第二千九百六十九話
警視庁中を撮影して回りながらも、ふと気づく。
「いまさらだけどカゲくんの力って、扉を開けたりできたっけ」
「俺もいろいろ鍛えてんの。お前だけじゃねえんだよ、霊力の可能性を広げてるのは」
「おぅ。ご、ごめん」
「気にするなって。まあ、鍛えたおかげでマモリちゃんの視線も厳しくなったんだけどな」
カゲくんの霊力が増してできることが増えるほど潜入能力が高まる。
それは日常のアウトなこともしやすくなるということ。
露骨にえっちなカゲくんのことを日下部さんは彼女ゆえに厳しく見てるのだろう。
だけど、信頼してもらってもいるみたいで、カード認証の部屋を突破する専用機材などをいくつも持っていた。シオリ先輩と日下部さん、柊さんとで協力して開発した装備がいろいろあるらしい。
部屋の隅から隅まで探す。トイレさえごまかしなし。さすがに男女の担当をカゲくんとふたりで分けたけど。警視庁のビルは二棟。だけどひとまず有名な大きなビルをあらかた撮影してまわり、集まった写真をアルバムに収録して現像が終わるのを待ち、確認する。
時間が経って、現像が進んでいくほど私たち三人は顔を見合わせて困惑せずにいられなかった。
「人だらけだね」
「クローンなんていねえな」
「すり替わっていたのは、警視庁襲撃であらかた倒されたあとなのかもね」
トモの指摘にカゲくんとふたりで唸る。
ここで警察の上層部にクローンがいました、なんてわかりやすい展開が待っていたら、よほど楽だったのに。ひとりもいない。恰幅がよくて白髪が目立つ要職のおじさん、おじいさんたちを撮影したけど、彼らでさえ人のまま。なにも異変がなかった。
写真のコピーを金色で作ってから、カゲくんに渡す。シュウさんに伝達してきてもらう間に、私とトモは先に警視庁の外に出た。撮影して回り、現像を待つ間に、警備するように警察官たちが入り口の前に出ていた。さすがに守りを固める方向性に切り替わったみたい。
「ここ、慣れないね」
トモが自分の影を見下ろす。
カゲくんの影世界は白と黒が反転したモノクロ世界のよう。光源は不明だし、私たちはモノクロにならない。色も反転しない。
厳密に影は黒とは言い切れない。だけどここでの影は真っ白だ。ペンキをぶちまけたように、真っ白。そして、真っ白の先に現世が鏡合わせのように見える。
不思議なものだ。
「どういうことだと思う?」
トモの問いに考え込む。
「クローンはそれほど多く紛れていなかった。だけど、クローンだから敵というわけじゃない。人の間でも騙し騙される状態になる。でしょ?」
「悪党はやっぱりいるかもしれないってこと?」
「かもしれないけど、それは黒いのカメラじゃ見通せないってことかな」
ただシュウさんの霊力は周囲の人たちのよからぬ狙いや願いを聞きつけるものじゃなかったか。
それなら、私たちが関与するまでもない気がする。
だけど、待て。シュウさんの霊力は証拠能力がないから、疑いを持てても、対処しきれるわけじゃないんだ。証明しようもないし、完璧じゃない。
ふたりで悩んでいたら、カゲくんが来た。特に指示はなかったそうだ。
三人で急ぎ、議事堂に向かう。それぞれの党の待機するためのお部屋から議会まで、とにかくかたっぱしから撮影して回るんだけど、結果はどうか。
からぶりーっ!
みんな、人のままだ。
めちゃくちゃ時間をかけてわかったことは、もうクローンが紛れ込んでいないという事実だけ。
実に結構なことだけど、これはこれで困る。
じゃあ敵はどこのだれ!? 警視庁が襲撃されたこととクローンとの関係は? 今回の壁の術者とクローンの繋がりはなに。なんにもわからない。
「まあ、悪党は直接の繋がりを持たないっていうしな」
「陰謀論じゃない? それ」
「でも、そんなもんじゃないか? 大概、子分にやらせるもんだろ」
カゲくんの指摘にうなるところはあるものの、議員秘書さんさえいそうな国会にクローンは見当たらない。つまり議員だけじゃなく秘書においても、人。
人だから問題なし! ということではない。クローンを作り出す、その技術を開発して運用しているのは人なのだから。そして、だれがそれに関わっているのかは、黒いのカメラじゃわからない。
「そんで、どうするよ」
「マシンロボと合流するしかないでしょ」
「だね。お姉ちゃんを放っておけないし」
「仲間の出番がなかったな?」
「ないほうがいいんだよ。窮地がなかったってことなんだから」
たしかに。
妙に納得してしまった。
再びオロチバイクとサイドカー、そして牽引金色雲編成で西を目指す。
「帰りは高速を使うぞー!」
カゲくんが大声で知らせてくれた。カゲくんの影世界に他の車両はない。だから一般道でも困ることがない。だけど、やっぱり走り心地がいいのは高速のほうなのだろう。
快調に加速していくなか、私は金色雲に包まれた状態で過ぎ去るビル群を眺める。
気づけばすっかりクローン陰謀論に前のめりだった。
だけど、その泡は弾けた。
もっとちがう仕組みがあるのではないか。
無意味ということはない。現にクローンは存在していて、壁の発生に合わせて警視庁を襲撃したのだから。無関係ということもない。じゃあ、なにがあるのか。それはわからない。
いっそ露骨に活動してくれたらいいのに。いや。その必要性がないかぎり、彼らは出てくることがないだろう。テレビ局の男が露骨だっただけ。そういえば、理華ちゃんを恫喝した、あの男のいるテレビ局くらいは調べてもいいんじゃないか。
調べるとなれば千葉のゴーストタウンと化した住宅街も撮影してみたい。
いけない。オカルト地域で動画を撮る人たちみたいになってる。
これも敵が出てこないのが悪い!
やっぱり悪党っていうのは、ちゃんと名乗り出てくれなきゃね。そう考えると、フィクションの悪党は親切まである。みんな、バイキンマンとか、時代劇の悪党たちとかを見習ったほうがいい。北斗の拳の悪党たちや、マッドマックス怒りのデスロードのウォーボーイズたちとかを。
まあ、そんな親切なことしてくれるはずもないか。
しょうがないなあ。
「ふう」
瞬きをして、なにげなく視界に映るビル群を見たときだった。
なにかがビルの窓に映りこんでいる。ビルとビルの間の影となる壁面や窓に、列車が見える。白い影の先に見えるっていうことは、現世にいる。だけどおかしい。列車は地上じゃなく、空を飛んでいる。
「か、か、カゲくぅん!?」
「八葉、ハルが呼んで、え、と」
振り返ってバイクを見ると、トモがこっちを見て固まっていた。トモにも見えるんだ。電車が。
目の錯覚じゃない。急いでシャッターボタンを押して撮影する。うまく撮れた自信がなくて、残ったフィルムぜんぶを使い切った。
何度みても、電車が空を飛んでいた。それだけじゃない。よくよく見ると見覚えがあった。いつ見たのか記憶をたどる。最寄駅から都心に向かう車両じゃない。山手線とか京浜東北線のようなやつでも、東急でも京急でもない。ところどころ黄色のペンキが剥げて錆びついたレトロな印象のある車両だった。確認できるかぎり、全部で四両編成。決して長くはない。だいたい八両編成じゃない?
「あ、あっち!」
カゲくんの反応を待たずに、トモが三時の方向を指さした。
大きなジェスチャーに誘われるように指の先を見て、ますます困惑する。
ビルの壁面、影になっている部分に飛行機が映りこんでいる。さすがにビルよりも高い位置を飛んでいるのだが、それでも十分に見える。ボディがやけに長細く、翼が機体のお尻近くについていた。先頭が透明に見えるのはなぜか。全体的に白いペンキが剥げて、灰色に見える。
電車と飛行機?
なにか閃きそうだと思ったときだった。獣耳を通じて頭が割れそうな刺激を感じた。思わず人の姿に戻るくらいの激痛だった。人に戻ってもダメージが残り、頭ががんがんと疼く。ひどい疼痛に目を白黒させながらも、トモたちはだいじょうぶかを振り返った。
ふたりはなにかを言い争っていて、すこしも気にしたそぶりがない。
私にだけ聞こえた? どういうことなんだ。獣憑きにしかわからないということ?
頭痛がひどくて、耳が遠くなっている。それでも気になって電車と飛行機を確認する。電車はいまも変わらず一直線に走行中だ。線路もないのに! じゃあ、飛行機は?
「え」
高度を下げている。それだけじゃない。明らかにこちらに頭を向けて、突っ込んできている。
遅れて、高く澄んだ音が聞こえた。
「ん? なんだぁ!?」
カゲくんがヘルメットのバイザーをあげて、周囲を見渡す。
私もトモも、ふたりしてビルの影に映る飛行機を指さした。
「「 だから、あれだって! 」」
「あ!? 飛行機? なんでか知らねえけど、俺らが見つかるはず」
ねえって、と言おうとしたカゲくんと私たちの身体がなにかに引きずられるように、視界がぱっと切り替わった。気づけば少なくない交通量の首都高に引きずり出されていたのだ。
「うおっとっと!」
ちょうど目の前を大型トレーラーが走っていて、カゲくんが急いでオロチバイクの速度を合わせる。なにせ最高速度近くを出していたから、減速だけじゃ足りずに車線を左右に移動して、車の間を縫っていかなきゃならなかった。
「くっそ! 引きずり出されたぞ!」
「ハル! こっちに!」
トモが振り返って手を伸ばしてきた。迷わずジャンプして、金色雲を足場にしながら空をすこし駆ける。その間にキューブを使用してスーツを展開。ヘルメットを装着しながらサイドカーに飛びつく。トモに抱きかかえられるようにして避難。金色化け術でトモにヘルメットをかぶせて、金色雲を消して空を見上げた。
無茶な割り込みや追い抜きをした私たちにドライバーの人たちがクラクションを鳴らすなか、飛行機はぐっと高度を下げて私たちの直上を飛びすぎていく。凄まじい轟音に、クラクションがすぐに鳴りやんだ。
みんな、あっけに取られて飛行機を見送る。ずいぶん低く飛んだものだから、その大きさがよくわかった。数十メートルはある。ざっと、十階建てのビルに迫るほどの長さだ。
近づいたから、はっきりわかる。やっぱり塗装がちょこちょこ剥げている。
それに現世に引っ張り出されたからわかる。電車が空を飛んでいる! はっきり見えるから、それがいつか見た地下鉄の、あの奇妙な電車に重なるフォルムだとわかる。だけど、あのときとちがって、塗装があるから印象が重ならなかったのだ。
「なんだよあれ!」
カゲくんが吠える。私にもトモにもわかるはずがない。
ひとまず落ち着いてサイドカーに金色を注いで化かして、ふたりがなんとか座れるスペースを作った。それでおさまりがずっとよくなる。トモに抱きしめられたまま、必死に考える。
電車、飛行機。この組み合わせがいったいなにを意味するのか。
最近じゃない。それならすぐにピンとくる。
なぜか、ぷちたちの顔が浮かぶ。そして、お父さんの顔も。どういう繋がり?
おもちゃかなにかかな。
おもちゃといえば、お父さんは「男の子のおもちゃはだめか」とへこたれていた。お母さんと私でそういうのは時代錯誤だと言いながらも、なにかに呆れた。なんだったかな。
電車のおもちゃ? ちがう。それじゃ飛行機と繋がらない。それに、気になる子たちはいる。なにせ十人を超えているんだ。うちの子たちの人数は! あれこれ好きなものがちがっているので、電車も守備範囲内。
そういうんじゃないんだよな。だから。
むしろ、電車だけじゃなく、飛行機だけじゃないもの。
「と、いうと」
「なに? なに考えてるの?」
「飛行機、電車のおもちゃ。これでなにがあるかなって」
「ええ? なんだろ」
トモだけじゃなく、運転に集中しているカゲくんもぴんとこないのか黙っている。
彼は周囲を気にしていた。飛行機に引きずり出されたのなら、次の攻撃がくる可能性がある。
だけど私はこの引っかかりの答えを見つけるべきだと焦っていた。なぜかはわからないけど。
それほどの脅威だと感じているのは、飛行機だけ? 電車だけ? ちがう。
合体するからだ。
なにと?
「ロボットだ!」
「「 はい!? 」」
カゲくんとトモが声をあげたとき、ちょうど私たちが影に包まれた。
なにかが覆いかぶさってきたのか。それとも?
わからないまま見上げた。
太陽を背にして、それは落ちてきた。
小さな点が、どんどん巨大になるに連れて人型をしていることがわかった。だが、人とちがって四肢も、胴体も、頭部さえも鋼鉄に覆われていた。
「勇者ぁ!?」
「「 なんてぇ!? 」」
ふたりが叫ぶなか、そいつは当たり前のように私たちのすぐそばに着地した。ビルを踏みつぶして。赤い巨人のマシンロボが、私たちを見下ろしていた。
だけどバイクは急には止まれない。どんどん離れていく。巨人は間抜けに顔をあげて、こちらを見ている。私もトモも、巨人に釘付けだった。カゲくんさえも、真後ろを見て固まっていた。バイクの挙動が怪しくなって、私とトモが急いでカゲくんの名前を叫び、
「前!」
「前みて! 運転中!」
「つったってよお!」
悲鳴をあげながらも彼が急いでハンドル操作に戻る。
どうかしている!
人型ロボットに、飛行機に、空飛ぶ電車!
断言する。
あいつら絶対に、合体する!
それに絶対、あいつら味方じゃない!
遠ざかる前に、急いで黒いのカメラで撮影しようとして、フィルムが切れていることを思い出した。くそ!
「カゲくん! 戻って!」
「正気か!?」
「踏みつぶされたところも! あいつも! ちゃんと写真に撮らなきゃ戻せない! 潰れたビルには人がいたはず」
「くそが!」
カゲくんが吠える。トモが持ち込んだ刀を引っ張り出す。
私はフィルムを交換する。
そんな小さないきものを馬鹿にするように、巨人マシンロボはゆっくりと立ち上がった。スカイツリーと同じくらいの高さはありそうだ。
交換を済ませたカメラで撮影する。吐き出されたフィルムを手にして、振りたい衝動に駆られた。ぐっと堪えて考える。
現像が終わらないかぎり、術は使えない。最低でも、十分はかかる。
だけど、うちのマシンロボはまだ東京西部にいるはず。
どうする。
つづく!
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