第四十三話
願うのはただ、ただ。
見切って、見切って、避けて、避け抜いて……ただ一太刀。
それだけだった。
攻撃は正直まだ全然だめ。
狛火野くんが作ってくれる呼吸に合わせて振るうけど、十兵衞よりも鈍く、タマちゃんに比べるとまるで洗練されていない。
『もっと……もっとだ』
十兵衞から伝わってくるの。
どう動けば良いか。
『ハル……リズムじゃ。わかるな?』
タマちゃんの声に答える余裕なんてない。けどなんとか感覚を研ぎ澄ませる。
リズム。そう、リズムだ。
狛火野くんは敢えてリズムを作ってくれている。
乱そうとしない。
私から私らしさを引き出すために、彼はリズムを作ってくれていた。
だから全力を出せている。けど、どんどん体力が減っていくのが自分でもわかる。
腕と尻尾の重たさはちょっと並みじゃなくて、自然と重心が後ろに傾いている。
それが今はたいへん。
つらい。つらいよ。倒れそうになるのを我慢するのがつらい。
それ以上につらいのが……
『まだだ』
十兵衞から伝わってくる思考に従うのがつらい。
狛火野くんの戦闘モードは解けない。
それ以上に十兵衞のテンションの上がりっぷりが大変。
全力で私に感覚を注ぎ込んで、教えてくれている。
タマちゃんも負けじと身体の動かし方を伝えてくれるんだけど、情報過多で処理しきれていない。
油断したら身体の自由を奪われて勝手に決着をつけちゃいそうだし、そうしたら狛火野くんに一生恨まれそうです。
「――……ッ!」
そんなの、絶対いやだ!
それくらいやる気が爆発してるんだ。
求めてくれる彼と共感しちゃうくらい……私も充実しちゃってる。
身体を動かすのが下手な私が、剣道をずっとやってたらしい狛火野くんと踊るように戦ってるなんて信じられない。
右目に見通せない攻撃はなく、重たくなるばかりの身体なのに、どんどん理想に追いついてくる。
右目は間違いなく十兵衞、身体はタマちゃんがくれた力のおかげだ。
なら……それを味わえるこの瞬間が楽しくないわけがない。
けど持久力だけはごまかしようがなかった。
狛火野くんよりある道理がないもの。
だからこそ――
「二の太刀」
呟きと同時に二筋の切り払いが私の腰を狙う。
咄嗟に突きだした十兵衞の刀がなぎ払われて、壁に突き刺さった。
がら空き。ピンチ。どうにかしないと終わっちゃう。
けど――……なぜか追撃はなかった。
だから油断しちゃったのかもしれない。
なにせ腰が疲れてきていたし、それだけでなく足も滑った。
汗だくで動き続けていたから、木の床には私たちの汗が落ちているの。
つるん、といった瞬間だった。
そこへきて耐えきれず、といった調子で狛火野くんが刀を振り上げた。
狙いは直線。縦に私を切り裂く。ただそれだけ。それだけで十分だった。
瞬間、視線が交差する。
悲しみと確信の顔が私を捉えている。
今日はここまで。
永遠に続いて欲しいような……二人で続ける舞踏。
けれど彼と違って、私の心に過ぎるのは悲しさとかそういう種類のものじゃない。
『今だ!』
尻尾中に力をこめて身体を支えて、そのまますぐに真横に飛んで。
『いたたたたた!』
「タマちゃんごめん!」
私も痛いからよくわかる、けど許して!
八尾の力を持つ刀で狛火野くんの首筋を捉えた。
ぴたりと制止した刀は彼の皮に触れている。
けれど私の尻尾、その一尾の根元に狛火野くんの刀もまた触れていた。
「――……」
沈黙がおりる。
あんなに熱かった身体は一気に冷たくなるばかり。
ぽた、ぽた、と。
私と狛火野くんの汗が落ちる。
『決着は……相打ちじゃな』
タマちゃんの言う通りだった。
月明かりが差し込む道場内で私を見つめる狛火野くんはあまりにも美しかったから。
思わず刀をさげちゃった。
それが切っ掛けになったのかもしれない。
彼もまた、刀を下ろしたのだ。
「……君の勝ちだ」
「痛み分けじゃないかな」
「君は首――……僕は尻尾。その差は歴然だよ」
俯き、身体を起こして刀をしまう。
その場に腰を落として、膝を立てる。
肩に抱くのは彼の刀。
「身体の動きもさることながら、君の目は……凄いね」
『あと、妾のしっぽのおかげじゃからな!』
わかってるってば、タマちゃん。
「刀に宿る魂のおかげです」
「そうかな……尻尾を使ってよけたのは、御霊の言うとおりにしたの?」
「タイミングはね。だけど、ああ動いたのは私」
「なら……きっとここからが、キミらしさを掴む戦いの始まりなのかもしれない」
「狛火野くん……」
稽古をつけてくれたようなものだ。こんなの……ありがたすぎてしょうがない。
なのに彼は眩しそうな顔で聞いてきたの。
「君は力を借りることに躊躇いはない?」
その言葉にきょとんとしちゃった。
「八岐大蛇を宿したあのユリア先輩も、その双子の兄であるラビ先輩も恐れていた。僕も……正直まだ、こわい。自分の刀の名を知るのが」
と、いうことは……どういうことだろう。
狛火野くんは自分の力だけで私と戦ったんだろうか。
だとしたら……それってすごいことじゃない?
いや、間違いなくすごいよ!
私は十兵衞とタマちゃんがくれた力を借りて一生懸命だっただけ。
言うなれば三対一。
だけど狛火野くんは私に合わせてくれたんだ。
「手加減……してくれてたでしょ?」
「手心を加えたわけじゃない。知りたかったから、キミらしさを」
顔をあげた狛火野くんは私の顔を見て言葉に詰まると、また俯いちゃった。
「でもね。ずっと……続けてたいって思っちゃったのも正直なところ」
まだまだ未熟だ、と呟く声に……どうしよう。
「狛火野くん……(ちょろきゅん」
『ういのう……(ちょろきゅん』
たまらなくなった。
素敵な青春の輝きになんだか胸がつまった前髪に触れる。
金色の輝きが煌めいて見えた。
同じように狛火野くんだって輝いてる。
だからかも。
た、タマちゃんどうしよう。
『なんじゃ』
すごいいい匂いがするよう……!
全力で戦った後だからなのかな。
頭の中で何かいけないものが出てるの。
だからすり寄りたくて仕方ないし、一度感じるようになったから我慢できない。
狛火野くんから感じる霊子? の匂いは甘酸っぱくてたまらないの。
だから腰が抜けそうです。砕けちゃいますよ!
「あ、青澄……さん? どうかしたの?」
そんなに困った声で名前を呼ばないでよ。
ああ、うう……うううう。
「し、尻尾が膨らんで……す、すごい勢いで振られてますけど、ど、どうしたの?」
「な、なんでもなくて。その。今は見ないでくだしい……!」
「え……ご、ごめん。女子と話すの慣れてないから、な、なにか気に障ったかな。それとも、いまさらなんだけど、果たし状がまずかったとか?」
「う、ううん。ぜんぜんいいの。すごくいい機会くれてありがたいくらいだし! ただ、そのう」
はあ、はあという荒い息が聞こえる。私の息だ。
視界の真ん中に狛火野くんの困った顔がある。
どんどん近づいてくる――……ううん、近づいているのは私。
やばい。おかしくなってる。率先してそうなってる気もする。
流されてもいいや、だって視線を下ろしてみればさ。
おいしそうな首筋が見えるの。実際匂いも強くて。それは、それはまるで――
『これ! 正気に戻らんか!』
がつんと響くタマちゃんの声に我に返った。
だめだ。このままいたら何かしちゃいそうだ。
急いで壁に刺さった刀を引き抜いて、青ざめた私は汗をだらだらだと浮かべて呟きました。
「……え、えっと。お、お風呂はいりたくなっちゃった。ま、またね?」
ううん! 我ながら苦しい!
「あ、う、うん。また……来てくれて、ありがとう」
だけどはにかんでくれる狛火野くん……きゅんとしちゃうよ!
「ううん。たいして力になれなかったと思う……ごめん」
「いや……そんなことないよ。ありがとう」
そう言って送り出してくれた。感謝しかないよ、もう。
つづく。




