第三千三話
新幹線と併走できる能力を持った人による伝令って、スマホの電波が通用しない場面では実に有効だ。
これだけでも思考が混濁しそうな内容で困る。なんだ。新幹線と併走って。
一年九組になって、いまはすでに十一月。半年は過ぎているのに、たまに士道誠心学院の異質さに慣れそうにないことを思い出す。
立沢理華はまだまだ不慣れだ。
不慣れといえば、
「つまり黒幕を探るのは理華たちに委ねると?」
「侍隊の緋迎さんたちや、各協力機関と連携しながらね。先生方と協力して、みんなに指示を出してもらってもいい」
「え、ちょ」
「任せたよ」
それじゃあと結城先輩は速攻で駆け出していってしまった。
待ってくれ。こういうことに慣れているはずがないだろう。
いやだよ。そんな高校生がいたら。大人はなにをしているんだ。ちゃんとやれ。
こんなの入学してからも、いやいやそもそも中学時代のときも、いやというほど感じてきた。
なんてことはない。人生はずっと、この繰り返しなのだろう。たぶん。
そう思わないとやっていられないくらいには、連続している。
「理華、どうしますか?」
ワトソンくんの顔を見た。いつ見ても嫌味なくらいに端正な顔立ち。
「ワトソンくんならどうします?」
「警察や協力機関との連絡を繋げて、現状の把握と確認。青澄先輩の見立てどおりなら、ここはいわば”工場”であり”研究所”、あるいは”実験場”といったところですかね。そして、先輩の見立てどおり、組織や企業として捉えるなら、ここは本社じゃない」
「本社がどこかを探る方法はなにか。思いつくのは?」
「以前、姫の魔法で別の”工場”を見つけたことがありますね? あれが使えるかと」
不慣れで済むのはなぜか。
彼や姫ちゃんに留まらず優秀な仲間たちがいる。
挑戦して経験を積んできており、それらを把握できている。
そして、こうした蓄積がいかに重要か教えてくれる先達もいる。もっとも、その先達はいま、この洞穴にいた死者たちから情報を探っている最中だ。
「ですが、その先になにを予測し、なにを捉え、どう動くべきかの想定までは」
それで十分ではないか。
実務経験の豊富な彼にさらなる見立てが持てないのなら?
素人の私に期待されても困る。
困るのだが、考えてみないことには始まらない。
「どうですか、理華」
ないと言えれば楽なのだが。
「不思議に思いません? 第二の関東事変と春灯ちゃんが呼ぶ今日の事件群に至ってもなお、犯行声明が出ないこと」
「そういえば未だに一報ひとつありませんね」
「その答えがなにかというのが、黒幕の実態に繋がっているとは思いません?」
「答えがわかれば。しかし、だれも見つけられていませんよ?」
「いっそ黒幕を見つけてから考えたほうが早いくらい、手がかりがないせいで、でしょう?」
「ええ」
彼の発言の理由を述べてみせながら、人差し指を頬に当てる。
ほこりっぽい地下にいるせいで、すこしざらついて感じた。いますぐここから出たい。
ちがう、そうじゃない。集中を。
「いろんな人たちが予測しているわけなので、もちろん後追いではあるのですが」
問い、犯行声明が出ないのはなぜか。
定義の確認。そもそも犯行声明とはなにか。
犯行は端的にいって犯罪行為のことだ。
声明とは意思の表明である。多数に伝えるのだ。自らの意思を。とりわけ政治的・外交的、ときには宗教的な主張も含められる。
声明に関しては、私たちにとってより身近なものだ。少なくとも犯行よりはよほど身近。
意思あればこそ声明を伝える。クラスのなかで。友人たちに向けて。仕事では会議の場で。
多数を百人以上の規模と捉えるなら、さすがに身近とは言えないが、ともあれ根源的には「意思の表明」である。
犯行声明は犯行をもって世間の耳目を集め、意思を表明する。声明は犯行を正当化・責任転嫁・免罪できない。それを前提にするケースもあるが、フィクションではむしろ正当化・責任転嫁・免罪が当然のものとしてセットになっているケースが大半である。しかし、犯行声明は「犯行をもって声明を出す」点に着目して、留めておくべきだろう。
声明を出す時点で犯行声明は、その目的を達成している。声明とは意思の表明であって、指示や命令ではない。意思表明に従わせることを目的にするものでもないからだ。
指示や命令を出して従わせるために犯行に及び、さらなる犯行を示唆するなどして脅迫するケースのメッセージは犯行声明ではない。まったく別のものだ。別物であるがゆえに、犯行声明とセットでなされることもある。もちろんあるとも。犯行における目的が複数あったとして、なにも不思議なことはない。逆に、犯行声明が必要な犯行もある、ということだ。
先入観を検出。私たちは今回の事件、あるいはビル連続爆破事件から続く一連の大規模な犯罪、連続性が見て取れる犯罪群に対して、犯行声明が伴う規模であると感じている。
なぜか。
ただビルを爆破したい? 考えがたい。多くのビルを爆破する目的は? 爆破したいから? やはり考えがたい。爆破したビル一棟一棟、その選定には理由があるはずだ。
春灯ちゃんはビル連続爆破事件について、社長たちが”工場”や”工房”を破壊するためのものだと考えているようだ。渋谷の空中怪魚発生事件にしたって、千葉住宅街巨大蜂出現事件にしたって、その間に起きた銀座料亭政治家殺人事件にしたって、社長たちによる、人体製造、その利用・消費への反抗なのだと。
これが、理由。
社長たちに声明は必要ない。犯行そのものが、事情を心得ている者たちにとっての声明になる。
もう従う気はない。自分たちを狙うな、追うな。これ以上の仕返しを受けたくないのなら。
他にもあるかもしれないが、どんなものであれ、犯行で伝えられることが既にあるのだ。
事実。声明とは”言語表現”に限らない。訂正しよう。表現とは、言語に限らない。
仮定。関東事変、第二次関東事変は”言語に限らない声明”か。
現状で、この仮定を評価することはむずかしい。だが、これまでの情報を再解釈・再評価しなおす視点にはなる。
「先輩がたは”社長”たちの証言もあり、船舶で取引に利用されていた生体も目撃しているために、ここを商業上の商品製造施設のように捉えているようです。であれば、そういった施設に注目が向かいかねないことをするものでしょうか」
「二度の関東事変、それまでにも繰り返された大規模事件。どちらも、それぞれの事件を引き起こすだけのなにかが潜んでいると理華たちに示唆するには十分でしたね」
「なにより空に浮かぶ淫らな城は露骨過ぎました」
「たしかに」
見えない場所に異質なものがある。それは死者でできている。加工された死者はなにになり、どう脅かすのかが読めない。だから具体的にどういった被害に繋げることができるのかを知らせる。
こうした行動はむしろ、私たちに事実を”極めて婉曲的に”伝えるようなものだ。
殺傷が目的なら、もっと過剰な手を打てたろう。国を攻めるというのなら? それもまた同じだ。
社長たち。明坂ミコを再現するための実験の犠牲に遭った人。平塚さんをはじめとする、霊力開発の犠牲者。よほど彼らの主張のほうが色濃い。
この地下空間に広がる”工房”をはじめとした、長年の暴虐に収拾をつけるには、どうするか。
それはわからないにしても、この現状を終わりにする手が必要だ。繰り返される”生産”および”利用・消費”を止める手が。
金になるという、ただそれだけをもって繰り返される営みを止めるための手が。
よほど、その主張のほうが色濃い。
事実としてアメリカに売られた現場を私たちは目撃した。八葉先輩がオオカミ少女に酷似した少女たちを引き取ったロシア人を見た。製造された人は、既に、経済の一環として循環を始めている。
そうとも。
違法であろうと薬物は経済として、資本主義の一環として、より洗練されていくだろう。人殺しも。買春も。紛争も。戦争も。その一助になることも。兵器開発も。深刻な依存症を引き起こして人を大勢殺しているアルコールでさえも。
売り買いできるかぎりは、経済活動の道具として、ものとして、扱われつづける。
人の命だって例外ではない。
それでは困るとして様々な営みがある。薬物が経済活動として洗練化していくなら、その取り締まりもまた洗練化していく。取り締まりの囲い込み、買収なども行われるし、潜入捜査や密告も生じるようになる。
ケリはつかない。答えも解決もない。規模が拡大するほど個人には手に負えないものになっていく。
関連施設はやまほどある。そのひとつの規模がすべて、この洞穴ほどではない。それこそ姫ちゃんの力で見つけた工場は、ここの百分の一にも満たない。ここはさながら全自動、生成された人間たちで回るほどに”工業化”されている。でも、すべての施設が自動化されているわけではないだろう。
その規模感は? わからない。ただ、警官に扮した、あるいは警官そのものが証拠隠滅にやってくる。薬物取引における汚職警官なのだとしても。少なくとも買収するだけの規模感ではある。
いっそ、彼らが団結して打って出てきてくれたならわかりやすいのだが、その兆候さえない。
「転回してみましょうか」
黒幕はいったいどんな声明を出しているのか、ではない。
いまある声明は? 私たちが受け止めてきた主張とは? 被害者と、犠牲者の声だ。それだって一部に過ぎないが。いっそ、私たちという窓口に届けられた被害届であり、一部被害者が加害者ないし、加害施設や現場で抵抗を示しているような状況だ。
黒幕が積極的に起こしていることはなんだ。一連の事件か? ちがう。製造であり、利用・消費であり、管理であり、売却だ。そのすべてが品質の高い状態にあるかと問われたら、極めて疑問だが。良くも悪くも、それだけだ。以上、終了。現状で把握しているかぎりでは、これだけ。
彼らはむしろ反抗に圧倒されている。マフィアドラマや映画だって、ここまで情けなく押し込まれることはあるまい。
転回のち、視点を切り替える。
「なんともお粗末な仮定にはなりますが」
逆ではないか。
点としての反抗でさえ、抗いきれない状態にあるのではないか。
黒幕はむしろ、被害者や犠牲者たちの抵抗に遭い、押し切られているのではないか。
抵抗は十分でも完全でもない。不足はある。
しかしそれは、私から見ればであって、抵抗している人々にとってどうかは別だ。
なにに不足を感じるのか。言わずもがな、真相の究明。司法をもっての裁きである。
先入観を検出。被害者や犠牲者たち、個別の目的はなにか。彼らにとって、なにをどこまで具体的に求めているのか。いずれも不明である。
仮定。黒幕が押し切られているとしたら?
なぜ、そのようなことが起こりえるのか。逆に、なぜ、これまでそのようなことが起こりえなかったのか。
「黒輪廻の撤退。霊子量の爆発的増加」
春灯ちゃんは製造開発にこそ、影響をもたらしていたと予測していた。
足りなかった。
作られた者、利用・消費された者、殺された者。彼らもまた、霊子量増大の影響を受けるのだ。
これまでは反抗も反撃もままならなかった者たちに、可能性が生まれた。
明坂ミコを模して実験され、春灯ちゃんに八尾を注いだ者のように、あるいは平塚さんのように既に反抗している者たちには? より力を使いやすくなる状況に至った。
社長たちの反撃は? 私の知人を殺した連続殺人事件にさえ絡めてみせたなら、それはいったい、なにを意味するのか。
作った者、作られた者の殺傷。黒幕と見なされる者たちの殺傷ではないか。工場や生産拠点の破壊活動ではないか? 市民に紛れたクローンの処分なのではないか。あるいは、その失敗か。
そうなると、見え方が変わってくる。
「個別に抵抗や反撃、襲撃などが発生。現場にいない”黒幕”とやらは、この状況を制御できていない、という可能性があります」
「ははあ。つまり、あれですか? 事態の収拾を図りたくても、どうすることもできないと?」
「与党議員が韓国版の水中楽園でのんびりしていた、その間も野党の批判を真に受けず、嘲弄さえする国会運営。だれがしてたか? クローンでした」
それもとうに反撃に遭って”処分”された。
前代未聞の事態である。
恥ずかしくて情けなくて惨めで、だれにも言えないような大失態。
それとて火消しに奔走。事態は明るみに出ることなく、襲撃者がテロを起こしたのだという報道ばかりされている。
結果として、表沙汰にはなっていない。
それでも脅威は感じていたはずだ。
時を国会襲撃から少し遡るが、”社長”たちを刑事課が追いつめたときは特にヒヤッとしただろう。
春灯ちゃんを脅した総理のクローン。あれは下手中の下手だった。
「彼らが、こんな異質な空間に出てきて、事態を収拾できると? まさか。個別に攻撃してくる者たちを相手に、それも魔法じみた、現世しか知らない者たちにとって”あり得ない奇跡”を使う人々を相手にできると?」
与党は長らく現政権にある。もう何十年も。
その中で影響力を強めてきた警察組織。しかし侍隊をはじめ、思うようにならない組織でもある。すべてを掌握しきれるものでなし。末端まで意のままにできるほどのものでもない。
当然だ。
それは報道でも同じだろう。局の方針が政府におもねるものだったとして、局員全員が「ははあ」と頭を垂れるのか? いつの時代の話をしている気だ。あり得ない。
当たり前だ。
思いどおりになりきることはない。
そうなると、対処が追いつかない。いいなりにできて、かつ、信頼できて、おまけにちゃんと尻尾を切れる手駒は限られている。そんななかから、たとえば平塚さんのような人間を取り押さえられるだけの手勢を得られるのか。なんなら、闇討ちして殺せるのか。
いないのだろう。真面目に。冗談抜きで。
考えてもみろ。
新幹線と併走できる能力を持った人がいるのだ。
無理だろう。そんなの。
「なぜ声明がないのか、ではない。言えないんですよ。困っている、助けてくださいって。なぜ?」
「非道な犯罪行為を何十年も続けてきたから、ですか」
「ええ。たぶん、黒幕なんてくくっていても、彼らはろくに事態を把握できておらず、事態を収拾する能力にも欠けていて、おまけに自分たちがなにをしているかわかっていないんです。あるいは、自分たちがなにを引き継いできたのかを」
「引き継ぎ、ですか」
「それはもう、何十年も続けてきたことなら、当然、引き継ぎだって起きているでしょう?」
どの程度の情報をどれほど引き継ぐのか。商売として機能しているのなら、それを担うのはだれか。立場に応じて必要な情報の程度は。それは調査しないとわからない。
「そして残念ながら、この状況に対処しきれる人材はいない。あるいは、不足している」
「いっそ我々が代替しているような面さえありますね」
「だれが引き起こしたか、これほど巨大な規模でのテロ。それも怪物まみれだ、災害だとなると? 対処も救助も後手後手になりますし、”平和を守る人たち”が放っておけませんからね」
春灯ちゃんたちのように? 先輩たちだけじゃない。
警察や医療、救急で働いている人たちも? それだけでもない。
いろんな人たちが、今日という日を耐えている。生きている。傷つき、苦しみながら、いまに居るのだ。
生活が膨大な影響に晒されている。救急車だけじゃなく物流は滞る。開かないお店。それでも今日の来店が必要なお店もあるだろう。
たとえ平日だとしても、今日会わないとなにかが致命的になる人だっている。
みんなで集まる、その意味が今日ある人だっている。
身内が亡くなって葬式の予定のある人もいるだろう。
日常の痛みに耐えて、今日という恐怖に震えている人だって。
「あえて言えば、優先すべき脅威は関東事変そのものであり、その内訳であって、黒幕ではない。しかし春灯ちゃんが言うように、対処がいる。全部まとめて捕まえてとっちめるか、”落とし前”をつけなきゃならないくらいの罪状をいくつも犯しているのも事実」
「では?」
「裏取りをしましょうか。警察および協力機関と連携して、この推測に基づいて」
「かしこまりました」
さっそく連絡がつく場所まで移動することになる。
それだけではない。先生方にお願いして、春灯ちゃんたちに推測を伝えてもらうことにした。
私たちはこの推測を軸に探求し、最善を尽くすのだと。
追加で私からのお願いを添えておいた。
ここにいる死者も、抗う人たちも、ただ救いを待つ”もの”ではない。それぞれが傷つき、苦しみ、なかには抗い、反撃している。助けが必要な人もいれば、どんな形であろうと訴えずにはいられず、なかには暴力を振るわずには止まれない人もいるかもしれない。
それに、私の推測ではまだ、二度の関東事変を起こした存在が読み取れていない。
現状の推測において、下手人は黒幕じゃない。別のだれかだ。
それはどこのどいつなのか。
私も考える。けど、春灯ちゃんたちも十分、注意するように。
そう、お願いしておいた。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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