第二千三十四話
おうちに帰って通話アプリ経由でミコさんにメッセージを送ると、意外なことにすぐに通話がかかってきた。通知音に心底びびったよね。夜十一時を過ぎているとね!
話してと求められるまま現状を伝えていたら、ミコさん本人が鳥居を抜けてやってきたよ?
リビングにと言われて三人で移動する。指示されるままカナタがお茶とお茶請けを用意する間、求められるまま考えを全部話す。
十二時が近づいた頃、血をあげる鬼がザラメせんべいをばりばり噛んで、お茶で流し込んでから切り出したの。
「協力を求めるという発想は? 大賛成。でも、いま得られる協力は? 少数の声援がいいところじゃないかな」
真夜中の一撃! 私は瀕死だ!
「だ、だ、だめですかね? たっ、たとえばミコさんの協力は」
「がんばれー」
くっ。
笑顔で手を振られる。テーブルの向かい側から。
以上、終わり! さらなる協力はなし! しません! そんなノリだった。
「ええ、そのとおり」
「なんで!? 窮地ですよ!? やばい奴がいるんですよ!?」
「たとえば地球の温暖化問題。排ガスをなくすためにすべてのガソリン車を直ちにすべてなくすべき。あなたの話って、まるでそうした主張を元に協力してもらいたいって感じなの」
え、と?
「あなたの考えるように、たしかに今回の犯人はとても危険。後手に回る警察の捜査が及ぶ前に被害者も大勢でている。この調子だと、まだまだ増えるでしょうね」
「なら!」
「現状の改善の一助となるのは、結局のところ、それを解決しようと願い欲する人たちの積み重ねに他ならない。私はいまできることをしていて、余裕がない」
う、ん。
断言されちゃうと、苦しい。
なにをしているのか。私に手伝えることはないか。
交換条件として協力を得られないか。
次々と浮かぶけど、ミコさんのゆるさは変わらない。
「警察の反応が鈍いのは、そもそも学生から大規模な作戦の提案を受けるなんてことがないというのも大きい。特に今回のようなものはね。どうしたらいいのか、わからないの」
「おぅ……」
盲点!
「職務の範囲内で受けとるにしても、それを組織内全体で、そこまでいかずとも上へ上へと話をあげて通るものかというと、ね?」
かなり厳しそうだ。
言ってしまえば、それは警察のみならず、あらゆるところが同じ。
窓口になってくれた人が受け入れてくれても、先に繋げられるかどうかは別問題。
それになにより、今回が初めてとなると?
慎重になるよね。そもそもまともに取り合ってくれなくたって、なんら不思議はないわけで。
「正攻法では分が悪いという意見には賛成。あ、お茶おかわり」
うつらうつらと半分ねむりかけていたカナタの身体がびくんと跳ねる。
あわてて口元を拭ってから、私とミコさんを見たときの目よ。とろんとしてる。
いまにも眠りそう。
無理せず寝たらというけど「いや。おかわり、する」と、お盆に三人の湯呑みをのせてキッチンに歩いていった。よたよたしていて、とても心配。
「いいんじゃない? 無茶すれば」
「で、でも、なにか起きるかもだし」
「そのケアもフォローも、考えながらやってごらんなさい」
この際だからはっきり言うけど、と続けてエクスキューズを挟む。
テーブルに肘を置いて、身を乗り出した百戦錬磨は断言した。
「東京でなにかしようというのが無茶なの。そういうことできるような場所じゃないんだから。そういう風に作られた都市じゃない」
「戦争するには、この街は狭すぎる」
「戦争までする気なら、なんとしてでも止めるけど。だいたいそういうことね。どうしたって無理が出るの」
おぅ。
劇パト二作目の台詞なんだけど、まさかここにきて体感することになろうとは。
ああでも、たしかにそうだ。
都市開発からして、こういう事態を欠片も想定していない。
というよりも、想定している都市部なんて知らないや。
江戸時代は参勤交代で。もっと前の安土桃山時代あたりからさかのぼるほど、戦乱の時代に対応した街作りをしていただろうけど、それにしたって私たちの作戦に見合った都市作りじゃないしなあ。
ミコさんの例え話でいくと、車も環境問題を意識して作ってます、なんて形になるまで時間がかかっているよね。完全に切りかわる日がくるのかな? 電気自動車がマスト? いや、せいぜいベターくらいでは? ガソリン車はすべてだめ? ハイブリッドは? ああでも規制の動きがあるんだっけ。夜のニュースかなにかで聞いた気がする。
車が空を飛ぶ時代はくるんだろうか。そんなことにならないまま、別のアプローチで達成されるのかな。
電力需要に対して自然に害のない形で達成しようとする流れはあるという。ぱっと浮かぶ太陽電池は、果たして本当に害がないのかな。たとえば破損した場合の修理にかかる費用などは? 作り出す費用と過程と影響は?
需要を満たすという観点と、自然への影響という観点は別にある。
二者択一という安易な話じゃなくて、他にもある観点も踏まえて総合的に考えていかなきゃならないし、その歩みは止めるものではない。止められるものでもない。
けど、私たちの作戦はみんなの中に繋がるものがない。
結果として、協力を得られないばかりか、足りない部分はぜんぶ私たちが負担しないとむずかしい。
私たちはマイノリティで、こどもで学生だと社会のマジョリティにアプローチするのは困難。
真剣に取り合ってもらいにくいし、そうしたくてもどうすればいいのかわからない。
おとなって!
いや。落ちつこう。
段取りが大事な組織が相手だと、その段取りの面倒さやコストなんかが壁になる。
私たちが直談判しても、それを取り崩すのはむずかしい。
策がない。
お母さんが一時期リビングで眺めてたコードギアスみたいに、目視できる距離で一度だけ命令を遵守させられるギアスという力があったら? パワープレイができるかもしれない。
レオくんの力はコードギアスの主人公、ルルーシュに比べるとかなり弱いけど、でも、似たところがある。ならレオくんに頼って押し通せるかっていうと? むずかしい。あくまで一時的に過ぎない。そばにレオくんがいないと。
それに今回の作戦は規模が尋常じゃなく大きいから、レオくんがあと百人から二百人くらいはほしい。もちろんそうはいかないので、無理!
だいたい、今回の作戦に限った話じゃないからなあ。
味方を増やしたいんだ。言い方を変えると、お祭り騒ぎに参加してくれる共犯者がほしいんだよね。
「ショーでもお祭りでもいいし、ひとつ騒いでみせるというのもいい。犯人が放っておけず、警察が行かざるを得ず、だれもが集まらざるを得ない騒ぎ方をする」
「場合によっては捕まっちゃうのでは?」
「いいんじゃない?」
いやいやいやいや!
「仕事がなくなるかもしれないのはちょっとぉ」
「じゃあ、騒ぎ方を考えましょうか」
他になにか問題がある?
いかにもミコさんは、そう言いたげだった。
表情はゆるく、うちのお母さんが昼寝する前に一緒に寝そべってお話を聞かせてくれているときの、なんともいえず落ちついた顔に重なって見えた。
「おおきなことをしたい。かつてない規模の化け術を披露して圧倒したい。霊子を扱う者たち、とりわけ危険な連中への牽制をしたい。ぜんぶよくわかる」
三本。人差し指から薬指まで立てて、ミコさんは指先をくいくいと曲げた。
「それぞれの軸でどのような策を練るか。それだけじゃなかったね? 協力を得たい」
小指を立てて、四本。
「そして警察に怒られず、世の中のバッシングも回避したい」
親指を立てて、とうとう五本。
「この五本の安定を得るのはむずかしい」
「諦めなきゃだめですかね」
「そう焦らないで。今回目的とする協力のラインは、声援を送ってもらうか、見守ってもらえることとしてみたらどう?」
眉間に皺が入る。
癖にならないように指先でほぐした。
能動的な協力なんだろうか。傍観という協力って、なんかずいぶん後退していない?
でも実際問題、ゼロイチじゃなくてもっと段階を増やして考えると、百段中の一段目としては無難な気がしてきた。
「警察や世間の反応を気にするなら、彼らを刺激せず、なるべく笑って済ませられる範囲で留める。声援を送ってもらうか、見守ってもらえる範囲で。これなら、二本の安定は取れそう」
たしかに、そうかも。
「山吹たちなら今ごろ、これくらいは考えていると思う。肝心なのは、残った三本と、それぞれのバランスね」
「う」
「でも協力を強く求めるとなると、むずかしい」
ちらりとキッチンを見てから、ミコさんがせんべえを取る。
こんがり焼けたせんべえについた砂糖の塊たちを眺めながら、呟いた。
「汝、求めるのならばまず与えよ。協力を求める相手に、あなたはなにを与える?」
「う、んんん」
ない。なにも。
気持ち的なことしかない。
「いきなり大勢に、ヒーローになれる券を配るなんていうのも性急かな」
とどめの一言を残して立ち上がる。
「お茶は期待できそうにないから、私は失礼するね」
すたすたと歩いて和室に行っちゃった。
鳥居を抜けて宝島経由で帰っちゃったよ。
文章よりも音声。音声よりも対面で。
話ができたおかげでだいぶ整理できたし、私を諭しにきたともいう。
現状では求めるばかり。渡せると提示できるところまでは達成できても、それを受けとってもらえないんじゃ話が進まない。警察相手だと、そこで頓挫した。
与えよの達成にしたって、むずかしいなあ。
見返りを求めている時点で「与えよ」判定じゃない、っていうケースもあるよね。
深く掘り下げて考えたことがないから、ぴんとこない。
おせんべえを片づけて、キッチンを覗くと冷蔵庫に寄りかかったまま、カナタが寝ていた。鼻と喉の奥から地響きのようないびきが聞こえる。ふごごごご。
金色を出してカナタを包む金色雲に変えて、ふわりと浮かべる。
湯沸かしポッドは電源が入っていないし、お盆のうえの湯呑みも流しの横に放置。お茶っ葉のケースが出ていたけど、そこまで。限界だったね。
雲を押して和室へ。
布団に寝かせて二階に戻ろうとしたものの、照明を消してそばに寝そべる。腕を抱いて、匂いを確かめた。それから胸板に額を擦りつける。
起きないし、いびきは相変わらずうるさい。獣憑き状態ではなく人に戻ったとしても、騒音レベル。ふたりの添い寝を邪魔する、よくある要素のひとつだという。耳栓してまで耐える、ないし耐えざるを得ない人もいるというから、地味に闇が深い。
今日のいびきはなかなかのものだった。
やっぱり上で寝よう。
そう決意して、身体を起こす。
こういう時間にささやかな楽しみを、なんて思ったけど、睡眠は大事なので。
あえて起こすまい。
粘りを見せていたのは、カナタも期待していたからかな。
でも寄りかかって立ったまま寝ている時点で、むずかしいよね。
「もう」
カナタの腕は重たい。手を頭にのせてみようと企むなら、頭をずらしたほうが早い。
寝ている状態でそういうことするのもね。不毛だ。
去年なら? やってた気がする。
ミコさんの教えてくれた考え方でいくと? 大好きって感じたい、伝えたい、お互いの意思で。この三本柱かな。まだあるかも。
そういうことの延長線上にふれあいがあって、そもそも大前提にコミュニケーションがあって。麗ちゃんが求めていたもので。麗ちゃんで解消できたつもりだった男子たちが見誤っていたもの。欲だけの繋がりもあるとは思うけど。否定はしないけど。
それを好きな人相手にやるのはちがう。
欲が最初にきちゃうから、気づかいもなにもない。まず自分の欲の解消から入る。
ああでも、私の求める協力も似た感じになってたのかもしれない。
大前提にコミュニケーションありき。
いきなり親友や仲間に求めるようなラインの協力を求めても無理だ。親友や仲間が相手でも対価は大事。積み重ねも大事。ちなみにいびきは解消の仕方があるよ? 長引くし、本人が望まないし認めなかったら進めようがないけどね。「いびきうるさかった」って言ったら「や、かいてないし」って言う人もけっこういるそうだ。
私たちは男を見つけて捕まえようとしている。
けど、私の求めるラインの協力を要請する段階で「犯人がそばにいるかも」と聞くこと自体、そもそもまともに取り合ってもらえない可能性が高い。
なにを根拠に? 警察に任せないのは? 学生がなにいってんの?
いくらでも想像できるよ。たとえば百箇所にお願いして、どれくらいの割合で拒否されるだろう。次善の策はあるのかな。現状、ないなあ。
条件を逐一更新しながら進めていくと考えた。
そのためには歯がゆかったり、ままならなかったり、至らなかったり、八つ当たりして済ませたくなるような未熟だったりと向きあうことにもなる。
なかなかなー!
骨が折れるぞ? これは。
男にいくらでも苛立ちをぶつけたくなるしなあ。
それじゃ策は練れないんだ。
どうやら道路は使えそうにない。建物を直接変えるのも厳しそう。
じゃあ、どうする?
この条件下でできることを探すんだ。
できないことは受け入れて、条件に入れよう。
ただできない範囲で後退すればよし? ちがうな。
もっと踏みこみたい。
ううん。
ここはいっそ民話の類いに原点回帰っていうのはどうかな?
つづく!




