第二千七話
レオくんたちの話を聞いているとね?
不思議に感じることがある。
経済学、ざっくりとミクロがあって、マクロがあってね?
個人単位か、国単位かくらいのざっくりした規模感の違いがある。
ミクロとマクロは互いに噛みあう部分があってさ?
アメリカで考えると、大恐慌が起きて、金融政策と財政政策のふたつでミスる。
市場にお金が足りないから、お金を刷ってもみんなのお金の値があがるインフレになっちゃうぞ? 輸出入をするけど、自国のビジネスを守るために補助金をばんばんだして、有利なものはばんばん売るぞ? だけど国内の状況が芳しくないのにお金を出すと、踏みとどまるので精いっぱいだから成長は見込めないかも? 海外からいいもの買って、それでなにか作ったほうがいいんじゃない? いやいや! 待った待った!
右往左往している間に仕事がどんどんなくなってきた! 失業者が増えすぎぃ! やばい!
ああああああああああ!
え。戦争になる? 真珠湾が攻撃された?
ようし! 戦争だ!
戦時国債を発行するぞ! ばんばん売れーっ! 一大キャンペーンを張るんだ! 戦地から帰ってきた!? どんどん使え! イオー・アイランドで旗を立てた!? 呼べ呼べ! 再現させろ! いいか? とにかく戦時国債を! 売って売って! 売りまくれ!
と、かなりの大混乱だったそうだ。
硫黄島からの手紙と合わせて同じ監督が作った映画、父親たちの星条旗で見られるよ?
生々しい現場がいくつも出てくる。帰還した兵士たちを待つ人生という意味でね。
財政赤字の大放出で、なんとか経済を立てなおしたと考えている経済学者が多いという。
経済学者には年代によって、古典派になったりしたら主張が異なるそうだけど?
彼らにいわせれば「経済は円満な家庭のようなもの」。
でもね? ケインズっていうおじさん曰く「いやいや! 経済は崩壊した家庭のようなもの!」だそう。
古典的な人々の考えなら財政政策は「歳出削減! 増税! 黒字化!」。
だけどケインズだと? 「いやいやいやいや! 財政刺激がいりますぞ! 増税、歳出削減なんてとんでもない! 減税を! 景気刺激のために仕事を発注しましょう! 有益であればいいけれど、この際ぜいたくは言えない。無益でもよし!」だそう。
ほとんどの経済学者は彼の意見にうなずいているし?
恐慌ほど間際に迫った死を前にしたら、危機感は捉え方を傾けさせてしまいかねない。
戦争で塹壕を掘ったり、戦地に行って帰ってきたり、大勢の若者が死んだり、大量殺人兵器の開発と運用や民間への攻撃で日本人を大量に殺したりしたことを踏まえて諸手を挙げて好ましいとはいえない。もちろん、そのとおりだ。
ただし「あれほどの出費があったから大恐慌を乗り越えることができた」と考えているそう。
いまなら、どうかな?
戦争じゃない出費で乗り越えられる。
それこそがいいと考えるんじゃない?
よほどの単細胞でも、そう思うんじゃないかな?
戦争になると失うものが多すぎるもの。
じゃあ、なにがいいかな。
公共事業かな。公共による雇用の創出かな?
意味のない穴でも塹壕を掘らせるよりはましなので、発注するんじゃないかな。
有効求人倍率はじゅうぶんとか、失業率は低いとか、いろいろいうけどさ。
デフレじゃん?
ひどいじゃん。
派遣の比率、あがってるんじゃない?
高齢になって働いている人もいるんでしょ?
これを考えるとき、数字しか着目しないけど。
あらゆる年齢、すべての立場の人たちが、本人の願う仕事へと向かっていけるのか。
その比率で考えると?
あんがい、やばいんじゃないかなー。
派遣労働者が増えるとき、派遣会社もまた増えているんじゃない?
ある意味、そこに雇用が生まれていると言えなくもない。
ただ、実際の現場で働く人の状況がずーっと悪いままだから、景気改善に一切つながってないのでは? とも思うし。
いまの日本だと、なんだろね?
意味を求めるのなら無料Wi-Fi設置事業および補修・保守事業とか?
あんがい悪くないかなーって思うけど。ただでネットが増えるし。
ああもう面倒! 戦争じゃなきゃ! って? そんなの短絡的かつ単純すぎて、やばい。
私の雑案よりもひどい。
もっとよく考えて!
自分に問いかける。
雇用があればいい。なきゃ作ればいい。
それが財政刺激になる。氷河期世代からなにから、いくつになっても、どんなことがあってもリスタートできる市場と、市場にいまないギャップを埋めるなにかの生成を。
それってどんなの? むずかしそうだし、いくらなんでもお金がかかりすぎそうじゃない?
もういっそ戦争なら大勢を集めて送り出せるから楽ちんじゃねーか、だって?
もっとよく考えて!
自分に訴えかける。
隔離世絡みの行動で、戦いを望み、そこに費用を求めて振る舞うこともできる。
だけど選ばない。
あまりに長期的な影響を及ぼすし、それは社会に集まるみんなの害になる。
断じてNO。
経済と政策は安定を目指す。
長期的にみれば、やがてそうなっていくとみるのが経済学者なんだそう。けれど経済、のみならず貿易も? 短期的には利と害を与える。不均衡に。
実際そうだ。
だから中央銀行も政府も、なんとかケアを試みる。と、思いきや? そこに集まる人たちみんな、あくまでもただの人に過ぎないからね? 自分に得になるように振る舞うという最適化を、自分の私利私欲だけに閉じて行なうこともあるし? おまけに裁量権を与えられるほど、それを罰したり抑止したりする制度がなければ、好き放題しちゃう。
なにせ、ほら。
人間だものね?
シオリ先輩から教わったプログラムとアルゴリズムの話に似てる。
失敗は? 起きるもの。
想定しない操作は? 起こりえるもの。
意味は同じだ。
じゃあどうするの?
人に任せて、うまくいくように祈る?
それだとプログラムは止まってしまう。そのためにアルゴリズムを組み立てる段階で、失敗や想定しない操作に備えた処理を入れる。
そういう対処がなかったら?
駅の改札、切符じゃなくてレシートを入れたら通れちゃったり? あるいは「なにこれ!? 読み取れない! だけど読まなきゃ!」と機械が動き続けて発熱。火を噴いたり爆発したりするかもしれない。
あらゆる政策も施策も、結局のところバージョンアップを重ね続けるプログラムのように取り組んでいかなきゃいけない性質のものなのかもしれない。
経済学の古典派の考えだと輸出入はいいことなのだという。
円満な家庭を想定すると? たとえばアメリカで「農業で海外に売り負けると困る! ばんばん補助金を出そう! ただ、農業従事者が多いと費用がかさむから、限度はあるよ」としたら?
なにせ広大な大陸で、飛行機で栄養剤だの散布できちゃう規模感。
ときにはアフリカの農作物よりも安く売れちゃう。
これだとアフリカ諸国は困る。輸入した農作物のほうが自国で作るよりも売れちゃうのなら、自国で農業をしている人たちの仕事が圧迫される。やがてだれも農作物を作らなくなると? アメリカからの輸入に食糧事情を頼ることになる。強烈な依存は揺らぐと飢餓に直結しかねない。これじゃ困るからと、遅ればせながら農業をはじめたいけれど? そもそも「儲からない!」から、だれもやりたがらない。補助金を出そうにも、その余力がない! なんて目も当てられない状況に陥ってしまう。
アメリカひどいって? そうは言っても、アメリカの農業従事者のみなさんが儲かっているかといったら、そんなことはないみたい。補助金あって、やまほど売って、ようやく食えるぎりぎりみたいな感じだそう。
むずかしいね。
途上国に対して先進国はむしろ「売って? 買うから。ばんばん仕事してよ」といえばいい?
そこ一本頼りになると? やっぱり途上国は依存せざるを得なくなる。
ままならない。
私がちょいちょい批判をするファストファッション事情。
でも現地にすると、そういう雇用が生まれたという視点もあるっちゃあるのだ。
当然の話ながら、それを「どこのだれが」言うのかがポイントではあるけどね。
回り回ってきたけれどね?
経済、財政、貿易。
そして、雇用。
単語を四つに絞っても、そこから展開される要素は数多ある。
それに技術が加わっても?
短期的に出てくる失業は、どうする?
ああいう仕事が新たに産まれたから、それやれば? は、通用しない。
そりゃそうだよ。当たり前だよ。
みーんなちがうんだもの。みーんなの利も害も異なるよ?
前にならえ、あとに続けはむしろ不自然なのよ。みんなの意思と選択あってのものなのよ。
金融システムって関わらざるを得ないみんなにとってドラゴンのようなもの。
幻想にいる、けれどたしかにみんなが「ある」と考える怪物。
とても飼い慣らせない。経済学者たちがなんとかなだめて、落ちついてもらおうとしても? 火を噴かれたり、黄金を強奪されたり、尻尾で叩きつぶされたり、かみ砕かれたりで、もうさんざん! 落ちついてきてくれたなーって思ったら、次の瞬間には大暴れ! なんてこともある。
なので金融システムドラゴンを落ちつかせたり、生態はこうなのでは? とか、こういう動作はこういう意味なのでは! とかの発見と明朗で緻密な分析は、ノーベル賞を得られるものともいう。いうなればドラゴン飼育術士、あるいはドラゴン研究者を示す称号的なものともいえるかもしれない。
経済学の命題は、経済というドラゴンについて知ること?
自分に最適化する私たち、人。
ひとりがたくさんいる世界で、お互いに干渉し合う。
みんなが集まったら、どうなるのかな?
自分に最適化していく結果が、みんなにとっていい結果になるのは、どういうときかな?
夏と冬。ルルコ先輩がコスで参加してる有明の祭典。
徹夜するな、押すな走るな、迷惑行為はやめよう、という話はされるけど、毎年ちょこちょこ起きる。そこにも結局のところ、自分に最適化するひとりひとりの選択と行動がある。
アルゴリズムで考えると?
そういうことする人が出てくる、という想定でシステムを組むことに。
どういう対応がいいかは、常に四苦八苦。これをすればこうなる、とは限らない。
その限りなさをいかに想定して、洗い出して、対策を取っていくか。
プレイヤー目線で捉えるのなら? ぷちたちがむきになって遊ぶレトロなアクションゲームみたい。あるいは罠が満載のゲームに似てる。こうすればいいだろう、という一手は「待ってました」といわんばかりの思わぬ罠にやられる。それくらい、とめどなく起きる失敗の可能性がやまほどある。
何段も先をいく人と指す囲碁将棋、チェスみたいな感じでもある。
二足歩行型ロボットの下半身を設計して、いざ動かそうとするとき。
歩く動作のアルゴリズムは?
どんな失敗が想定される?
脚や腰に問題があった場合の確認は? どういう状況なら歩かせないほうがいい?
地面の状態は?
まさか舗装された道路しか歩かない想定じゃないよね?
だいたいつま先はどれほどあげる? 砂利道がきたら、どういう風に歩くようにする?
岩場を歩くときはどうするの?
滑りやすい砂まみれの段差は?
きりがない。けど、そういうパターンをやまほど考えて対処していくし、対処策がいま十分なら、過去のあれがよければそれで、とはいかない。
人は忘れちゃうしさー?
人生で何度かは足の小指をぶつけちゃうわけじゃない?
持っていくはずのものを忘れたりしてさ? やらかしちゃうわけ。
風邪引いて熱が出て、もうこんなの絶対やだ! って思っても引くときゃ引くし。
真夜中の食欲に「だめ。負けちゃ、だめ!」だとわかっているのに、お菓子たべちゃうわけ。
歩くうえでも私たちは自分たちの利に刺激される。
あ、カレーの匂いだぁ! とか。お、あのマネキンの服よさげ! とか。あ、カナタがいるー! とか。そういうのだけじゃなくて、登山なら「坂しんどいなあ」と立ち止まりたくなるし。だれも踏んでいない積雪を見たら「ふっむぞー!」とわくわくする。霜柱が立っていたら? ふみたい。ざくざくするの。とても気持ちがいいもの。
雨が降って水たまりができていたら? 飛び越えたい。街中を歩くときは気をつけて。つるっと滑って痛い目を見る。
ここまで並べたものも抽象化して、一般化できるかって?
まっさかあ!
ちがうちがう。
共感する人もいれば「なにいってんだ? こいつ」な人もいる。
ノンちゃんたち刀鍛冶のみんなが装備について検討するとき、ブーツに鉄板を使うかどうかの話題が出たそうだ。工事現場では「あり」派と「なし」派がいるそう。なぜか。
靴のつま先、ものによってはかかとも? 固いプレートで覆って保護する。それがあれば、たとえば電車内でだれかに踏まれてもびくともしない。痛くない!
だけど、工事現場であまりに重たいものが足に落ちたら? 中のプレートが湾曲して、足の指を傷つける。最悪、切断に至るくらい。
あくまでも防げるのは中のプレートが湾曲しない、窪んだりしない、耐久力に影響を与えない範囲に留まる。運用するなら、使用環境を踏まえて考えないと? ひどいことになる。
でも、そこまで考えないで「これいいでしょー!」と履いて自慢してたら? そういうとき、さっきの歩くうえでの注意点なんか「わりとどうでもいい。だってこの靴あればだいじょうぶだし!」となりそう。
そんな靴を履いた人が百人いたら? 何割かはそういうノリになるんじゃないかな。すくなくともゼロにはならないよね。
まさに?
きりがない!
そういうの面倒に感じる人ほど安易に決めたくなるし?
きりがない現状がそんな安易な選択でどうにかなるかっていったら、無理じゃないかなあ。
「んんん」
レオくんたちの会話を聞きながら、思いを馳せる。
選択しても先がある。暴れドラゴンみたいなもの。
隔離世も、霊子もそう。
自分自身も? だれかもそう。
他のどんな生き物だって、ね?
鉱物を調べるのも、そういうところあるんだろうしなあ。
ポケットからふたつのキューブを取りだして眺める。
アイオライト。蛍石。
地層にしたって、読み取れる情報は多すぎるほど。
仮に黒いのみたいに霊子を私に集結させたら、それで終わる?
ううん。
そういう変化が起きた先が待っている。
私の好む人に、あるいは御霊を得た人に資格がある、なんてしたら?
今度はそんな仕組みを作った私、という事実が広まるわけ。
レオくんたちのいう政府の政策に似てる。
過干渉にやればいいか。きつくやれば。支配すれば?
まっさかー!
そんなわけないって。
恨みを買うよ。
こういうの「でもひとまず止められることがある。恨みは必要経費」みたいに言う人がいるけど、いつだってそれを言えるのは「自分が恨みを買う」とは思わない立場だけ。
こわいぞー?
人の恨みは。
なのにやらなきゃって?
安易。視野狭窄!
隔離世に関わっている人は数えきれないほどいるんだから。
ひとりの覚悟、言い換えるとひとりの選択で他のみんなを切り捨てるようなもの。
そんな規模の話じゃないんだよ?
そう、自分に伝えてから考える。
隔離世そのものをどうにかしようとするの、無理あるな?
さりとて短期的には今回のような事件が起きることを防げないな。
短期的に事態を収拾する動きがいるし、長期的に改善する動きだっているな?
巨大な規模の経済の話もドラゴンレベルなわけでしょお?
きっついね。
ゲームじゃ慣れれば狩れる魔物になるけどさ。
そうもいかないもんね。
ただなー。
現状で動いている人たちが現場対応に追われているとき、その改善だの、分析だの、もろもろ含めて現場の人にできる余力なんかないんじゃない?
いま余裕ない関係性、場所、環境その他もろもろ、当事者には無理じゃない?
警察でも侍隊でもできない分析と改善をするのが王道?
そう単純じゃない。
話を中座して、ぷちたちの様子を見にいく。
仲の良い子たちで集まっていたり、カゲくんたちとはしゃいでいたり、様々。
みんなから離れて洋館やお屋敷で本を読んだり、ゲームをやったりしている子もいる。
様々だ。
それでいいのかな。
ふと抱いた疑問は答えに悩むもの。
ああじゃないか、こうじゃないかと疑問は尽きない。
楽しそうにしているところを見ても不安になるくらい落ちつかないから?
そりゃ毎日こんなじゃ疲れるし、余裕の回復どころじゃないや。
元気よく話してくれる子もいれば「つかれたー」とか「おなかすいたー」とか、なかには「なんで早く来ないの!?」って怒りだしたりとかするの。
みんなの話を聞きながら、心の片隅でそっと決意する。
霊子の掌握論、だれかに相談するならマドカからにしよう。
◆
ぷちたちの午後のおやすみ時間。
洋館のベッドに寝かせて、一階のリビングでくつろいでいたマドカに相談したらね?
「また厄介な話をもってきたね」
めんどくさそうに言われちゃった。
厄介ですか。そうですか。
やっぱりそう思う?
「住良木くんの話を聞いてたの、私にも思うところがあって。貨幣はみんなが価値があると思うから、価値があるんだよね」
金本位制よりも露わだ。
お札そのものの値段、日本だと二十円とちょっと。
だけど、みんなが「これは一万円の価値がある!」と思うから、それは一万円で取引される価値があるものとして機能する。
ポストアポカリプスもので紙幣が紙くずになるのは、なんで?
それを取引に使える価値があると、だれも思わなくなるから。もっといえば市場は機能せず、物品の生産は破壊されて、社会秩序は崩壊していて、安定も安心もなければ? そもそも今日たべるもの、安全に休める居場所さえない。
必要なのは食料であり、武器であり、攻撃を防げる居場所であり、手段だ。
断じて紙切れじゃない。
そんな状況下で、みんな価値があると思わない。
「兵器の類いもそうだね」
防衛として、みんなが「恐るべき力がある」と認めるほど、そうした力として存在し続ける。
武器の威力は別として、ね。
「経済が戦いよりも比重が大きくて、肝心だとする価値観にしても、そう」
そういう価値を感じる人たちにとっては、そう。
逆のイメージをしている人たちにとっては? 逆になる。
私たちは思いのほか、自分たちで思い描く価値に添って生きている。
それが実態に即しているかどうかは、なんにせよ二の次三の次。
思い描くものは情報の、あくまで氷山の一角に過ぎない。おまけに情報ひとつとっても、多くの情報と影響しあっているから? 精密さを求めるほど、単純に、曖昧に語れるものではないと気づく。
「多を刺激する一手は、そのぶん多から狙われる一手でもある。呼び込むよ? 今回のような犯人も含めて、いろいろね」
「やっぱり、だめだよね?」
「うれしそうに言うなあ。限定的にやってみるのはどうかと提案しようと思ったのに」
うそでしょ!
だめだと言われて安心したかったよ、私は!
「限定的って、作戦行動中に犯人を狙ってってこと?」
「そ。あるいは犯人がなにかをした場所に向けて」
「相手がしたことをなかったことにする、と」
「そんなんできてたら、そもそもこないだの蜂の巣事件でユウたちの協力を得る必要もなかったわけだけどね!」
うっ。
それは、たしかにそう。
私だけで異変をなかったことにできたはずだ。
「いまできない、だけどいずれはできるかもしれないすごい可能性で頭がいっぱいになっちゃうのも、わからなくもないよ? 春灯いま、余裕ないもの」
おぅ。
ためらわずにぐさっと刺してくるね! マドカはほんとに遠慮がない。
「ただね? 私からしてみれば、いまじゃなくていい。いまできることをやろう。私の作戦、なにも勝算がないわけじゃないし? もっと信じてほしいなあ?」
「しっ、信じてないから思いついたわけじゃなくて! あくまで、レオくんの話を聞いてたら思いついただけで」
「そ? 経済学も大事だけど、わりと大ざっぱなとこがあるからね。焦らず学んでいこうよ」
突っ立ってないで、隣に座れとソファを叩かれた。
おとなしく腰を下ろす。柔らかく、だけどすぐにしっかりと受けとめてくれる革張りソファ。
尻尾ハウスだと最初は埃まみれの汚れまみれだったけど、いまじゃ手触りがつるつるだ。
ちょこちょこ金色の毛が見えるけどね。あとでコロコロしとこう。
釘を刺すマドカの横顔に視線を向けたら、私の様子を伺っていたのか、じーっと睨んでいる。
「な、なに?」
「どうしたら届くのか考えてた」
「届くって、なにが?」
「そんなに焦らなくてもだいじょうぶ。私たちにできることをやろうっていう気持ち」
「あ、え、と、届いてないわけじゃないんだよ?」
思いついちゃうだけで。
「ほんとかなあ」
「ほっ、ほんとだってば!」
前のめりになって顔を近づけてくるから、思わず引いちゃう。
なのにマドカはぐいぐいくるので、ソファの肘掛けに尻尾も背中も当たる。
「あ、あのお。マドカさん? 近いんですけど」
「不安?」
「とてもね!」
鼻がぶつかりそうなほどの密着、話の流れとして不安!
「みんなと一緒にやってくれる? 協力してくれるかなあ? 不安なときも話してくれる?」
「するするっ! 誓っちゃう! いまだってちゃんと相談したしっ」
「春灯がひとりで抱え込まなくたって、みんなでできることがあるんだからね? ひとりで抱え込んだら、台無しになっちゃうんだからね? 忘れないでよ?」
「忘れない! 誓う誓うっ!」
「――……信じるからね」
やっと離れてくれた。
こわっ。こういう詰め方、されたことないよ?
「目が据わってたって! 押し倒されるのかと思ったよ」
「それして春灯がなんでもしゃべってくれるようになるなら、いくらでもするけど」
いやいや。
「距離感がただただ広がるよ? 溝ができるよ!」
わかっていますと言わんばかりに鼻息だされた。
ふんって。なぜだか解せない。
「なので、やりません。話してくれてうれしかった。次からは思いついた時点で話してくれていいからね?」
褒めてくれるじゃん。
できれば次は最初に言ってほしいよぉ?
怖かったってば! もう!
「でもって、念押しするけど、いまは必要ないから」
「いずれは必要になるってこと?」
「なくてもいいかな。ユウたちと一緒になって、実現できたもの。未来になにが起きるかはわからないから、断言はしない」
「含みがあるなあ」
「そりゃあ、言い切れないもの。ただ、個人的にはいらないかな。黒い春灯みたいになりたいし作るっていうのなら? 私はむしろ春灯を止めるよ」
めっちゃ釘刺すじゃん。
「やっぱり、どうかしてるから?」
「それに加えて背負いきれないものを抱えようとするんだもの。どうしたってつらくなって、歪んじゃう。そんな春灯は見たくないし? 止めるでしょ」
「そ、そんな感じになるの? やっぱ、やんないほうがいいかな」
「だから、やめとけって話なんだってば」
そ、そっか。そうだね。
これは失礼しました!
「疲れてる? 膝かすから横になる? それともユメちゃんたちと寝てくる?」
「んん」
魅力的なお誘い。
どうせ寝るならごろ寝したい。
悩むくらいなら、話しちゃえ。
「話して安心したし、寝てくるー」
「んー」
立ち上がって、とぼとぼとリビングを出ようとした。
扉にさしかかったときに春灯、と呼ばれる。
「なあに?」
マドカは手元を見おろして、なにかをしながら言うの。
「一滴、乾坤を潤すって知ってる?」
十兵衞に教えてもらったことがあるよ。
「一滴ずつ垂らしていくことで潤す。地道に、着実にやるって話じゃなかった?」
「だとしたらいまは砂漠に水を一滴ずつ垂らしているかのよう」
めっちゃ不安だ。
つい効率を、合理性を問う。
これでいいのかって。気が急くね。
「一滴を垂らすことに囚われる。水をいかに注ぐかに執着する。でも雫の速度はそのままに、砂を掘ったら? 砂丘の影だったら。風が穏やかなときを探すのは? 望ましい場所を求めて歩くのは」
「まだ手はあるってこと?」
「本当にいまが砂漠なのかどうかも、探れるからね」
「マドカは砂漠とは見てないの?」
「ユウが雨を降らせて、春灯が願いを込められる。妖怪の御霊を宿した子たちは水を出せるし、火を出せる。いろんなことが、いろんな仲間たちそれぞれによってできる。これほどすごい土台に立ちながら、いったいなにを悲観することがあるの?」
私はなにを不安に感じているのか教えろ、と。
そういう訴えなのだと感じた。
マドカは私に不安や苛立ちを感じてるのだ。
「事件が、起きるでしょ。ひどいことする人がいるの」
「春灯さん?」
おいまじかって顔してふり返られた。
「いやっ、わかるよ!? 世の中、そういうことが起きるって。それをゼロにするために、みんなからなにか奪う的な発想だったっていうのも、自覚してるよ!? してるけどさ」
やばい。
自分で自分の地雷を踏んだ。
なのに止まらない。踏んじゃったから、爆発してる。
「なんかもうだって、学校はいってからずっと止まらないじゃん。そういうのが。ひどいものいっぱい見て、ひどいこといっぱいされて、いいこともいっぱいあったけど、きついことのほうが多いよ」
止まれ止まれ。
止まれって。事故ってるって。
めいっぱい息を吸って、
「――……なくしたいよ。もう」
だめだ。あふれた。
「春灯」
ひえ。
「それ! それ言おう? もっと言って? いま堪えて飲みこんじゃったとこ、ぜーんぶ言ってみて?」
「い、言ってどうなるものでもないって」
「私は満足する!」
「押しつよっ」
「去年の春灯、だいたいこんなだったよ?」
「うっそだあ!」
「ほんとほんと。言ってどうなるものじゃないけど、抱えてるもやもやがなにかわからないし、吐きだすタイミングがないんなら? 私はいつでも歓迎するよ」
「う、んん」
「ちなみにいまのも、春灯が私にしてくれたことだから。お返し、したいなあ?」
いまは寝ちゃってもいいけど、あとでぜひぜひなんて軽く笑って付けたしてる。
逆の立場になっているってこと?
だとしたら、すごく変な感じだ。
去年のマドカの塞ぎようとか、私たちの知らない抱えてるものの重さや痛みとか。
あれを目の当たりにしながら、私もキラリも、愛生先輩たちも、できることをした。
聞いてと言われたら喜んで聞いたろうし、いまそのタイミングじゃないのなら? あえて地雷を踏みにはいかなかった。ただ、そばにいて、楽しい時間があればいいのかな、とさえ。
ただなあ。共有してくれていいんだよーってノリではいたつもりだ。
話すこと、それ自体がとても痛くてつらいっていうのもたくさんあるからね。
話せ話せと求めることが傷つけることにだってなり得る。
けどさ? 遠慮しろやあああ! って意味じゃない。
中庸を思い浮かべる。
して最悪、しないで最悪を想定して、そうならないようバランスを探っていく。
それってたいへん。
だから伝える。いつでもいってくれていいし、いつまでもいわなくたっていいよって。
あなたがしたいと思うのなら、私は私なりに一緒にいるよって。
じゃあ、逆の立場だったら?
私は、それをどう感じるのだろう。なにができるのだろう。
「春灯がいろいろ話してくれるとき、私ははじめて春灯の心の中にあるものの欠片に触れられるの。私の力はね? 人の心の深奥に触れたい欲求でできてるんだ、きっと」
私のことばを通じて、マドカはなにかを知ろうとしてる。
知識欲から?
「春灯を知りたいよ。私の思い描く、私の中の春灯じゃなくて。春灯のままの春灯を、いくらでも。それは春灯によってしか、できないの」
「すごく醜いよ?」
「いいんじゃない?」
「ばかだし、ひどいよ」
「いいんじゃない?」
おんなじことしか言わないじゃん。
「よくないよ」
「そういうとこもあって、いいんじゃない?」
「全肯定じゃん。いまめっちゃ口説かれてる?」
「どうでしょう。ほら。いいから、疲れてるなら寝る。話したいなら話して?」
さらっと流して、いつもとちっとも変わらない笑顔で選択を促してくる。
遠慮すんなー? なんて言ってさ。
「私、遠慮してる?」
「まだしすぎてる、というか。もっとこうしてほしいなってこと、話し合えてないなって感じかな」
マドカの整理に虚を突かれた。
カナタはもちろん、キラリとも結ちゃんともその手の話はした記憶がある。
なんなら、マドカとだって話したことがあるような。
ないような?
あれ!? どっちだ!?
ただひとつ言えるのは、いま足りてるかっていったら足りてない。
起きてる事件が事件で。
貯めこんでいる気持ちが気持ちだから。
ついつい遠慮しちゃうのかもしれない。
「じゃあ、マドカの前で金色雲だしてごろ寝しながら愚痴ってもいい?」
「ふたつとも選ぶのね? そうきたか。いいよ?」
軽く受けてくれるじゃん。
じゃあ、めいっぱい愚痴っちゃうかな!
つづく!




