第二千九百七十四話
何枚も取り出した紙で汚れてしまった。特に手には血が染みついているような感覚さえあった。
いまは水をかけてもらっている。
ギンとシロくんに遅れて駆けつけた麗ちゃんに抱えられてきた丈くんによく見てもらう。
「これ、邪にまみれてるような感じだ。痛くない?」
「邪といっても、たぶん死んでるからだいじょうぶ」
「そ、そう?」
丈くんが困ったように麗ちゃんを見た。傍らにいる彼女はドン引きしていた。
手だけじゃない。シロくんやギンたちと一緒に対処したのだ。消せなかったクローンや卵をかたっぱしから。私が相手をしたものについては漏れなく紙切れを取り出してみせた。結果として、私はいまや血まみれだった。
あらかた対処が済んで、トモとカゲくん、シロくんやギンが潰されたビルを戻す術を使い、中の人たちを確認してくれている。一方、麗ちゃんは無線機を片手に、マシンロボから入る情報を聞いていた。
理華ちゃんが重要な情報を得たという。東京の地下鉄網のどこかに術者が潜んでいるのかもしれない。
真っ先に連想したのは、いつか迷い込んだ、あの存在しない駅。
宙を飛ぶ列車はまだ他の場所にもいるのだろうか。となれば。
「急に見上げて、どうかした?」
「飛行機の音、まだするなあって思って」
カゲくんの霊力を無効化した飛行機が空を飛んでいる。あれさえ一機だけじゃないらしい。
地下に駅があって列車と結びつけることはできても、飛行機は無理だ。あいつはどこから出てきた?
飛行機を無視することはできない。
だとしたら、地下の駅だけが問題じゃないのではないか。
警察、自衛隊にもクローンか、あるいは製造開発者たちか、彼らに味方する人員がいるのではないか。それか、紙切れで操られている人がいるのかもしれない。
クローン。いや、人もどきと言うべきかもしれない。
「ああいうのの対応って、やっぱ自衛隊なんかな」
「警察がヘリで飛んでいっても置いてかれちゃうんじゃない?」
そもそも出所不明の正体不明機でした、なんてことなら、東京の上空で戦闘になりかねない。
嫌がらせや示威行為じゃない。連中は攻撃を目的に飛んでいる可能性が高い。
超過密都市の東京上空で攻撃なんてことになったら、どれだけの被害が出るのかわかったものじゃない。
東京は戦争をするのに狭すぎるし、小さすぎる。なのに人が大勢いすぎるのだ。
首都はだいたい、そういう性質を持ちすぎる。
先の大戦で東京は焼け野原になった。米軍の都市攻撃は見事な戦果をあげた。そのすこし前、時間をさかのぼり、帝国は中国を焼いた。市街地への爆撃機による爆撃をしたのは、帝国のほうが先だった。先にやっていた、という話だ。
現代に至るまでの、あらゆる戦争や紛争もそう。
とにかく破壊して、とにかく殺しまくる。老若男女の区別もなければ、兵士か民間人かの区別もない。
いつだれがどのように殺されてもおかしくない。それだけの破壊がもたらされるのだ。あらゆるビルは破壊されていく。道路は使い物にならなくなっていく。
人の遺体がやまほど増えていき、日にちが経つほど腐敗しては虫たちやカラスたちの格好の餌場となっていく。埋葬するか、火葬や土葬にするかを選ばなきゃならないけれど、その活動中にだって砲撃や空爆が襲いかかる。
病院や学校、タワーマンションだって格好の的だ。
だからこそいますぐ撃ち落とせって考える人もいれば、下手に刺激できないと怯む人もいるし、それはさておきあいつはなんだって疑問を抱く人もいれば、そもそもあれは現世の飛行機なのかと疑う人もいる。私のように。
列車は術で作り出されたものだった。それなら、あの飛行機も同じ類のものかもしれない。
どっちも調べたい。だけど、直接捕獲して調べるのはどっちも骨が折れそうだ。マシンロボなくしては無理なんじゃないか。それはいまやるべきことなのか。あれや、これや。
「先輩たちから連絡が入った」
「え?」
麗ちゃんがスマホの画面を向けて見せてくれた。
グループ参加者相手に一斉に画面通話をしている。小楠ちゃん先輩が中央に映っている。後ろに見えるのは大講堂のステージ。右往左往しているカナタやラビ先輩、小楠ちゃん先輩の後ろでラップトップを睨んでいるシオリ先輩が見切れている。
『みんな、簡潔に説明する。調査の結果、クローンのレシピに見当がついた』
『生物部部長の朝倉だ』
声だけ聞こえた。小楠ちゃん先輩が、あって顔を歪めて、急いで画面の外に外れる。そして腕を掴んで朝倉先輩を引っ張り込んだ。先輩は実にうっとうしそうな顔で「カメラを動かせばいいだろうが」とぼやく。
なにやってんの。
『二年生の活動のおかげでわかった。奴らの大半は霊子で身体を補っている』
みんなで顔を見合わせる。
正直ぴんとこない。
『霊子だけじゃない。現世の物質を利用して、人体を模造している。そういう術なんだよ』
生きている人じゃない。
クローンとして製造された人間がいるのでもない。
術として、成り立たせている。人が活動しているように見せている。
実際に自律的に思考して行動しているようだから、人と見分けがつかない。
そういう、術。
『じゃあなにを利用するか。以前、簡易レシピは見せたはずだ』
生物の血肉だ。生き物の情報をもったもの。
唾液や排泄物だっていいかもしれない。
『術であり、材料も見当がついている。だが、疑問がある』
『人を利用するとき、ひとりにつき一体じゃ効率が悪すぎる』
小楠ちゃん先輩の発言にぞわっとした。
たしかにそうだ。ひとりからひとりを作り出すんじゃ、あまりにも術として面倒すぎる。
だいたい意味がわからない。
ひとりを殺して、ひとりを作り出す。そんな術をどうして作るというのか。
『途中からだが撮影された、青澄妹と般若の戦い。あるいは真中先輩たちの戦闘場面で、般若が吐き出す血を見た。あれで考えが変わった』
『般若の身体を構築していた、あの液体よね』
『あれだよ。あれこそが素材なんだ。固形物も混じっていたが、大半が液体だったね?』
赤黒い吐瀉物だった。それがいったいなんなのか。掘り下げて考えたくはない。
でも考えるまでもなく答えは出ているような気がする。
『できるかぎりぼかして言ってよ?』
『人間を一次情報構造体とするなら、あの液体は一次情報構造体のすりおろしだ』
麗ちゃんが掲げるスマホを見に集まった私たちはそろってげんなりした。
ぼかしてない。それ、全然、ぼかしてない。
『連中は液体と固体を利用して扱う術を会得している。クローン、卵に、巨大な般若のロボットまで出てきた。おおかた、空を飛ぶ飛行機や列車も、その類いだろう』
『つまり人体だけじゃない。別物に転用できる術がある。青澄妹の化け術のようにね』
額に手のひらを当てた。頭を冷やす手助けになればと思ったけど、なんの救いにもならなかった。
敵は化け術さえ利用しているのか。
『いくつか技術的な障害や不明点がある』
朝倉先輩は具体的に列挙した。
化け術の利用、およびその能力と限界。製造したクローンの思考や自律行動の再現。
化かすうえで一定のレシピが存在しているなら、レシピの数と内訳。現状で先輩がレシピに数えているのは人体、卵、小鬼、般若ロボ、空飛ぶ列車、飛行機。
レシピをどう実現しているのか。どれくらいの制約や負荷があるのか。
『ただ、これらの技術の着想に利用できるものがちょうど、うちの学院にはある。言うまでもなく青澄妹であり、もうひとりは学院を襲撃した教授だ。化け術と、死霊を操る術。そのハイブリッドのようじゃないか?』
『いまのは朝倉の推測だけど、青澄妹、そして現在のシャルロット。両者を観察していた何者かが、どうにかして、両者の術を再現して、利用できるようにしたという推測は成り立つ』
『元教授、現在は一年九組で生徒になったシャルロットは常に監視状態にある。積極的に私たちに協力もしてくれている。それだけで容疑から外すというのはいささか乱暴かもしれないがね』
『いいんです! 二年生、一年生の魔法使いたちの授業や講義、世話までしてくれているの。今回も彼女の見立てが大いに役立って、朝倉が発表した見解にたどり着けた。彼女は味方』
小楠ちゃん先輩が断言した。
私もいまさら疑わない。
ただ、そうか。死人の細胞を使って化け術で別物にするし、生き物のように扱うのなら、たしかに死霊術は格好の方法なのかもしれない。
死霊を扱い、化け術を駆使する。
なんて趣味の悪い。残酷だし、言葉もないよ。
だけど、それだけじゃ足りない。
連中はミコさんを作りあげようとした。だとしたら、作りあげる対象はミコさんだけとはかぎらないのではないか。そんな風に想像せずにはいられなかった。
世界はまともだと、もうちょっとマシなところに底があるんだと、そう信じていたかった。でも、そう信じていられるのは、自分が穏当に過ごせているからだ。
食品やお弁当、お菓子の製造の工場とかで働くと、その工場の商品が食べられなくなるってまあまあ聞く。工場によっては杜撰な管理体制、決してよくない衛生状態が常態化しているというから。工場によっては、だけど。飲食店、とりわけチェーン店舗も同じような話を聞くところ。
それは飲食の範疇の話。
飲食店やスーパー、精肉店に流れてくるお肉と、畜産をしている人たちの間にある加工、そして屠殺の現場とか。アジと同じか、それより大きな魚を自分でさばいてみたときの生き物の生々しさとか。
労働現場とか、戦争・紛争とか、虐待とか、犯罪とか、数えだしたらきりがない。
そういうのも、情報で済ませていられるうちや、自分の体験と読み取りが深刻でないうちは、まだ信じていられる。世界はまともだと、もうちょっとマシなところに底があるんだと。なんだかんだ、自分も他者も社会も、なんとかなるようにできているんだと。
でも、座学や実学でじっくり学ぶだけでわかる。
そんなことはない。
底なんてものもない。
人の学びと営みによって、底らしいものが形成されて、維持されているだけで、だれもがその底という網にキャッチされるとはかぎらない。網には目があり、目と目の隙間から落ちる人が常にいる。学びと営みによって構築される倫理や福祉、規範や法、行動に完璧というものはない。足りることは常にない。
その具体的な事例は枚挙に暇がなくて、直視しても受け止めきれるものじゃない。
底なんてものはないんだから。ひどいものを探せばどんどん出てくるし、まるでそれがすべてのように思えてくる。
それさえ日常や仕組みと深刻な形で癒着していて、簡単に剥がせないことも多い。
お父さんがガンダムの話をたまにするなかで聞いてた「映像化が絶対むりな作品たち」のひとつをアマテラスさまのお屋敷で見かけたので再生してみた。閃光のハサウェイ。腐敗した地球政府の改革なんてまず無理だから、でっかい基地を落としてどうにか変えようとしたのがシャアの反乱。シャアに憧れて自分の元を去ったクェスを戦闘中に殺されて、思わず殺した相手を撃ち殺したのがハサウェイ。そのハサウェイが、シャアみたいに連邦の打倒を目指す。
小説はずっと前に出てたそうだけど、アニメになるってお父さんが知ったら涙を流して喜びそうだ。言えないんだけどね。天国修行で見た未来の話はできない決まりだから。
でも、見てみるとなんとも言えない気持ちになったよ。
答えや解決がないことが世界にはやまほどある。
お父さんから聞いた話じゃ、お父さんからみて戦争や学生運動など、様々な時代の体験が落とし込まれている世代かも、とのこと。宮崎駿、高畑勲、富野由悠季。押井守もかな。手塚治虫や水木しげる、漫画界の巨匠と呼ばれる人たちだってそうだし、それは歌人や小説家だって同じだ。
たとえばチャップリンの映画「独裁者」、彼はヒトラーを強く意識して撮影に臨んだ。いったいどれだけの人が、かの独裁者を問題視し、批判したか。だけどヒトラー、ナチ、彼らを歓迎したドイツ国民をどうすることができたのか。
学生運動。当時の革命を声高に叫んだ人々の中から出てきた超過激派、武力行使をもってことを成すという人々も、彼らが敵視したものも、答えや解決があったわけじゃなかった。
あさま山荘事件を描いた作品は有名なものがふたつある。ひとつは役所広司さん主演、天海祐希さんたちが出ている「突入せよ! あさま山荘事件」。もうひとつは「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」。
警察視点で捉えるか、立てこもった連合赤軍視点で捉えるかの違いだ。後者は、集まった人たちが暴力前提で暴走して、同じ活動者のなかで序列を築き、気に入らない相手を攻撃してとうとう殺していくというカルト化の過程が表現されている。
警察でも自衛隊でも、一般企業でもバイトでも、虐待や暴行は起きる。
それを通報できるか、対応してもらえるかは、正直かなりむずかしい。学校で殺されたり自殺したりするこどもが出てくる、ということはそこまで加害するこどもがいるということだ。こどもだけで済まず、大人でも、そこまで人を追いつめるやつがいる。けっこういる。
でも世の中をよくしようというお題目で集まっておきながら、「そんなんじゃだめだ」と否定して、暴力を振るって殺す人がいるのだ。
お題目なんかで人を信じちゃあいけない。
なにを言うかなんかで、人を計れやしないのだ。
そうなると?
ますます自発的に、自浄する形で変わることが期待できるのか。
無理だ。
そこまで人を信じられない。
どん詰まりだ。
法があっても、それを無視したり、骨抜きにしたりするのが人間だ。
歴史だけじゃなく、いまの日本でも、政府でも、国会でも起きていることだ。どこかの家庭で起きていることだし、どこかの企業で起きていることだ。どこかの学校でも。
底なんてものはない。
あるのはまず、現実だ。
答えや解決のない、多くの手段や時間を要する難題ばかりだ。
その解決法があるのなら、教えてくれよとハサウェイは愚痴る。
ないよ。ない。
人を殺したこと、好きな女の子が自分のもとを離れたこと、守れなかったこと、かっとなって人を殺したこと、彼女に選ばれなかったこと、殺したこと、救えなかったこと。
そんな答えや解決のない難題をどうにかする方法はない。世界政府みたいなものをどうにかするてきめんな手段なんてないように。
そんなものはない。
ないけど生きてて、どうにかしたいから、人はデモとかストとかやったりするし、フランス革命だって一向一揆だって起きたんだろうし、飢饉が起きてすこしでも人が飢えないように手を尽くした役人もいれば、ボンジョビが歌った曲のように今日を生きるためにお互いを慰めるふたりがいたりする。
救いや許しがあるからがんばるんじゃない。
成果があるから、結果を出せるからやるんでもない。
生きてて、どうにかしたいからだ。
ハサウェイに今日と明日の心配で精いっぱい的なことを言うタクシーの運転手おじさんがいた。それはそれで、否定されるようなことじゃない。ハサウェイが政府を相手にテロで挑む、そこで掲げた理想そのものだって、否定されるようなものでもない。
その前の時間軸になる逆襲のシャアも見たけど、初代と呼ばれるガンダムから続くアムロとシャアの関わりで、ふたりの捉え方の違いが出ている。シャアは急ぎすぎだとアムロは言う。シャアから見たらよっぽどのことになる前に、いますぐにでも手をつけなきゃだめだと考える。
シャアにせよハサウェイにせよ、どんづまりななかで選んだ手段が隕石落としや閣僚殺しなんだから、保守的な立場にいる人は止めるよ。そりゃあ、そう。リベラルであり保守であるなら、どんなに時間がかかろうと、途方もないことだろうと、世界をもうちょっとマシにしようと思う人たちと政治的に活動するよ。
じゃあ、それで殺されてる人たちをどうにかできるのかよって言われたら、無理だよ。そこまで万能でも完璧でもないもの。そんなすっごい立場ややり方なんてないんだ。どんな立場、どんなやり方だって、膨大な人の力や支え、選択や行動を求める。依存できるものがあればあるほどいい。そこは変わらない。
だから暴力を始めて、殺しを始めると際限がなくなっていく。歯止めがきかない。選んで行った段階で、手段として肯定されるから、どんどん過剰になっていく。
世界を矮小な基準で捉えた効率や合理だけでどうにかしようとするのも同じ。ひたすら暴力だ。過剰になるばかり。
そんなもので変えられたり、補えたりすることなんかできない。
捨て始めたら、よりひどくなる。
答えや解決がないことが世界にはやまほどある。
底なんてものはない。
逆襲のシャアで敵も味方も隕石を止めようとして、アムロの乗機から不思議な光が放たれて世界を守ったのに。そんな光景を見てもなお、変わらないことばかりだと描いた。
そうだよなあ。納得しかない。
戦争があったら、その反省でずっと続くのか。ちがう。政府は帝国時の憲法をちょこっと変えたくらいの小手先の案を出して一蹴されて、憲法を必死に練った人たちの案が通った。よっぽどずっと、多くの失敗や問題を受けてのマシな案だった。それが今日の日本国憲法になった。でも、政府の側にはちょこっと変えたくらいの内容でいきたい人が未だにいたわけで、彼らが寿命を迎えたらそれでおしまいかって、そんなことはない。
学生運動をする過激派たちは資本主義の問題を批判して、共産主義に傾倒していたものの、彼らがしたのは結局のところ、暴力による極右のような行動だった。それを嫌った人たちがノンポリに傾倒したのだとしたら、それは暴力に傾倒した人々とは異なるベクトルで、非常に問題のある選択と行動だった。
資本主義なら万事OK? そんなわけない。問題点はいっぱいある。だけど、そういう話題を語る機運や機会が、たぶんがっつり失われるきっかけにもなったんじゃないかな。それだけ嫌悪感を刺激することになったのか、それともちがう理由があるのかはわからないけど。
気づけば新自由主義傾倒の流れになって、何年もの氷河期が続き、その過程で失われたことが取り返しがつかない状態になって、私たちの世代になるころにはより悪化していく、と。
世界はまともだと、もうちょっとマシなところに底があるんだと、そう信じていたかった。でも、そう信じていられるのは、自分が穏当に過ごせているからだ。
だけど、その穏当さには問題がやまほど潜んでいる。見ようとすればいくらでも見つかる。
私たちに冷笑している人たちと批判している人たちの区別がついているのか。
正直、自信がない。
どっちもいやで、どっちも問題があって、どっちもやばいって見てればいいような気さえする。
でもちがう。
批判は重要だ。冷笑こそが問題だ。
だけど、それは一億円の借金があって、利息が一割だったとき、道端で一円玉を拾うくらいささやかに思える。どれだけ一円を拾い集めたからって、利息も払えやしない。
真に受けたくない。
そんなことが、だれの人生にもそれなりにあって、なのにひとつで十分に致命的。
ハサウェイが自分の人生のどうにもならなかったこと、好きな女の子のことや殺してしまったことに許しや救いを求めるように、どうにもならないこととして政府に挑むみたいに、代理の敵を求めたくなることがある。許しや救いを得るための代理目標を立てることもある。
だけど、たぶんそれじゃあだめなんだ。
答えも解決もない、このしんどい体験が現実にあるということを、どうにかするしないは別にして、まず認めて、それでも私はだいじょうぶ、さあどう生きる? って考えるところに移らなきゃ、どこにもいけないんだ。
だって、過去はやりなおせないし、抱えたことに答えや解決はない。このしんどさはどうにかなるものじゃない。未来ちゃんに誘ってもらったカウンセリングを受けても、お薬をもらっても、身体の状態を整えたり、気持ちを整理するのにはよくても、過去が消えたりなくなったりするわけじゃない。抱えたことが解決するわけでもない。
ただ、こうして整理した時点で生じる分岐は冷酷だ。
そうするという選択は、そうしない、そうできないという分岐を明らかにする。
だから底なんてものはないんだ。
答えや解決がないことが世界にはやまほどあるとき、苦しみ方や傷つき方も、傷つけずにいられなくなることも、膨大に分岐して、存在していく。選ばれていく。だれもが一意に選べるはずがない。
それを食い止めて、ちょっとでもマシにするのが助け合いだったり、支援だったり、福祉だったりする。そのために働くのが共同体であり、政府であり、村や町であり、都市であり、国家である。
でも、私たちの世界は公平でも公正でもなく、平等でもない。それらは私たちの営みによってかろうじて、現状が作られては維持されていくものだ。いつだって底はない。いつだって破綻する。網の目から漏れる人もやまほど出てくる。それなら? 網の目を小さくすることも、漏れた人を助けることも必要になるよね?
足りないだらけだ。
底がないから。足りないことだらけ。
お父さんの本棚にある漫画のキャラの真似をするなら「絶望したぁ!」って言いたくなるところだ。
だけど、そんな暇さえない。
主体的に、どう生きたいか、どんな社会を望むのかが問われている。
目的は手段を正当化しない。
あらゆる選択と行動をもって答えるのだ。
言葉だけじゃ足りない。目的が聞こえがよかろうが、意味がない。
間違えるだろうし、やらかすだろうけど、それでも選びつづけて、行いつづけて答えるしかない。
だれがどんな手段で、これだけのことをして、どれほどの死を操っているのだとしても、私はそれを私たちの矜持のもとに、私たちの領域を死守したうえで、解決する。
苦しむ人を助け、守り抜く。
そのためには、もちろん手段を選び抜くし? 足りないだらけの人生ならば、頼って当然! 助けを求めて当たり前! この精神でいく。
私たちみんな、仲間が必要だ。距離感はそれぞれ調整するにしてもね。だれかがいないと、私たちは生きていけやしないんだ。
「シャルはなんて?」
私が問いかけたけど、大勢と通信が繋がっているからか、小楠ちゃん先輩が「春灯、もう一度いい?」と確認してくれるまで一分近い間が必要だった。
焦らず待つ。待って、伝える。
「シャルはなんて言っていますか? 死を操っている奴がいるのなら、そいつをなんとかしないと」
『シャルロット』
『聞いている』
画面がぱっと切り替わった。
襖や掛け軸が見える。どこかの和室に彼女はいた。そばに瑠衣くんや理華ちゃんの顔が映りこんでいる。みんなして口元が油かなにかで汚れていた。なにか食ってる!
『現状で明確な答えは出せない。ただ、導き出すために必要な手段なら、ひとつ浮かんでいる』
「それはなに?」
『きみには酷な願いになる。本来、私にはもはやきみにこんなことを願う立場にない』
いまはそんなことを言っている場合じゃないという理性と、身体中がぞわぞわとして、頭の奥から弾けるように広がる熱がある。身体は、心は拒否している。
『私に指輪をくれないか。御霊との縁を結び直せば、私にも死が見えるようになる』
その要求は至極まっとうなものであり、彼女の言うとおり現状で最も適切な提案でさえあった。
彼女と縁を結べば私にも彼女の力が使えるようにもなり、一石二鳥どころではない。
けれど、身体は恐れ、怒り、荒れていた。
キューブスーツを内から貫くように、胸から、お腹から、背中から刀が生えてくる。荒ぶる感情を、身体の反応をなだめられそうにない。
なんで?
私は認めてこなかったから。
あなたを本当は許したくない。一生、恨んでいたい。憎んでいたい。
そんな気持ちを。
だけど必死に認めようとしてきた。
それじゃ生きていけない。私には重すぎる。私を歪め過ぎてしまう。この痛みは。
究極の問いだ。
さあ、どうする?
深呼吸してから、私は望みを口にした。
つづく!
お読みくださり誠にありがとうございます。
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