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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七十一章 盗んで盗まれて、下心
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第八百三十九話

 



 好きな人の腕の中で脱力しながら、夜空を眺める。

 けだるい感覚。温泉の温度はぬるめ。いくらでも入っていられそうだし、そのせいで風邪を引きそうな気がしないでもない。

 それでも、いまくらいはのんびりしていたい。

 うしろをちらっと見たら、カナタは目を閉じて大口を開けて浴槽の縁に背中を預けていた。

 ほぼほぼ寝てるね。これは。はぐする力は強めなので、離さない意志を強く感じます。

 嬉しいやら窮屈やら。

 必死になって渇望状態の依存に移行したら、お互いに余裕がなくなるくらいにすり減るだけだから、もっと気楽でいていいのになあとも思う。炎ぷちに嫉妬しといてなんだけど!

 満天の星空を見上げる。たまに流れ星も見える。

 現世で見上げる星空よりも流れ星を見つける頻度は多い。

 じゃあこの島が浮かぶ場所も惑星なのかな?


「どうでもいいや」


 つま先をあげて湯船から出す。

 ちゃぷちゃぷ。軽めに叩いてみる。

 星は水面にかすかに反射して見える。ゆらり揺られて星の川。

 霊子で満たされた湯船に素肌がまるでラメを塗ったように煌めく。

 金色が溢れ出るし、それは私に集まる邪を浮き彫りにする。

 黒いもやがどんどん集まって、男性の裸に変化していく。

 最初は能面じみた顔は、徐々に造形が細かくなっていくにつれて見知った人に変わっていく。

 教授だ。しつこさなら、私が知る誰よりも一番。

 ここまで私に執着してくる人も、そうはいない。

 後ろにいる恋人と、私に手を伸ばしては金色に阻まれて怒鳴るように口を開ける邪の教授と。

 どちらにも欲はある。

 それも性欲。

 けれど、別にたんにそれだけで繋がるわけではない。

 人と人の関係は一言で表現できるときは楽だし、けれどそれだけでは済まなくなるときもある。二言、みこと。だんだん複雑になっていって、お互いにどう付き合えばいいのか見えなくなることもある。

 カナタはシンプル。大好きな人。愛する人。恋に落ち続ける人。契約者。

 並べられるだけ並べられるけど、ソウルメイトっていう概念がぴったり。

 イケメンに限るとか二次元に限るとか、いろいろ限る対象があるけれど、条件次第で同じ行為も見方が変わることはある。よくある。不公平だと言われることもあるし、それを否定しきれないとも思う。

 本質的にいい悪いをかぎ分ける材料がもし仮に存在するのなら、その物差しは人によって異なるとも思う。

 だから自分の価値観でごり押しはできないし、成長していくことでどうやって距離を詰めるか考えるようになるとも言える。必ずしも誰もがそうとは言わないけどね。

 教授はなにもかもが最悪からのスタート。そもそもカナタに出会っていなかったとしても、彼との出会い方はそう変わらなかっただろうという確信がある。なにせ彼はクロリンネの一員であり、別次元の私が味方に引き入れた悪を成すための、文字通りの悪役。

 実際、彼の力はクロリンネの活動上、大きな助けになったろうと思う。別次元の私は、私に比べて多くの辛酸をなめてきているからかなりタフだし、目的のために手段を選ばない。かといって均衡を保つことも忘れない。きっと教授のカウンター的な人がいたのかも。

 どちらにせよ、教授の求愛を受けることはない。それに彼の執着の理由が徐々に見えてきたとして、それを私がどうにかすることはないよなあとも思う。

 だって、欲を晴らすために誰かを利用しちゃいけないよ。

 同意を得られなかったときの苦しみと悲しみと――……なによりも怒りを、こういう形でぶつけてくるタイプと人生を共にするのは難しいもの。

 だからあなたに委ねる要素はない。それが現実。

 でも、じゃあ……どうする?

 因果を断ち切る?

 それとも、ケアに乗り出す?

 彼は本質的なケリをつけない限り、私からターゲットが逸れても永遠に誰かを狙い続けるだろう。そういう人だ。ほかの邪よりもずっと強大で、執拗なモヤを見つめるだけで実感する。

 タマちゃんならどうするだろう。

 あきさんならどうするだろうか。

 アマテラスさまなら燃やしちゃうのかな。

 お姉ちゃんなら? 迷わず裁いちゃうだろう。

 小楠ちゃん先輩を苦しめ、過去にもどれほど多くの人を傷つけてきたか。

 正直わからない。

 私の愛するフィクションは、そういう悪役をだいたいぶっとばしていた。

 キラリが愛する朝の夢のアニメなら、悪い気持ちを引き出して、やっぱりそいつをぶっとばした末に浄化していた。

 お父さんが愛する国民的漫画で、ニチアサアニメに復活したやつだと、結局すがすがしいバトルに持ち込んじゃう。それくらい主人公がぶれてない。つええ奴と戦いてえ! それだけ。

 根暗なところがない。なので私もかっけえなあって思っちゃう。

 ああいう風に振る舞えたらいいのになあ。

 強くなりてえ。そんでもって、つええ奴と戦いてえ! わくわくすっぞ! ってさ。

 そういうノリなら、私だって刀を振るうのは好き。やぶさかじゃないよ?

 けどこらしめるために武力を用いるのは正直嫌いだ。

 おしおきパンチだって、本当ならいらないと思う。

 殴らないとわからない。撃ち殺してみないと理解しないんだ。過激に変換していくなら、もっともっと大きな武力、大きな単位の人を並べられる。

 そういう理屈がほんとに無理なので。ぜったいにいや。

 あとは教授がきっと喜んじゃう気がする。自分のフィールドに落ちてきたなと調子に乗らせる。それは本意じゃない。

 金色を指先から放って邪を祓って、夜空の星を見つめる。


「金色がなあ。まだまだ弱いんだよなあ……」


 キラリが大好きな女の子たちなら、きっと祓っちゃう。

 必殺技で――……ううん。必ず助けて救う技で、絶対になんとかする。

 私にはそれが足りない。

 足りないことだらけだ。

 前向きに言い換えるよ?

 私には、まだまだやれることも成長する余地もやまほどあるんだ。


「……ん」


 よしよし。そう思うと元気が出てくる。

 ポジティブにパッションに笑っていくの。

 カナタの腕に手を当てて、もう少しだけ浸っていよう――……。


 ◆


 あれから程なく温泉を出た。

 鼻を啜るカナタにマスクをつけて、帰り道を進む。


「いっそ……宿もあるんだし、泊まっていけばよかったんじゃあ」

「先生にバレるし、なによりそうしたいカップルに睨まれるよ? 不公平だって」

「世の中、不公平ばかりだ」


 どうしたの。カナタ、なにかあったの?


「女子部屋のみんなは春灯と一緒にいるんだからな」


 どんだけー。

 ゆるいなあ、私!

 でも温泉でだらだらしちゃったせいか、そこまでハイにもなれない。

 今夜は満ち足りた夜だ。

 歩き続ける。道も見える。できないが見つかるたびに目的地が増えていく。

 なら、私は歩ける。どこまでも。

 歌の先が見えないときの状況が、たまに怖くなる。

 どこまでもいっちゃえってスイッチが入っているときはいいけれど、そうじゃないとき……特に元気がないときは迷いまくる。

 だから道を見つける。探し続けるし、探すことに夢中になるよりもまず歩き続ける。


「いっそカナタは私にぷちを預けてみたら? 私もカナタにぷちを預けてさ」

「春灯のぷちを預かるのは楽しそうだけど、俺のぷちを預けても俺が元気になるわけじゃないぞ? 俺じゃないし」


 どれだけ一緒にいたいというのか。

 嬉しいし気持ちも同じだけど、夏休みに離れたときほど必死でもない。

 教授の邪を見ちゃったせいか、そこまで囚われることもないなあって思っちゃっている。

 囚われなくてもカナタのことを心の底から大事に思っていることには変わりない。


「私は嬉しいけどな?」

「……それでなくても、小さなぷちが歓迎されると高校生男子として羨ましいし、けしからんというか」

「ちっちゃ」

「ちっちゃいんだよ、俺は」


 ぶすっとしながらも繋いでいる手を前後に揺するカナタに笑っちゃう。

 つっけんどんな彼のテンションがなんだか新鮮だった。

 十メートルほどの無言。時間は既に夜十時を過ぎている。

 高校生としてはまだまだ余裕。

 だけど集団行動時の自由時間としては、とっくに限界。

 おかげで生徒の姿はあまり見えない。先生の姿もあまり見ないけどね。

 北斗だけじゃなく星蘭と山都も来ている予感がする。

 となれば懇親会と称して先生方が楽しんでいる可能性もある。

 そもそも家族連れで集まっているから、生徒を見かけても家族連れだったりして。

 思いを巡らせていた私よりも、カナタのほうが静寂を破るのが早かった。


「ツアーがあるみたいだ。島内巡りの」

「……私と行きたかったの?」

「明日から本格始動で、今日はお試し。森のくまさんツアーは、オオムカデが出るらしいから気が進まないが、中瀬古が御霊と協力して活性化させた海の謎を探るツアーには興味があったかな」


 ぶっきらぼうにむすっとした顔で前を見つめて歩く。

 かっこつけている彼じゃない。


「春灯の水着姿はもっと見たい」


 サクラさんが存命で無邪気だったころのカナタは、もしかしたら結構わがままだったのかも。

 それもいいなって思えた。

 付き合えば付き合うほど、発見がある。

 変わらないところもあれば、視点が変わって見え方が変わってくるところもある。変わっていくものだってあるし。

 長いと身に染みる。去年の私たちはずいぶんあどけなかったんだって。


「かわいいの? おとなしいの? 清楚? セクシーなの? それともー」

「ぜんぶ見たい。それともの先も」

「よくばるね?」

「いいだろ? 希望を伝えるくらいは」

「じゃあ私もカナタの水着姿、いろんなタイプが見たいかな」

「俺のえっちなのは下ネタにしかならないと思うぞ?」

「ブーメラン履いて似合うタイプは好きだよ? ぜったい似合うと思うし」

「喜んでいいところなのか?」

「たぶん爆笑はするけど」

「ボケになってるだろ、もはや」

「ラビ先輩がブーメラン履いたら?」

「爆笑する……たしかに!」


 ふたりして顔を合わせる。お互いににやっとしていた。


「学生寮の改築の件、進んでるって話だし……ツアーに参加する機会はあるかもな。期待していいかな」

「んーっ。ふたりきり用の水着を見せられるかどうかなら、ふたりきりのときでできるかなあと」

「おい、よせ。浜辺で追いかけっこ、地味に一度やってみたかったんだ」

「いまどき?」

「寒いって顔するなよ。俺はやりたいの」

「水かけようとして砂をかけないように気をつけてね?」

「――……なんで?」

「前にトウヤにそれやって、家族旅行の空気が微妙になったの」

「姉と弟でなにやってんだ」

「そ、それは――……私だって、弟相手でもいいからやってみたかったの!」


 言い終えたらすぐに肘で突かれた。

 どやあってしているカナタにいらっとして、二の腕をはたく。

 スナップを利かせるのは得意だよ! べち! っていい音がしましたよ?


「怒るなって。誓って砂はかけない」

「浅瀬じゃなくて、膝とつまさきの半分くらいが浸かるところで浅めにすくってぱしゃってかけるのがいいよ。本気になっちゃだめ。たくさんかけようと欲を掻くと、ひどいことになるよ!」

「具体的な指示からトウヤくんの気苦労が察せられるね」

「私の失敗談で私の凹み加減も見えるのでは?」

「空回り加減かな」


 そんなばかな!


「憧れのシチュで空回るくらいの勢いにならずにどうするの!?」

「春灯のノリと勢いは確かにすごいが、それが前に出すぎると下手こいたときの失敗もでかくなるって話だ。台風の夜みたいにな」


 くっ! 結構前のラジオのネタを持ち出してくるなんて、卑怯なり!

 あんまりマドカとキラリに大爆笑されすぎて、テレビで言わないようにしてたのに!

 ちなみに金光星チャンネルでマドカにばらされて、その日の呟きアプリは怖くて見れませんでしたよ!


「じゃあカナタはわーって駆け足になりながらも、恐る恐るすくうの? 俺は要領よくやるし! とか言っちゃうわけ? はんっ!」

「先んじて鼻で笑うなよ。待てって。俺もやらかす可能性は大いにあるぞ? 砂はかけないけど」

「し、しつこいのでは!?」

「春灯が忠告してくれたから、繰り返し言うことで自分にやらないように言い聞かせているだけだ」

「そんなの! ん? 待って……それならいいよ!」

「ちょっと考えたな?」


 いいのー! 問題ないんですー!

 繋いだ手を今度は私が前後にぶんぶんと振ってみせる。

 とことことこ。足音を立てながら進む。すれ違う誰かを見る。

 人よりも妖怪や神さまの割合が増えてきた。

 だけどみんな、うきうきしている。とはいえ笑っているばかりでもない。

 久しぶりの誰かと会うためにそわそわして、うきうき進むのに手が緊張で強ばって握りしめられている人もいる。殺気を纏っていつでも戦闘態勢にうつれるような人もいる。

 十兵衞が来た。村正さんもいる。滅多にない手合わせも、今日なら可能。

 明日以降どうなるのか。私たち現世の人間に会うための御霊パスみたいなものが、明日以降は発行されなくなっちゃったら? 神さまや妖怪ならまだしも、幽霊は宝島にくるのがきびしくなりそう。

 タマちゃんが敢えてあきさんに十兵衞を会わせた理由があるのなら、幽霊の移動条件も絡んでいそうなんだよね。私の杞憂ならいいんだけど。


「学生寮の荷物をこっちに持ってくるとか、そういう話になるのかな?」

「大浴場だけじゃなく、全体の建て直しだのリフォームだのってなってきたら、恐らくは」

「……それ、一年で終わるのかな?」

「学院長先生の必殺技が出たら、恐らくは」

「んーっ」


 謎多き学院長先生――……という体裁で、士道誠心の在校生も卒業生も先生方も受け止めているけれど、実体は誰もが既にイメージしている。

 七福神。

 士道誠心の学院長先生が七福神なら、残りの三校は?

 もしかしたらもしかするかもしれない。とはいえ。


「建てるのは現世の建物なんだし、住良木の出資があってもうちの学校はいろいろお金がかかっているから、大浴場止まりなんじゃないかなあ」

「学費が高いといってもなあ……その学費もなあ。自分で払えるかというと」


 ふたりして同時にため息を吐いちゃった。

 一緒に過ごす部屋になんの不満もない。

 わがままが許されるのなら、いくらでも言える。

 けどそもそも学費も学生寮の費用も、お母さん曰く「高校までは親が負担」と言ってくれて実際だしてくれているので、助けられている。ただお母さんのお腹でまさに赤ちゃんが育っている最中なので、私の稼ぎが安定してきたら様子は変わってくるかもしれない。

 大学だろうと専門だろうと行くなら自分で金払え、は前から言われていたかなあ。

 トウヤがいるし。トウヤも士道誠心に入っちゃったしなあ。

 稼いでいるとはいえ、それがいつまで続くかはわからない。水物のお仕事だから。

 貯金しているけれど、ねえ?

 私だって気前よく「学費だすーっ」とは言えない。

 士道誠心の中で迅速にデビューした組で、働いている私は活動が多い分、稼ぎにも反映されている。カナタはまだまだこれからなので、稼ぎも私よりさらに発展途上。

 苦しいところだ。こればかりは。

 今後の人生設計の費用に使えるんだとしたら――……ミコさんあたりに相談して、元手ががっつり固まってくる段階で自分専用の投資担当者がひとり探してもいいかも。


「大浴場が変わって、部屋はそのまま。宝島は活気づいてきたし、訓練場所っていう意味じゃ特別体育館よりグレードアップしてるよね」


 烏天狗カルラさんの屋敷は本当に便利だ。

 ああいう場所が過去にたくさんあったというのなら、過去の剣士や武士たちが強いとしても納得。江戸時代で会って苦戦させられた村正さんもなにかしら縁があったのかもしれない。


「ここに来るための条件が緩和されたら、四校の距離の差なんて関係なくなるわけでしょ?」

「復活したてのこの島に、そこまで過大な期待を向けるのは時期尚早な気がするが……いずれはな」

「いずれかあ」


 ミコさんやユウジンくんあたりに頼んだら、一発でなんとかなってくれたりしないかなあ。

 さすがにそこまで都合よくはいかないか。


「住み心地はいいよね。案外」

「食事もうまいし……学生寮の味もそろそろ懐かしいが」

「んー」


 住めば都。

 引っ越しを繰り返して定住しないロマニーな生き方もいい。

 歴史的事実を別にして、もっとシンプルに語ろう。

 人には二種類いるという。

 住処を限定する者と、移ろい場所を変える者。

 一年に一度は住んでいる場所を変えるという生き方に馴染みがない人は多いと思う。

 実家付近から離れられない人も多いと思う。

 逆に、飽きた場所にはもういられないという人もいるよね。

 別にそれぞれ違っていいと思うんだ。

 ただ私は定住型の人生を過ごしてきたから、住んだ場所に愛着が湧く。そして離れがたいと思うくらい、いやな思い出しかない場所はすくない。ゼロでもないけどね。いまだに卒業した中学校に行きたいとは素直には思えないし。

 いい思い出があろうと移ろうという人もいるから、一概にいい思い出次第でもない。

 ただ、学生寮もこの宝島もいいなあと思えてしまうだけ。


「ねえ。カナタはふたりで住むなら、どういう場所がいい?」

「防音」


 最初に防音とか、現実的にも程があるのでは!


「なんだよ。マンションやアパートなら必須だろ? 最上階でもなければ、上の階の音が聞こえるじゃないか」

「まあねえ」


 夜の時間の声もカナタが対処してくれているから、漏れないし漏れてこないだけで、手を抜いた日には目も当てられない。

 なにせ心を剥き出しにして切磋琢磨する精力盛んな十代が集まっているんだから。

 邪討伐や戦闘訓練の日は、やっぱりみんなちょっとテンション高いし。

 風紀のこわいこわいおばちゃま先生が注意喚起するのは、きまってそういう日だもの。

 でもさあ。そういうことじゃないじゃない?


「そうじゃなくて。夜景が素敵~とか」

「駅から歩いて五分圏内」

「広々としたリビングが素敵~とか」

「風呂トイレ別」

「お、オートロックで安心で、住んでいる人が仲が良いとか」

「管理費共営費は正直あんまり払いたくない。ゴミは夜に出せると楽」


 カナタさん、生々しいにも程があるのでは!

 っていうか一応調べてはいるのね!? 出てくる内容が具体的だもんね!?

 でも私も調べているから敢えて言うと、けっこうお高くなるよ? 最寄り駅次第で! 都内はかなりきついと思うよ!?


「もう!」

「いちおうあてはあるんだ。俺のいまの稼ぎじゃ夢もまた夢だけどな」

「――……ほう」


 プランはあるわけだ。

 現実的じゃないにせよ。

 なに? もう。やだ。前向きか。


「目標があると頑張れるかなと」

「へえええええ?」

「そういう反応されると思っていたから、隠していたんだよ」


 ぶすっとするカナタににやにやしながら、繋いだ手だけじゃ足りなくて腕に抱きつく。

 こりゃあたくさん質問して、カナタのプランを深掘りしていかないと!


 ◆


 警察官として、そして侍隊の刀鍛冶として働く姉の長すぎる上司兼元片思い相手への愚痴と、いま一緒に働いている刑事に対する愚痴なのかのろけなのかわからない話に捕まっていたら、だいぶ夜が遅くなってしまった。

 最後には姉のテーブルのそばを最初の愚痴の矛先である姉の上司が結婚相手の女性と一緒に通りがかって声を掛けられたことで解放されたのだが。

 まさか姉の片思いの相手が緋迎シュウだったとは。

 昔から姉は高望みをして、しかも引き際を弁えずに猛烈にアタックをし続けては敬遠されるたちだったが、納得。

 緋迎シュウといえば、彼の父親の緋迎ソウイチから現代最強の侍の称号を引きついだ男だ。警視庁警備部侍隊の隊長であり、侍隊における特殊部隊である零番隊の隊長でもあり、日本の侍隊を率いる総司令みたいな人。

 弟の緋迎カナタはいまでこそ侍候補生兼刀鍛冶だが、元々その点では緋迎シュウのほうが有名だ。

 遠距離攻撃はすべて霊子に分解するフィールドを纏っての行進は、まさに彼こそ隊長に相応しいと思わせてくれるほど頼もしい。

 あれほど強力かつ無慈悲な霊子操作は真似できない。

 光葉先輩すら、まだあそこまでの技は使えない。たとえば真中愛生先輩の太陽のような霊子の固まりを放つ技を、光葉先輩は分解して無効化できる。けれど、初見の相手の霊子を読み解くとなると、邪や神や妖怪の霊子も含めちゃうと、さすがに光葉先輩でもきびしい。

 いや、だれでもきびしいのだ。

 それをあの人はやってのける。そう思わせてくれるなにかが彼にはある。もちろん、成し遂げた偉業も並べればきりはないのだが、いま問題なのはそうではなく。


「――……遅くなるとこうなるのではと、柊は懸念していたのですが」


 走って宿に戻る途中で、商業地区の路地から顔を出した八葉カゲロウと日下部マモリの火照った顔を見つけて、あわてて足を止める。

 ふたりがなにをしたのかは考えるまでもない。一目でわかる。

 八葉カゲロウの御霊である石川五右衛門がどのような存在かもだいたいイメージできているから、彼が八葉カゲロウにどのような修行を課すのかもイメージできていた。

 予想通りだったし、八葉の腕に抱きついて上機嫌な日下部を見ているとなんともいえない気持ちになった。

 嫉妬? 微妙だ。

 仲間はずれにされた疎外感? それはある。

 八葉カゲロウに対する興味があるのに、彼の成長を目の当たりにできなかったことへの不満? 大いにあるが、しかし修行の内容が内容なだけに好奇心を出すべきかどうか悩ましい。

 実際、彼らを見ろ。

 腕に抱きついているだけじゃなくて、日下部は自然に八葉の頬にキスをした。

 いちゃついている。全力で。


「マモリさん、すっかりスイッチ入っていますね」


 それくらい素敵な時間だったのかもしれない。

 やらしいとは思う。

 とはいえ隔離世絡みの高校に入った時点で、ある程度はイメージしていた。

 人の心というなんともごまかしがきかなくて生々しいものに触れるのが、この業界だ。

 邪だけじゃない。刀鍛冶になったら、侍の心に触れ、御霊の心にも触れることになる。

 そもそも自分は刀鍛冶志望だったから、ある程度は覚悟していた。

 士道誠心の学生寮の歴史と特殊な事情の背景も。

 それに貞操観念に関して自分は大した信仰も持っていない。

 こじらせた姉は潔癖なところが邪魔して、よりこじらせている印象がある。

 だったらさっさと捨てられたらいいなあとさえ思う。

 誰でもいいわけではないけれど。枷みたいに考えちゃうと、そんなのはないといいなあと願ってしまうのだ。


「あんな風に笑えたほうが、まだ幸せそうに見えちゃうんですよねえ」


 いらいらしたり、さんざん愚痴ったり罵倒したりしておいて、当の本人が未来の奥さんと一緒に現われるなり気まずくなるも、奥さんが想像よりめちゃめちゃいい人で、すぐに仲良くなっていたたまれなくなっている姉を見ると、いろいろきつい。

 正直なところ、もっと素直に生きようと思っちゃうのだ。姉にはひじょうに申し訳ないのだが。言ったらケンカになるのは目に見えているので黙ってはいるのだが。

 ぼうっとしながら考え事をしていたのがいけなかったのか、


「あっ」

「おっと」


 誰かの背中に突っ込んでしまった。

 あわてて一歩さがって見上げる。けっこう大きな男の人だというのはわかったのに、


「なんだ、柊ちゃんか」


 それが同級生の刀鍛冶の泉だと気づくのは、だいぶ遅くなってしまった。


「わり。往来で立ち止まってちゃいけないよな」


 あわてて笑ってみせる彼だけど、微妙に表情が強ばっている。

 理由はどうしたって察してしまう。

 日下部に片思いをして玉砕した彼は見たのだろう。恐らく、八葉と日下部のはしゃぐ姿を。


「あ、あの……あの。柊は、その……」

「わりい。気ぃつかわせちゃったな」

「そっ……その。泉さんも、いいことあると思います」


 言ってから心の中で絶叫した。最低最悪のフォローにも程がある。

 穴を掘って埋まりたい。宝島の底まで突きぬけて海の底まで沈んでしまいたい。


「たまたまにしちゃあ、運がない。でも、おかげで吹っ切るしかねえんだってわかったわ。だからこれは、いいことだ」


 渋く、痛みを堪えて笑える男はかっこいいなあと思えた。

 そして、なんて運命は残酷なんだと思った。

 視線をさ迷わせて、いますぐどこかに逃げたいと訴えている彼を見ていたら、居たたまれない気持ちになる。

 申し訳ないのは、自分は目の前の彼よりも八葉の側に立っていること。

 自分が気を遣って彼は余計に傷ついたりしないだろうかと悩んでいる間が、彼との距離を詰める決定的なタイミングを逃してしまう。


「いくわ。あんま遅くなるなよ? じゃあな」


 自分の肩をぽんと叩いて、ふたり組がいる方向とは真逆に歩いていってしまった。

 背中を見送る。

 姉もああいう風に傷ついたのだろう。

 相当のダメージを負ったのだろう。

 青澄春灯を中心にした、士道誠心の二年生の目立つ子たちグループは青春を謳歌している。

 華やかに見えるだけで、彼女たちは彼女たちなりに苦しんでいるだけ。

 愚痴もよく聞く。

 中身が変わるだけで、やることは結局変わらない。そんな印象がある。

 恋愛のダメージ。泉はきっと、いまそれをなんとか消化しようと努めている。

 縁はそれぞれ。既に決した縁なれど、今夜はちょっと残酷に過ぎる。

 もう一度、八葉たちを見た。だいぶ距離が離れてしまった。

 追いかけてみて、もう一度目にする。

 泉はきっと、それでも恋をするのだと思った。

 結ばれたふたりが笑顔で語り合いながら歩く。ただそれだけの光景が、残酷なまでに美しくて、幸せに満ちていて。

 あれを求めて、泉だけじゃなく姉も――……そして自分も、恋をするのだと思ったのだ。




 つづく!

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