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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七十二章 奪い汚す生者たち
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第八百四十四話

 



 春灯も大概だが、立沢も無茶いうなあと思いつつ冬音に相談する。

 通話するまでもない。


『勝手に行けばいいだろ? 宝島への移動許可は出しているし、なんなら我が埼玉でやってみせたように、そろそろお前も門も自力で開けるはずだ。我よりちっちゃくて、開門時間も短めだろうけどな』


 こんな風にいつでも罵倒してもらえる。

 嬉しくない。ちっとも嬉しくない。彼女の双子の姉だけあって声もそっくり。

 けっこう精神力が削れる。毎度のことなんだけど。冬音に罵倒されると春灯にダメだしされているような気分になって凹む。

 違うんだけど。姉妹であって同一人物ではないので、違うんだけど。同一視する必要はないんだけど。なんなら声のトーンにもふたりの差が如実に出ているので、わかるといえばわかるんだけど。

 そういうことじゃない。そういうことじゃないんだ。

 兎にも角にも、ことは春灯の無事に関わる重大事件。凹んでいる場合ではない。

 ちなみに大勢がさいたまスーパーアリーナに集結している中、俺はといえば都内の舞台のトレーニングを午後に控えて移動済み。マネージャーの山岡さんと話すべく、会社に寄っているところだ。用事も済ませたので、ちょっと時間を潰して稽古場に向かうだけ。

 空き時間は少ないので、さっさと済ませてしまおう。

 あんまり暇すぎて原宿にある父さんの喫茶店にでも行こうかと思っていたけど、今日は無理そうだ。切りかえていこう!


「山岡さんに空いている会議室を聞いておいてよかったな」


 なんて言ってもひとりぼっち。

 空しく声が響くだけである。なにをしているのだ。

 別に小楠やラビ、シオリがいたらいいなあと寂しがっているわけではない。

 ユリアは俺たちの代の誰よりもテレビに出ている。今日も撮影のはずだ。あいつの大食いは異次元だからな。

 ラビは雑誌の取材と撮影、小楠とシオリはそれぞれ撮影だ。俺と違って映画やドラマである。

 早くもキャリアに差が。いや、それぞれ別々の人間なのだから、違いが出てきて当然なのだが。いや、しかし。

 俺だけ下積み感、ハンパなくない? 舞台の出番、脇も脇だけど。そのわりには殺陣の出番が多いし、そもそも出る演目は演者みんなが、かなり激しく動く時代劇コメディに。

 あれ? もっと真面目なテイストだった気がしたんだけどな。

 とにかく俺にとっては苦手な残念野郎の素を出すという恥を何度も晒す必要がある演目だ。

 主演の大先輩で油が乗った三十代、雪梨幸雄が主演を務める。既にこの世を去ってしまった希代の演出家に見初められてからますます油が乗った彼は、とにかく人柄の幅が広くて自由だ。なにをやらせても彼の味が出ているように、まだまだ素人の俺ですら感じてしまうのだから頭が上がらない。彼に比べると、俺は人間の幅が狭いという他ない。

 そんな彼が全力でバカをやってみせ、そして周囲を固める映画やドラマはもちろん舞台の常連でもある劇団出身の演者のみなさんも味を見せていく。

 士道誠心のひとつ後輩の七星ルミナにも、俺は何度となく圧倒されている。

 彼女を見初めて演出らに紹介したのが立沢だというのだから、あの一年生は恐ろしいったらない。


「さっさとやるか」


 いまできることをまず確実にこなそう。それで力尽きるほど柔ではないつもりだ。

 刀は持ってきた。所持許可証もきちんとある。問題なしだ。

 冬音の刀を入れた袋を握ってからすこし考える。


「別に現世から直で行く必要もないわけだ」


 宝島に行くには一度学校に戻らなきゃならないが、そこまでの時間的余裕はない。

 現世で門を作って地獄に行くと、肉体ごと移動することに。

 最悪の場合、山梨県は青木ヶ原樹海に出るしかなくなる、なんて目に遭うのでは?

 春灯と違って、俺はどうもそのへんの運に恵まれていない気がするからな。

 地獄でシガラキと出会ってみろ。あいつは嬉々として「楽しそうだから」というだけの理由で俺を山梨に放り出す可能性がある。なにせ、あいつは天然ドS鬼だからな……。

 隔離世に行っておくか。それがいい。そうしよう。最悪、御珠のレプリカ伝いに現世に戻ればいいんだし。これが一番確実だ。

 さっさと隔離世へ。

 現世の肉体から隔離世の霊子体に魂を委ねる。

 言葉にしてみるとさらっと並べられるが、現世の肉体は生存し続けているわけで。じゃあそちらと同様に隔離世に存在する霊子体に意識のスイッチが切りかわるのって、ちょっと不思議ではあるよな。


「いまは考えている場合でもないか」


 ほんと、ひとりごとでもいわないと寂しい。

 俺は意外とぼっちがきつくなってきたのかもしれない。

 前は自然な状態だったし、むしろ楽だったけど。

 そう思い込んでいただけで、去年度の一年で経験したすべてが俺のぼっちきついスイッチを入れたのかもしれない。

 いい加減、移動しよう。

 舞台の稽古じゃどやされることが多いが、それでもあの場にも愛着が湧いてきた。

 雪梨さんの無茶ぶりも、なんだかんだでちょっと楽しみになってきているからな。

 ただ、念のため言っておく。

 俺はMじゃない。別に求めてはいないからな。そこだけは確かめておくぞ。


 ◆


 冬音が一度見せてくれた技を活用して地獄への門を開く。

 俺も自力で使ったことがある。教授が狂わせた魔術師でありテロリストのアダム・ホワイトがわざわざ遠いイギリスから黒い御珠の災害を寄越したときの対抗策としてな。

 通り抜けてみるなり、夜間就寝中の修行で通い慣れた地獄の景色の中へ。

 閻魔大王が働く城へと向かう、うねうねと曲がりくねった道のど真ん中に出た。

 門は直ちに消えた。霊子をごっそり持っていかれた感覚に「やっぱこの技は連発できないな」と思った矢先のことだ。


「どうも、カナタさん」


 肩にぽんと手を置かれた。背後から、力強く。

 思わず驚いたね。飛び上がって「ふお!?」と狼狽した声をあげてから、振り向いたね。

 全力でびびったよね。ごまかしようもないレベルで。

 下手人のリアクションはというと、にやあと唇の端を釣り上げて笑う――……わけでもなく、つまらなそうな無表情顔で「どうも」と挨拶をしてくるだけ。

 シガラキだ。

 地獄の鬼のナンバーワン、首位タイ。ちなみにもうひとりはクウキという鬼で、冬音の教育係兼執事役でもある。シガラキに比べると、クウキはたびたび現世に来ては冬音の世話を焼いている。たまにふたりはただの主従に留まらない深い関係なのでは? と思うこともあるのだが、真偽の程は彼女を御霊に宿す俺ですらわからない。


「無断で移動してきちゃだめですよ。緋迎だから大目に見ますけど、普通の人なら――……そうですね。ここはひとつ、地獄らしい刑罰を課すところです」

「――……そ、それはやっぱり、八熱地獄行きとかか?」

「いいえ。百八枚程度の書類を処理する書類地獄です」


 地味。すっごい地味。あといや。それやるのいや。


「あとでやっていただく刑罰はさておいて」

「え。俺、書類の処理するの決定なの?」

「姫さまより伺っているわけでもございませんが、だいたいの事情は察しておりまして。参りましょうか」


 俺の肩から手を離して、着物の袖口に互いの手を突っ込むようにして腕を組む。

 すぐさま歩きだしてしまう鬼の後を急いで追い、隣に並んで尋ねた。


「待て。どこへ行くんだ」

「ですから、会いに来たのでしょう? 現世の死人使いの御霊に」


 いちいち言わせるなという顔をされて「そういえばこういう奴だった」と思いだす。

 冬音の御霊を得た、緋迎一族の習わしである地獄行きおよび閻魔への挨拶の際にはシガラキに世話になった。良くも悪くもだ。

 春灯がいまだにケンカになると持ち出す冬音への夜這いの件、冬音の御霊を得る際にシガラキの無茶ぶりでやらざるを得なかっただけだ。それにしたって「だってそれくらい無茶したほうが楽しいでしょ?」というシガラキの意地の悪さゆえの行動だったと、いまなら身に染みてわかる。

 それにしたって、なあ。事情通すぎるだろ。振り回すのが相変わらず好きな奴だ。


「ちなみに、誰なんだ?」

「それは本人から伺ったほうがわくわくしません? なので言いません」


 これだよ。


「……どこにいるんだ?」

「玉藻の前さまのお店にてお待ちですよ」


 厄介な匂いがしてきたぞ。ぷんぷんと。


「あいつは天国にいるんじゃないのか?」

「たまに経営をチェックしに顔を出していらっしゃいますよ。彼女が戻ってきた日はたいへんな混雑ぶりです」


 俺はそれになんと返事をすればいいのか。


「あなたの彼女も現世で大人気ですね。どうなんですか? そういう場合、誇らしく感じるものなんですか? それとも嫉妬で苛ついたり?」

「乗らないからな。その手の振りには」

「退屈な人生の過ごし方ですね。ご自分を守っているようで、遠回しに個性を殺していらっしゃる。もっとボケて!」


 最後の台詞がそのまま書かれたプラカードを懐から出して、迫真の顔を向けるな! 主張が激しい!


「誇らしいし嫉妬深いです! これでいいですか!」

「明日のライブ、アリーナ席からだと見せパンが見えちゃうんでしょうか。青少年の心に眩しい純白を見せるのでしょうか」

「やめろ! アーティストのライブで性を見ようとするな!」

「けど肉体もパフォーマンスのひとつでしょ?」

「そういう弄りはやめてくれ! 乗っかるから! 乗っかるからそっち方向はよして!」

「いままで燃えたプレイは?」

「方向性がよりえげつなくなってる!」

「――……前よりは乗ってくれるようになりましたね。なによりです」


 にやにやして! せめていっそ、にやにやして!

 低調か。たいして面白くないのか。ならやめて! 春灯絡みでそういう弄りはよして!


「さて、つきました」

「最悪の導入だな!」

「九尾さまはご不在ですが、ユキさんとミクモさんはいらっしゃいますよ。カナタさんに会いたがっていました。可愛がりたいって」


 胃がぎゅうっと締めつけられた。

 ユキさんは雪女で、ミクモさんは女郎蜘蛛。

 いずれも玉藻よりよほど肉食系の女子だ。

 ちなみにユキさんは清楚で一見すると地味目だが、その実かなりの遊び好きなタイプ。一方、ミクモさんはいわゆる派手目でいかにも遊び慣れているが話してみると純情一途なタイプ。

 ふたりそろって俺をからかうのが好きなのだ。

 別名、弄って遊ぶおもちゃ。ちなみにえげつない角度で恋愛や夜のだめ出しをしてくるふたりでもある。つまらないことを言うと、玉藻やシガラキ伝いに聞いた俺のネタを使っていじってくるので、勝てない。一度も勝てた試しがない。


「ふ、ふたりがいないタイミングとかないかな」

「ちなみに嘘です」

「意味のない嘘をつくなよ!」


 思わずどつきそうになったぞ!


「そもそもこの時間帯はランチタイムちょい前なので、もうちょっと大人しくて真面目な子が働いていますよ」

「そういうことは先に言えよ」

「やっぱり女郎蜘蛛とか、いわゆる男を狙う妖怪が多いので、いずれにせよカナタさんは弄ばれると思いますけどね」

「そういうことは言うな――……いやいや、言ってくれたほうがいいか。助かったな」

「「 あはははははは 」」

「ってなるか!」


 笑うときにシガラキがハモらせてきたの、地味に腹立つな……。

 いったいなんの時間なんだ。

 咳払いをして、店の扉を開く。

 中では笑い声や話し声が響いていた。あちこちのテーブルに客がついている。

 店内ではシガラキの言うとおり、パーカーとキャップをつけた化粧気のない女郎蜘蛛の少女たちがきびきびと働いていた。

 ちょうど入り口そばを通りがかった子が俺とシガラキに気づいてすぐさま笑みを浮かべ「どうぞ、お待ちですよ」と呼びかけてくる。

 いやに手回しがいい。思わずシガラキを睨むが、彼は無視してカウンターそばのテーブル席へと向かっていく。夜はいわゆるキャバクラのようにボックス席だらけの壁なしレイアウトだったと記憶しているのだが、昼はレイアウトがごっそり変化しているようだ。木製の壁で仕切って、テーブルと対面のソファふたつという形で座席を組んでいた。

 シガラキを追う。当然、すこし昂揚したし、すくなからず緊張した。

 立沢の指示はこうだ。


『先輩。地獄に行って教授の御霊と話してきてもらえません? 教授対策に使える情報収集を、可能な限り迅速にお願いしたいんです』


 教授の御霊と会う。

 死人を操るのみならず、己の肉体が朽ちたときには別の死体に魂を乗り移らせる術を使う教授の御霊ともなると、いやおうなく想像してしまう。

 教授のような厄介な存在を。

 世界一で最強の魔女ユニス・スチュワートが彼を警戒していた。

 春灯を誘拐した日に見せた、グロテスクにデザインされた彼の怪異はかなりおぞましいものだった。女性と繋がらずにはいられず、離さずにはいられない男の欲望を具現化したような巨人。

 教授の人間性と共通する要素を持った御霊だというのなら、最悪の場合は敵に回る可能性すらある。いざというときシガラキがそばにいるのは心強いのだが、それ以前に御霊の機嫌を損ねてなにも話を聞けなかったら困る。

 立沢の要望を察するに、春灯を守るための策がいるのだ。策をたてるには情報が必要だ。情報は戦を左右するからな。諜報機関が情報のためにどれほどのコストを割いているか――……あれ? ならいまの俺、諜報員? それって案外、かっこいいのでは?


『しっかり仕事しろよ』


 呆れた冬音の声がして、あわてて気を引き締める。

 そ、そうだったな。そうだった。

 生唾を飲みこんでから、そっとシガラキが腰を下ろしたテーブル席へ。

 近づいた俺に、


「あ、どうも~」


 気さくに声を掛けてきた明るい少年に腰砕けになりかけた。

 ふわっとした髪の毛、幼い顔、死臭とは欠片も関係なさそうな男の子。

 いかにも幸が薄そうな――……なんだろう。

 ゲームの序盤に出てきてワンパンで倒せそうな、ひょろくて弱そうな奴だった。

 席に座って、シガラキの顔を見る。にやにやしていた。

 少年は一生懸命にこにこしながら「あ、メニューどうします? でもでも現世から来たなら霊子体でご飯を食べてもしょうがないですかね。でもなあ。食事、おいしんですよ! 知ってます?」とメニューを勧めてくる。

 どこからどう見てもいい奴だ。とても教授に御霊を委ねそうなタイプにも見えない。


「待て。待って。落ちつきたい。その前に自己紹介しておきたい。緋迎カナタ――……で?」


 手を彼に向けて促す。

 まだ、シガラキのドッキリの可能性がある。

 いかついおっさんだの、気持ちの悪い化け物だのが出てきたほうがよっぽどリアル。

 どうしても結びつかない。この少年と、あの教授とが。


「あ。えっと。じゃあ。最近現世で有名なあれがいいかな。はいどうもー! ネクロノミコンでっす! きら!」

「きらはちょっと古いですね。地獄換算でも」

「あいたぁあああ! シガラキさん、たいっそー、きっびしー!」

「それは存じ上げないですが、カナタさんは置いてきぼりですね」

「ボクなんかが挨拶で面白くしようとしてごめんなさい!」


 ごん! と。勢いよく頭を下げて、テーブルにごんとぶつけた。

 嘘でしょ。え? 本当に? なにかの間違いではなく?

 こいつが本当に、教授の御霊なのか?

 おろおろするばかりの俺にネクロノミコンと名乗る少年は一緒におろおろし始めるし、シガラキはますます愉快だといわんばかりに笑う。


「な、なあ。シガラキ。いつなんだ? ドッキリ大成功ってプラカードが出てくるのは」

「ああ、それやればよかったですね。でもこれはいわばリアルですし、ガチですよ。紛れもなく、彼こそがあなたの求める存在です」

「――……うそやん」


 おでこが赤く腫れてきて、涙目になってるんだけど。

 両手でおさえてぷるぷる震え始めたんだけど。

 教授をたとえばドラマハンニバルシリーズの男にしたとしたら、少年は萌え系日常四コマの登場人物で、しかも男の娘にされそうなテイストで。

 合体事故みたいな状況なんだけど。

 え。マ!? え。本気で!?


「あああ、ごめんなさい、ごめんなさい! ボクみたいな奴がお手を患わせてしまって、本当にごめんなさい!」

「あ、頭をテーブルにぶつけるのはよそうか! ほら、泣いてるし! 痛いからでしょ? よそう! よそうな!? わかったから! 受け止めるから!」

「うう……す、すみません」


 しょぼくれた顔で項垂れる少年に戸惑いを禁じ得ない。

 待てよ。待ってくれよ。

 ネクロノミコンって言えばさ。いろいろと所以があるじゃないか。

 そもそも時代が合わないだろうという話もあるよな。千八百九十年生まれの作家によって創作された書物じゃないか、とか。

 頭が混乱するが、いまは彼の話を聞いたほうがいい。


「……キミが、教授に御霊を委ねた存在? 名前は本当にネクロノミコンで合っているのか?」


 ぐす、と鼻を啜って目をナプキンで拭ってから、あどけない顔立ちの少年は俺を真っ直ぐ見つめてきた。


「より正確に言えば、ボクの発祥はそもそも古代の死を司る祈祷師や魔術師が作りあげた書物であり、日本語で述べるならば死を司る書とするのがよいかと思います」


 やっと実感に手が掛かった。

 真面目な話だ。そうとも。そうこなくては。

 心の底からほっとした矢先に「お子様ランチです」と店員さんが国旗の刺さったハンバーグとカップゼリーがとりわけ目立つプレートを運んできた。

 空気! だから、空気! 俺の情緒! 地獄のダメなところ、もろに出てる!

 隣でシガラキがぶふっと吹きだした。

 お前! わざとだな! おのれ!

 少年は俺と料理を交互に見て、そわそわし始める。

 さすがに諦めたよ。俺も。


「注文するから、食べてからにしようか。食事に申し訳ないし、冷めたらもったいないし」

「そ、そうですよね!」


 ぱぁっと輝く顔は子供そのもの。

 だめだ……。

 こいつはどこからどう見ても、いい奴だ……。

 力にはなってくれるだろうし、情報も聞けるだろうけれど。

 どう足掻いても、シリアスな空気にはなれそうにないぞ……っ!

 これも修行か!

 ギャグをやるための!

 ええい! 神水が足りない! 早く上機嫌にならなければ!

 シガラキと一緒に注文して、食事をする。

 贅沢を知り尽くすのみならず、胡座を掻かずに上を目指す玉藻の店ならでは。見た目は普通でも味わってみるとなにもかもがうまい。地獄でこれは逆に罪を増やすのではないかと思うほどに。

 霊子体で食事をしても現世の肉体の腹が膨れるわけでもない。ここにきて後悔した。どうせなら肉体込みでくればよかった。そしたら食事で二度手間にならずに済んだのに。

 デザートにパフェまでいただいて、さんざん食べて満たされて、食後のジュースでひといきついてようやく、彼は口元にクリームをつけたままの迫真顔で切り出した。


「ボクが彼に御霊を委ねた理由をお話します」


 クリームが気になりながらも俺は頷く。

 拭くべきか? 拭いたら負けな気がする。どうかしている。落ち着け。


「彼は――……最初は、蘇らせたかったんですよ。愛する人を」


 冗談など言っている気配は微塵もなかった。


「だからボクは御霊を委ねました。死を乗りこえて、幸せを掴むために」


 確かに彼は言ったのだ。

 教授は幸せを掴もうとしていた。そして、そのために彼は御霊を委ねたのだと。

 かの悪徳を欲しいままにした死人の主が、愛する人を蘇らせようとしたという。

 なら、なぜ。

 彼はどうして、あのようになってしまったのか。


「すべてを語るには長すぎて、悲しくて、みじめで醜い話です。ただこれだけは誰かに伝えたかった」


 やっと口元のクリームに気づいて、指で取って咥えて舐めてから、彼は深呼吸をした。


「彼にだって、誰かのために行動していたときもあったんだと」


 俺には彼が嘘を言っているようには思えなかったのだ――……。




 つづく!

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