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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七十一章 盗んで盗まれて、下心
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第八百四十話

 



 急いで離れた。幸せなふたりになっている彼女を見たくなくて。

 自分に見せてほしかった顔を、自分以外の男に見せている彼女を見たくなくて。

 心が狭くなっていい。いっそ潰れてなくなればいいとすら思う。

 そうしたら傷まないで済む。傷を忘れてしまえる。この先を夢見れるし、笑えもする。

 それかいっそ死ねたらいいのにとすら思う。


「――……ああ」


 末期だわ。泉アム、ちゃらくて三枚目の士道誠心高等部二年生。

 経験値がないわけじゃない。けど、本命に最高の笑顔を向けてもらえた試しは一度もない。

 顔がいいから付き合ってみてがっかりした、と初めて付き合った女子にその日に振られた。学校でかなり美人で、いまの自分よりもさらにちゃらめの女子だった。パリピ感満載の陽キャラだったし、見た目もそうとういけてたけど、見た目以上に授業やなにげない時間に見せる感性の鋭さに惚れた。

 次は地味目で真面目な子にアタックしてみた。ちゃらい子に合わないなら、おとなしめな子とお近づきになってみてはどうかと思って。

 俺はめげない。付き合えるまでは死ねません。えっちだってしたい! 土下座してできるなら迷わず頭を地面に擦り付けよう! それになにより――……本気で恋してくれてんだなあって思える笑顔を見てみたい。自分だけに向けてくれる最高の笑顔を。


「凹むわあ」


 俺じゃないんだなあ。

 大人しい子も、OKはしてくれた。理由はどうやら、授業でも授業外でもバカやって笑っている俺の根っこが根本からばかっぽくて元気になれるからだそうだ。よくわからないが、中身に惚れてくれたってことかと当時中学生の馬鹿な俺は無邪気に信じた。

 尽くした。そりゃあもう。キスもした。人生最高の瞬間だった。彼女とどこまでもいけるんじゃね? と思ったし、彼女の名前を自分の名字とつなげて呼んでみたり、いろいろした。いまおもうと死にたくなるくらいに、あの頃の俺は舞い上がっていた。

 けどなあ。根本的な趣味とか、そういう人と人の付きあいっていうか、彼女の理解を深めようとするよりも、当時の俺の頭の中身はまさに下半身と直結しすぎてがつがつしすぎてた。

 結果、俺より見た目いけてて根が真面目な友達があっさりかっさらっていった。

 俺は彼女から別れを告げられた日、彼女の首筋にキスマークを見つけて、はじめて寝取られという単語を知った。引きつった笑顔で頷いて、走り去って即、泣いた。号泣だった。

 俺じゃないんだ。

 俺じゃない。

 女の子が最後の一線、本当に愛するかどうかの瀬戸際で選ぶのはどうやら、俺じゃないらしい。

 いまでは反省点がどこかわかる。けど当時の俺はよりにもよってえろに突き進んだ。

 たとえば去年度であり今年のバレンタインデーのチョコ予想だの、いけてる女子ランキングだの、他にも枚挙にいとまがないほどのアホをやり続けている。

 そりゃあマモリちゃんも俺じゃなく八葉を選ぶわ。あいつもエロでバカだけど、決めるときは俺よりがっつり決めるもの。


「そう言い聞かせないと死ぬ」


 モテたいとまではいわない。

 出会うすべての女子に好かれたら幸せだけど、そこまで望まない。

 たったひとりでいいんだ。

 たったひとりで。

 どうしたらいいのかなんて聞かない。

 成功者の格言にも、失敗した者の怨嗟まじりの呪いも教えも、それでマウントとりたいどこぞのバカにも興味はない。ほっとけ。

 たったひとりだけでいいから、出会いたい。

 もう馬鹿な真似はするまい。エロは消えないとしても、表に出すべきではない。

 出さないほうが、まだ可能性はあった。

 実際、マモリちゃんにはっきり振られたときに言われたんだ。ああ、そう。告って玉砕した。

 だから八葉のことを殴る必要もない。

 マモリちゃんは筋を通した。そこが大事だ。だってのに俺がみっともなく暴れてどうするよ。

 死ぬほどしんどいけど。それはもう、終わった話なのだ。

 だから痛いけど、深呼吸して傷をなだめながら考える。

 彼女は「やりたいだけならもうちょい年を取ってから金もって風俗へ行け。あんたの性欲と付き合う気はないし、それが前に出たら普通は引く。私はすくなくとも、そっち」とはっきり言ったのだ。

 一刀両断だ。

 清々しいまでの一撃だった。

 引くぐらい豪腕のパンチだった。

 一発KO間違いなしだったし、俺は瞬時に死んだ。

 彼女自身の実像と合っているかどうかよりも、棚上げするくらいの勢いで相手の下心をばっさり砕かないと、この手の問題はこじらせやすい。相手によってはストーカーになったり、攻撃的になったりする奴もいるからな。

 俺はそうじゃないと思っていると一番危ない。制御きかないからな。未練は。

 いっそひどい女になって振ってくれたほうが助かる。

 そういう意味じゃ、日下部マモリは心得ていた女の子だった。

 これまでの自分や身内の経験で身に染みていたから、マモリちゃんの全力アタックに粉々にされながらも、彼女の意図を察して頷くことしかできなかった。

 みっともなくても縋ればよかったか?

 いや。あれは完全に脈なしだった。だから清々しくもあるのだが。

 それでも振られりゃ傷を負う。そりゃあ負う。ばりばり負う。死にそうなくらい負う。

 どうでもいいけど傷を負うのおうの字、負けなの心底泣ける。やめて。これ以上俺を傷つけないで。

 柊ちゃんに見られていたという恥よりも、振られちゃったと泣いて抱きつきたい自分の弱さに凹む。しかもワンチャンなにか起きないかななんて考えちゃうあたり、マモリちゃんに振られるのも納得。

 俺はほんと、しょうもない。


「部屋に戻りたくねえなあ……」


 俺が泊まっている宿は八葉の宿の隣にあるのだ。

 万が一にも出くわしたくはない。

 あいつに罪はないとしても、あいつにマモリちゃんがつけたキスマークなんて発見したら俺はトラウマができる。しばらくたたなくなっちゃうんじゃないかと思う。なにがとは言わないが!

 かといって、このまま出歩こうものなら先生に見つかってすぐに宿に連行されてしまいそうな気もする。

 現世に帰るか? いや、無理だ。宝島から現世ないし隔離世に移動する術は島の神さま連中が握っているらしい。自分には移動手段がない。

 なら、島で泊まれる場所を探す? それともいっそ、歓楽街にあると噂のお姉さんの店でも行ってみるか? 欲望解消からの吹っ切れで、八葉と遭遇しても問題ないくらいの最高の体験を――……!


「振られる前だったらまだしもな」


 いまの俺にそれほどのパッションが残っているとは思えない。

 ため息を吐く。気がついたら街の東門まで来てしまった。

 温泉地区を左手に見上げ、前方に巨大な山がそびえるこの場でどこに向かうべきか。

 外に行っても仕方ない。

 東門に設置された鳥居に背中を預けて、懐から写真を取り出す。

 御霊と出会った。刀鍛冶にも御霊がついているんだーという塩対応をして、自分の御霊の機嫌をひどく損ねた。女の子だったし可愛かったけど、傷心だったし、そもそもロリな見た目の彼女に興味はなかった。

 暁アリスや佳村ノンみたいな幼い系の子よりも、同い年感のある子かちょっと年上のお姉さんくらいがストライクゾーンなので。そこは許して欲しい。塩対応したのは明らかにまずかったけど。

 彼女の名前もそういえば聞いていない。なにがあったのか把握していた彼女は、元気が出たらまたここにこいと言って写真を押しつけていってしまった。

 自分のせいだとわかっていながらも、御霊にすら愛想を尽かされたと思ってあのときは凹んだものだった。今日のことだし、さっきのマモリちゃんの八葉へのデレデレキス光景も相まってやっぱり瀕死。思えば思うほど瀕死。たすけて。誰かたすけて。

 写真を見てますます凹む。


「よりにもよってこれかよ……」


 おとなしめな子と友達と三人で遊んだときの写真だ。

 当時、自分に親身な友達が「あいつとお前の彼女やばいって。別れたほうがいいって」と言っていて信じなかったから、友達はこっそり後をつけて撮ったのだ。決定的な一枚を。

 三人で並んでだべっている。俺は気づかない。横にいるふたりが俺に見えないように手を繋いでいることを。

 友達には余計なことしやがってとさんざん怒鳴りちらしたし、傷が癒えたころにあそこまで怒ることなかったわと謝った。友達もやりすぎたと言ってくれた。

 不器用な中坊どものしょうもない結末だ。

 卒業式を経て、翌年やった早すぎる同窓会で再会して彼女から直接聞いたよ。俺がイケてる子に振られて絶対やれそうだからと自分に告ったんじゃないか不安だったって。しかも当時の俺はそうとうがっついていたから、疑いが深まるばかりでさ。そんで友達にアプローチされてふらっといっちまったんだと。別れたんだーとか言われたけど、正直もう付き合っていたころの熱は消え失せていたので生返事した。当然のように彼女はさっさと離れていった。

 恥の固まりだ。こいつはまじで俺の人生の恥の総決算みたいな一枚だった。


「あの頃となんにも変わってねえのかなー」


 ずりずりとその場に腰を落とす。

 空手を親父に叩き込まれて、中学じゃそれなりに名を馳せた。

 人前で泣くのはださいと教えられたし、実際そういう生き方をしてきた。

 けど今日は無理そうだった。つらい。


「――……あああ」

「だいじょうぶですか?」

「だめです。今日俺は死んだんです」

「え、あれ。人間じゃなくて幽霊でした?」


 ――……俺はいま、誰と話しているんだ?

 顔をあげてみる。


「人に見えるんですけど。妖怪とも神さまとも思えないし」


 目の前に腰を落とした女の子がいた。

 北斗の制服だ。クソ寒い冬仕様になった宝島で、彼女はブラウスとスカートと長めのマフラーという不思議な格好をしていた。

 年齢はタメくらい。身長は推定百六十とちょいくらいか? 膝を抱え込んでいる状態なので体型は立っているときほどわからないけれど、豊満なのはわかる。お乳の話である。

 千年にひとりレベルの清楚な子だった。めちゃめちゃ顔が小さい。それにいわゆる黄金比を感じさせる顔立ちだ。笑うと白銀比。まさに最高。モデルか女優にしたほうがいいのでは?

 天使や青澄クラスの輝きを浴びている気がする。

 もっと言うとめちゃめちゃ好みのタイプだった。

 けどだめだ。ここで下心を出すから、自分は失敗してきたのだ。


「なにかつらいことがありそうだから、私でよければ話をききますけど」


 無理。やめて。下心が出ちゃう。っていうかむしろ盗まれる。彼女に全部、もっていかれる……ッ!

 待って? これもしかして、どっきり?

 どっかで誰かがスマホ構えてる? 俺の醜態を捉えようとしている?

 鷲頭あたりならやりかねないんだけど。


「え……だ、誰かが化けて俺を笑いにきているとかじゃなく? ガチ?」

「私の好きな芸人さんの言葉を借りるなら、これはリアルガチ」

「むしろ振りにしか思えないんだけど。待って。地獄からいきなり天国に引き上げられると人間、不信になるというか」

「じゃあ、やっぱり声を掛けて正解だ」


 にこって笑った白銀比が眩しい! かわいさに焼け死ぬ! 神々しさが尋常じゃない!


「中学時代に誓ったの。困っている人に声を掛けられる人になろうって。だからお願い。そんなにつらそうなら、せめてあったかいお店に行きません? お茶くらいならおごりますし」


 待って。

 これ、ついていったらツボ売られない?

 妙な宗教の勧誘されない?

 おいしい話すぎるんだけど。

 なにが起きたの? 理解できない。

 おかしい。

 俺はしばらく非モテ街道を突っ走ってこじらせまくった挙げ句に、やがてはおっさんにラブされるような人生のほうがまだ似合いそうなのに。

 むしろおかしな目にあうほうがリアル。リアルガチ。もしかりにこの話を誰かにするなら、聞いている奴はみんなが予想するし、なんなら期待すると思う。俺が酷い目に遭う流れを。

 笑い話として語るなら、ぜったいその流れだろ。それがリアルガチってやつだろ?


「お店を紹介するだけのほうがいいですか?」

「ぜひご一緒にお願いします」


 秒で踏みこんだ。迷っていたのに、しゅんとされたら口が勝手に動いていた。

 失恋で心が弱っているのに。ぼっきぼきに折れているのに。

 出会いをせめて無駄にしないようにというぎりぎりの下心が勝ったよね。


「じゃあ行きましょっか」


 差し伸べられた。手を。俺なんかが触っていいのだろうか。めちゃめちゃ悩んだ。

 とりあえず写真を隠して、右手を拭ってから取った。それが俺の精一杯だった。

 認める。

 初対面の女子と手を繋ぐのは、いつだってめちゃめちゃ気を遣う。

 直ちに手汗を掻き、隣に並んだ彼女に速攻で笑われた。


「離して逃げないでくださいね? 放っておいたら外で夜明かししそう。失恋したのかな?」


 図星! 速攻でいろいろ見抜かれすぎだし!


「あ……ごめんなさい。デリカシーがないか。うちの学校、女子校でコイバナそうそうなくて。中学は共学だったんですけど、男の子と一緒なの久々なんですよね」


 めっちゃ話してくるやん! いろいろ教えてくれるやん!

 それにめっちゃ光栄やん! 久々の男子に選ばれ、かつきっとたぶんおそらく男子と手を繋ぐのも久々レベルですよね!?

 とどめにめっちゃお嬢さまやん! 北斗はお嬢さまが集まる女子校だけに! そうとう! テンションが! あがっている! あがってしまわざるをえないんだ! 単純バカだから!


「神力結です。神の力を結ぶと書きます。北斗の二年生です」


 繋いでいない側の手をきゅっと握って口元に向けてくる。

 えげつない。かわいさえげつない。

 あざとさハンパない。大好きです!!!!!!!


「――……い、泉です」

「泉、なにくん?」


 やめて。これ以上、俺になにか聞かないで。死んでしまいます。

 あなたの天使加減がうちの学校の天使と傾国の美女の合わせ技レベルで眩しすぎるんです。


「アム、です」

「どういう字を書くんですか?」

「……クソはずいんですが」

「教えてくれないんですか?」


 困り眉の作り方を心得ているの、ダメージでかすぎてやめてほしい。

 ちなみに俺はあざといの全然ありなので大歓迎です。


「あ……愛の夢です。ほんとは! ほんとはね!? 空手やってる親父が拳の武を極める! みたいなのりで、あむとあてる予定だったんですが、母親が漢字を変えてくれまして。いずれにせよクソはずいんですけどね」


 ははって笑った自分をむしろ殺してしまいたい。

 ははじゃないよ。そんな俺がははって笑える対象だよ。


「なのに失恋しちゃいまして。名前負けもいいところーなんちゃって」


 笑えない。けど笑っちゃう。はははは。

 だれかー。この口とめてくれー……。


「失恋かあ。付き合ったことないんですけど、好きになった思いってやっぱり特別ですか?」


 付き合ったことない!?

 いや、そこに反応している場合ではない。


「まあ……相手にとってはそうじゃなかったんで振られちゃったわけなんですが」

「あなたにとっては?」


 ぐ、ぐいぐいくるな、この天使。

 うちの学校の天使と並ぶくらい押しが強そうだ。


「そうっすね。傷ついて凹んで、クソ寒い夜に外で夜を明かすんじゃないかってあなたに心配されるくらいには、特別だったかな」


 臭いよな。キザすぎるよな。けど失恋中って普段よりも詩的に浸りたくならね? 失恋ソングを大熱唱したくなったりして、普段の自分じゃなくなるところない? 俺にはある。まさにいまがそれ。

 言い換える。

 失言しました。笑って許して。そしてただちに忘れて。流して。


「そんなに誰かを思えるの、いいなあ。ガチ恋っていうんですかね? 私、したことなくて。あなたは私より好きを知ってるんですよね」


 なんかすっごいですね! などと的の外れたことをどや顔で言うところは、青澄になにか近いものを感じる。

 あれ?

 もしかしてだけど。

 彼女って見た目より変な子なんじゃないの?


「人のことを好きになるのって、けっこう大変じゃないですか。相手が自分の嫌いなことをしたら、好きな分だけ嫌わなきゃいけない人もいるっぽくて」

「……はあ」


 この話がどこに向かうのか迷子なのは俺だけ?


「愛夢くんは失恋相手を嫌っている感じしないから、すごいなあって思っちゃうんです」

「――……さすがに百パー好きしかないわけじゃないっすよ? 振られて憎んでるかもしんないし」


 嘘だ。そんなことつゆほど思っちゃいない。

 ただひねくれて言い返しただけだ。

 マモリちゃんに対してヘイトを抱えているわけでもない。

 二人目の彼女に比べちまうと正直、マモリちゃんは十分天女に思える。


「思ってないくせに」


 見透かされてる。正直戸惑う。

 青澄も相当へんてこな奴だけど、あいつの場合はアホでドジに振り切れてるから。

 あいつのノリと勢いに完全に乗れないとしても、心底嫌っている奴もいない。

 けど目の前にいる彼女はもっと妙だ。

 どんな子なのか。刀鍛冶として過ごした時間は一年に満たないが、それでも反射的に霊子の糸を伸ばす。彼女はこちらに接続してきていない。ならなにから察しているのか。

 明坂ミコには神通力があるという。自分は未体験だが、噂じゃ考えのみならず過去さえ見抜かれてしまうそうだ。くだんの少女は東京を中心にアイドル活動をしながらも、学籍は北斗に。

 なら、彼女は明坂ミコからなにかを教わっている?


「ちょっと正解、ちょっと不正解。お姉さまほどの力はないよ――……あ」


 しまった、と表情を曇らせる。


「ご、ごめんなさい。レン――……親友に怒られるんです。あんまり力を使うと、人から嫌われるって。心の中を見られて喜ぶ人はいないって」


 歩く速度をゆるめ、すぐに立ち止まって視線を落とす。項垂れて、頭を下げて。


「ごめんなさい。でも、放っておけないなって思ったのは、力を使う前で、その」


 しどろもどろになって、なのに手を離す気はないらしくて。

 確信する。

 もしかしてどころじゃない。

 目の前にいるやばいくらい可愛い子は、おかしな子で。彼女との出会いはきっと、面白い何かの入り口になるに違いないって。


「いいすよ。お茶いきましょう。外じゃ寒くてしょうがねえ。たしかにこんな場所で夜を明かそうっていう奴がいたら、声を掛けるべきだわ」


 クソ寒いのはほんとで、繋いだ手がどんどん冷たくなっていくのもリアルガチ。


「考えが読めちゃうなら、これだけ聞かせてくんね?」

「な、なにかな?」


 微妙に中腰になって構えるのはなぜなのか。

 やっぱりちょっと青澄に似てる。北斗のお嬢さまにしちゃ、愉快な子だ。


「や、別に身構えなくていい、しょうもない話かもしんないんだけどさ……俺のキミへの印象もダダ漏れ?」

「あ――……ま、まあ? 褒めてくれたのは――……すごく、うれしかったといいますか」


 街に設置されている街灯の下で見るには惜しいと思った。

 しどろもどろに照れている彼女の顔を、もっとよく見たいと思った。

 それに自棄になるには早すぎると痛感もした。

 それにしちゃあ定番すぎるけどな。最悪の夜に出会った相手がまさかの運命の相手なんて。

 俺が大人だったら、朝チュンからのスタートなのかな。

 惜しいことをしたかって?

 いや。

 俺の駄目なとこを乗りこえるいい機会だとも思った。


「行こうぜ」

「ん」


 元気でてきたみたいだねと笑ってくれるだけじゃなく、じゃあ帰れとならずに律儀に付き合ってくれる彼女と――……他の子よりも如実に下心を察知できるだろう彼女と過ごしてみたいと思ったのだ。一分一秒を大事にしながら。

 ほんと、我ながら自分が情けなるくらいに、顔を上げた瞬間に下心まるごと盗まれていた。

 求めてみようと思った。

 また。次のチャンスにトライしよう。

 行動しない限り、笑顔を向けられる日がこないのなら。

 俺はこのチャンスと、彼女の作ってくれたきっかけを大事にしようと心の底から思ったのだ。


 ◆


 温泉に入っておいてなんだけど、移動時間があると体はがっつり冷えるよね!

 カナタとお別れをして、私たちが泊まる宿の浴槽に浸かる。

 身体中に染みるよ。お湯が。温泉すばらしいにも程がある。

 毎日はいれるんでしょ?

 学生寮の大浴場を改装しているから、大浴場の加減もよくなるはずだけど。

 正直こっちも捨てがたいよー。


「うー」


 極楽に浸っていたら、ばしゃって音がして湯船が揺れた。

 目を開けたらキラリが入ってきたの。見たらマドカやトモやノンちゃんがそれぞれに体を流していた。居間からコマチちゃんやユニスさんのものと思われる足音が聞こえる。

 お姉ちゃんは寝ているけど、それ以外の面子は寝る前の入浴タイムっぽいよ。

 男子が覗きたそうな肌色の乱舞なのでは?


「春灯にしては上出来だな。キスマークなしとはね」

「むっ」


 キラリの指摘にガン見で返すよ!

 染みひとつないし、キスマークもなし。

 虹野くんとお楽しみだったのでは? 今日は不発だったのかな?

 それとも痕をつけるようなヘマはしないっていうことなのかな?


「キラリはつけてもらうことないの?」

「仕事に影響が出ることはしない主義」


 つんつんしちゃって、まあ!

 むすっとする私にふふんと笑ってみせてから、両手を組んでぐっと上に向けて上半身を反らす。

 見惚れるくらいの曲線美。


「――……んんっ、ふう。だから、この温泉とは別れたくないな。学生寮、こっちに移ってくれたらいいのに」


 それいっちゃう?

 カナタと話したばかりだから余計に思う。

 みんなそれぞれそれなりにここの居心地の良さに思いを馳せているんだなあって。


「寮が移ってくれれば部屋でえっちしやすいもんね」

「風情がないぞ、マドカ」


 キラリがおええって顔をするし、私は引きつり笑いしかできなかった。

 カナタと同棲状態を手放すのは惜しい。正直めちゃめちゃ惜しい。

 ふたりで眠れるほうが、私にしてみれば幸せいっぱい。


「話の途中でなんですが、ちょっと失礼しますね」


 ノンちゃんが一言はさんでから湯船に足を踏みいれた。

 ちなみにギンは激しいので有名で、ノンちゃんは私とトップを争うレベルで痕が激しいほう。

 そんなノンちゃんにしては、今日はなんの痕もなし。素直に意外。


「理論的には学生寮に似た施設を用意することもできますし、拡大を続ける住宅地区の住居はすべて埋まる気配などしばらくないので。いっそ家をそれぞれに当てるくらいのことはしてもいいのではと思います」


 なんと!

 目を見開いて驚く私の横にノンちゃんが腰を落ちつかせてすぐ、トモも湯船にやってきたの。


「それ、たしか費用面が問題なんじゃない? シロがぼやいてたよ」

「食料の確保、水道など公共設備の管理メンテなどなど。神さまのお使いのみなさんもただで働いているわけじゃないとなれば、家賃もあるけど生活費もかかる。学生寮の費用は支払い済みだとしても、この島で暮らす必要にあてられるわけじゃないんだよね」


 すぐにマドカが解説してくれるのはありがたいんだけど、おかげで私たちは直ちに現実と直面させられてしまう。


「宝島の沙汰も金次第かあ」

「「 せちがらっ 」」


 私の呟きにキラリとトモが唸る。ふたりがハモるの、地味に楽しいのは私だけ?

 けれどそれで終わりにしないのもマドカなので。


「手はあるよ? 働いて払うか、もしくはお店の支払いのように神水もしくは霊子払いとするかでどうにかすればいい」

「ギンがそれで払って大人しくなっちゃいました」

「「「 まじでか 」」」


 直ちに情報を添えるノンちゃんの発言内容が刺激的に過ぎるよ!

 だから今日の痕はすくないんだね! って、みんなして納得しちゃったよ!

 それでもすることはしたんだろうなって、きっとみんな思っているに違いないし、ノンちゃんも敢えては言わないし、私たちも聞かない。


「ぶっちゃけ体力ないし精神力を差し出すようなものだから、その手で暮らすのは無理かなっていうのが先生たちの考えみたい。明日を皮切りに、ゴールデンウィーク明けに誰も彼もが現世に戻ることになるね」


 リミットは五月六日の日曜日だね、と補足されて唸る。

 ゲネプロやって、本番。やりきってひと息ついたら現世に戻ることになる。

 温泉ともお別れかあ。また会いに来ればいいだけだけども、名残惜しい!

 まさに旅行だった。

 息抜きには程よくて、ずっといれるくらい素敵な場所だ。

 修行場所としても申し分ない。

 己の影に海を宿すコマチちゃんと、世界一の魔女さまユニスさんが入ってきて、ますます肌色度合いが増す。同性ながらみんな素敵だなあって思いつつも、ふと気づく。


「そういえば、ペロリちゃんとクロリアちゃんは? 留学期間がしれっと終了とかそういうオチ?」

「見ないね、そいえば」


 私の言葉にトモが呟いてすぐ、ユニスさんが「冬音さんと一緒に寝てるわよ」と教えてくれた。

 忙しくしてたのかな?

 ふたりには御霊はいないはず。異世界の人だから。

 なら、今日はなにをしていたんだろう。

 なにか妙なことじゃないよね。さすがに勇者さまのパーティーになる子たちが悪さするとも思えないし。

 だいじょぶだよね。なにかあったら閻魔のお姫さまであるお姉ちゃんが気づくと思うし!


「温泉捨てがたいなあ」

「「「 それなあ…… 」」」


 しみじみとみんなで共感しあう。

 あと数日で一度お別れしなきゃいけない温泉を楽しむとしよう。

 明日はゲネプロ。

 でかい場所で私は本番前の確認をするのだ。

 気合いが入るばかりだ! もはや! わくわくしかないので!

 ――……ひとまずもうちょっとゆるんでいてもいいですか?




 つづく!

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