第四十二話
余計な本音を言わないように気をつけていたらトモと目が合って、二人で必死に口を閉じているのがおかしくて笑っちゃったの。
三分経ってから、ライオン先生の刀について知っているか聞いたよ。そしたら噂になってるんだって。私が斬られてあれこれいったのが。
うちのクラスに誰か下手人がいるようです。
まあいいけどね。
シロくんは沢城くんとのわだかまりが少しはとけたみたいで、早速二人でアレコレ言い合いながらどっか行っちゃった。けど今日の主役の二人だよ?
「野郎共、絡みにいくぞー!」
「「「「「 おー! 」」」」」
さっそくカゲくんたちが絡みにいくようです。
「そっとしておく、とかじゃないの?」
思わず突っ込んだよ。そしたらね?
「ばっかおまえ、シロのダチは俺らのダチだろ!」
だそうです。カゲくんのノリいいなあ。そういうの好き。
チーム分けの時に沢城くんちょっと寂しそうだったから。
どんどん輪が広がっていくといいなあ。
「じゃあ……お願いします」
「お願いされるまでもねえが、おうよ!」
にっと歯を見せて笑うカゲくんたちを笑顔で見送る。
いいなあ男の子。
私はあそこまで気楽に絡んでいけない……ううん、考えすぎなのかな?
「ハールっ」
「わっ」
横からトモに抱き締められて、なんだかくすぐったかったから、弱気は置いていくことにした。
「食堂でおやつおごったげる」
「え、いいの?」
「勝利のご褒美じゃー」
「して、その心は?」
「沢城くんの攻撃を避けたコツ教えて?」
前後に揺さぶられる。
けど……ううん。十兵衞のおかげなんだよね。
どれだけ説明してもトモは「じゃあ十兵衞になって教えて」っていう。
それくらい凄かったのかも。
私は十兵衞の操る身体の感覚を夢中で覚えようとしてて、けどその凄さがいまいちわからない。
なんていえばいいんだろう。
うんちゃらツリーも東京タワーも高いじゃない?
でも何メートルだから、どういう風に建てたから具体的にどう凄いのか、みたいなところまではよくわからない……って感じ。
十兵衞は間違いなく凄い。
戦闘の実績は、私には不釣り合いの無傷の全勝。
もし十兵衞を引き当ててなかったら、私は負けていたはずだし、もっとボロボロになってた。
こと刀を使った戦闘において、十兵衞の力は抜きん出てる。
おんぶにだっこで申し訳ないけど、十兵衞は私に戦闘でいろんなことを伝えてくれる。
覚えていこう。自分の身を自分で守れるように。
◆
食堂でトモと二人でデザート食べてお部屋に戻るとね。
部屋の扉に封筒がささってたの。達筆で書いてあったよ、果たし状って。
青澄春灯さまへ、ってご丁寧に宛先まで。
「なになに、ラブレター?」
「むしろ果たし状……なんですけど」
苦笑いになりながら封筒を手にして、トモに表を向けて見せる。
「な、中みたら案外違うかもよ?」
「そ、そうだよね」
引きつる笑顔で封筒を開いてみた。
中にある便せんはね。
『一騎打ちを所望致す。深夜零時、剣道場へ来られたし』
これだけ。
もうね。逃げようのないレベルで果たし状。
この文面で愛の告白だったら時代錯誤過ぎて逆に気になる。
完全に固まる私にトモが気遣うように寄り添ってくれる。
「……ど、どこかに名前とか書いてない?」
「あっ、え、書いてあるのかな」
我ながら声が。声がね。弱々しいんですよ。
不安しかないよ。だって、こんなの不安しかないよ。
「し、知り合いとかだったら困るなあ」
それを吹き飛ばそうと笑ってみたんだけどね。
「便せん、名前かいてあるじゃん」
「え? あっ、え……っと。狛火野、ユウ」
青澄春灯。
高校入って初めてもらった封筒は果たし状でした。
……私の青春って、なんだろう?
◆
心配してくれたトモについてきて貰おうか、とも思ったんだけど。
『一人で行くべきだ、ハル。男が果たし合いを望んでいるのだから』
十兵衞の思いは真剣そのものだった。
『彼の思いを踏みにじってはいかん。すれ違う男同士の問題とはわけが違うのだ』
……うん。わかった。
『うい男じゃったがのう。果たし状とは……内に秘めたる闘志は人一倍強いのかのう?』
タマちゃん……どうかな。でも、気になるよ。狛火野くんの気持ち。
確かめるなら、やっぱり私一人で行くべきだね。
だから剣道場へたった一人で行ったの。
扉は開いていて、剣道着姿の狛火野くんが正座してた。
手元には刀。
犬っぽさを感じさせるくしゃくしゃの髪は整っていて……背中へと伸びる後ろ髪は白い布でポニーテールに結わえられていたの。
もうね。
勘違いしようもないくらい、果たし合いの空気です。
……どうしてこうなったのかな?
割と泣きたい気持ちです。
靴を脱いで道場にあがると、床が音を立てたの。
それに合わせて狛火野くんが目を開けたよ。私を真っ直ぐ見た。
「来てくれたんだ」
「……うん」
来ないっていう選択肢だけはなかったから。
「急にごめん」
「……それは、その。果たし状って急なものだと思うから、いいんだけど」
って言ったら、笑ってくれたの。敵意とか殺意とか、そういうんじゃない。
純粋な興味を向けられていた。
「君って不思議な子だよね。入学式の時に震えていた君と……結城くんとギンを退けた君、どっちが本物なの?」
笑顔なのに……なんで?
なんで私いま、怖いって思ったんだろう。
「君が手にした刀のおかげ? いいや、違う……刀と僕らには密接なつながりがある。君だけの強さがきっとその二本と共にあるんだ」
刀を手にすると、狛火野くんは立ち上がって私に対して――……構えた。
「僕はそれが知りたい。強さを手に入れるために。自分だけの力を掴み取るために……キミに教えてもらいたいんだ」
「だ……だから、果たし状なの?」
「ああ」
「十兵衞が、タマちゃんがいるから……で、私自身はそんなに大したこと、ないんだよ?」
「そうかな……僕はそうは思わない」
柄に指先が触れる。
「初めて君と電車で会った時、確かに何かを感じたんだ」
「ち、痴漢にあっていたからでは?」
はっきりと首を横に振られた。
「いいや、違う。今の世の中、嫌だと思った人を攻撃するのが当たり前だけど……キミは許そうとした。そこまでしなくてもいいって」
「そ、それは……」
殺しちゃうか、深く傷つけちゃうって思ったから。刀で斬ったら危ないもん。
痴漢は犯罪だけど。許されないけど。殺していい理由にもならない。とはいえ、
「狛火野くんが助けてくれたから、言えただけだよ」
素直にそう思うんだけど。
「いや……僕はそこに何かを感じるんだ」
「困ってる人を放っておけそうにない狛火野くんにこそ、私は何かを感じるけど――」
今度は緩やかに、けどやっぱり首を横に振られた。
「お願いだ。僕はあの瞬間の、君に感じた何かを形にしたい。二人を退けた君から、何かを見いだせる気がしているんだ」
澄んだ瞳を向けられて思う。
男の子の世界に憧れと距離を感じるの。
恋を歌うならきっと今が最高のタイミング。
けれどそうはならなかった。
実感する。
私は刀を手にした侍のいる学校に通っているんだ。
青春の形の一つが――……戦いだというのなら。
「さあ構えて」
身体に何かが染み渡っていく感覚。
十兵衞だ、と思ったからすぐに念じた。
いやだ、って。
これはきっと、私の青春だから。
『む――』
私がやらなきゃ。私が受け止めなきゃだめなの。
……そういうことなんでしょ? 十兵衞。
『……うむ。しかし彼は手強いぞ? お主ではすぐに負けるやもしれん』
だとしても、いいの。
狛火野くんはまっすぐ私を見てるの。
だから私がやらなきゃだめなの。
『ハル、よう言うたぞ!』
ありがとう、タマちゃん。
『……覚えているか? これまでの積み重ねを』
大丈夫だよ、十兵衞。ちゃんと身体に残ってるの。あなたが教えてくれたこと。きっとすべてに比べたらささやかな教えかもしれないけど。ちゃんと残ってるよ。
十兵衞の刀の柄に触れる。
それだけでめいっぱいの勇気が湧いてくる。
お尻から尻尾のすべてにびりびり緊張が伝わっていく。
けれどタマちゃんの息づかいを感じて、入りすぎた無駄な力が抜ける。
「私、運動音痴で。オシャレだって全然で。中学は自意識こじらせてピエロだったの」
「――……」
「あの頃は、自分のことをクレイジーエンジェぅって呼んでた。ずっと……ひとりぼっちだった。そういう自分でいたの」
「そうなんだ」
笑わずに聞いてくれる彼に話す。
「天使みたいな子がいて。ずっと羨ましかった……高校はその子みたいに過ごすんだって心に決めていた」
目を細めた狛火野くんに向けて、足を前に出す。
「きらきらの学校生活を夢見てた。だから電車で狛火野くんに声を掛けられる前はわりと絶望してて……そんな私に声を掛けてくれたキミを覚えてる。囁くように掛けてくれた声」
柄を強く握りしめる。
「もしそこに何か意味があるのなら」
たとえ恋愛の運命じゃないとしても。
青春に繋がっているってわかったから。
「切り合いでわかるなら、いいよ。いつでも」
きて、と言うよりも早い。
眼前に迫るは白刃。
三、四メートルは離れていたはずなのに。
一瞬で詰められた距離そのまま、神速が私の頭を真っ二つに切り裂こうとする。
でも――……見える。見えている。
この右目に見通せないものなんてない。
いつかそう願ったことがあったよ。
吸血鬼で堕天使、我が右目に見通せぬものなし! ってね。
それはただの妄想で、形にならない嘘。
なのに、現実に叶えてくれる力を持つ魂が私に二つも宿っている。
だから避ける。避け続けてみせる。
それがあの日の私に出来なくて、今の私に出来ること。
軌道の分だけ、必死に身体を動かす。
十兵衞に比べたら無駄ばかりの動きで、タマちゃんに比べたら優雅さの欠片もないがむしゃらさで。
それでも、信じる。
私の夢見た二つの力。最強と美しさを信じ抜く。
二人の欠片でもいい。二人と過ごして染み込んだものを、夢中になって活かす。
狛火野くんのペースが上がっていく。
私のペースも引き上げられる。
私たちは踊り続ける。
前髪が切り裂かれ、身体中がびりびりと何かの衝撃を受けた。衣服の裾が斬られることもあった。けれど身体には当たらない。
狛火野くんは本気じゃない。
私はもうずっと本気なのに。
でも避け続けていたからこそ、引き出せる何かがあった。
「ッ」
一瞬だけど狛火野くんの目が、蘭々と赤く輝いて見えた。軌跡を描いて見えた瞳の輝きの意味を考える。そんな余裕なんてないのに。
そうと気づいて全身に感じた脅威に思わず、
「――……」
咄嗟に刀を振り抜いた。明らかに失策だった。
それは十兵衞もタマちゃんもしない、私だけの動きで。
だから飛び退った狛火野くんは鞘におさめたままの刀に手を掛けて、再び構える。
「はぁっ――……はぁっ」
全身に鳥肌が立っていた。
いま振り抜かれていたら、切り裂かれていた。
けれど狛火野くんはそうしなかった。
明らかな失策。失望させてしまったかと思ったけど、彼は充実しているのが一目でわかる嬉しそうな笑みを浮かべていたの。
引き出されたのは、だから、私だ。
「まだいけるかい?」
荒い呼吸を繰り返しながら、頷く。瞬時に膨れ上がる彼の気迫に、にじんできた汗が引っ込む。
ただ手を出すだけじゃ意味がない。届かない。
十兵衞とタマちゃんを掴んだ私だからこそ出来る何かが欲しい。
狛火野くんが求めているのはきっと、それなんだ。
けれど全身が心臓になったような私の身体で。
早鐘を打つのにいそがしいだけの私に、それが出来るのか。
『か、代わるか!?』
『否。否。断じて否だ。この昂ぶりはお前だけのものだ、わかるな? ハル』
わかってる。
やるよ。
「顔つきが変わったね」
「気づいたの」
知らなかった。
汗がこんなにも冷たいなんて。
知らなかった。
男の子と全力でぶつかるのが――
「こんなに気持ちいいんだなって」
浮かぶのは必然、笑みでしかなかった。
私と戦おうとしてくれている。
私と向き合おうとしてくれている。
だから……私なりにやってみせよう。どんなに下手でも。彼がそれを望んでくれる限り、全力を出すんだ!
つづく。




