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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
2020/2983

第二千二十話

 



 メッセージの返信も通話でも、宝島の対面で会ったときも、マドカは穏やかだった。

 それは地面に這うセミのような静寂だった。

 よほどキラリやノンちゃんのほうが感情的だった。ノノカや柊さんたちのように「私たちの新装備は現世でどれほど侍候補生を守れるのか」と葛藤するわけでもなかった。

 烏天狗の館に依頼して真夜中の渋谷、道玄坂、私の出会った少女を再現してもらい、斬り合いをみんなに見てもらう。せり上がる舞台と途方もない段数の階段さえ出してみせてね。

 ステージを消して、カナタが警察官ふたりに話しかけて、ひとりのおじさんがスマホで撮影した動画を共有する。やがて車で駆けつけてきたシュウさんにひとこと言われて、解散。そこまで見せて「とまあ、こんな感じなんだけど。どうかな」と振る。

 そこでようやく、マドカが目を見開いた。


「昨日の話の意味!」


 それは渾身の叫びだった。

 思わずのけぞっちゃうくらいの迫力だった。


「だめだ。焦るな。山吹マドカ。私も光も、うちの親に兄もそう。一朝一夕じゃいかない。トモカだって無茶しすぎだって訴えたのに結局むちゃして静養中だぞ? 落ち着けー? 落ち着けー」


 中腰になり、両手で拳を作って小声で自制の呪文を唱える。

 今夜お前を祟る、いいか? 夢に出てやる! といわんばかりの迫力あふれるうんこ座りだった。

 何度か深呼吸して、姿勢を正す。

 頬を両手で軽くぱたぱたと叩いてから、舐め上げるように睨みつけてきた。


「そんなに気になったわけ?」

「う、うん。まあ?」


 足音を強めに立てて密着してくるなり、肩を鷲掴みにされる。

 顔を真横に倒して、アゴに鼻をつけるような密着度。そこから「ああん?」と反対側にゆっくり倒した。マドカの顔が左右にゆらゆらと。

 許さねえからな!? という圧力がすごい。

 これくらいは想定していた。むしろはたかれたりしばかれたりするのかと思っていたくらいだ。まだ穏やかに見えるけど、でも、爆発しない温度感がむしろ怖い。


「ま、マドカ。悪いとは思ったんだけど」

「わるい、とは、おもった、だけど。はっはっは。はっはっはっはっは!」


 笑いながら肩を叩く力が強い!

 あと、かなり怖い!


「悪いわ!?」


 メンチを切りながら怒鳴られた!

 思わず目をぎゅっと閉じてのけぞっちゃうし、尻尾が竦む。狐耳が倒れる。


「悪いが気持ちはわかるからやるせないわ! あああ! 言わんこっちゃねえなあ!? おぉ!?」


 さらにメンチを切ってくる。

 そんな芸風もあったのか。知らなかった。

 言えるわけないな。ガチギレしてるもんな!


「で、でもさ? まさか太刀を持参した中学生くらいの女の子が襲いかかってくるなんて思わないじゃない?」

「危険なことが起きる可能性があるから、明日ねって言いましたよね?」

「い、いっ」

「言いましたよね?」


 引いたぶんだけ詰めてくるから、逃げても意味がない。


「い、言いました」


 おかげで認めざるを得ない!


「ペットボトルを両断した、と。恐らくは現世の太刀なんじゃないか、と。そういうことだったね?」

「そう、です、ね」

「どういうことぉおおお!?」


 そんなの私が聞きたいよ!?


「もおおお! よく無事だったね!? なにやってんの、もう!」


 掴んだ肩を前後に思いきり、容赦なく振られた。

 頭が! いまならすぐ酔える! 寝不足的な意味で!


「傷ついてない? 痣とかできてない? ずいぶん見事な再現だけど、再現度高いってことはまだ消化できてないんじゃない!? どうなの!」

「い、いやいや。身体は無事だよ?」


 精神的には、どれだけ引きずるかわからないけどね。

 おじさんの無茶な再現術も重なって、ほんとにきついかな。


「やっぱあれだな。カナタ先輩がいるからだいじょうぶとかないな。私もついていったほうがいいな。次はそうするよ?」

「過保護かよ」


 キラリがぼそっと呟くけど、すぐに「やっぱりそれくらいしないとだめかもな」と言い直す。

 言い返しようがないなあ。

 放っておけないから。気になるから。私はゆうべ、カナタが何度か止めたけど渋谷を訪ねたし? マドカだって警告していたのに、無理して行ったら?

 出くわしてしまったのだ。あの子に。

 タツくんが狛火野くんとふたりで「示現流に見えないこともないな」「体勢が崩れないところをみると、これが初めてじゃないね」と話し込んでいたし、ギンがシロくんに「鳩尾に一発食らわせれば済んだんじゃねえか?」なんて言っては「問答無用の相手に無理して返り討ちに遭ったらどうするんだ」と言い返されている。

 今回はなんとかなったけど、次もそうなるとは限らないんだよ!? 油揚げにされちゃうよ!? などと怖いことを言うくらい心配が溢れて止まらないマドカのお叱りを受ける。

 どこか麻痺していたり、痛みが強すぎてよくわからなくなっているのかな。そんな私のぶんまで、マドカは反応している。物静かに見えるだけでキラリの尻尾は特別うなりをあげて、何度も地面を叩いていた。

 耳って意外と感情が出るんだよなあ。

 怒りや怯みで倒れてさ?

 昨夜の私もそうだったのかも。カナタだって、そうだったのかも。

 ヒヨリたちや理華ちゃんたちがぷちたちと遊んでくれているんだけど、みんなもそうかも。気になって周りを見渡したら、ユメを抱き締めた理華ちゃんが往年のホラー漫画で恐れおののいている少年みたいに目を見開いて、口をかぱっと開けて固まっていた。


「ねえ、マドカ。変なんだけど」

「忠告したのに出かけて襲われた春灯が?」


 ひどい!


「や。理華ちゃんがね? すごい顔してる」

「え。あ? そうかも。どちらかといえば変がダダ漏れてるタイプだけどね」


 ひどいよ!

 人のこと言えないからな?

 なにより私が人のこと言えたもんじゃないから、ツッコミにくいかな!

 変人ばかりだな? なんて笑えもしないな?

 ええい!


「どしたの、理華ちゃん」

「ああああああああああああああああ!」


 私の呼びかけが彼女の感情の蓋を開けるきっかけになったのか。

 叫び声は長く。事前に察したのか、理華ちゃんの首裏に乗っかって抱きついているユメが両手で耳をおさえ、獣耳をぱたんと倒していた。それでも大層おどろいたのか、尻尾がきゅっと窄まっているのが見えた。


「きっ、昨日みたやつだ!」


 きんきん響く頭でかろうじて聞き取れたことばに驚くよりも、間の抜けた光景に気が抜けてしまう。

 なにせ私とマドカ、狛火野くんの尻尾も例に漏れず。

 キラリに至っては猫背になって妙に丸まっていたくらいだから。

 ああ獣憑き。日に日に振るまいが変わるなり。


 ◆


 浅草のホテルの一室で肉に包まれた少年を見つめる。

 加工して日が経ち、渋谷で露わになっていた素肌が柱の肉に覆われて、バストアップしか見えなくなっている。七本目が済む頃には顔が残るか、それとも。

 解体された血肉が啜り、砕かれ、貪られていく。

 一昨日よりも、昨日よりも楽に済んだ。

 少女の手際はかなりのもの。だれが育てたのだろう? 私か。


「社長ーっ。服はーっ?」

「昨日買ったのなら、車の中だ」

「取ってきてー。裸じゃ出れないー」


 だれが育てたって?


「騒ぎになってもいいなら駐車場まで行くけどー」

「あのねえ」


 本当にだれが育てたって?


「カバンの中にラフなのあるし、それ着たら? だれかの荷物を漁るとか」

「はぁーい」


 開け放たれたままの扉の向こうから、水音と共にはしゃぐ声が聞こえる。

 久しぶりに高揚したのかもしれない。

 こちらも別に落ちているわけではない。

 ソファに移り、テーブルを見おろす。

 能面、試験管に入った金と銀の体毛。そしてスマートフォン。

 取り上げて動画を再生する。日本刀を手にした少女が青澄春灯を相手に健闘している。

 金色の尻尾が時折半透明に陰り、そのたびに少女の一手に気圧されている。それでもまだ余力を見て取る。対象年齢三歳か五歳の水鉄砲のようなものから金の卵を出現させて、それを媒介にして演劇やアイドルライブの長すぎる階段のようなステージへと変化させている。

 見上げて撮影するアングルに映る青澄春灯の九尾はほとんど透けていた。消え入りそうなほど儚く。


「きみの弱点を探るつもりじゃなかったんだが」


 夢が打ち砕かれた気分だ。

 理不尽に強く、抗いがたい化け物であることを期待していた。どうやら、自分は彼女に理想を抱いていたようだ。

 少女と戦う彼女は斬り合いに慣れているようにさえ見えた。少なくとも、うちの子と斬り合って余裕が見えるくらいには。

 だが、どうだ。

 化け物らしき象徴は少女の攻撃によっていまにも消え入りそうだ。

 何度か少女が刀で受け流されて隙を見せるのに、青澄春灯は攻撃できない。ためらいを見せては何度も機を逸していた。斬ることをためらうから? まあ、そりゃあ、世の規範に照らし合わせればためらうだろう。それなら峰打ちにでもすればいい。殴っても蹴ってもいい。それらすべてを彼女は選ばない。いや、選べないのかもしれない。


「いいこちゃんだ」


 少女はちがう。

 そういう風になるように環境を整えて、何度も繰り返し実践させてきた。

 日本じゃむしろ少女のほうが異質だ。そんな人材を求めて活動する自分も。

 権力にせよ支配にせよ拳にせよ包丁にせよ、食事の管理にせよ病状の世話にせよなんにせよ。

 一線は越えない。越えるのなら、みんなで一緒にやる。決して目立つような真似はしない。我慢ができなくならないかぎりは。そうして我慢できなくなり一線を越えるときには? 自分か、他人か、あるいはそのどちらかを攻撃する。

 自分を覆う殻がいる。

 殻の内側には棘があり、小石や砂利が増えていく。

 殻に包まれようと足掻くほど痛みを伴う違和感が増していく。

 言うまでもなく殻を必要としない生き方もあれば、殻の痛みに耐える生き方もあり、殻を破る生き方もある。

 抽象的だ。であれば思いついたみっつ以外にも存在する抽象的な選択肢もすべて含めて、ひとつひとつにあらゆる定義付けのもと、あらゆる選択があり得る。

 青澄春灯も、彼女の所属する学校の学生も、同年代の少年少女とさほど変わらず凡庸だ。

 だからこそ世の中は成り立つとしても、なあ?


「世の中、昔ながらのありのままの戦いをするには狭すぎるなあ。東京なんか、特にそうだ」


 独白の最中に花の香りが近づいてきた。

 背後から裸身が覆いかぶさってくる。


「社長は気に入らないんですか? 昨日はがんばって演技して、妖怪女の毛を採取したのに」

「きみの望んだ少女じゃあなかったんだろう?」

「みんなが調べてくれた限り、好奇心旺盛で厄介事に首を突っ込む天才なんだって。推理漫画の主人公みたいに事件に出くわすそう」

「それはまた冗談みたいな話だな」

「盛るくせあるよね。中間管理職って」

「言うほど知らないでしょうが」


 少女の体重を受けながら、繰り返し頭から動画を再生し続ける。


「警察すぐ来ちゃいましたね」

「すぐ近くにあるわりには時間がかかったけどね」

「もし社長が戦争を仕掛けるのなら、どうします?」

「相手によるな」

「じゃあ、国なら?」

「大きく出たな」


 アゴを撫でる。

 剃ったはずの髭が伸びているように感じて面倒だ。


「基本は攻められると恐ろしい場所がある、と相手にいかに感じさせるかだ。守らせる。人を割かせる。そのためにもいかに的を絞って攻撃するか。デモンストレーションとして最適であればいい。人が恐怖を感じとれることが大事だ」

「ビルのときみたいに? あるいは、これまで作ってきた現場みたいに?」

「あるいは、きみたちに加工してもらってきた材料たちのように」

「もうこどもはいやだよ? 結婚して幸せそうな人もいや」

「今日もいっぱい切り裂いたろう?」

「社長の命令だもの」


 首に両腕を回してくる。

 さすがに濡れたままで出てきてはいない。

 ただ、こういう場所のソープ類の匂いを纏った他人は苦手だ。


「原発とか空港とか狙うの? 議事堂とか?」

「まさか」


 考えたなんて、教えてあげない。


「ただしインフラへの攻撃という視点はいいね」

「いんふら?」

「鉄道が動かなくなるだけで東京は大騒ぎになるだろう。高速鉄道が麻痺して、乗っ取られたとしたらどうかな」

「新幹線みたいな? いまどき、そんなに乗ってる人いるの?」

「動かない、というのが大事なんだよ」

「どういうこと?」

「普段あたりまえだと思えることがそうじゃなくなるっていうのが大事なんだ。だれか、好ましくないやつが、自分たちを脅かしているのだと知らしめることがね」

「もっとわかりやすく言ってよ」


 じゅうぶんわかりやすく言ったはずだが、まだ伝わらないか。

 言うほどたやすくない。与えた恐怖心の反動は敵意となって返ってくる。

 いまでも十分過ぎるほどだ。

 意図的に煽ってきたから、むしろどんどん熱を上げてくれないと困るのだが。


「大勢をいかに困らせるかが大事なんだよ」

「それが条件?」

「そう。人っていうのは、いかに困るか、そしていかに困らせるかが大事だ」

「どう大事なのかわからないよ」

「なんでわからないのか、教えてあげようか?」

「なに?」


 ふり返って裸の少女の腰裏に手を当てた。

 そのままカバンのある脱衣所へと押しやる。


「お風呂から出て服を着ないようなきみが、まだまだ幼いお子さまだからだよ」

「最低」


 熱が、花が、離れていく。

 背もたれに背中を当てて足を組んだ。

 少女に語ってみせた内容はせいぜい、ガキの悪戯。意地悪だ。

 実現する手段が伴うと面倒なことにはなるだろうが。


「人は人を殺せるだろうか」

「私はやってるよー」


 下着や衣類を漁り、雑に出して「ろくなのない」と文句をつけてくる。


「そういう意味じゃあ、ないんだよな」

「じゃあどういう意味?」

「どうでもいいさ。先を急ぐよ。昨夜はヒントの大盤振る舞いをしたんだ」

「まさか社長が狙っている妖怪女がくるとはね」


 別に彼女だけを狙っているわけではない。


「社長、運がいいよね」

「だろう?」


 調子を合わせるように笑いながら、彼女の生活を脅かす茶封筒と事務所への訪問が利いたかと思い浮かべる。しかし、これ以上はもう必要がない。

 壊したい衝動が彼女に向かうことはない。

 弱々しく怪物の象徴が薄らぐ姿にも。奇怪な術でうちの子から逃げた姿勢にも。

 放っておけば自滅するか、あるいは怪物然とするか。後者には時間が掛かりそうだ。

 思春期の少年少女なら、いくらでもすぐに改善されそうだし? いくらでも長引かせそうだ。

 どうでもいいとも言える。

 興味が失せたな。


「潮時かな。柱の仕掛けを済ませたら田中くんたちと合流するか」

「どこか襲うみたいな話は?」

「原点回帰。対象の組織が追加で手に入った。京都に寄って、やることやったら帰るよ」

「それで終わり? わざわざ来たのに?」


 彼女の服がまだ決まらない。


「ああ。あんなに不安定な怪物じゃ、毛もたかがしれているかもしれない」

「そう? 別にいいけど。いつもの社長なら、すぐに見切りをつけて作戦を切りかえるところじゃない?」


 伊達に長く世話されてきたわけじゃないか。

 下着さえ身につけずにいるのに。腹を下してトイレに行くことになるだろうに。

 その鋭さはぜひ、服選びと着替えに発揮してほしい。


「そりゃあ、そうだな」


 たしかにこだわる理由はない。

 ないのだが。


「柱を立ててさ。ついでに花火を打ち上げよう」

「なんで?」

「日本の夏の情緒だろう?」

「情緒ねえ」


 まだ服が決まらない少女からスマホに視線を戻す。

 九尾の狐。女。ホテル街。加工してネットにあげたら、どんな一手になるだろう。

 そうして彼女の心が挫けて、もしも怪物でなくなってしまったら?

 せっかく田中くんたちに送った素材の価値がなくなる。

 むしろ彼女には怪物でいてもらわなくては困るのだ。

 悪党やるのも楽じゃない。

 転調がいる。だが彼女が変わるかどうかなど知らないし、責任を負うつもりもない。

 見ず知らずの悪党に期待されても困る。

 こちらはあくまで技術力に資するものを得られればいいのだ。

 多くは求めるまい。日本でリクルート活動をする気もない。

 警察が名前を公表して指名手配でもかけてくれたら?

 大々的に暴れてやるつもりなのだが。なあ?


「つまらない世の中だ」


 なぜ名前が出ないのか。


「思いつき八割の社長なら、面白い世の中にしてくださいよ」

「きみねえ」


 そんなの自分に向けて一時的にできるだけでも人生御の字だぜ?

 話し込んでも仕方ない。

 さっさと次の柱を立てに行くとしよう。

 さすがに一本目の柱くらい、見つけてくれるだろうな?


 ◆


 家に帰ることもできずにホテル街で仲間と過ごす羽目になろうとは。

 しかし愚痴は言えない。警察関係者が集まる。特に鑑識が険しい顔で床を、壁を、綿密に検分している。だが本丸は一室。

 よく磨かれた床の上にスーパーで目にする鳥肉に似た赤身の肉が覆いかぶさっている。床だけではない。天井にも。血管が浮き出ていて、肉は凹凸があり、蠢いていた。窓際に近づく場所に肉の柱が立っている。

 通常なら呼ばれることのない侍隊の緋迎シュウがなぜここに留まるのか。

 柱に十代半ば頃に見える少女の裸身が埋め込まれていた。口から時折、黒い液体を涎のように垂れ流す。鼻からも、目からも。上下する胸、聞こえる呼吸からして信じがたいことに生きているようだ。ただ、呼吸に混じって恍惚が聞こえてきて、だれも手出しできずにいる。

 こんなものが隠れていたとは。

 だれも気づかなかった。

 昨夜の一件で近隣の店舗やホテルに聞き込みを行ない、一軒だけ反応がなかったのが、このホテル。それもそのはず、部屋やロビーが血に汚れていた。死体が一体も見つからないのが奇妙で、調べてみたら? これだもの。

 そりゃあ、帰れるはずがない。

 スマホの連絡でたたき起こされて寝起きで駆けつけた佐藤と柊の両名は何度か嘔吐していた。渋谷署の侍隊の隊員も怯んでいる。隔離世で目にするならばいざ知らず、現世でこれほどの異様を目撃することになろうとは。


『あの肉、燃やすしかないんじゃない?』


 宿主か、あるいは生け贄か。

 いずれにせよ少女が無事に済むかどうかがわからない。

 身元はわからず。鋭意、捜査中というには現場の被害者が多すぎる。

 いつ、いかにしてこうなったのかがわからない。

 だれも、なにをどうしたらいいのかわからないのだ。

 というわけで絶賛、会議の真っ最中。

 私たちに任せるとなるのか。

 それともチェーンソーかなにかを持ってきて解体を試みるのか。

 だれに、どう頼むのやら。


「ふ、服、着せてあげませんか?」


 柊くんのか細い問いに答えたくはあるのだが、刑事課の連中が咳払いをする。

 上司の指示で「肉を刺激するべからず」とある。

 動けない。近寄れない。だからいまは、なにもできない。

 刀はここにある。

 鞘から抜けない刀になんの意味がある?

 渋谷署の禿頭の隊長が口惜しげに顔を歪めていた。

 それでも組織である以上、上の命令なしには動けないし、動かない。

 前例のない事件でなら、せめて有意義な議事録が残るよう祈り、待機する。


『春灯たちを呼ぶ? いっそ、学生が勝手にやっちゃいましたー、なんて。だめ?』


 もし仮に解決できたとしても、だめだ。


『どうして?』


 カグヤに叱られる。

 こどもを目的に利用するおとながいるか、とね。


『う――……せ、正論では、あるよね』


 そういうわけで、おとなはおとなの理屈の中で、できる限りのことをするまでさ。




 つづく!

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