第二千九百八十七話
テープに記録したはしから、それを小さなカードに変える。
うちの親の話を受けて気づいた。霊子は記録する。なら、音を記録したことだって、その音がどんなものかだって記録できるはずだ。あとは、それをいつものメガホンにセット。メガホンの手元に表示パネルとスクロールリングを設置。リングを親指でずらすと、いまなにを読み取るかがわかるようになっている。あとはボタンを押せば、記録した音が出るようにした。
隔離世は多少曖昧なつくりでも許される。
許さないのは、自分だ。
これじゃだめだと思う自分が出来あがりを認めない。
あとは、穴の向こうへ。
試せないから、出たとこ勝負にならざるを得ない。
マドカ経由でカゲくんたちにお願いしようとしたのだけど、タッチの差で別の哨戒任務に出て行っちゃったそうだ。がっでむ! なにやってんだ。
トモたちもついているし、お父さんも、緋迎さんちもいる。だいじょうぶだと自分を励まして、穴の先に踏み込む。そこかしこに爆発物が仕掛けられているからと、お父さんが私の前に出て十歩かそこら、わずかに進んだときだった。
「いぃい、あああ」
音の外れた声がする。
甲高いのに太くて、おまけにどこか苦しそうな声だ。
ぞわっとして思わず立ち止まる。それに続いて、お父さんが足を止めた。みんなもいぶかしむように私のそばに集まってくる。
「いいい、だあああああ」
声はいまも聞こえる。明確に、はっきりと。
だけど、みんな素知らぬ顔で「どうしたの?」「なにかあったか」と私だけを気にしている。
こんなに明瞭に聞こえるのに、なぜ、みんな気づかないのか。
御霊の声のときみたいに、だれにも聞こえないのか。
「やああああ」
「ひいひいいひいひひひひひ」
「んご、んが、が、ふ、ふふ、ううう」
言葉にならない、だけどただの発声よりもずっと意味を感じる。
洞窟に風が吹き込んで鳴るような音ともまたちがう。声の高さもまちまちで、幼い声から老いた声まで混じる。なのに、明確に言葉を発するものがない。
「聞こえない、んだよね」
「なにか聞こえるか?」
「なにも」
「だれか、わかる?」
みんなの反応は一致している。なんにも聞こえない。
せいぜいみんなで歩く足音、息遣い、だれかのすかしきれなかったおならの音くらい。
いや、おならて。
周囲を見渡した。地下鉄線路上と違って、円筒型の通路だ。綺麗にくりぬかれている。幅三メートルほどの空間だ。天井から釣り下がる裸電球とケーブルが通路の導線を示している。足場には水がたまり、そこかしこが埃をかぶっていた。なにかが腐ったような悪臭が奥から漂ってくる。いちばん近いのは、安売り多めの豚小間パックが、腐ったやつ。あれがいちばん近い気がする。
音はない。代わりに声がする。いまもずっと。
「お父さん、爆弾まではどれくらい?」
「この先、通路が二股に分かれている。緋迎さんちと来た通路じゃないほうに、すぐに設置してあるのを見つけたよ」
とりあえずそこまで行ってみることにした。あんまり頼りない裸電球の明かりは通路を照らしきれず、実に薄暗い。ホラー映画に出てくるトンネルくらい、悪い意味でいい演出になりそうな場。
電気ケーブルはどこから引っ張っているのか。地下鉄線路とは繋がっていなかった。壁の中に埋め込まれていく、なんてこともなく、境目でぶちっと途絶えていた。内部に発電機構があるのか。
それにしたって暗すぎる。明かりをつけたかったけど、敵が隠れているかもしれないからというソウイチさんの指摘があり、警戒しなければならない現状では我慢するしかない。
お父さんの歩みが止まる。
「ここだ」
ちょうどYの字を描くように、前方に分岐路が見えた。ケーブルと裸電球もそれぞれの通路に続いている。そして、
「い、いいいいいい、ひいい、ひひ、ひい」
明らかに大きな声がする。左手側の通路の床から。
「お父さんたちが来たのは、右手側?」
「そうだけど、なんで。足跡かい?」
「ううん」
そんなの見るまでもない。
さすがに勘づく。この声が、いわゆる”爆弾”なのだろうと。
おかしなことばかり体験してきたんだ。これくらいは妄想するよ。
前に出ようとしたら、お父さんが腕を伸ばして制止してきた。だいじょうぶだとうなずいてみせて、腕をどかして、お父さんの前へ。
声のする近くには行かない。爆発条件がわからないのに、迂闊にすぐそばに近づくはずもない。
振り返ってトモに目配せをした。すぐにトモが、私の隣に並ぶ。
もしかしたら爆発するかもしれない。そんなとき、私を抱えて走れるように。トモにしかできないことだ。必要な役割分担ではあるけど、同時にお互いに勇気だけじゃ選べない選択だ。
私はビビり散らかしているし、トモも緊張しているのだろう。身体に力が入っている。
「お、おおい」
呼びかけてみた。だけど、声の主は意味のない音を発するだけ。
声はずっと発しているわけじゃない。息継ぎの間というべき休符が挟まれる。長さは不規則。
メガホンを出して、いくつかの音を出してみた。
反応がない。
ただただ、不規則に、意味のわからない音を発するだけ。
みんながなにをやっているんだかわからないって顔して見てくるけれど、諦めずに続ける。
「空振り?」
「気のせいってことはない?」
トモに続いてマドカも疑ってくる。気持ちはわかるよ。私もこれが正しいやらなにやらわからないもの。
音がダメなのか。
床の中に隠れているか、埋もれているから?
そもそも人なのか。人だとして、音が聞こえる状態にあるのか?
そうでないなら、どう働きかけるっていうのか。
「みんな、もうちょっと、後ろに下がって。私が下がるから、それより後ろにいてね」
そう伝えて、後ずさる。
ぎりぎり分岐路が見えるか見えないかあたりにまで。
それから金色で通路に膜を張る。二重、三重。いや、五重くらいにしておこう。爆発の衝撃や音にやられてしまわないように。そのうえで、声の聞こえるあたりめがけて、卵銃で卵を打ち込む。ぜんぶで十個。地面に当たっても、爆発はしない。卵は割れて、金色でまみれる。インクをまき散らしたように。
息をひそめて待つ。爆発はしない。声はする。ずっと訴えつづけている。
金色を一粒出して、金色インク箇所にぶつけた。そのまま化かす。透明の液状に。
「ごぼぼぼぼぼぼ」
泡がぶくぶく出る音と共に、声が液体の中から響く。明らかに音の伝わり方が変わった。
トモに目配せをして、ふたりで近づいていく。インクを浸透させた通路の床に二メートルほどの空間ができて、透明の液体で満たされていた。そこに、浮かんでいるものを見て、トモが私の二の腕を掴む。私は「だいじょうぶ」と答えた。だけど、すぐに自問した。だいじょうぶなんて言葉に、いったいどれほどの意味があるのか。
人がいた。顔は青あざまみれ。身体中にもあざがある。殴打や打撲によるものだろう。暴力の名残がすさまじい。爪はすべて剥がれていた。指はいずれも折れ曲がり、腕や足も曲がる場所がいくつも増やされていた。眼球はない。耳はそぎ落とされている。
ぷかぷかと浮かび漂う肉体の胸が上下している。鼻や口から泡が出ていた。生きている。そう思って手を伸ばそうとした、その瞬間には強い風を感じた。五重の膜を越えて、私はトモに抱きかかえられて移動していたのだ。赤黒い煙があがった。血肉が飛び散り、内臓の切れ端が落ちていく。ぼたぼたと。
爆発した。
みんな、黙り込んでいた。
先を急がなければならない状況で、お父さんがそばに駆けつけてくる。心配と後悔に歪んでいながら、けれど、求めてもいた。これで終わりじゃない。本丸は爆弾じゃない。こんなのは序の口でさえもない。
腹をくくるしかない。だからいやだったんだと実感もするけどね。
膜を消して、みんなに呼びかける。先に行こうと。
声は明確に爆弾の位置を示していたけど、声をあげられる人ばかりではなかった。息遣いもあり、息遣いさえないときもあった。
私が音で感知するように、サクラさんはなんらかの感覚で爆弾の位置を見つけられるみたいで、私が気づかなかったものにも気づいて教えてくれた。
いずれも、爆弾にされた人は拷問を受けていた。舌を切り取られていると見える人さえいた。
異常だ。
だけど、序の口なのだ。これが。
爆弾は漏れなく爆発した。そのきっかけを、なにが引き金になるのかを、だれも見つけられなかった。
不思議なことに、お父さんたちの言う怪異たちは爆弾の音に集まってこなかった。合計で十を超える爆発が起きたが、それでもまだ、連中は現れなかった。
だからかな。とうとう遭遇したときには、みんなで息をひそめた。通路の先にいる。脳なしと称していた、頭蓋が潰れた人が、四人。さらに脳なしに銅の球体のようなものがくっつけられたのが、ひとり。お母さんたちがいうようにソケットが見えるけど、発見した脳ありにはなにも差されていなかった。
みんな服装がまちまちだ。スーツ姿の男女もいれば、血や汚物で汚れたワンピースの女性や制服姿のこどももいた。
霊子に反応すると言っていた。視覚と聴覚の反応が鈍い、とも。
だから爆発にも反応が乏しいのか。いやでも、私は霊子を何度か使ったんだけどな。反応できる距離があるのだろうか。
「あれも爆発すると思う?」
「たぶんね」
トモの問いにマドカが答えた。
倒すだけなら、こっそりと近づいて刃物で斬りつけるなり、御霊の刀で斬るなりすればいい。
でも、爆発するのなら、近づくことさえ適切じゃない。
じゃあ彼らは敵で加害者なのか。
爆発した人たちはみんな、生きているのが不思議な状態にまで傷つけられ、痛めつけられていた。
彼らはどうか。とても、意図的な加害者のようには見えない。
あの頭の形状は、なにせあからさまだ。
潰されたようにしか見えないんだ。なぜって? 五体とも、頭が血まみれだからだ。しかも乾いている。
皮や肉、骨の処置も杜撰そのもので、個体差が激しい。皮がびろんと垂れ下がっている個体もいれば、脳と思しき腐肉がひしゃげた頭部から漏れ出ている個体もいる。
どう見ても人為的に頭を潰されている。丁寧に切り開いてどうこうという話じゃない。だから四体と共にいる”脳あり”にしたって、潰された箇所にどうにか異物をくっつけられているようにしか見えない。熱した球体を押しつけて癒着でもさせたのか。
想像するだけでも、ぞっとする。
「ちょっとだけ、試してもいい?」
みんなに呼びかけてから、メガホンを出す。
スクロールして再生音をスマホにセット。トリガーボタンを押し込むと、メガホンからノイズと共にスマホのメッセージアプリの呼び出し音が流れた。
五体のうち、スーツ姿の男性がびくんと震えた。両手でスラックスのポケットやジャケットの内ポケットを探る。だけど見当たらないのか、探し続ける。それを何度も繰り返している。ボタンから指を離して再生を止めてみると、彼は探すのをやめた。
化け術利用のメガホンだ。いちおう霊子を使ったものだけど、彼らは反応しなかった。
スクロールして、今度は固定電話の呼び出し音。メッセージアプリのものとちがって、ベルを鳴らしたような音を再生すると、男性が取り乱す。けど、他の四体もそれぞれにそわそわと頭を周囲に向けた。
ただ、それだけだ。どこかへ歩き出すそぶりを見せない。
世代の差? 衣服のくたびれ度合いから判断するには、遠いし、薄暗すぎる。
スーツ姿の男性が反応しているのは、職場で固定電話を使っているからだろう。だけどスマホの呼び出し音に他四人の反応がないのは、違和感がある。
近づいたら爆発されてしまうから、下手な干渉ができない。ふたり目以降はスマホでなるべく撮影しているけれど、集めた画像で個人がどれだけ特定できるかは怪しいところだ。まして、怪異のように変えられていたり、頭部を潰されてしまっていたりしたら、もう。
「シオリ先輩やルルコ先輩がいたら、凍らせられたのにね」
「なにが爆発するきっかけになるかわかったら」
いま話せる気力があるのは、マドカとトモ。ソウイチさんとサクラさんも、お父さんだって声をあげられるけど、ついてきてくれた有志のメンバーは目撃していることの重さにやられて、すっかり言葉を失っている。
当然だ。
邪じゃない。
あれはもう、人間だ。
だれかの術で殺されて、なお利用されている人間にしか見えない。
なのに、その術がなにかがまだよくわからない。
なんで爆発するのか、いったいどんな異物が仕掛けられているのかもわからない。
あるいは燃焼爆発する科学的な仕掛けがあるだけなのか。
お父さんが期待するような、あるいはお母さんが問いかけたようななにかを、私はまだできていない。
ただ、実際に目の当たりにしてみたかぎり、私が知らなかったことに気づいた。
人間は事実を、意見を、印象を、いつだって捉えきれない。
観測には常に限界がある。
おまけに知識と体験からなる印象、意見はいつだって歪んで偏る。
そんな人間が捉える事実だって、もちろん、歪んで偏っている。
そのあり様のわずか一割だって、満足に認識できているかどうか。歪めず偏らずに認識できているかどうか。実に怪しいもんだ。
だから私たちは、よく見て、よく聞いて、よく調べ、よく分析して、よく検証する。
速さが大事なんじゃない。
いつだって速さは急ぐときにこそ活きるのであって、本来は、時間がかかろうが手間がかかろうが、どうだっていいのだ。むしろ日常が人を急がせすぎている。いや、いまのは卑怯な言い方だ。
私たちは、社会を通じて、急ぎすぎているし、急がせすぎている。
主体者は人であり、人の集合である社会である。そこを間違えてはいけない。
いまだって急がなきゃと私たちが焦るのは、敵がいつどこでどれだけのことをしでかすかわからないから。その制約がないかぎり、むしろ、丁寧に調べて、適切に対処するべき局面だ。
遺体の痕跡さえまともに残らない爆発を立て続けにされるより、遺体が残るような手を打ったほうが何倍もマシなんだから。
そりゃあ、ここは現世じゃなくて隔離世だ。爆発した人たちの現世の身体がどこかにあるかもしれない。けど、それでも、
「待って」
いままで爆発した人たち、そしてこの先にどれだけいるのかわからない人たちは、みな、隔離世の魂。じゃあ、現世の肉体は? いったいどこで、どんな状態でいるというのか。
どこかにいるのかもしれない。だけど、爆弾として地中に埋められていた人たちのように、異物にされているのかもしれない。黒いダイヤのように。人柱のように。現世の、どこかで、いまも。
懸念をマドカに伝えるけど、お父さんが「そっちはそっちで調べなきゃいけないけどね」と釘を刺してきた。たしかにそうだ。
問われている。
事実は常に刺激と共に問いかけてくる。
そのすべてを認識しきれない人間の身で、なにをどう望むのかを答えていくしかない。
正答を出せ、と。そう問われているんじゃない。
間違えるな、と。そう要求されたり、強要されたりしているんでもない。
どう生きたいのか、と。そう問われている。
「わかってる」
お父さんに答えるまでに、すこしかかった。
だけど、そのすこしで覚悟を決められたかというと、むずかしいね。
私たちが観測できている事実は、全体の、ごくわずかだ。いったい何割かさえわからない。
お父さんとお母さんがつけた呼称さえ、私にしてみれば、ずいぶんときついネーミングに思える。
だって、被害者にしか見えない。
仮に彼らが攻撃してきても。それが捨て身の特攻であり、自爆なのだとしても。地中に埋められてなお、生き続けなければならない状態に置かれているのだとしても。
いや、むしろ、そんな状態だからこそ犠牲者にしか見えない。
だれが、どうやって。
知らない。調べなきゃわからない。
わからないのに、彼らに近づいたら爆発する。そして痕跡も残らない。
霊体であるのなら、爆散した彼らの現世の肉体はどうなるんだろう。考えたくもないが、致命的な変化が生じる可能性がある。
人の悪意に底はない。
それは日ごろの言動で塗りつぶされてしまう。覆い隠されてしまう。そんなことないのに。選択と行動はいつだって足し算だ。引き算はない。
罪を犯して収監されたとして、刑罰を受けて刑期を終えたって、罪を犯したこと、刑罰を受けたこと、景気を務めたことが足されるのであって、刑期が罪を犯したことを帳消しにするのでも、引くわけでもない。
暴力を振るったり暴言を吐いたりした人が、自分の身内にいい顔をしていて身内からの評判が高くて「そんな人には見えなかった」からといって、暴力や暴言が引かれることはない。すべて、足される。
常に事実はすべて勘定するべく労力を割く。その必要がある。
なぜなら、加害や暴力は、その事実をきちんと評価する必要性があるからだ。
ドラマのレクター教授は警察やFBIに協力的で、温厚なカウンセラーだ。人当たりが良く、上流階級の振る舞いをする紳士。パーティーを開いて、仲のいい人物を招く。クラシックのコンサートをたしなむ。じゃあ、それで、彼の猟奇殺人、食人行為を正当化・責任転嫁・免罪する? するわけがない。
身内だろうが偉かろうが優しかろうが顔が良かろうが立場があろうがなんだろうが、一切、関係がない。
どんな成功を収めようが、どれだけすごい知識や技術をもっていようが、みんなが賞賛する成果を残していようが、一切、関わりがない。
だけど私たちはついついそれですべてをわかった気になる。
だからレクター教授だって、なかなか疑われない。
それくらい、私たちは事実を見つけられない。直視できない。おまけに認められない。
ありのままになんて、まず、見えてない。見ようともしていないし、その必要性を感じてさえいない人もいる。
自分の印象だけでしか捉えていない。それどころか、その印象を十分なものだと誤認する。
なのに、私たちは選択しなければならない。
どう生きるのか。
理不尽だけどね。
「ごめんなさい」
そう、呟く。
殺されたようにしか見えない。爆弾にされた人たち。
五人の集まりにしたって、たぶん同じ。
だからといって、私の加害を正当化・責任転嫁・免罪できる方便はない。
なにもない。
結局、爆発を止めさせて、あれが霊体なら霊体のまま仕留める。殺すのか。
あるいは爆弾のありかを見つけるため、その仕組みを探すため、爆発するのをよしとして、あの手この手で探るのか。そのために、殺すのか。
それとも近づかずに放置するか。他の手を探しても、結局、殺すことになる。これまで近づいて爆発させてしまった人たちのように。
下手人は敵だ、術を仕掛けた連中だ。そんな風に述べても、仕組みがわかってなお爆発させるなら、言い訳することなどできない。
それが、真に受けるってことだし?
事実を直視するってことだ。
それが人にはときに過酷すぎるから、詭弁を弄する。ごまかす。正当化・責任転嫁・免罪する。
背負いきれないことが世の中にはたくさんありすぎるから、目を背ける。
だけどそれは、背けたいからしてる。ごまかしたいからしてる。
事実は変わらず、そのままあるのに。
なにも引けないのに。
なにも変わらないから、詭弁やごまかしには限界がある。
それに慣れたら、もう、事実の一割、いや、一分だって調べなくなる。考えなくなる。感じても感じないように言い聞かせて我慢して、どんどん感覚がばかになっていく。
なのに。ああ、それなのに事実をすこしでも観測しようとしたところで、その手はいつだって完璧とも万全ともほど遠く、すべてを救えやしないのだ。
「いやなメタファーだね」
「え?」
マドカのつぶやきに思わず問い返す。
「地中に潜む自爆兵。そして今度は、自分で考える頭を奪われた人たちという、人間爆弾。こんなの、まるで戦時中の兵士か、過激思想に取り込まれていいように使われてるテロリストだよ」
「笑えないね」
「頭を潰される。思考を奪われる。虐待されて。人として殺されて、ものとして、数字として利用、消費されるものたちだね」
ソウイチさんが話に乗ってきた。けど、その声は震えていた。
「お父さんたちは、ううん。だれもが、こんなの、どうしたらいいか、わかんないよね」
つぶやく。
私に背負わされても、と全身が吠える。
かっと熱を帯びる。
いやだ。やめて。やっぱり私は納得できない。
いままで何度となく繰り返し、この、現実の、うんざりに出会ってきた。
だれかのろくでもなさや、悪辣さ。残酷な一面に食らってやられて、すべてを諦めて投げ出したくなるなんてさ。
そんなの、小学生や中学生の頃に、卒業したつもりだったのにな。
まだまだ足りないんだ。
どんなに腹をくくったって足りない。
何度だって、人生を粉みじんにされるような問いをぶつけられる。
だから私たちに必要なものを、何度だって見つけ直す。
きれいごとがいる。
どんなに足しても足りないくらい、必要だ。
ユーモアがいる。
圧倒されて、押しつぶされてしまって固まってしまうから。
それでも立ち上がるのに、いろんなものがいる。
なのに、そのいろんなものを集める元気さえ、私たちには湧かないことがある。
だから、ユーモアがいる。
歌だって、そうやってできたものがいっぱいあるだろう。
「私たちは戦争するためなんかに、生きてんじゃない」
だれも、そんなものに利用・消費される駒になるために、数字になるために、奴隷になるために生まれてきてるんでも、生きているんでもない。
さあ。頭を柔らかくするぞ?
真に受けるな。
相手の舞台、相手の規範に乗っかるな。
私たちを食いつぶすような、そんなルールは破るためにあるのだ。
じゃあ、どう変える?
そりゃあ、やっぱり、爆発しちゃうなにかに変えられてしまった彼らだ。
まだ爆弾を特定できていない。なんで爆発するかがわかってないんだから。
もういっそ、まるごと化かしてしまおう。
だけど、まだ足りない。
もしも爆発したら? 飛び散らず、なんとか元に戻せないだろうか。あるいは「飛び散っても戻せる状態」に化かせないか。
パズルにするとか? 散らばっても、戻しようがあるもの。
あるいは、ブロック構造体にしちゃうとか?
ありだ。悪くないぞ?
だけど、粉みじんになるような爆発だったら困る。
鍵だ。鍵を使おう。
落ち着いて止めるんだ。そして、パズルやブロック構造体にして解体する。中を調べる。
爆発要因を急いで探ればいい。
「圧倒されてる場合じゃない」
のみこまれるな。こんなことに。
どんなに窮地だろうと、どんなに理不尽だろうと、事実が変わるわけじゃない。
圧倒されてわからないことや、見失うことがいくらでもあるだろうけどさ?
だからこそ、何度だって思い出そう。
忘れるたんびに立ち返るんだ。
どうしたいんだ? 私は。
「こんなの、ちっとも笑えない」
楽しいことがしたくて生きてるんだ。
せっかくなら、出会いは楽しくいきたいじゃんか。
ひどい目に遭う人なんて、いないほうがいいに決まってるじゃんか。
そこに区別をつけるようなものが必要? そんなの、いらないに決まってる。
私たちは奴隷でも数字でも駒でもない。そんなものにされてたまるか。
圧倒されてる場合じゃないぞ?
「うっし!」
深呼吸してから、みんなに助けを求める。
もっともっと、アイディアがいる。
思い出せ。
現世にいるんじゃない。ここは隔離世で、霊子の扱い次第でとんでもないことをいくらでも起こせる。
現世よりもずっとハードルが低い。
こうと決めたら、あとは行うだけ。
その最初の一歩のためのハードルが、ずっと低い。
ここで踏み出せたなら、現世でだっていける。
だからこそ、ここで試す、いや、挑むんだ。全力で飛ぶために。立ち向かうために。
「ブロックおもちゃの人形とか?」
「サンドブロックゲーのキャラみたいなのでもいいってこと?」
「なんかぴんとこないよね。デフォルメききすぎるからかな?」
みんなが言い合うなか、丈くんがぼそっと呟いた。
「いっそ人体模型とかのほうが、わかりやすくね?」
それで、やっとピンときた。
頭かたくて、たまにいやになるけど、そういう気持ちごと連れていくよ。この先へ。
時間を止めて、部位ごとにパーツに分ける。そのうえで、調べる。
五体ぜんぶまるごと、逃さずにやる。
となれば、鍵を使わなきゃいけないし、そのためには近づかなきゃならない。
姫ちゃんと違って、彼女の鍵を借りる私は世界を止められるほどの使い方ができない。
だったら、もういっそ、鍵の形を変えてしまおう。
触れる必要性がある。ここを変えられないのなら、触れればいいものにしてしまおう。
その一!
手袋。いや、ダメだ。近づいた時点で爆発されたら困る。
その二!
水鉄砲。鍵成分を液体に変えて浴びせて、なくなっちゃわないかな。心配!
試す時間がないから、もうちょっと考えないと。
ということで?
その三!
いっそ、シールにしちゃおう。
貼りつけてる間は有効!
いやだから、貼るには近づかないとダメなんだってば。
じゃあ、シールガン? シールを飛ばす。いや、うまく飛ばないでしょ。シールは。
もっと原始的なのがいいぞ?
そうなったら、もう、あとは、ねえ?
吸盤つきの、おもちゃの弓矢がいいんじゃない?
いやでも、速度が出ないと避けられそうな気がする。
「ううん」
悩みながらも胸に手を当てて鍵を引き抜く。
そもそも試したことがなかったけど、何個も出るんだろうか。
そう思って、出した鍵を小さくして、小さな金色雲にのせて浮かべておく。
それから改めて、胸に手を当てて鍵が出るかを試す。だけど、残念ながら出ない。
いきなり手詰まりだ。
だったら、金色を鍵に重ねて、コピーできないか。
試してみたけど、化けない。だめだ。
「あたしが鍵をあいつらにぶつけてこようか?」
「ううん」
トモの提案に悩む。
結局、元の木阿弥じゃないか。
考え方を変えろ。
鍵はひとつ。相手は五人。
鍵で干渉できるのは、鍵が触れたもの。そこを中心に、効果が届く領域がある。
これまで、どうやって使ってきた?
金色を散らして、鍵を当てて、事件を読み取ったり、調べものをしてきた。
だったら、もう、いっそ、金色を満たして彼らを包み、金色を鍵で触れたら? それで相手を止められないだろうか。
止めると同時に、金色を伝って化け術を使えば? 別のなにかに化かせるんじゃないか?
「なんとかなる、かも」
鍵を持ち上げて、メガホンを置く。
金色雲とメガホンを消して、鍵のサイズを元に戻した。
刀と同じくらい長いもの。もはや鈍器にしか見えない、こん棒や杖のようなもの。
問題は、金色の放出と、五人の反応速度。そして、爆発までの速さ。
できるかぎり迅速にやらなきゃならない。
こう、思いきり浴びせる仕掛けがいるぞ? できれば鍵とくっつけられるアタッチメントみたいなのがいい。ニチアサ的に、ほら。ステッキから光がばしゅーって飛んで、鍵を回せばはい止まり! みたいな、そういう仕掛けがいいな。
いやでも、そうか。金色を飛ばして浴びせればいいんだ。それこそ、糸でもいいしさ? 網でもいい。ただ、鍵と繋がってさえいれば、それこそ光線っぽくしたっていい。
でも、先は長い。
消耗を考えたら、あんまり無茶なのは、ね?
参ったなあ。
ぴんとこないねえ!
さあ、どうする!?
「あのさ。敵もここ、通るのかな」
「まあ、通るんじゃないかな」
「じゃあ、敵はどうやって通ってるの? どうしたら爆発しないのかな」
「いまそれ言ってもわからなくね?」
丈くんと麗ちゃんの会話に引っかかりを覚えた。
そもそも理華ちゃんが話を持ち掛けられたときの話じゃ、ここに人が入ってくるっていう話だったはずだ。なにもここを通るのは敵だけじゃない。なのに、ウォーキングデッドのウォーカーやバイオハザードのゾンビよろしく、どこかで立ち止まっていたり、ひとりでうろうろしている人がいない。
爆発するゾンビたちが無反応なのも気になる。
特定の霊子があったら素通りできるのか。それとも、反応が分かれるのは霊子じゃないのか。
事態はもっとシンプルなんじゃないか?
鍵はそのまま、トモと目くばせをする。
それから、みんなにずっと後ろに下がってもらい、みんなとの間に五層の金色壁を作った。
霊子を使った。彼らは動くのか。そばにいるトモが目を細めて意外そうにつぶやく。
「動かないね」
「次、いくよ」
手のひらに金色を浮かべてみせた。
やはり彼らは動かない。
「次、警戒して」
「わかった」
トモが私の腕を抱き、そばにぴたっとくっつく。というよりもはや背中から抱き着いてくる。
いつでもひょいっと抱えられるように。逃げられるように。
けっこう落ち着かない。けど、そんなことを言っている場合ではない。
浮かべた金色一粒に感情を重ねて、転化。小さな狐火に変える。五行の火。燃える炎に、五人の頭が一斉にこちらを向いた。
「待って」
急いで伝えながらも、火を消す。
脳ありもとい球体つきが四人を背に一歩、二歩、こちらへ近づくが、そこでぴたっと止まった。
駆けだしてこない。消したからか。
たしかに霊子に反応する。だけど、より特定の霊子に反応するのであって、すべてに反応するわけじゃない。
ならいっそ近づいて調べてみようか。霊子を使わないように気をつけて。
そんな勇気が持てるはずもない。
彼等は爆発させられるように”いじられて”いる。
それを危惧する者ほど、彼らに近づけない。死にたくないもの。
「おおい!」
いっそ大きな声を出して呼びかけてみる。
五人とも反応がない。メガホンの特定の音には反応したのに。
「元気ー? 調子はどう!?」
やっぱり反応がない。
私に抱き着いているトモが「ちょっと」と文句を言いながら身構えているくらいだ。
メガホンを出してみる。再び音を出す。彼らが反応した固定電話の呼び出し音。
ぴく、ぴくぴくと彼らが反応した。だけど、こっちに向かってくるんじゃない。
この鈍い反応はなんだ?
わからない。
メガホンの音を切り替えて、ベルを鳴らす音を一回、再生する。
「総員、一列に並べ!」
「いやいや」
トモが呆れている間に、彼らはのたのたと身体を左右に揺らすように歩いて一列に並んだ。
思わずふたりで顔を見合わせる。
声には出さなかったけど、言いたかったよね。
いや、並んじゃうんかい! って。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
もしよろしければブックマーク、高評価のほど、よろしくお願いいたします。




