警侍隊からお願い申し上げます!』


 警察も加わったか? ブラフか。

 どちらであろうと自分の作戦にはまったく影響がない。

 警察組織にも政治家たちにも己の仕込みは百年以上前から済ませてある。

 すべては己が救われるために。


「――……救いたかったんじゃないの?」


 テーブルの向かい側の少女が、喘ぐ以外で初めて声を発した。

 唇を歪めながらも引き締める。

 ほころびが生じている。

 明坂ミコがいかに化け物か、こういうときほど身に染みる。

 霊力――……心を生かすのはときに簡単で、ときに恐ろしく困難だ。

 傾いた天秤は生半可なことでは戻らない。

 死にどんどん近づいている。その実感がある。

 以前ならばもっとたやすく人を操れた。なのにいまでは己の霊子で死人の肉を練り上げて作った虫を定期的に食わせない限り、操作の感度が鈍っていく。

 この近辺の住民や、この近辺で働く人々などがまさにいい例だ。

 感覚を繋いでみるのがやっと。暴徒にすることももちろん可能だが、持続してせいぜい十分前後がいいところだろう。正確な時間の予測が立たないあたり、自分の限界は間近。

 いつまでこの肉体が持つかどうかもわからない。


「生と死は同じものだよ」


 少女には知能を与えていない。

 腐って朽ちた、すくなくとも十名程度の脳みそのめちゃくちゃな結合した物体で一体どれほど思考できる? できるわけがない。

 ならばいったい誰がしゃべらせている? よりにもよって、青澄春灯の声で。


「ウィザードかね」

「もっとあなたに近いもの」

「――……いまさらソウルの出番というわけでもあるまい」


 宿してからどれほどの年月が過ぎたのか、正確に数えるのをやめたのはいったい何百年前のことだったか。いまでは覚えてない。


「因果は切り離せない。あなたはいつか必ず死ぬ」

「煉獄に囚われ、魂ごと焼き尽くされて消滅するのがオチだ。私はごめんだな」

「あなたが選んできたことの結果」


 敵意には敏感だ。己が敵意の固まりだから。

 別に世間に対して向けているばかりじゃない。

 それよりも何倍にも何十倍にも、何百倍にも増して自分に敵意を向けているから。

 わかるのだ。

 自分が共感できる棘が。


「こんなはずじゃなかったというなら、あまりにも遅すぎる。キミはいつだって私からソウルを奪えたはずだ」

「――……思いだしてほしかった。愛する人の死を救おうとした気持ちを。いまならわかるはずだ」


 理解できなかった。欠片も。

 初志は覚えている。忘れているわけじゃない。

 たまに夢に見る。

 愛する人の惨たらしい死を。

 略奪者から家を守ろうと立ち向かった父の頭は潰された。母は犯され、首を絞められ、手足を切り落とされて連れていかれた。幼い妹も同じ目に遭った。臆病な自分だけが唯一、倉庫小屋に作った隠し部屋で命を永らえた。そういう時代だった。

 力ある者が正義だというのなら。放浪して間もなく遭遇したならず者たちと共に、自分の家族を崩壊させた者たちと同じことをして、そうして手に入れた。書物を。

 ソウルを得てすぐ、ならず者たちを殺した。死人を操り、家族を殺したならず者たちを殺した。心なきならず者に調教された魔女によって、母と妹は気が触れながらも生きてはいた。ならず者たちの子を孕んだ状態で。ころしてとうわごとのように呟くふたりの首を絞めて、そっと見送った。

 それから過ごした気の触れた時間で、明坂ミコに何度となく命を狙われた。いまよりも比べものにならないほど正義の代行者として生きていた彼女が自分に執着するくらいの悪行に浸った。

 逃げていた。逃避していた。

 命からがら吸血鬼から逃れて、クロリンネに拾われるまでの間は身を隠した。普通の人として暮らそうと努めた。妻ができた。子も。けれど、何回も何回も、築くたびに家庭は悲惨な最期を迎えた。

 自分だけではない。悪意を成す者は。なのに彼らのすべてを正義の執行者は裁けない。よしんば裁けたとして、事後だ。権力者が喜んで民を虐殺に導くことすらあるのがこの世の中だ。

 救いを求めた。何度、妻を蘇らせようと試みただろう。何度、我が子の息吹を取り戻そうと足掻いただろう。

 けれどすべてが無駄だった。

 空っぽだ。

 愛さえ残らない。

 もはや生きることしか残っていない。

 そんな自分の夢を、夜ごとに見ては思うのだ。

 足りないのだ。なにもかもが。

 満たせる人を増やすしかなく、それすら何百年待とうとなし得ない夢のまた夢。

 明坂ミコは挑んでいるようだが、自分はそこまで人に期待できない。

 なにより自分は信じてしまっている。

 悪意の楽さを。自分の罪を押しつけてしまうことの甘美さを。

 人はそれに抗えないのだと。

 神が人を戒める教えにようくでているではないか。

 人は怠惰で愚かなのだと。ならばもういっそ、それでいいではないかと。

 その上で、私は生きたいし。救える存在になろうともがく青澄春灯を殺してでも、目的を達成せねばならない。

 でなければ――……本当に空っぽのまま終わってしまう。なにも残らずに終わってしまう。

 アダムが死んで。逝って。それは自分が予測していた結末だったけれど。

 彼は青澄春灯と出会い、彼女を通じて救われた。

 間違いなく。

 遠目に見ていた。

 青澄家に向かうアダムの魂の蝶を。

 すべては青澄春灯次第。ならば、彼女の魂の結晶を奪い、食らう。汚すことになろうと、それで自分が助かれば。延命さえできれば、まだなにか可能性が生まれるのではないか。


「誰かになんとかしてもらおうって思っても、あなたは救われない」

「――……聞いたようなことを」

「わかってよ。あなたを救う者が誰なのか」

「青澄春灯ですら無理だった。彼女でだめならば、天使キラリや山吹マドカの魂も食らってみせるさ」

「そうじゃないんだ」


 囀る女の声に指先の肉が割れた。苛立つが身体中にヒビを入れる。

 霊力は素直だ。がたついた自分の心は、痛みにより敏感に反応するし、その軋みは霊力で無理矢理構築した体に直接出てしまう。

 もう限界なんだ。


「邪魔をするなら仕込んだ肉であろうといらぬ」

「もう無理だよ――……」


 なんでという声さえ聞いていたくなくて、立ち上がってファミレスを出る。

 事前に仕込んだスタッフを利用するにも、恣意的な意図を士道誠心サイドに感じる。

 あまり好ましくない。

 だが、こういうときのために奥の手が存在する。

 アリーナに向かって歩く。

 激痛を示す部位が訴えてくるも、感度を鈍く設定しているので構わない。

 いま行く。

 若人たちが馬鹿騒ぎをする。生を謳歌している。

 とてもその輪には入れない。そうするには、あまりにも心が老けすぎた。

 明坂ミコを妬ましくも羨ましく思ってしまうのは、彼女は常に少女として生き続けようとできる強さがあるから。自分にはなかった。ついに一度も持てずにここまできてしまった。

 いまさら取り消せないのだ。

 いまさら引き返せない。

 なにせ、もう帰る場所などとうに失っている。

 浅い付きあいであれば悲運に見舞われぬと信じて子を成して、いくつもの家庭を手放した。その血は時の権力者に寄り添うように繋がっている。明坂ミコですら気づかぬような形で。

 けれどそれを頼るにはもう、時代が流れすぎた。

 喜んで自分の命を狙う犯罪者のそばにしか居場所がない。

 なのに、足掻いてしまう。

 もっと生きたいと。

 もはや、なんでそうしたいのかもわからないのに。

 死にたくない。

 空っぽなままで消えたくはないのだと、そう願いながら。

 ただただ足を進めながら、以前やまほど時を重ねて肌を重ねた少女に魔力を繋げた。

 さすがにこの仕込みばかりは、切り札すぎて使いどころが難しかったが、もはやこれまで。

 仕事のときだ。夏海聖歌――……。


 ◆


 袖で見ているライブのリハーサルの迫力は凄かった。

 プロしかいなかった。今回のライブでアマチュアからプロになる人が多いそうだ。

 ダンス部のみなさんが筆頭格。

 でも全員が何度もリハーサルを重ねて今日という日に挑んでいるから、つつがなく進行しているのだと思う。自分の目から見たら、そう。


「夏海聖歌ちゃん。どう? 刺激になるかな?」


 春灯ちゃんのマネージャーである高城さんに急いで頷く。

 すぐに白い歯を見せるように口を開けて子供みたいに笑ってくれた。

 無邪気で感情が素直に顔に出るタイプみたい。


「あはは、よかった! 春灯から聞いていたんだ。春灯が面倒をみることになったキミのこと。歌に興味があるんだよね? 明坂でも歌う予定なのかな?」

「……未定?」

「そうなのかい? じゃあ、歌いたいかどうかでいったら?」


 いまの気持ちを問われて、ライブ会場でマイクを手にスタッフさんとやりとりをする春灯ちゃんを見た。歌っているときがきらきらしているのは当然で、そうじゃないときすら生き生きしていた。

 明坂の人たちは春灯ちゃんよりも芸歴が長い。美華だってそう。だけどきらきら加減じゃむしろ今日は春灯ちゃんが主役だった。

 いつも春灯ちゃんは楽しそうにしている。けど、今日は特別みたい。

 羨ましいなって思う。知りたいなって思う。

 春灯ちゃんの気持ち。わかることができたら、私はもっと強く笑えるようになれそうだと思った。

 気づいたら、思いきりめいっぱいの力で拳を握りしめていた。


「歌いたい」

「そっか。いつかキミもステージに立つ日がくるといいね」

「――……ん」


 もしできたら、春灯ちゃんみたいにまずひとりで。だけどみんなと一緒に。

 そういう形がいいなあと思ったんだ。

 すぐそばを「すみません」とスタッフさんが通っていく。

 高城さんに「そろそろ離れようか」と提案されて、後ろ髪引かれる思いではあったけど、素直に従う。邪魔しちゃいけないのは、よくわかっていた。

 今日は明日に続いている。みんなで走っている最中だ。道に小石をまくようなことしちゃいけない。

 歩いていく。

 中央のアリーナステージに続く通路から中へと戻ってすぐ、理華が駆け寄ってきた。


「聖歌、やんばいことになってるの! いやあ、やっぱ楽しいところですよ、うちの学校は!」


 すごくはしゃいでいた。

 なにかすごいことしてるみたいだっていうのくらいは把握していたけれど。


「理華の場合は大事なところで足下をすくわれる気がする。役回り的に」

「ちょっと、なんてこと言うんですか! ないない!」


 笑ってどやる理華をジト目で見ようとしたとき、お腹がずきんとした。


『仕事のときだ。夏海聖歌――……』


 頭の中で声がした気がしたんだ。

 聞き慣れた、もう忘れたい男の人の声が。


「今回は発信者の理華が縛りを緩めているので、生徒会長も先輩たちもいろいろ妄想の余地があるからこそ! ばんじゃ――……」


 理華の目が細められていく。

 けれど見ていられなかった。

 頭が割れそうなくらい、ずきずき痛む。

 それだけじゃない。

 お腹も痛い。内臓が暴れているみたいだった。

 薬で抑えずに体験する一生分の痛みがお腹で暴れはじめて、声すらあげられずに尻餅をつく。

 こみあげてくる吐き気をこらえきれずに吐いた。

 ご飯とか、そういうものじゃなかった。

 血だった。肉だった。指であり、目であり、手だった。

 次いで吐きだすのは白い液体。匂いはよく知ったもの。

 痛くて考えるどころじゃなくて。でも、ああ死ぬのかなって思ったし。


『聖歌!』


 お姉ちゃんの声がしてすぐに、必死にお腹に触れて力を使おうとする。

 癒やすならいまがそのときだ。なのに力が使えない。なにかが邪魔してる。


『いいや。ダメだ。キミは私が近年で魔力を最も強く多く注いだ少女だ。キミ程度の魔力では抗えない。素直に吐きだしなさい。キミが飲みこんできた、男たちの欲望のすべてを』

『下劣な強姦魔め!』


 気が狂ったように怒るお姉ちゃんの気持ちはごもっともで。

 だけど、吐きだすそれは元を正せば私が選択して受け入れてしまった道の結果で。

 こらえられない。わき出てくる。百人分。


「聖歌!」


 すっかり血の気が引いた顔で狼狽している理華を見て「ああやっぱり、理華も足下がお留守になることがあるんだなあ」と思ったし、それは私も一緒だった。

 スバルと一緒に生きようって決めたのに。もっとちゃんとケリつけずに、始まったばかりの幸せに甘えて。教授は生きていたから、これまでしたことと一緒に私を利用しようとしてきた。

 許せないし狂おしいくらい許せなくて。でも、それでも、私の選択でもあるんだ。

 これは。

 私の弱さでもある。

 なら、ぜんぶ吐きだす。


『相手の言うとおりになったら!』


 お姉ちゃんの恐れに対して、あの人は私に繋がった部分で笑うだけ。勝利を確信しているのだ。

 吐きだす液体が赤と混じって、裸の少女になっていく。

 目はうつろ。肌は青白く、内臓が露出した子もいた。お腹が裂けた赤ん坊も。

 誰もがみんな、女の子。

 どれほど悲しい過去があろうと、彼がそこから逃げるために汚してきた存在だろうし。

 悲しい過去があるがゆえに彼が執着してきた存在そのものなのだろう。

 嫌悪感は強い。けれどそればかりでもなくて。


『これでいい。あとは破裂させるだけ。もはや誰にも、惨劇は止められない!』


 吐きだすたびに少女の形をした爆弾が量産されていく。

 なんだこれと悲鳴をあげたスタッフさんに最も近かった少女が破裂した。

 幸い近くにいたわけじゃなかったからスタッフさんに傷はなかったものの、赤と内臓が飛び散って汚されてしまう。夢を見せるための場所を作る人たちの、大事な居場所が。

 欲望の攻撃。

 呼吸ができるくらい、落ちついたときには理華が私を抱き締めて震えるくらいに死者の爆弾がそこらじゅうを闊歩していた。

 けど。

 春灯ちゃんたちを呼ぶまでもないの。

 お姉ちゃんと私で私を取り戻す。いまから。もうこれまでの選択はすべて吐きだした。

 あとは対処するだけだから。


『切り替えが早くなったようだな? 成長しているようだ』


 上から目線でいられるのは、いつまでだろうね?

 私が本当の意味で受け入れたのは――……あなたじゃない。


『――……』


 苛立たしげな反応なんか無視して、袖で口元を拭って指輪に願う。

 おねがい。

 おねがいだから、スバル。

 死者が暴れているの。

 止めに来て。

 いますぐ。

 私と一緒に、抗いに来て!


『なにを、願ったくらいで救世主が来るほど世の中そう甘くは――……』


 嘲笑するようで、どこか切実な声に答えるように、私の影から飛び出すの。

 死者を導く鎌を握った青年が。私の王子さまが。


「わりい。遅れたわ」


 ひとりだけ。瑠衣とかも連れてくるかと思いきや。それを不満そうに訴えたがる理華の気配を察知して、スバルが笑う。


「問題ねえからさ。黙ってみとけや……先輩の邪魔はさせねえし」


 両手で大鎌を回して身構えるスバルは、


「俺の彼女を傷つけた代償は支払わせるさ」


 吠えた。


「さあ、行くぜ! ハデスの名代として、死者のケリをつけてやる!」


 片手を掲げて指を鳴らしたスバルに、死者の少女たちが一斉に視線を奪われた。

 春灯ちゃんたちのいるステージに向かおうとしていた子も、赤子さえもみな。

 まさに彼が、この場の救世主に違いなかった。

 少女たちの相手は彼に任せよう。

 私は私の中に残る彼と対峙する。


「おねがい――……お姉ちゃん、ペルセポネー」


 私の中の死と向きあうために、応援して。




 つづく!

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